第二七話 ツインテールの大賢者(自称)④

 私の生まれた世界には魔法がない。

 産まれた家庭にあったのは竹刀や木刀だった。

 中学へ上がって直ぐに魔法のある世界に連れて来られた。

 それでも私には使えなかった。だから魔法とは神か何かに選ばれた者のみに与えられるのだと──そう私は誤解した。

 今一度群青君から聞いていた魔法に関する情報を思い返してみれば、彼はそんなことを一言も言ってなかったのだ。

 魔法を手にするだけの資格──それ即ち類稀なる想像力を持つ者が、魔法を放つ為の間違いのない手順を踏みされすればいいのだ。

 手順を踏みさえすれば誰でも使えるとは言い難いものの、少なくとも私がその不思議を手に出来ないのは私の所為だったのだ。

 つまり、その資格の正体が私にはわからなかったというわけだ。

  

 私よりもか弱く、おさげと眼鏡が似合う女子中学生三年生が目の前にキラキラと光る雨を降らせたことで、私にはやはり魔法の才能というものが備わっていなかったのだと思い知る。

 しかし悔しさは微塵もない。

 どだい私には無理な話だったのだ。


 単衣に想像力とは言っても、その深度が桁違いであったのだと知る。

 例えば私のような竹刀を振るしか能がない者には、詠唱なんちゃらを唱えて手を伸ばせばボーンと光やら炎やらが飛び出して相手を焼き尽くす程度の想像力しかなかった。

 しかし実際はどうだ。

 彼女の右手から放散していく光はたちまち飛び上がって、悪魔を追い越したかと思えば今度は落下軌道に変わり、悪魔共の背後から心臓を射抜いた。

 射抜かれた悪魔たちは浄化されるようにして、身体から淡い発光を放ち、何処か気持ちよさげにその身をボロボロと朽ちさせていく。

 

「凄い……月岡さんの《光の雨ホーリー・レイン》の魔力濃度は凄いね! 初級魔法とは思えない!」


 出番を奪われた勇者様は、夏祭りで花火でも観るようにして称賛を送った。

 

「当ぅううう然だ! 闇の手枷は余の手から零れ落ちた……待ち侘びた解放が今此処に! アーッハッハッハ! 去ね! 去ね去ね去ね去ね去ねぇえええ!」

「つ、月岡さん……何て頼もしいんだ」


 最早、魔法など使えて当たり前だと言わんばかり。

 勇者サイドも月岡さんという間違った名前で正解だと言わんばかり。

 自身を転生者だと設定付けただけの彼女を、本物の転生者だと信じ続ける勇者。

 相変わらず二人はすれ違い続けている。

 魔法を使えて当然────そう思っているであろう彼女の姿勢は、世界が地球であれば一変して最高峰の変人だが、きっとそれが今は正しいのだろう。


 空気中に満ちる酸素と魔素の違いは何なのか。魔素に重さは、色は、匂いはあるのか。

 魔素を取り込んだ時、体内ではどういった形で魔力に変換されるのか。血の脈動のような感触があるのか。体温への変化は。心拍数の変化は。

 魔力を形を持たせて放った時、それはどういった効果を与えるのか。

 その光は魔を焼くのか、貫くのか、清め消してしまうのか。

 焼いたとして炎の色は、温度は、持続時間は。貫いたとして何処まで飛んで行くのか、落下地点の大地をも貫くのか。

 清めたとして祓われた魔の身体はどのようにして消えていくのか。花が枯れるように朽ちて土へ還るのか、その身を透明にさせいなくなってしまうのか。

 ────彼女は魔法は存在すると頭から決めつけ、そのような私の想像を越えるほどの想像へ想いを馳せ続けたと? 

 ────愚問だ、と彼女は言うだろう。

 

「ヒャーッハッハッハ! 魔法万歳ぃいいいいい!」


 叫びと高笑いを上げながら輝きを連発させる様子を目に入れれば、あると思うほうが納得が行く。

 月野さんが狂喜乱舞している姿はどう見ても私とは違って、魔法などある訳がないと、そう思っているように見えない。

 魔法は在る、むしろどうしてこんなにも魔法に対し試行錯誤しているのに私は魔法を使えないのだ、といった苦悩していたのかもしれない。

 妄信に次ぐ妄信、その妄信の上に緻密な想像力を重ね、地球世界では無駄極まりない行いであり、人はそれを狂気と言う。

 しかし、あの嬉々とした彼女を見ると、


「ハッハッハッハ! 記憶したか!? 記憶したな!? 余の真名を! 貴様らを打ち滅ぼした余の名前を! ハーッハッハッハ!」


 あれは狂気ではなく────愛なのだと思わされる。

 私に魔法の才がなくて当然だ。魔法に対する愛などないのだから。

 即ちそれが資格なのだろう。

 控え目のツインテールを振り乱して、城下町に降る雨の輝きを丸眼鏡に反射させている。

 そのレンズの奥の瞳は、魔法で出した光よりも輝いている。

 

「……月岡さん……攻撃の手を緩めないようだし魔法を連発しているようだけど……もしや……詠唱を既に必要としていないのでは!」

「勇者といえど余への愚弄は許可出来んなぁ……一度放った魔法ならば即座に脳裏に焼き付いて…………ほれ、この通りよ!」

「ゴ、ゴクリ……凄い……凄すぎる!」


 昔から魔法の打ち方を知っていたかのような自信満々の態度。

 事実、体現レベルでの妄想を浮かべ続けたのだろう。

 もし魔法を使った時にはこんな魔法が、あんな魔法が──と、繊細で現実的な映像を脳に再生し続けたのだろう。

 異世界では浮きまくったセーラー服の女の子が魔法を乱射して、それは既に輝く豪雨だ。

 魔物の、枯れ花のように朽ちた身体がヒラヒラと城下町へ降り注ぎ、一部は石畳へ、一部は土へ還る。

 街の夜空から脅威が去り、静かな月明かり射す夜が舞い戻る。

 月野さんはその場にへたり込み、還って来た平穏の一部に溶け込んだ。

 群青君が即座に駆け寄り、石畳へ倒れ込んだ彼女の肩を抱く。


「大丈夫か月山さん!」


 こんな時にヤキモチを妬いて表に出すのは無粋かと、その様子を見守ろうとしたが、その必要はなかったようだった。


「フッ……勇者よ……余の真名をいい加減に覚えるがいい……」

「ムーン……ドロップ…………………………さん」

「辞めて。『さん』付けると途端に日本人ぽくなるから辞めて」


 魔法というのはそれほどに疲れるのか、疲労困憊の様子ながらも彼女は、真名とやらのあとに、『さん』を付けられることにだけは強く抵抗する姿勢を見せる。


「じゃ、じゃあ……ムーン……そう呼ばせてもらうよ」

「わかれば…………いい……のだ……」


 偉そうに如何にも腕達者な魔法使い風を吹かせながら、弱った様子に戻って勇者の手に肩を委ねる。

 彼女の編み出したキャラクターを異世界転生者としてド真面目に受け取る群青君の天然さと、それに気を良くしてキャラクターであることを酔いしれ続ける彼女のやり取りは、ヤキモチを妬くどころか何とアホらしい気持ちにさせるものだろう。

 私と同様、彼女のついた嘘は今や完全に真実となってしまった。

 地球世界の女学生から魔法使いが誕生した瞬間に立ち会ったのだ。

 私も勇者も、その彼女の覚醒によって出る幕はなかった。一言言わねばなるまい。

 

「ムーン・ドロップ……私を庇ってくれてありがとう」

「フッ……友に礼など無粋だぞ────剣聖ホワイト・クレイン……よ」

「辞めろ! 私をその道の設定に引き込むな! しかもそれ、『白鶴』だろ! 安直だぞ!」

「むぅ。しかし勇者と大賢者の仲間だぞ……それくらいの通り名がなくてはいかんな……」

「最早、大賢者を自称することに躊躇いがないな」


 とはいえツッコミとして本当は単なる中学生の癖に、と勇者の腕の中で倒れ込む彼女へ言ってやるわけにもいかない。

 勇者からも尊敬を抱かれるほどの魔法力と飲み込みの速さを考えれば大賢者とやらも間違いではないのかもしれない。


「あえて日本語のほうが格好が良いか……剣聖白鶴……よし、これでどうだ?」

「もし私に変な通り名をくれてみろ。異世界にも携帯は持ち込めるのだ。そのムーン・ドロップとしての姿を録画して我々の母校で暴露してやるからな!」 

「っひ……」


 途端、青ざめる彼女。

 それは月野雫のご帰還だった。


「つ、鶴名さん……それだけは……」

「安心しろ。そんな悪趣味ではない……折角冗談の一つでも言える間柄になったのだ」

「つ、鶴名さん……」


 新しい仲間が彼女であれば。そう思う自分は少なからず居た。

 隠していた想いを共有することの出来る、初めての相手だった。

 しかしその彼女は普通の中学生であり、戦力として成り立たないと思っていた。仲間にすることを諦めていた。

 だが、彼女は勇者以上の魔力を見せつけるムーン・ドロップとして君臨してみせた。

 戦力への懸念はもうない。


「折角、仲間になったのだから」

「……わ、わた……私……着いて行っていいんですか……」


 不安がる彼女へ意地悪をけしかけようと、私は群青君に顔を向けた。


「かの大賢者様は不安だそうだ。勇者様はどう思う?」


 彼は顎に手をやり真剣に考えこんだ様子で、


「──うん、僕は剣聖ホワイト・クレインのほうに一票かな」


 最後まで天然を忘れないズレた勇者様が狙った当初の目論見通り、大賢者ムーン・ドロップが新しい仲間に加わった。

 

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