第二八話 四天王攻略戦①
最近、息子が異世界ハーレムだ。
「──と、いうわけでいよいよ四天王に挑もう」
「うむ。仲間も増えたしな」
「あわわわ……だ、大丈夫かなぁ」
「ムーン嬢ったら普段はあんなにも狂人ですのに情けないですわよ」
──仕事を終え、息子の部屋の前で仁王立ちで待機していると、扉の向こうからそんな作戦会議を催す声が漏れ伝わって来る。
状況を察するに知らない声が一人分増えている。
最初に喋ったのが夕陽、次に続いた勇ましい声が伊織ちゃん。
その次は誰だ?
まーた女の子だ。最後がアイスちゃんであることは分かる。
「む。皆、ちょっと待った。曲者が居る」
「何っ!? 敵がどのような方法かで尾いて来ていたか!」
「いや……」
唐突に扉が開かれ、息子のむすっとした顔が父である俺を出迎えた。
「パパうえ! 何してるの!」
「あぁん!? そんなの夕陽がいつ遊んでくれるかわからないチャンスを手にしようと、仕事終わりは毎日こうしてお前の帰りを部屋の前で待ってみる、という日課をこなしている途中に決まってるだろうが!」
「恥ずかしいから辞めてよ! 今仲間が来てるんだから!」
どうやら息子が察知した曲者の気配とは父である俺のことらしい。何と失礼な。
開いた扉の先にある息子の室内はやはり、ハーレムと言う他ない桃色の空間だった。
「こんばんは! お父様!」
「やぁ伊織ちゃんこんばんは」
俺を目に入れるなり軍人のように背筋を張って立ち上がり、直角礼を繰り出す鶴名伊織ちゃん。ポニーテールの尾がふわっと一回舞う。
というか異世界から帰還したままの為か、水着のような露出の高い鎧を着ていらっしゃる。
相手は子供と言えど発育の良すぎる伊織ちゃんのスタイルは、おじさんの目にも子供の半裸、ではいささか済まされないものがある。
「こここここんばんはです! は、初めまして月野雫と申します! お邪魔してます!」
「これまた可愛いお嬢さんだ。どうも日本が誇る父親の中の父親、群青朝陽、夕陽の父です」
「辞めて? 頼むから親馬鹿っぷりを表に出さないで?」
続いて立ち上がり頭をぺこりと下げたツインテールの少女も、伊織ちゃんとは違うタイプの華憐さを持っている。
深みのある漆黒色のローブを纏い、先ほどまで被っていたであろうトンガリ帽子を足元に添え、分厚い焦げ茶色の本を大事そうに抱えている。
ぬいぐるみ離れ出来ない子供を思わせる弱々しさがある。
丸いフレームの眼鏡の向こう側では、自信薄そうにおどおどした瞳が潤んでいる。
女子アナでも目指せそうな正統派の美少女でありながら自信がなさそうとは不思議なものだ。
「あらパパ様、朝方ぶりですわね」
「あ。アイスちゃんそういえば、おやつの新作が下にあるって小夜梨が言ってたよ」
「え!?」
「何か氷を紅茶の茶葉入りにして香り付けしたってよ」
「あぁ地球世界素晴らしいですわねぇ!」
碧眼を法悦とさせて、白い尾を左右に振って喜びを表すアイスちゃんは現在ワンちゃんスタイルだ。
アイスちゃんの存在が発覚して以来、箱の中に収めっぱなしというのも可哀相なのではとの家族会議を経て、今や群青家のペット扱いである。
主食は氷と燃費が良く、更には碧く大きい瞳のワンちゃんは目立つ上に何かの拍子で喋りかねないので散歩も要らないとの本人申告があり、息子に続いて寂しくなるほど手の掛からないペットである。
うちの子らは親泣かせだ。
「パパうえ、今会議中だから早く出てって」
一五歳を前にした我が息子は、時を重ねて男らしく育っていくかと思いきや幼さを残した中世的美少年に留まっている。
可愛らしい顔で俺を睨みつけ、父親が友達の前へ出て来るのは、勇者であっても地球世界に居る同世代の男の子のように気恥ずかしさを覚えるらしい。
「小夜梨も呼んでみんなでボードゲームでもする?」
「僕は今真逆の発言をしたばかりなのだけど?」
「うん。じゃあ夕陽は銀行役ね?」
「どうして僕がゲームに混ざれないんだよ! いや違う! 出てってってば!」
「よーし! パパ沢山子供作るぞー! 車満帆にするから…………って痛い痛い痛い! 夕陽痛い!」
ごく自然な流れで部屋に踏み入ろうとすると勇者の怪力でもって肩を掴まれ、ぺいっと無理やり外へ出される。
バタン、と扉が閉まり、カチャリと施錠の音が鳴る。
酷い。父の扱いがあまりにも雑。
どうしてだろう。どうしてこうなってしまったのだろう。
勇者の怪力を、父を追い出すことに使って宜しいのでしょうか。
夕陽は幼い日の決まり事を守り、異世界へ行く際には必ず俺の居ない場所から出発している。
俺も俺で祝日等の家に居る間は夕陽を異世界へ行かせまいと必死に追いかけたりしていた。
息子との距離を詰めようと日々、奮闘しているのだ。
最近ではこうして日課を増やし、息子と遊ぶチャンスを掴もうと前向きに努力している。だのに。なのに。それなのに。
目を合わせればやっかまれ、四歳で始まったかなり早めの反抗期は今も続く長いものとなっている。
こんなにも息子に愛を伝えようとしているのに嫌われる一方とは、これでは努力量と見合っておらず物理法則を無視している。
それでいて、あの露出度の高い女子と押しに弱そうな女子を、そう広くはない部屋に敷き詰め、その気になればアメリカ人のような幼女を一人増やすことだって出来る。
息子は中学三年生だ。もういつ地球世界での初体験を済ませる時期が訪れてもおかしくはない。
もしかして父に知らされてないだけで既に体験済みかもわからない。
そうなればもう年頃の男なんて女子への興味一直線。父の存在など塵埃でしかない。
加速していく異世界ハーレム。遠ざかる父との関係。
…………拙い。非常に拙い。
全ッ力で邪魔せねばならない。父の持ち得る全ての力を持って息子の邪魔をしよう。
俺は元より硬かった決意をより強固なものとし、息子の部屋のドアを叩いた。
「夕陽!」
「何故追い出したばかりなのに声を掛けることが出来るのか!」
「違う! ママが大変だ!」
「え、ママうえが!? な、何があったの!?」
流石はチョロ息子。即座にドアは開かれ、俺はすかさず左足を入れ込みドアの封鎖に先手を打った。
「あ。ごめん今の嘘」
「……そろそろ例え父でも魔法打つよ?」
「ま、待て待て! そろそろ中間テストだろう?」
「来週ね。普通に話を始めないでもらえるかな?」
「フフ……やはりな。よし中間テストが終わったら伊織ちゃんも雫ちゃんも人型アイスちゃんも一緒に遊園地にでも連れて行ってやろうではないか」
「……それ僕が行きたいと思ってる前提で初めて進む話だよね? 全然行きたくないから大丈夫」
むぅ。確かにその通りだ。
だが、俺も退き下がるわけにはいかない。
思い出だ! 思い出作りが必要なのだ!
「っぐ……行こうよ! 子供と遊園地に行ったことがない親子なんてこの世に存在しないよ!?」
「知らないよ! 僕はやることがあるの!」
「映画も牧場も行ったことがないんだよ!? 行ったことがあるの公園とレストランだけだよ!? そんな親子存在しないよ!?」
「ウチはウチ! 他所は他所!」
「それ俺が言うやつじゃん!」
俺の愛情は息子に伝わっていない。何故か。
それは勿論、俺が悪いのだ。
俺はこんなにも愛しているというのに何故にこの愛を理解しないのか、なんて理屈はストーカーのソレ。
つまり此処は反省するべきところなのだ。
親である俺が自分のしたことを顧みなくてどうする。その姿勢は確実に自分の子供へと伝わる。
反省もしない。親だというだけで、大人というだけで偉そうな態度を取り、頭ごなしに子供に悪を押し付けるのは駄目な大人に育てていることに他ならないのだ。
頻繁に逆ギレするような子供になる。
つまるところ、伝え方が悪いのだ。
ではどのような伝え方が正解だったのか。
それは────既成事実の作成である!
父との愛を確認する為の、『思い出』が夕陽にはないのだ! 何故か!
勇者様だから! 何も! かもが! 勇者様のせいだ!
魔王を倒す為だけに日々努力し、時間を費やし、俺も否定的姿勢ながらも見守ってやることが親の愛だと思っていた。
しかし順番が違ったのだ。
先ず息子が嫌がっても何でも外へ連れ出し、一緒に遊ぶ。
家族との思い出を作ってからの魔王討伐だ!
すると、いずれ来たる魔王戦を行う頃には、息子の中で愛情は膨れ上がり、そして────このようなことを言い出す!
『──フフハハハ! 勇者よ! 生まれ変わっても何ら変わらないではないか! この魔王に傷一つつけること敵わんとはなぁ?』
『っく……僕は……僕は……!』
『よしこうしよう……貴様を殺した後……貴様の転生した世界も我が配下に加えてやろうではないか?』
『…………何だと……?』
『貴様の新しい家族も! 女も! 友人も! 全て貴様の道連れにしてやろうと優しくしているのだよ!』
『……させない』
『……何?』
『僕の……僕の愛するパパうえとママうえにだけは……それだけは……許さない!』
『な、何!? 闘気が……上がっただと!?』
『お前は僕を怒らせた……お前の敗因は……僕の愛する人を侮辱したことだ!』
『何ぃいいい!? 先ほどまでとは別人のように強くなっているだと!?』
『うぉおおおおおおおおおおおお!』
────これだぁ。
十中八九このような会話が繰り広げられるわぁ。
「──うん。よし遊園地行こう」
「また一人で変な想像してるでしょ。行かないよ遊園地な──」
「……お父様。後は私共にお任せ下さい」
「…………へ?」
ついさっき扉が再び開かれた時には、俺の再来に呆けていた女子二人が、今は何故だか瞳を輝かせまくっている。
「お父様! 今の言葉に二言はありませんか?」
「わ、わわわわ私もいいのですかぁ!?」
「お、おぅ……凄い圧だな二人とも……そんなに遊園地好きなの?」
「待って! 僕たちはこれから四天王を倒す為に、これからもっと忙しくなるんだよ!」
そこから先は、何故だか俺の発言権は失われた。
「ではこうしよう。たまの休息は必要だ。成績も落とさず四天王も一人倒す。その両方をこなした褒美に遊園地というのはどうだ?」
「うん! うん! 私今度のテストこそ群青君に勝つからっ! そしたら遊んでもいいでしょ!?」
「え、あ、いや……」
「大体朝から夕方まで学校。その後は夜まで異世界冒険。そもそもが働き過ぎだ群青君。まるで日本人だぞ」
「いや一応日本人に転生したんだけど……」
「ね、ねぇ群青君! やっぱりクエスト報酬あってのクエストだと思うなっ? ハリが出るっていうか!」
「う、うぅむ……あ、アイス! アイスはどう思う!?」
指名を受けたアイスちゃんは、犬の顔のまま気丈そうに両の瞳を閉じ鼻先をツンと突き上げた。
「──アタクシ、絶叫マシンには以前から興味がありましてよ?」
その言葉がトドメとなって話はまとまった。
どうやら俺は勇者に勝利したようだった。
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