第三二話 四天王攻略戦⑤

 戦場は直ぐに小規模の池になった。いや大規模な水溜まりというべきかもしれない。

 ムーン・ドロップが放った津波の波が収まり、防壁魔法の貼られている牛舎を除いた全ての地面を水が埋めている。

 等間隔で並べられた墓石が頭を出し、水面下では黒蛇がその身を小さくしつつある。


 蛇が水へ触れているのに、水を消し去っていない。

 むしろ水に込められた魔力で蛇を消し去りつつある。

 それはつまり、気持ちの戦いだと言われたこの四天王戦において、ムーン・ドロップの精神がデスカルノの悪意を上回りつつあるということだ。


「だが! 儂は一撃すら浴びせられてはいない! 未だ有利なのはこの儂、デスカルノだ!」


 空中にてデスカルノが吠えた。最もだ。

 しかも勇者は武器を失っている。

 アイスはこの床全てを覆う水中の何処かを溶けて彷徨っている。

 未だ有利なのは四天王デスカルノだろう。だが。

 だが、それがどうした。

 此方には、此方には…………此方には────破瓜する機会が掛かっているのだ!


「二人とも! 強い気持ちを取り戻したんだね!」

 

 群青君は未だ腕にこびりついて離れない黒い液固体ごと、水の中へ突っ込んでを腕を洗いながら、我々の復活を嬉しそうに迎えた。


「あぁ! 任せろ! それにしても群青君……つれないな……もっと早く言ってくれてよかったのだが」

「…………うん?」


 ここぞとばかりに私は、ポニーテールの毛先を指でくるくるとやって、ミニスカートのような腰当から零れている太ももをモジモジとさせて女を出した。

 当の勇者様は、謎を浮かべた顔をしているが無理もない。

 彼は私たちを酸の蛇から庇う為にずっと前を向いていたのだ。

 その後ろで避妊具を私に拾われているとも知らずに。


「そ、そうだぞ勇者よ。たたた確かに大賢者を前にして言い辛い気持ちも分かる、分かるがこのムーン・ドロップは自室に大量の薄本を抱えている。事前知識はバッチリだ。わ、割とハードめなところまで耐えうるだけの覚悟があるというのに」

「…………うん?」


 負けじとムーン・ドロップもツインテールの片方をくるくるとやって、黒ローブの裾をモジモジと握っている。

 身長も低めで丸眼鏡の下にある頬は赤く染まり、本来の月野雫が持つ華憐さをアピールしている。

 っく! 手強い!

 私にはこの手のいじらしさがない!


 この、思わず抱きしめてあげたくなるような儚げな雰囲気は私には出せない!

 最早、私と彼女のどちらが初体験の相手に選ばれているのか不明な状況下において、一番の強敵は骨野郎ではなく自称大賢者ムーン・ドロップであると知るべきだ!

 負けては……負けてはいられない!


「ムーン・ドロップ……やるべきことは分かっているだろうな」

「愚問だぞ我が友……堂々と戦おうではないか」

「……え? え? 二人とも?」


 私とムーン・ドロップは輝く視線を交わし合って宣戦布告を表明した。

 自信に満ちた笑みを飛ばし合った後、彼女は今までの鬱憤を晴らすが如くデスカルノへ向かって駆け出した。 


「復活! 《天浄の吐息ゴッド・ブレス》!」

「っく! 《反魔法壁アンチ・マジックウォール》!」


 霧状に放射される浄化魔法を、魔力の壁で防御する。

 壁を触れ合った光の胞子が反発し合い、其処に電気花火が生まれ、バチバチと音を立てた。


「勇者よ!」

「は、はい!」

「──よ……よ、余の家にはアニコスが沢山だぞ! さぞ貴君を飽きさせないことだろうなぁ! 着せ替え人形を買って出ようではないか!」

「…………はい?」

「魔法使いの女! 儂との交戦中にお喋りとは随分と余裕じゃな──」

「五月蠅い黙っとりゃぁあああ骨! 《天浄の吐息ゴッド・ブレス》!」

「むぅうううう!!」


 そうだろう。そう出るだろうなぁムーン・ドロップ。

 私からすれば、群青君が初体験の相手に選んだのはムーン・ドロップかもしれない。

 あの真面目な彼だ。どちらも、などというハーレム欲求はないだろう。

 そしてムーン・ドロップからすれば私かもしれない。

 だからこそ私たちはアピールせずにはいられない。

 

「そ、それに余はその知識に関してマニアックなところまで見聞を進めている! 大丈夫だ勇者よ! 猫語尾からダブルピースまで何でもござれだ!」


 アピールを繰り広げながらも、彼女の手からは絶え間なく霧状の浄化魔法が放たれ、デスカルノを防戦一方に追いやり、その場へ引き留めている。

 

「ご、ごめん転生者の僕が言うのも変だけど……まるで異世界語のように何を意味するワードか全くわからない!」

「っく! 余の知識が勇者を上回ってしまったか!」

「貴様ら! いい加減にお喋りを──」

「脳ミソが無いだけに学習能力がないのか貴様はぁあああ! 今忙しいんだこっちはぁああああああ! ──《氷隗の拳アイシクル・フィスト》!」

「むぅぉおお!?」


 流石はウチの大賢者様だ。長年、魔法に妄想を馳せ続けたというものである。

 魔法のセレクトが上手すぎる。

 ムーン・ドロップの放った巨大な氷の塊を放つ魔法は、魔力でのダメージを与えるのみならず物理攻撃的な意味合いを含んでいる。

 防壁の上へどグーパンを模した氷塊が叩きつけ、デスカルノは壁へと突っ込まされた。


「《氷隗の拳アイシクル・ナックル》!」


 彼女は続けざまに氷塊を大量生産し、次々と壁へ突き刺していく。


「何処を狙っている下手糞めがぁあああ!」

 

 追撃を跳ねのけたデスカルノの咆哮が上がる。

 

「《酸の黒蛇アシッド・ダーク・スネイク》!」


 壁に激突するも大したダメージは入っていない様子でデスカルノは怒りに任せて、再び触れたものを溶かす蛇を振らせようと、骨の両腕を宙で広げた。

 壁際の、水面の地上から10メートルは浮いているであろう、その位置。

 其処には────私が居た。


「──チャラッチャラ! 問題です!」

「なっ!? 貴様いつの間に!」


 デスカルノが意表を突かれ、驚くのも無理はない。

 こちとら本職は剣士、副職は傍観者ストーカーだ。

 …………いや、本職は学生か。

 とにかく、気配を殺すことにかけては一級品なのだ。

 見破れるのは勇者くらいしかいない。


「固体の物質を水に溶かして再び結晶として取り出すことを何というでしょうか?」


 ムーン・ドロップの実態は中間テスト万年二位の優等生、月野雫なのだ。

 頭が良いのだ。

 その彼女が乱雑に壁へ刺した氷塊。それは雑に見えて階段状に作り上げられている。

 氷の階段は、空中に留まるデスカルノの元へ続いていたのだ。


 飛び道具を持たない私を参戦させる為の道を、彼女は用意したのだ。

 私はその氷塊の上を飛び跳ねて移動し、遂にはデスカルノを目前に捉えるところまで迫り、理科のテスト問題を繰り出した。


「正解を────言ってやれアイス!」

「再結晶、ですわ!」


 私は飛び道具を持たない。それゆえに、私に出来ることはアイスの捜索しかなかった。

 私だって彼にアピールしたいところを頑張って声を殺し、気配を殺し、酸に溶けて水面を浮いて漂っていたアメーバ状のアイスを発見した。


 そしてムーン・ドロップが放った氷塊魔法である。

 この氷塊魔法には二つの狙いがあった。

 私に道を作ること。

 そして、勇者の持つ魔力すらも凌駕する魔力の込められた氷を、溶けているアイスに与えることで彼女に力を与え、再結晶させるという狙いである。


 ゆえに私たちは二手に分かれた。

 私はアメーバアイスを回収し、氷塊へ彼女を触れさせる。

 アイスは氷塊から魔力を吸い取る。

 ゆえに、私の手には姿を取り戻した瑠璃色の魔剣が握られているというわけだった。


 ────デスカルノの骨身に、瑠璃色の一閃が走った。


「が、あ……ぁ……」

「群青君! 済まないが受け止めてくれ!」

「あぁ! 凄い! 凄いよ二人とも!」


 飛び上がってデスカルノを斬り、私は10メートルの落下を経て、勇者様の逞しい腕に収まった。

 お姫様抱っこである。


「次は私の番だ群青君」

「え? な、なにかな?」

「──私は……Gカップだ!」

「…………う、うん?」

「待て。早まるな。中三でGだぞ? 高校生になればHもIも狙えるかもしれん」

「っく! 余には手を出せないアピールポイントで打って来るとは!」


 もう少し彼の腕に収まって居たいが、私は身体を鍛えている為に筋力が多く、体重が少し多い。

 彼に負担を掛けるのも悪いかと着陸し、アイスを勇者へ変換した。


「群青君。それだけではない。それに私は脚だって長い。履いたことはないが、さぞニーハイが似合うことだろう!」

「余は未経験ではあるが受け責め両方出来ると自負している! 様々なシチュエーションに耐えうるだけの知識がある!」

「私だって同じだ! 君が相手であればどちらも器用にこなして見せようではないか!」

「フン! 所詮スポーツ女子には到底追いつけぬ真理の扉を開けているのがこのオタク、ムーン・ドロップというもの! 全てのプレイで次元の違いを証明できる!」

「く……クソ……こんな奴らに……」


 デスカルノは身を斜めに斬られ、牛舎の元へ上半身のみで這いずって移動している。


「二人とも! 話してる場合じゃない! 奴が逃げる!」

「「おう! 帰れ帰れ!」」

「…………えぇ?」

「貴様ら……覚えてろ……!」


 デスカルノはうつ伏せの状態から腕を伸ばし切り、転移魔法の類を発動させ、大事な牛さんと共に消え去っていった。

 正直、私たちにはどうでも良いことだった。

 今、それよりも遥かに大事な問題がある。


「群青君。素直に答えてくれ」

「な、何かな?」


 私は胸当ての内側にしまっていた避妊具を取り出す。

 ギザギザのビニール封を、彼へと突き出した。


「私とムーン・ドロップ……どっちだ?」


 勇者の顔が瞬く間に真っ赤に染まって、四天王デスカルノ戦は我々の勝利で幕を下ろした。

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