第三〇話 四天王攻略戦③

「デスカルノは魔王軍随一の闇魔法使いだ」


 それは転生前に四天王デスカルノと一度対峙している勇者からの言葉。

 私たちは一日置いて再び洞窟へと足を踏み入れ、これより始まる四天王戦を前に最終打ち合わせへと入っていた。

 洞窟の奥にある紅く武骨な鉄扉を前にしている。

 彼の情報提供は、四天王デスカルノに関する情報の共有という意図のみではあらず、その実、気を引き締め直すようにと言いたいのだろう。

 

「闇魔法か。先日のヴァンパイア戦の時のような感じか?」

「うん。ただ水準はもっと高い」

「や、闇魔法って……状態異常が厄介とか、そういう印象でいいのかな? わ、私の持ってる知識だとそういうイメージなんだけど……」


 覚醒前の彼女、月野雫が持ち前のオタク知識から群青君に探りを入れる。

 勇者の彼にとってみればそれは月野雫の、『転生前』の知識として聞き入れられ、今も継続しているすれ違いの会話に違和感はない。


「うん、その通りだね。毒に麻痺、強制催眠や洗脳……厭らしい戦い方をする相手だよ」

「私の……状態回復系の魔法、役に立つといいなっ」


 彼女は、袖の余り気味な黒ローブの中で拳を握り込んで、可愛らしくガッツポーズを作る。

 

「勿論、重宝すると思う。期待してるよムーン」

「うん! うん!」

「二人とも気持ちを強く持ってくれ。状態異常を発現しないのが一番良い。要となるのは悪意を寄せ付けない強い精神力だ」


 彼は神妙に言うが、それならばむしろ私たち向けの相手ではないかと言いたい。

 我々勇者一行が苦戦を強いられた経験は、ムーン・ドロップが仲間に加わっていなかった頃のヴァンパイア戦一度のみ。

 彼女が仲間に加わってから攻撃面においてもサポート面においても彼女の活躍は目覚ましい。

 豹変後は人格が変わったように残忍を装う彼女だが、その得意分野は回復や浄化などの聖なる魔法だ。今回のような死霊などの相手にもうってつけ。

 それでいながらアニメや漫画を通して想像力向上を図った勇者本人の実力も上がっている。居合術を身に付けた私も然り。

 その高い戦力あって、デスカルノ直前でのスケルトン戦においてテスト範囲問題を飛ばし合いながらも勝利を収めたのだ。大きな余力を残しているということではないか。

 加えて私たち女子二名には勝利を得なければならない理由まである。報酬があるのだ。

 これが気持ちの戦いだと言うのなら、全くもって負ける気がしないというものだ。


「だ、大丈夫! だって群青君も、前に戦って一度勝ってるんだもんね?」


 意図してのことではないだろうが、私の気持ちを後押すような彼女の探りは最もだ。

 気持ちの勝負という得意分野である上に、一度勝利を得ている勇者様まで居るのだ。負ける要素はほぼない。


「うん。ただあれから一四年も経ってる。奴もどう成長しているかわからない」


 しかし勇者は勝てるとは言い切らない。

 無論、彼の驕らない性格ゆえのことではあると思うが。


「成長? 白骨死体が成長などするのか?」

「それは四天王デスカルノが持つ、別の名に秘密がある。その名も────酪農家デスカルノ」


 一瞬。戸惑いで時が止まる。


「……………………うん? ツッコミが必要か?」

「ち、違うよ。本当にこの世界でそう呼ばれていて、それこそが奴の脅威なんだ」


 何とも、ほのぼのとした通り名を口にするものだから、流石にボケなのかと思ったが要らぬ配慮だったらしい。

 ふざけているとしか思えないが、彼がいつも真面目で真剣であることは私たちがよく知っている。

 酪農家────何だか急にのほほんとしたワードが降って沸いたが、それが奴の脅威とどう関係するというのか。


「魔王軍、というのは勿論人間に迷惑を掛けるから討伐されるわけで、中でもデスカルノは牧場や酪農を襲う。そして牛と人間を攫う」

「牛? 焼肉が好きなのか?」

「ううん。逆だ。奴は牛を絶対に殺さない。奴の目的は牛乳だ」

「…………おいまさか、何か嫌な予想が立ったぞ。骨と牛乳と言えば……」

「うん……奴は攫った人間を牢屋に閉じ込め、永遠とその人間に自分の配合した魔薬草入り牛乳を飲ませる。そして骨が太く育った頃を見計らって……死霊兵士……即ちスケルトン兵士に変えるんだ」


 そして昨日、その全ての骨兵士はウチの自称大賢者様によって爆笑と罵倒を送られながら浄化されたと。あ。何か凄く不憫。


「そして奴は自分より太い骨を持つ兵士を見つければ自分の骨と交換してパーツ強化を図る。オリジナル配合の魔牛乳で育てた骨だ……きっと一四年掛けてかなり強くなっていると思う」

「……何か真剣に話しているのが少し不相応に思えてきたが……本当に強いのか?」

「うん。前回は向こうが勝てないと判断したからか、直ぐに逃げてくれた」

「……もう一度聞くが、それは強いということなのか?」

「切り替えが早いんだよ。そういう奴は厄介だよ」

「なるほど……そういうものか」


 半ば無理やり納得して作戦会議を終えた。

 そうしてようやく、私たち勇者一行は紅く立ちはだかる鉄扉に手を掛けた。


 押して、地面との摩擦音が重く鳴る。

 全てを押し開いて、その光景が明らかになる。

 

 其処は岩肌にカビをこさえていた洞窟内とは違っていた。

 一本道を作るレッドカーペットは土で薄汚れ、挟み込むように建てられた墓石の数々。赤い道以外の地面には石畳が敷かれている。

 紫炎が灯る松明が壁に掛かり、最奥には骨造りの玉座。


 ────の、隣に牛舎。

 牛舎。うん。牛舎。

 まるで魔界か何処かの怪しげな謁見場のような場所で、牛さんがモ~と鳴いた。


「ぉおおミルちゃんまた毛並みがよくなったんじゃないでちゅかぁ? よしよぉ~し!」


 我が子を愛でるような慎重かつ慣れた手つきで、四天王デスカルノは牛さんにブラッシングを行っていた。

 太陽もないのに麦わら帽子を被る白骨は、我々が来たことに気付かないまま、次の牛さんへとブラシを掛けに横へズレた。


「ぉ! ミルノちゃんちょっと肩が強張ってるなぁ……ストレス? 何でも儂に話して御覧なさい?」

「……おい」

「ミルファーちゃん! 昨日はお乳の出が悪かったけど今日はどうかなぁ~? 牧草変えてみたから試してみようね~?」

「…………おい!」

「はっ!!」


 私の声掛け、二言目でようやくデスカルノは我々の存在を認識し、そして暫くの間、お互いに流れる時間が止まる。

 少し間を置いて、デスカルノは徐に麦わら帽子を取り、着ていたオーバーオールを脱ぎ、闇そのものを編み込んだようなローブを着る。

 何事もなかったかのように足音を消して玉座まで歩き、腰を下ろし、ひじ掛けに両腕を掛けて。


「──良く来た、勇者共」


 厳かに言った。


「や、見てた見てた。私全部見てた」

「何のことかな?」

「無理だ。無理がある。私らは敵だぞ。見逃してやろうなんて温情はないぞ」

「くっ…………」


 出オチを完遂してからクールを装おうとしていたデスカルノは身をわなわなと震わせる。

 私の容赦ない言葉に抗うのを諦め、遂に骨の四天王は叫びを上げる。


「だって普通、昨日あのまま来ると思うでしょ!? それが部下は誰も居なくなって勇者も待ってても来ないまま一日経ってるんだよ!? 何があったと思っても確認出来る部下は全員召されてるし確認の取りようが無いし! 今日来るなら来るで言っといてよ!」


 叫びを前に、我々は仲間内で言葉を交わさないまま意思を共有した。

 なんか可哀相なことをしたから、愚痴を聞いてから戦いを始めてあげよう、と。


「大体さ! 勇者一行でしょ!? 正義の味方でしょ!? どうして一体も残さないで全部召しちゃうかな! そりゃあこっちだって今日部下が残ってるなら伝達があって、今頃儂は格好つけて座ってたよ!?」


 我々は言葉を返さない。

 死んだ魚のような目でデスカルノへ視線を返すばかりだ。


「だからってずっと格好つけてたら今度は牛さんのお世話が出来ないしさ! 重複するけど部下が全員居なくなったもんだから手分けしてお世話することも出来ないわけ! そしたら儂がぜーんぶやらないといけない! それでブラッシングしてたら来るんだもん! 何!? 精神攻撃で奇襲掛けたつもり!?」


 長々と続くお説教に飽きて、意識が聞き取るボリュームを下げようとしていた。

 怒られながら、勇者の彼へ問わずにはいられなかった。


「群青君……三度目になってすまながい……本当に強いのか?」

「……う、うん。その筈……だけど……」


 とうとう彼ですら自信薄そうに言った頃、唐突に開戦の狼煙が上がる。


「聞いているのか貴様ら! ──《黙魔の呪いサイレンス・マジック》!」

「っな!」


 デスカルノの骨の指先から黒いモヤが我々三人の喉元へ飛ばされる。

 忠告した本人である群青君は、鋼の精神や気合のようなものでそれを消し飛ばし、私の喉に絡みついたが別段痛みなどもなく、視界も良好。

 身体が重たいなどということもない。自分の身体に異変はない。

 一名を除いて、変化はなかった。


「ムーン!」

「どうした勇者よ」


 群青君が慌てて彼女へ声を掛けた。

 いつの間にか覚醒していたムーン・ドロップとして返答がある。


「ま、魔法は使えるか!?」

「っはん! 愚問! 見ているがいい!」


 肯定して、小脇に魔法書を抱えながら余った右手をデスカルノヘ向ける。

 しかしそれっきり彼女は何も言わない。


「ムーン・ドロップ? どうした? あのゴッドブレスなるものを……」

「…………むぅ? 魔法とは……どうやって打つのだったか?」

「な、何ぃいいいいいいい!?」

「ククク……どうだ? 儂の演技に油断しただろう?」


 表情筋など失っている癖に、デスカルノは瞳に宿る炎を厭らし気に曲げて感情を表現する。

 二年間掛けて辿り着いた四天王戦は、鮮やかに先手を打たれて幕を開けた。

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