第2話:”モノ”

 そして迎えた翌日。この日は進学のためにこの土地へとやってきた私にとって、一大イベントである「入学式」の日である。

 両親は仕事の関係で来られないけれど、その代わりに来てくれる人がいた。

 びしっとしたスカートタイプのスーツに着替えて、カバンを手に取った時ちょうどインターフォンが鳴った。

「はーい」

 のぞき口から外を確認してすぐに扉を開く。朝のまぶしい光に目を一瞬細めたが、扉の前に立っていた人物がそれに気が付いてくれて、光を遮るようにして立ってくれた。

「おはよ、なでちゃん」

「おはよ。・・・なんだかはや君がスーツって、違和感かも」

 私より身長が高いのに、その温厚な雰囲気や顔立ちから女性によく「かわいい」と言われるこの男性こそが、隣に暮らしているという親戚、加藤かとうはやて君。私のお母さんのお兄さん、つまり伯父さんの子で私より歳は1つ上。親戚の中でも歳が近いせいか、幼い頃からよく遊んでもらっていた。だからお互いに「なでちゃん」、「はや君」と呼び合うのが通常運転。兄弟がいない私にとってはお兄さんのような存在である。

 今回の進学にあたって、どこに暮らすかという問題になった時も、初めての1人暮らしとあって色々ろ悩みもしたが、はや君と同じ学校に行くということもあって色々と助けてもらえたらということで、今の住居に決定した。

「そんなこと言ったら、僕もなでちゃんのスーツ姿には違和感あるな。でも、叔父さんや叔母さんにしっかりなでちゃんの有志が伝わるように、ばっちりカメラ回すからね!」

「一応、はや君は在校生でしょ」

「まあまあ、そこは気にしないで」

 入学式ということで、在校生のはや君は本来お休みのはずだけど、来られない両親に代わってきてくれることになっている。

 学校までは自転車で通学する予定だけども、今日はスーツだからバスで向かう。

「なでちゃんは、どういう大学生活送りたい?」

「うーん」

 そういって頭を横切ったのは、先日行った書店のこと。

 アルバイトのことは考えてみたが、条件も悪くないしとりあえずやってみようかと思っている。入学式が終わったら行ってみようかな。

「静かな大学生活が送れればいいかな。学内の図書館も大きいし、読書にふけるのもありかなって」

「なでちゃんらしいや。でも、せっかく大学生になったんだから新しいことに挑戦しないとね」

「新しいこと?」

「そう。沢山の出会いがなでちゃんを待ってるよ」

 新しい出会い・・・か。

 でも昨日、さっそくあったんだよね。

 そうこうしているうちに大学に到着し、私は入学式が行われる講堂に入った。当たり前だけど、知らない人ばかりで不安になる。でもこれから新しい生活が始まるのだから、ここでビビッてたら何も始まらないよね。指定された場所に座り式が始まるのを待つ。

 そうして式は滞りなく終わり、講堂の外ではや君を待っていた、その時だった。


 ― ハラガ、ヘッタ ―


 どこからか、聞き覚えのない声が聞こえてきた。ガラガラ声で聞き取るのがやっとだったけど、確かに聞こえた。

 今の声は、何?

「きゃーーーーーっっ!!」

 そんな疑問も束の間、次に聞こえてきたのは高い悲鳴。そしてその声を皮切りに、その場の雰囲気がいっきに張り詰めたものになっていく。めでたい会場に似つかわしくない雰囲気。

 はや君は大丈夫かな。なんだか急に不安になってきて辺りを見回してみる。辺りには私と同じくスーツに身を包んでいる人がほとんどで、特に異変が起きている様子は確認できない。けれど突然響いた悲鳴。

 その時、講堂と建物の間に黒い影を見つけた。建物の影に隠れるようにしている人の形をした”モノ”は、辺りを警戒しているのか首を左右に振っている。そして目を見開いたのは、そんな”モノ”の腕に抱え込まれている女性の姿だった。

 え、え、え。どういうこと。

 どうして誰も気が付かないの?

 あれは、何なの?

 疑問ばかりが私の中で渦巻いていく。ほぼ目の前にいる人でさえ、その存在に気が付いていない。

 そしてそのままその場を後にしようとする”モノ”。このままじゃあの人はどうなっちゃうの?

 そんな物語のヒーローのようになにかできるわけじゃない。でも助けを呼ぶことはできるよね。

 私は無意識のうちに駆け出していた。こんなパニックの中であんな光景を見て走れている自分にまず驚いているけれど、でも今はそれどころじゃない。

 行かなきゃ。そんな思いが今の私を動かしている。

「なでちゃん!!」

 本当は近くにいたはずのはや君の存在に気が付かないで、私は”モノ”の後を追った。

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