第二四話 ツインテールの大賢者(自称)①
自信たっぷりの様子で廊下の中央を突き進む勇者。
深紺の髪を揺らしながら、輝く瞳は真っ直ぐと前を見て、その様子はあどけなさを残しつつも雄々しい。
彼の姿を見かけては挨拶を飛ばす同級生と後輩たち。
誰もがにこやかに、彼と挨拶を交わしたということ自体に胸を高ぶらせ、嬉々とした姿で去っていく。
三年生となった彼は、元より持ち合わせていた頼もしさに拍車が掛かり、その様子はまるで教師のソレである。
「群青先輩だ! こんにちは!」
「うむ。こんにちは」
「あ、群青君! 放課後に残ってるなんて珍しいね! こんにちは!」
「あぁ、こんにちは」
そんな彼には特大級の秘密がある。
前世の勇者としての記憶を引き継いだままの異世界転生者であるということ。
その秘密を知る者はご両親と私、鶴名伊織のみ。
今日の彼にはもう一つだけ秘密が増えている。
アニメや漫画の登場キャラという架空的存在に対して、勇者である彼は同士が居たぞと特大級の信頼を寄せているということ。
今からそのアニメとやらについて深く学ぼうと、アニメ研究会へ訪れる為に歩んでいるのだ。
そのことは彼のご両親ですら知らない。私しか知らない。
独占欲の強い私としては誇らしい。そして同時に恐ろしい。
──や、アレ作り話じゃん? と一言そう言えたらどんなに気が楽なことだろう。
しかし言えない。
お伽話を信じる無垢な子供の瞳に向かって、いや嘘だし、なんて言える筈がない。
ゆえに私が出来るのはジャブ。ほっそりとしたジャブを入れる程度が抗う限界。
「群青君……時に」
「うむ?」
「ひょっとするとだぞ……? ひょっとするとあれら全てが作り話だったらどうしようと……私はそんな不安に襲われているのだ……後でそのことを知って落ち込むより……今の内にある程度、覚悟をしておいたほうがいいのではないかと……」
「うん。僕もその線は考えないでもなかった」
上手く丸め込もうと必死なって言葉を尽くした私を、勘違いの自信で満ち満ちた瞳を向けて一蹴してみせる彼。これぞ勇者パワー。
しげしげと頷いて、彼の堂々とした姿勢に変化はない。
「しかし、その線はない」
──や、その線しかないのだが。
「安心してくれ伊織さん。僕だってもう直ぐ一五歳……子供ではないのだ。本来、ありもしないものを在ると妄信するようなことはしない」
──や、妄信なのだが。
「僕がこの伝記書に描かれた内容が真実であると……そう信じる理由は二つある」
「二つもあるのか……」
「一つ。昨日、家に帰ってから録画しておいたアニメを見た」
「そんなところだけ地球世界にしっかり馴染んで!」
「そのアニメの中で出てきた、『詠唱』を僕も試してみた。するとどうだろう……発動したんだよ……魔法が!」
「日本のアニメーションこの野郎!」
「しかも……昨日僕が試したのは水魔法だったのだけど……普段無詠唱で使う水魔法よりも、より精錬度合が高く威力も高かったのだ。これはもう、魔法が存在する何よりの事実。魔法が存在するのであれば、後はもう転生者の一人や二人いてもおかしくはない」
以前、彼から聞いたことがある。
ひょっとして、異世界という地球世界とは違うエネルギーが流れる場所であるならば、私にも魔法が使えるのではと思い立ち試したところ、魔法は非発動で終わった。
理由としては私に魔法の才がなく、魔法の才というものは類稀なる想像力を持つ者に備わるという。
私に類稀なる妄想力はあれど想像力はないらしい。
そのことを鑑みて、彼の行った実験結果は私から見れば異世界転生者の存在を示すものではない。微妙に見るべき事実が違う。
元より魔法が使える彼だからこそ、魔法が発動するのは自然なことであり、彼の天然思考からは先ずその必然的な前置きが抜けている。
そして事実として見るべき点は恐らく、無詠唱よりも詠唱を込めたほうが魔法威力が上がるということではなく、勇者が魔法を使う際の想像力を、日本のアニメショーンの想像力が凌駕しているという点だ。
日本のアニメーション制作陣凄い、という見解に落ち着くべきなのだ。
彼は漫画とアニメを教科書にして、自分でも気付かない内にそれらを教材として見本にすることで術の精度を高めているのだ。
思わぬところで彼の望んだ戦力増強は成されているのだ。
「う、うむ。そしてもう一つは?」
「簡単な話だよ。僕の存在だ」
「と……言うと?」
「僕という転生者が一人居る。それなら他に居ても不思議じゃない」
あぁ駄目だ。この人、自分を特別視していない。
そんなところが素敵だけど──自分が転生者で、勇者で、スポーツでも勉強でも高レベル次元で出来て、おまけに顔も良い──そんな自分が普通の人と変わりないと思っているのだ。
驕らず、鼻に掛けず、人として正しい存在。その正義感────今凄く邪魔!
「伊織さん……安心したかな?」
無敵。彼の背後に無敵の二文字が浮いて見える。
存在しない筈のものが、自分が勇者であることを前置くことで全てを肯定してしまっている。
そりゃそうだ。
仮に自分が幽霊だったとして、幽霊って他にもいるのかな、なんて人間と同じ温度で疑問を抱いたりしない。
勇者からすれば魔王だろうが幽霊だろうが、他の何者が存在していても不思議ではないのだ。
トドメと言わんばかりに私を安心させようと、少し困惑した可愛いお顔を私に向ける。
あぁ駄目だ。
彼の可愛いお顔にあてられて卒倒しかねない気持ちを立て直すのに精一杯。
彼の言葉を否定するだけの理屈は浮かんでも、それらを口にするだけの勇気は湧いて来ない。
「安心したよ。群青君……さぁ……行こう! アニ研へ!」
「うん!」
そうして私たちはアニ研が活動する部屋のドアを横に引く。
「っひぇっ…………群青君と鶴名さん……?」
戸惑いの面持ちで私たちを出迎えたのは、たったの一名。
我がクラスの女生徒────
突然の来訪者というだけでも驚きだろうに、その人物が校内のスターだと言うのだから、戸惑うのも無理はない────が、しかしカウンターを喰らったのはこの私も同様だった。
首中頃で髪を結い、それを双肩に掛けるようにするおさげの髪型に正円形の眼鏡。
瞳は常に何かに怯えているようであり、薄く綺麗な唇からか細く、それでいて高く綺麗な声を発する。
そして学期テストでは常にトップの群青君の下に着く優等生。
押しに弱そうで守ってあげたいと印象を持たれる、隠れファンの多いことで有名な正統派美少女である。
私と相対的と言ってもいい。
私が叱られたい系女子なら、彼女は抱きしめてあげたい系女子。
その儚げで真面目そうな彼女が、アニメ研究会に在籍していたと。
失礼ながら私は彼女から与えられた第一印象にギャップを覚えて、そして驚いていた。
「あれ? えっと……確か……貴方は……田中さん!」
お約束を違えず、丁寧に彼女の名前を間違う勇者。
しかしこの反応、顔は覚えているという証拠でもある。
「月野さんだ群青君。二年の時、クラスが一緒だったろう」
「そ、そうか……月野さん。えっと……一人かな?」
「あ、は、はい! 一人です!」
なるほど。
規定人数を満たしていない為に部活扱いではなく研究会扱いになっていることか。
「……ひょっとすると、研究会の所属は月野さん一人なのか?」
「い、いえ! 他にも居るには居るのですが……えと……他の方は今日見たいアニメの視聴や、今日発売される本などの購入に忙しくて……」
確かに。学校内で放課後、テレビを繋いでアニメを見るという行為はいささか風紀を乱すものがあるのか。
「……月野さんは……そのアニメを見に帰らなくていいのか?」
「は、はい! わ、わわ私は他に用事がありまして!」
「ふむ。そうか」
言葉を交わす私たちを置き去りに、彼は早速室内にある漫画やイラストを物色し始めていた。
彼は自分の知識欲に忠実で、こういう時ばかりは遠慮がない。
これはアレか。
ゲーム内で勇者が堂々と他所の家に入ってツボなどを調べ始めるようなものなのだろうか。
「ぐ、ぐ、群青君も……アニメ……好きなのかな?」
どうやら部屋内の何を見られようと構わないらしい月野さんが、いじらし気に問いかける。
「好意……よりも遥か上かもしれない。尊敬の念を抱いているよ。人間一人の究極美化、幻想的戦闘模様の再現を極めた瞬間美、争いの虚しさなどを訴えるメッセージ性……どれ一つ取っても素晴らしい」
「うん! うん! 私もそう思います!」
違う。互いの間で交わされているアニメへの情熱は、傍から見て似ているようで違う。
「本題に入ろう、群青君」
何かが危ない方向で歯車を噛み合わせそうな予感がしたので、思わず私が切り出した。
「ほ、本題……? 何かな?」
「月本さん……」
「つ、月野です」
「ゴホン、月野さん……教えて欲しいことがある」
「はい、私に分かることでよければっ」
「────異世界転生者、何処に居るか知ってるかな?」
真剣そのもの。それゆえに彼は今、正真正銘のアイタタタな人として月野さんの目に映っているに違いない。
ごめん、群青君。私は卑怯な女だ。
君の抱く希望へ、そんなものはないとトドメを刺してやることが出来なんだ。
その役目を優等生月野さんへ託す私は非常に卑しい女だ。
選択肢は一つ。
彼女の、「異世界転生者なんて、居ないよ?」の一言に、私も彼に合わせて驚愕の顔を浮かべるだけ。
同じ異世界転生者として振る舞い、当然のリアクションを取るのだ。
さぁ、言ってやってくれ。
この天然勇者に否定の言葉の、その限りを────。
「──フ、バレてしまったか……」
────は?
月野さんは椅子を尻で跳ね飛ばすようにして立ち上がり、机を一つ叩いて、その手を自身の心臓へ向ける。
その様子は堂々としていて、先ほどまでのおどおどとした様子が嘘のようで────そして。
「──よくぞ余の存在に気付いたな! 暴いた貴殿には余の真名を述べようか! その名もムーン・ドロップ! 余は今はちょっと色々あって魔法とか使えないけど、それはつまりアレだ地球世界のエネルギー関係に邪魔をされているだけであってちゃんとした魔法書があれば使える! 筈! 何を隠そう余が伝説の大賢者の転生者、ムーン・ドロップであぁる!!」
──と、長々しい口上を噛んだりすることもなく早口で述べた。
「そ……そうだったのか!」
おののく群青君へ向け、彼女は再び二重人格かのように儚げな少女の雰囲気を取り戻し、顔を真っ赤にして着席する。
「な、なんて……えへへ……」
「そうか! そうだったのか! 月城さんがそうだったのか!」
「月野さんだが! 待て! 何か違うぞ群青君!」
「え、えと……群青君も……オタさん……なんだよね?」
「異世界転生者の通称はオタというのかい!? それすらも知らなかったよ僕は!」
「あ。駄目だ。よくない方向で歯車ががっちり噛み合って回り出してるな」
私は奇跡を見た。
月野さんというオタ女子は、先ほどの見事な口上をするすると述べてみせる辺り、家などでキャラクターに成りきって練習しているレベルのオタ女子なのだろう。
その彼女は、群青君をイタい人ではなく、『同類』だと感知した。
そして群青君は一切のすれ違いに気付かないまま、彼女を異世界転生者だと信じた。
唯一救いがあるとすれば、彼女がまだ群青君を同類のオタ男子だと思っているということ。本当の勇者であると知らないこと。
まだ戻れる。しかしどうやって引き返す。
何と説明して引き返せば────そう言葉を纏めている時のことだった。
「──《
──彼はアニ研部屋内に転移魔法を展開させ、紫色の光が室内を覆った。
「月川さん! さぁ! 一緒に行こう!」
「……え? え、え? えぇえええ?」
────刹那の間で、全ては退き返せないところまで進展した。
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