第3話 ;見えない力
悲鳴に混乱する人々の間をかき分けて“モノ”がいた場所にたどり着いたけれど、もうそこには“モノ”の姿はない。けれど、何故だろう。
「こっちっ」
“モノ”がどこにいるのかが、自然と分かる。”モノ“がいた講堂と建物の間を抜けて、開けた場所に出る。そこに”モノ“の姿はないけれど、すぐ目の前にある建物の上から視線を感じる。視線をそのまま上に向けるとそこには女性を抱えた”モノ“の姿があった。
あれは人間・・・なのかな。体が黒のもやのようなものに包まれていて、形は人間そのものだけどその異様な姿から人間とは考えにくい。でも、人間ではなかったらなんなのだろう。
とにかく、あの女性を助けないと。
周りに人は・・・。あれ、いない?
え、いないのっ?
私1人っ?!
どどどどどどどどどどうしようっっっ。
無鉄砲にもほどがあるよ、私!!
あれだけ人々の混乱で所々から聴こえていた声が、今は嘘のように聞こえない。シンと静まり返った空間がその場を支配していた。怖いくらいに静かで、でもその静けさは私が何もできないことを象徴しているかのようで、次第に恐怖が私の中を支配していった。
”モノ“はジッと私を見ている。その瞳は不思議と吸い込まれそうで時々瞬きすることを忘れてしまう。
深い闇。底が見えない世界。でもそこに入ってしまえば、楽になれるのではないか。この世界から離れて、もういっそ。
”モノ“が私に手を伸ばしてくる。相手は建物の屋根の上。私は地上。届くはずがないのに、手を伸ばせばすぐに手が届きそう。そんな錯覚が私を襲う。
手を伸ばす。手が届いたら最後。もう戻れない。
分かっている。でも目が離せない。
「目を閉じるべ」
スッと目の前に突如現れた手のひら。それによって私の視界にいた”モノ“の姿は見えなくなった。すると、自分自身が戻ってきたかのように、正常な思考が戻ってくる。
私、今何を考えてたの?
こんな状況で、どうして手を伸ばそうとしたの?
「ご苦労様でした。あとは任せて下さい」
後ろから声が聞こえる。けれど後ろを振り向けない。
そう、見えない力で押させれいるかのよう。
「入学式を狙ったところは、頭が働いたようですが・・・詰めが甘いべ。俺のテリトリーで暴れるなんて、頭を働かせるところがちょっとちがうさねー」
ふわっと私の周りに空気が渦巻いていくのが分かる。と同時に鳥肌が怖いくらいに立って、気持ち悪い。手のひらが私の目の前にあって前方が見えないけれど、でも分かる。
”モノ“が苦しんでいる。
「– 滅 −」
そしてその一言を最後に、”モノ’の気配が消えた。渦巻いていた空気も次第に消え、立っていた鳥肌も収まっていく。後ろから感じていた見えない力も薄まっていき、思い切って後ろを振り返ってみた。
けれど、そこにはもう人の姿は無かった。
「・・・」
なんだったんだろう。今のは。
現実離れした世界を見た気がした。もう建物の上に“モノ”の姿も女性の姿もない。
今まで私が見ていたのは、夢なのだろうか。
夢・・・なのかな。
「なでちゃん!!」
そんな時だった。きっと探してくれたのかな。だいぶ疲れた表情のはや君が駆け寄ってきた。
「はや・・・君」
「どうしたのっ?声かけても全然反応しないなって思ったら、急に駆け出して」
「うんん・・・なんでもない。ごめんね、心配かけて」
「・・・今日はもう帰ろ。疲れたでしょ?」
「うん・・・」
目の前に広がるのは、なんの異変もない現実。やっぱり、今まで見ていたのは幻視だったのかな。新しい生活にまだ慣れてなくて、疲れちゃってたのかな。
ぽん、と肩に置かれたはや君の手からじんわりと伝わってくる温もり。それがいつもの温もりで安心する。
ありがとう、はや君。
そうして私たちは家路についたのだった。
なんとも言えない疲労感を残して。
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