第1話:新拠点、前橋
東京から普通電車で約2時間半、新幹線で約50分〜1時間、車では首都高速を経て、関越自動車道の下りを走っていけばたどり着くのが群馬県。
高崎駅に行くべく、東京駅から北陸新幹線に乗り換えて向かう。ちなみにこれは群馬出身の友人に聞いた話だが、高崎駅を通っているのは長野新幹線、上越新幹線、北陸新幹線の3つだが、停車駅の関係で乗車時間が短いのは北陸新幹線だそうだ。
と、そうこしている間に新幹線は高崎駅に到着し、そこから両毛線に乗り換えて前橋駅へと向かう。
長旅を経てようやくたどり着いたのは、群馬県前橋市。
私 –
これから暮らす場所は前橋駅から徒歩10分程の場所で、そのまま歩いて行くことにした。北口を出てすぐに見えてくるのは白を基調としたバスロータリー。そしてそこを抜けると綺麗に整備され、県庁へとつながる国道50号線が見えてくる。その国道50号線を県庁側に進んでいくと右側に見えてくるのが私がこれから暮らす家がある「前橋中心街」である。驚くことにこの中心街には9つの商店街があり、それぞれの商店街がある通りには名前がつけられている。
親戚がこの中心街の一角にあるアパートに住んでいて、この度新生活を迎えるにあたって、部屋が空いているとの情報をもらいすぐに決めた。
まぁ、全く知らない土地だから知ってる人が近くに住んでいるだけでも心強い。
とそうこうしているうちに目的のアパートに到着。例の親せきは日中留守にしているとのことなので後であいさつに行こう。
部屋は2LDKでリビングと寝室で分けられそう。トイレと浴室も分かれていて、一人暮らしの部屋にしては申し分ない。
とちょうど配達業者の人が私の荷物を届けてくれたところで、あっという間に部屋は段ボール箱で埋まっていった。
さて、時刻はまだお昼頃。何をしようか。
大学は明日からだし、とりあえず食材でも買いに行こうかな。
私のアパートがあるのは馬場川通りという通りに近い場所で、そのまた近くにはスーパーもあれば、国道50号線も近いため何かと便利な場所だ。馬場川通りにはガス灯があり、小さな川に沿っておしゃれな雰囲気を漂わせている。
馬場川通りを西に進んで行くと、今度は中央通りという通りに出る。その通りを北に歩いていくと、前橋中心街のメイン通りというだけあって、たくさんの店が軒を連ねている。
そして、ところどころにあるお店を覘きながらスーパーに向かっていた時のこと。
中央通りを少し中に入った場所に、一軒の書店を見つけた。
外見はだいぶ古そうに見えるものの、その歴史感が魅力的に映る。加えてその外見は目立つものではないが、周りの空気とはどこか違う雰囲気をどこか漂わせている書店だった。わりかし読書は好きな方で、高校生時代には1週間に一度は本屋さんに通って面白そうな本を探していた。
こんな近くに書店があるなんてすっごく嬉しい。
思い切って書店へと足を進めた。
看板には少しこすれたような字で「蘆屋書店」と書かれている。
「こ、こんにちは・・・」
ガラガラと音を立ててガラス張りの引き戸を開く。
中はいくつかの本棚が置かれていて、そこにはびっしりと本が配置されている。一般的にみる図書館と構造はよく似ている。しかし、本はほこりを被っている様子もなくきれいな状態で置かれている。店内に人の姿は見えない。
棚に置かれている本の種類は様々で、小説やエッセイ、雑誌から学生向けの参考書や小学生向けの計算ドリルなどがジャンルごとにきれいに配置されていた。
「あ、これっ。私が気になってたやつっ」
引っ越す前に気になっていたが、金銭面から断念した小説を見つけてしまった。
嬉しい、いや本当に嬉しい。
「っっ・・・」
喜びを1人噛みしめていた時のこと、店内に響いた声。声、というよりは、笑いをこらえている音、と言った方が近い。
恐る恐る周囲を見渡してみると、店の奥にカウンターに腰を掛けている1人の青年の姿を見つけた。
「ごめんなさい。でも本当に嬉しそうな表情をするから、つい」
「あ、いえ、こちらこそ・・・すみません」
同い年くらいの人だろうか。癖の少ないショートの黒髪に黒縁の眼鏡をした青年。知的なイメージが印象的だ。
それにとても響く声。聞いていて心地いい。
「お見掛けしない顔ですね。このあたりの方ですか?」
「いえ、進学のために引っ越してきたんです」
「なるほど。さしずめ買い物をしようと散策していたら、こちらが目に入ったんですね。ありがとうございます」
この短時間ので当てちゃいますかっ。
「・・・本が好きなので」
「そうですか。うん、その表情を見ていればよく分かります」
表情に出やすいとはよく言われますっ。
なんだか不思議な人。返ってくる言葉はなんだか見透かされているようなのに、怖いとは思わない。けれど安心とまでは言わない。
「あ、そうだ。本が好きであれば、うちでバイトしませんか?」
「えっ?バイト、ですか?」
確かにバイトは何をしようかと考えていたが、まさかここで話が出るとは思いもよらなかった。
本屋さんでバイト。意外に盲点だったかも。
本屋は本当に本が好きで行っていたから、そこで働くことに頭が行かなかった。
「まあ、すぐに決めろとは言いません。もし気が向いたらここに連絡ください」
そう言って渡されたのは、1枚の名刺だった。そこに書かれていたのは、「
「あしや・・・かずやさん」
「はい。蘆屋和也と申します。よろしかったら、お名前聞いても?」
「あ、ごめんなさい。倉橋撫子です」
蘆屋さんは私の名前を聞くと、ふわっと優しい笑みを浮かべた。
「いい名前ですね」
「ありがとう・・・ございます」
そんな整った顔で褒められると、なんだか恥ずかしい。
そんなこんなでこの日は書店を後にしたが、この時まさかあんなことになるなんて・・・思いもしなかった。
「きっとあの人ならこの店でもやっていける。・・・きっとだべ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます