epilogue prologueの四日後
三日間の中間テストを終えた群青夕陽は、一人で異世界の土を踏んでいた。
敵とはいえ約束を交わしてしまったのだ。
破るのは彼の信条に反する。
竜人には一週間と猶予をもらっていたが、どうにも女子と顔を合わせづらく一人で異世界に訪れてしまっている。
逃げているのだ。勇者だけど、逃げているのだ。
あの、『勇者の鎧からコンドーム落下事件』から────。
天一面を紫雲が覆い、雷が泳ぐ。その下には荒廃した灰色の大地。
建造物は一つだけ、竜人ジルドナグスの城がそびえ立っている。
城門には一名のリザードマン兵士が立ち、勇者の侵入を阻む。
門兵は一名のみであり、不思議なほどに魔物の気配がない。
「貴様! まさか勇者か!」
「はい……あの……ジルドナグスさんはいらっしゃいますか? もう一回来ますねって約束してたんですけど……」
「な、何を友達と遊ぶみたいに! だが話は聞いている! 少し待て!」
話は通っていたようだ。
直ぐに現れた四天王の一角、竜人ジルドナグスは何やら少し申し訳なさそうに頭を掻いて歩いて向かって来る。
「来タカ……勇者ヨ……」
「うん……予定より早く来ちゃったけどいいかな?」
「……済マヌ……非常ニ……言イ辛イノダガ……」
竜人は何やら口ごもる。
少し間を置いて、竜人の頭が柔らかく下がると同時に言葉が飛んで来る。
「本当ニ済マナイ……我輩……クビニナッタ」
「…………え?」
「貴様ニ負ケテ……魔王軍カラ追イ出サレタ……」
「…………あ、じゃあ……戦う必要が……」
「……ウム……ナイ……」
「そ…………そっか……」
かといって、ごめんと頭を下げるのも、彼の誇りを傷つけることになるだろう。
自分の負けを潔く認め、自分の大剣を墓標にするような誇り高い武人だ。
下手な謝罪は、竜人を惨めにさせるだけだ。
そうして傷心の身と傷心の身が噛み合って、それで。
「…………散歩でもします?」
「…………ソウダナ……」
傷の舐め合いが始まった。
天一面を紫雲が覆う。雷が泳いでいる。
下の荒廃した灰色の大地に転がった大きな岩の上で、体育座りをするものが二名。
一名は勇者で、今日は普段の雄々しい様子はない。
同様に隣で体育座りをして丸くなっても、巨体の大きさを消せない竜人が一名。大きな溜息を吐いて、それが思わず火炎の息となって漏れ出ていた。
「僕も……色々あってさ……」
「我輩モ……スッゴイ怒ラレタ……」
虚し気な風が吹き、互いを素直にさせた。
「僕……デスカルノを倒した時に、エッチな道具を女子二名の前に晒しちゃってさ」
「何ダ、ソノ面白ソウナ話ハ……」
「や、大恥掻いたんだよ……僕が二人とエッチなことしようとしてると思われちゃってさ……」
「ブ……ブブブ……!」
「何その笑い方。別にいいよ大声で笑ってくれて」
「ブハハハ!」
「それでさ……二人とも僕がエッチなことをしようとしてると思いながらも、受け入れようと……いやむしろ僕より乗り気だったりしてさ……」
「ナンダ……悩ムコトハナイジャナイカ……」
「いやまだ僕一四だよ? そういうのは結婚して初めての夜にするものだしさ……それに魔王だって倒さなきゃいけないのにさ……」
「オマエ……苦労ヲ拾ッテ来ルタイプダナ……」
竜人ジルドナグスは結構話の分かる奴だった。
勇者はそう感じて饒舌さを増す。
勇者には心の内をぶちまける相手がいないのだ。勇者だから。
孤高の存在にも二名のみ、心の許せる相手は居た。だが、その二名は、その両親はどうにも話が噛み合わないのだ。
「ム? チョット待テ。我輩ト戦ッタノハ、ソノ事件ノ直後トイウコトカ?」
「あ、うん。ごめん。あの時、事件の後だったから僕凄い怒ってて、半ば八つ当たりだったんだ」
「…………我輩ストレス解消サレタノ……?」
「……うん」
「ソウイエバ……パパガドウトカ……荒レテタナ……」
「うん……あの時、凄い荒れてたから言葉でも八つ当たりしちゃって……あの時はごめん」
「ウム……」
二名は空で泳ぐ雷をぼーっと眺め合っている。
「アレ? ドウシテ一人デ我輩ノ所ヘ来タノダ? デスカルノトハ三名ダカ四名デ戦ッタト聞イタガ」
「………僕さ、二人にどっちを初体験の相手に選ぶんだって詰め寄られて……それで何て言っていいかわからなくて……転移陣に押し込んで帰しちゃって……それっきり話してないんだよね……」
「勇者ヨ。ソウイウノハイカンナ。話サナケレバ溝ハドンドン開イテ行クゾ」
「だよね…………あぁ……何て言えばいいんだろう……」
「ウーム、モウアレダナ…………付キ合ッチャエヨ?」
「ちょ、え、やーめーろーよー! ぼ、僕まだやることあるんだから!」
「オイオイ何ダヨ! 意外ト乗リ気ジャンカヨー!」
「あはは! はは……ははは……」
「フハハハ! フハ……ハハハ……」
孤高の存在である勇者には完全に心を許せる友達もおらず、談笑に発展することも稀。その為、密かに男同士のイチャイチャした会話に憧れていた。
男二名はひとしきりイチャイチャすると、やがて気付く。
何やってんだろうなぁ、と。
「「…………ハァ……」」
ゆえに、揃って溜息を洩らした。
「トイウカ、ドウシテ怒ル必要ガアル? 自分デ、エッチナ道具ヲ持ッテ歩イテ居タノダロウ?」
「それが違うんだよ。パパうえ……あ、父親ね? 父親に持たされててさ」
「ソレハ……不憫ダナ……」
「怒りに任せて家出しようとしたら、『家出とか親子っぽいイベント来たー!』とか言って喜んでるし、テストもあるから家出するわけにもいかなくてさ……」
「…………勇者……何カ……大変ナンダナ……」
「うん……」
不思議な感覚だ。勇者にとっては前世も含めて生まれて初めての感覚だった。
弱音を吐くとは、こんなにも胸がスッキリとするものなのかと初めて知る味わいだ。
確かに、いつも誰かに頼られ、誰かの為に魔王を倒し、誰かの為に正しく在ろうとするのは善いことだ。
それもまた気持ちの良い行いであることは確かだ。
だが、こんな気の晴らしかたがあるのだなと気付けたのは、単衣に地球世界での転生生活を送って来たからなのかもしれない。
あの両親とクラスメイト達は、自分を少し柔らかくしたのかもしれない。
そう思うと、勇者は折れているばかりではいられなくなった。
「ありがとうジルドナグス。僕帰って話してみるよ」
「ウム」
「あのさ……また来てもいい? 僕話し相手が中々いなくてさ」
「アァ……タダ城ハ空ケネバナラナイカラ……引ッ越シタラ連絡スル」
「あ、僕引っ越し手伝うよ」
「イイヨイイヨ。悪イカラ」
「えー何か聞いてもらいっぱなしっていうのもさぁ」
勇者は初めての友人が出来た喜びに乗って、再び魔王に対し剣を取る意思を取り戻した。
勇者が帰宅する頃、竜人の友に向けて送られた笑顔に普段のような頼もしさはなく、今までは一度も見せたことがない無邪気なものだった。
例えるならそれは、地球世界の子供のような顔だったという。
異世界勇者のTake2~転生先の地球現代で過保護される日常~ 砂糖 紅茶。 @tea1984
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