第三一話 四天王攻略戦④

 デスカルノが放った黒いモヤは、私の喉でクルクルと回っているものの、私には何ら変化を与えない。魔法など使えないのだから当然だ。 


「っく! 《状態異常回復リフレッシュ》!」


 勇者が間髪入れずに取った対策も当然だ。

 ムーン・ドロップの身体を、爽やかな水色線状の粒子が覆う。

 彼女が使う神聖魔法は、スケルトン族という死霊の相手にとって必須の戦力。

 封じられたままでは分が悪い。


「なっ……」


 放った本人だからこそ理解したのだろう。

 勇者の表情に曇りが張る。恐らく、魔法を使えないという彼女の状態異常を治せなかった。


「よし! 行くぞ! ………………あれ? 魔法の名前が……一つも出て来ない」

「ムーン! 奴の闇魔法のほうがレベルが上らしい! 僕の回復が作用しない! 精神力で跳ね返せ!」

「よ、よし……………………えっと……余って魔法使えたっけ?」


 ──使えないけど使えたんだよ! 駄目だ! 

 四天王デスカルノの悪意が勇者の魔力を、そして彼女の精神力を上回っているという証拠だ。

 我々の人生初のデートへの欲求よりも、デスカルノの骨愛が勝っているということになるか。

 

「なら……斬ればいい!」


 このまま混乱しているわけにもいかない。

 私は剣のグリップを握り込みデスカルノへ疾走する。

 駆けて行き、横へ薙いだ銀の剣に手応えはあったが、私が切ったのはデスカルノが座っていた骨の玉座。


「気をつけたほうがいいぞ剣士の女」


 そんな警告が真上から聞こえた。

 私が斬る直前、奴は上へと飛び上がり魔法で浮遊停止している。

 これでは飛び道具を持たない私には手の出しようがない。

 実質、勇者とデスカルノの一対一。

 数の有利さを失った戦況を把握しただけのつもりが────どうやら気弱になっていたらしい。

 切断した玉座から黄色い閃光が走る。

 傍にいた私の身体中を電気が泳ぎ、私はその場に倒れた。

 

「がっ、あ、あ……」


 命の危機を感じるほどの痛みはない。クラゲに刺された感覚に近い。

 威力こそ脅威ではなかったものの、手足が痺れて動かなくなっていた。

 麻痺──状態異常を使うと忠告を受けていたのに。

 恐らく時間差で発動するような魔法を玉座へ仕掛け飛び上がったのだろう。

 それを喰ったばかりか、状態異常を発現させるほどに一瞬気弱になってしまっていた。


 上手い。魔法を使うタイミング。思考の読み。

 ただの牛さん大好きな骨ではないと、私は自分が窮地に立ってようやく理解した。

 そして理解したのはそればかりではなかった。


「伊織さん! リフレ──」

「魔法使いの女が手薄になるなぁ勇者! ──《酸の黒蛇アシッド・ダーク・スネイク》!」

「あっ!」


 宙に浮いているデスカルノの骨手から黒色の蛇が、ムーン・ドロップへ向けて放たれる。


「あ、あぅ……」


 狙われたムーン・ドロップは恐怖で硬直。いや、恐らくは魔法が使えないことや恐怖によって中身は月野雫へ交代していると思われる。

 迫りくる蛇を涙目で見つめるだけの彼女の身体を、勇者が颯爽と攫った。


 石畳に着弾した蛇の身体は液固体で、触れた部分の石畳を溶かして下の地面を剥き出しにした。

 放たれた蛇に意思はないらしいが、触れたものを溶かすらしい脅威に汗が噴き出す。


 私と勇者との間に距離が取られた。

 そうなれば今度手薄になって狙われるのは────麻痺で倒れている私なのだろうと直ぐに理解した。


「今度はこっちがガラ空きだなぁ勇者よ! ──《酸の黒蛇アシッド・ダーク・スネイク》!」


 予想通り、私の頭上にドロドロの蛇が迫る。

 うつ伏せに倒れ込み、顔を横へ向けて更に横目で上から降る蛇を見れはするものの、身体は動かない。

 歯噛みして酸の蛇を迎える他なかった。


「アイス! 頼む! ──《零度の剣アイス・エッジ》!」

「畏まりましてよ!」


 瞬時の判断で、勇者が飛ばした氷を纏う斬撃は、私に降り掛かろうとしていた溶解蛇を吹き飛ばした。

 吹き飛ばしたが蛇はいなくならない。その場に留まり、触れた地面を溶かし続けている。

 私は身体の痺れに抵抗しながらも更に状況を理解する。

 変化した戦況は勇者とデスカルの一騎打ちなんていう甘い状況ではない。

 彼は私たち二名を守りながら戦わなければならないし、とてもではないが攻撃に出れる隙がない。


「──《酸の黒蛇アシッド・ダーク・スネイク》!」

「っく! ──《零度の剣アイス・エッジ》!」 


 空中に居座ったままのデスカルノから、私と月野雫の内、手薄になったほうへ酸の魔法が放たれる。

 時には勇者にもデスカルノからの攻撃は飛んでいく。

 勇者は防戦一方。私に状態回復を掛ける余裕もない。


「勇者よ! 以前より弱くなったから味方を連れてきたのではないか!?」


 そしてデスカルノは囀る。

 勇者の精神すらも弱らせ、状態異常が効くようにして王手を掛けようという腹づもりだろう。

 彼は流石の勇者様で、集中を保ち顔色は悪くない。だが私たちの心はどんどんと弱まっていく。

 これじゃ私は足手まといでお荷物だ。

 本当は単なる女子中学生であることを自覚せずにいられない。

 それは多分、月野雫も一緒なのだろう。

 

「すまない……すまない群青君……!」

「ぅうう……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「二人とも! 気持ちを持ち直すんだ!」


 デスカルノは蛇を大量生産し続ける。

 今のところ私たちに命中していないだけで、地面へ、壁へ、蛇は身を落としてその面積を広げていく。

 もしも一匹でも身に巻き付けられれば、私たちは肉体を溶かされスケルトン兵士となるのかもしれない。

 黒蛇に黒蛇が折り重なり、必死に動き回る勇者の足場を段々と奪っていく。

 デスカルノは抜かりのない奴で、牛舎にだけは防壁のようなものを張り、それは黒蛇も、動き回る勇者も通さないようにしている。

 用意周到に、まるで詰将棋のようにして私たちに劣勢状況を与えていくデスカルノの厭らしい戦い方の前に、私の胸には既に敗北の二文字が蝕んでいた。

 このまま蛇に足場を奪われ、いずれは誰かが溶かされる。

 詰み、だ────室内の五割を黒色が覆う中で、私は死を覚悟した。


「一人で来ればもう少し戦えたものを……ハハハ……アーッハッハッハッハ!」


 悔しいかなその通りだ。

 彼は強い。彼一人であれば勝てたのかもしれない。

 戦力アップを図ろうと私と月野雫を仲間に加えたものの、こうして人質となって裏目に出ている。

 

「《酸の黒蛇アシッド・ダーク・スネイク》!」


 冷静に黒蛇の陣地を拡大するだけ。それだけでデスカルノは勇者に勝利する。

 それに最後まで抗う勇者は氷の斬撃を飛ばし続けて、私と月野雫、そして自分に被弾しないように、この劣勢に抗っている。

 しかしそれももう時間の問題だった。

 蛇は地面を埋め尽くし、横たわる私の周囲を取り囲んでいる。

 泣いて蹲る月野雫のほうも同様に。

 勇者が動き回るだけのスペースもなくなってきている。

 私と勇者との間には遂には黒色の隔たりが出来て、私は孤立した。

 もう、顔先まで黒色のドロドロは迫っている。

 

 その時、冷気を纏った女の子、金髪碧眼の幼女が蛇を掻き分けて飛び込んできた。


「な! アイス! 馬鹿な!」

「ふふ……アタクシ……伊織嬢は気高くてお好きですのよ」


 剣から人型へと姿を変え、私を救おうと駆け付けた。

 その幼い身体には黒い液体がこびりつき、アイスの氷の身体をジュウジュウと溶かしている。


「勇者さん! 投げますわよ!」


 群青君の勇ましい返事が遠くから聞こえると、幼く小さい身体から生まれるとは思えない腕力でもって、アイスは私の身体を勇者の元へ投げ飛ばした。

 勇者にキャッチされ、私の代わりにアイスが沼と化した黒い液溜まりの中へ沈んでいった。

 彼は月野雫を自分の傍に寄せていたらしく、私たちはドロドロとした黒檻の中でようやく三人集合した。


「アイス! アイス! どうして私なんかを!」


 ──《状態異常回復リフレッシュ》、と群青君は私の身体から麻痺を去らせた。

 アイスに救われても私たち三人は炎に取り囲まれ、犠牲者を出してしまった今では、何もかも遅いというのに。


「伊織さん、ムーン聞くんだ。アイスは溶けてしまうが死んだりはしない。魔力を与えればまだ戻れる」

「しかし! 剣がなくなったのだぞ! アイスを残したまま、今から東京都の部屋へ別の武器を取りに帰るわけにもいかないだろう!」

「あぁ、だから勝とう。二人とも、これは気持ちの戦いだと言った筈だよ。大丈夫。二人は、時には僕より強いじゃないか。僕の出番を奪ってきたじゃないか。今からでも鋼の精神を取り戻すんだ。そうすれば禁魔も解ける筈だよ。何か方法を思いつく筈だよ」


 あぁ確かに、彼は勇者だ。

 こんな時だと言うのに、太陽より眩しい微笑みを私たちへ送る。


「ぅ……うぁ……ぅぁあああああああああああああああああああ!!」

「わぁあああああああああああああああああああ!!」


 私たち二人は自分の無力さを自己への怒りに変えて、悔し涙を流しながらも叫んだ。

 咆哮が何か妙案をもたらすと、自己叱咤が禁魔を蹴散らすと、そう無理にでも思い込んで必死に叫び続けた。

 ──しかし、そんなことでは禁魔も解けたりはしなかった。この劣勢を覆す策なども生まれなかった。


「さらばだ! 勇者よ! 《酸の黒蛇アシッド・ダーク・スネイク》!」

 

 私たちの会話を黙って聞いていたわけではない。

 デスカルノはひと際大きい黒蛇を、時間を掛けて練り込んでいたのだ。

 黒い酸の塊が、我々三人へと迫る来る────。

 勇者が一歩大きく進み出て、自身の腕を交差して黒蛇を受け止める。

 彼の腕から煙が上がる。

 あぁとうとう私たちは、好きな人さえも犠牲にしてしまった。


「──大丈夫だ! この宝具の鎧であれば、少しの間なら持ちこたえられる! その間にムーンは禁魔を破るんだ!」

「やってる……やってるよ群青君! でも魔法のこと全然分からなくなっちゃったんだよ!」

「大丈夫だ! 大丈夫なんだよムーン! 君は強い! 自信を持つんだ!」

「ぅうう……うううぁああああああああああああああああああああああ!」


 必死に泣いて抗う彼女にも、勇者を援護することも、何もしてやれない私だった。

 遂には勇者の鎧にヒビが入ったのか──鎧の欠片らしきものがシャっと落ちた。

 もう、勇者も限界だ。


「群青君……無理だ。鎧がひび割れてきている……私たちはもう……」

「え!? 鎧はまだ全然大丈夫だけど!?」

「……え?」


 では勇者の鎧から落ちたものはなんだと言うのだ。

 そうか。彼は最後まで強がることを忘れないようにしているのか。

 丁度、私の足元へ落ちた鎧の欠片を、私はマジマジと見た。

 その瞬間のことだった────私に無限の希望が生まれたのは────。


「ムーン! これを見ろ! 群青君の鎧から出てきたものだ!」

「っ! こ、これは……!」


 確かに鎧の欠片などではなかった。

 それは四角形でギザギザの縁取りで、ビニール製の、地球世界の科学結晶。

 ────コンドームだった。


「は……はは……ははははははは!」

「フフ……フフフ……フハハハハハ! 余、復活せり!」


 どうして勇者の鎧からコレが?

 決まっている。私たち二人のどちらかと性行為を狙っているということではないか。

 もしも地球世界の誰かを狙っているのなら、それは財布に入っているのが相場というもの。

 それが異世界に来る時のみに着る鎧の中に入っていたのだ。

 私たちは────勇者に狙われている!!

 人生初のデートを越えて、初体験が私たちに迫っていたことを示す何よりの証!

 

「──《水龍の終末咆哮リヴァイアサン・ウェーブ》!」

「な……何ぃいい!?」


 そう確信を得たからこそ月野雫は覚醒した。魔法を放った。強い精神力を取り戻し、禁魔を破った。

 瞬く間に小規模の津波が室内に現れる。

 地面を這っていた大量の黒沼を呑み込む────その直前で私は避妊具を命よりも大事そうな勢いで掬い上げた。


 初デートどころじゃない。初体験が掛かっている。

 その相手は九年間想いを寄せてきた相手だ。

 年数は少なくとも、ムーン・ドロップの胸にも同じだけの希望が灯った。

 勝利を欲する精神は今、鋼と化した。

 ──これより、我々勇者一行による怒涛の反撃が始まる。

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