第4話;採用

 入学式の翌日。すぐに授業はなく、学校生活を送る上でのオリエンテーションが中心となった。午前中で終わったため、学校から自転車で帰ってきてすぐに私は蘆屋書店を訪れた。

「こんにちは・・・」

 店内にお客さんの姿はなく、静かな空間が広がっていた。でも前回のようにはいかない。きっとカウンターにいて静かにこちらの様子を伺っているのかもしれない。そう思ってそっとカウンターを覗いてみたが、そこに人の姿は無い。

 首を傾げていると、お店の奥からゴソゴソと音が聴こえてきた。

 品出しとかしていたのかな?

 そっと音がした方に足を向けてみると、そこには段ボール箱の中から本を出している男の人の姿があった。歳は40代後半くらいかな。エプロン姿ってことは、従業員の人だよね。

「あ、あの・・・」

「・・・おや、もしかして和也が声をかけたっている娘さんかな?」

「は、はい。あれ、どこかでお会いしましたか?」

 蘆屋さんとは面識あるけど、この人と会うのは初めてのはずなのに私の顔を知っているみたいな口調。どこかで会ったかな?

「失礼失礼。和也から話は色々と聞いていてね。気を悪くさせてしまったらすまない。私はこの書店の店長で蘆屋和也の父の蘆屋 弘文ひろふみ。よろしく」

「倉橋撫子です。その、ここで働かせていただけたらと思って、お伺いしました」

「そうか、そうか。ありがとう。あと少しで和也も帰ってくるから、少し待っているといい。彼から色々と説明させよう」

「は、はい」

 もしかして、気を遣ってくれたのかな?蘆屋さん・・・だとどちらがどっちか分からないから、和也さんだと歳が近そうだから、話しやすいかもってことなのかも。なんだか、なんでも見透かされているみたいな人で不思議な人って印象だったけど、悪い人ではなさそうなんだよね。

 と少しの間そんなことを考えていると、お店の戸が開く音が聴こえてきた。

「やはり、来てくれたんですね」

 現れたのは弘文さんの言った通りで、帰ってきたと思われる和也さんだった。白のワイシャツにジーパン、そして黒縁のメガネと格好はシンプルなのに、その整った顔立ちのせいかそのシンプルさがベストなのではないかと思えてくる。

「こんにちは。ここで働かせていただけたらと思いまして」

「そうですか。これからよろしくお願いします。そうしましたら色々とご説明しますので、奥へどうぞ」

 そう言って案内されたのはカウンターの奥にあった畳の部屋。ちゃぶ台やテレビが置かれたリビングのような部屋だ。

 そこで仕事内容やシフトのことなど、仕事をするのに必要なことを一通り聞き、話が切れたところで和也さんがお茶菓子を取りに席を外した。

 さっそく明日からお仕事が始まるし、勉強と両立して頑張ろう。

 そして和也さんが美味しそうなお茶菓子を持って部屋に入ってきた、その時だった。

 和也さんの周りに透明なモヤのようなものが見えた・・・ような気がした。

 目をこすってみるとそのモヤのようなものは見えなくなってしまった。

 気のせい・・・かな?

「倉橋さん?」

「ごめんなさい、なんでもないです」

 突然目をこすり出すもんだから、和也さんが怪しがっちゃったっ。

 気のせいだよ、気のせい、うん。昨日のこともあったし、疲れちゃったのかもしれないよね。

「お疲れですか?」

「あ、いえ、その・・・なんでもないんです」

 相変わらず鋭い・・・。

「隠さなくてもいいんですよ。昨日の入学式でも色々とあったみたいですし、お疲れなのも当然ですよね。あ、そうだ。倉橋さん。手を出してください」

「手、ですか?」

 とりあえず言われたままに手を出すと、和也さんはポケットから何かを取り出して私の手のひらに乗せた。かと思うと和也さんは何かを口ずさむ。するとふわっとなにかが私の体を包み込んでいくのが分かった。

 なんだか体が軽くなっていくような、そんな感覚だ。

「・・・はい、おしまいです。どうですか、少し体は楽になりましたか?」

「はい、とっても体が軽いです!今のはなんですか?」

「僕の家に伝わるおまじないです。疲れた時にいいそうで」

「すごいですね。本当に疲れが取れた感じがします」

「それは良かったです。ですが、無理は禁物ですよ。今日はもう家に帰って休んだ方がいいかと」

「はい、そうします。ありがとうございました。明日からよろしくお願いします!」

 和也さんに頭を下げ、帰り際に品出しをしている店長にもご挨拶をして書店を後にした。

 なんだか本当に体が軽い。まるで物語とかでよくある「羽が生えたみたい」な感覚だ。もうそろそろ夕食時になるし、早めにご飯を食べて明日に備えよう。

 半ばスキップのような足取りで、私は家路についた。




「・・・力を吸い取られていた。全く、あいつらも容赦ないべ」

 撫子が書店を後にした頃、まだカウンター奥の部屋にいた和也は撫子の手に触れた左手をじっと見つめていた。

「あんな大物は早々お目にかかれない分、容赦はないと思った方がいい」

 襖越しの弘文の言葉に、和也はふと笑みを見せた。

「ただ吸い取られていたことに関して、本人は“疲れた”としか感じていなかったようですから、そういった意味でも大物ですよね。あんだけ力がなくなっていて倒れていないのですから。・・・そして僕の力も目視出来るみたいですし」

 驚いた様子で自分を見つめる撫子の姿を思い出す。

「しかし、とりあえず総本家のお達しの1つはクリアしました。後はひとまず様子を見てみましょう。それでどうでしょうか、?」

「そうするかな」

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