第二三話 勇者さん、漫画を読む

 仲間を増やしたい────と彼が二年に渡る旅の末に、少しの杞憂を零した。

 無論、二人きりの旅に胸をときめかせながら恋人の座を狙い、そして二年もの間で何一つ進展させられない私にとっては悲観的になる他ない。

 中学三年生になってもラッキーエロスの一つもないとは、私もよくよく運がない。

 しかし一方で戦力増強を望む動機に関しては、私も少なからず思い当たる部分がある。

 単純明快な動機だ。


「宝具は揃った。次は四天王だ」

 

 異世界の大森林、その一端の大木に背をつけ腰掛けながら、お母様に持たされたらしい水筒から豚汁を啜って彼は答えたのだった。

 私も私で家から持参した弁当箱を開ける。

 ピクニックデートと言ってしまって過言ではないと思う。


「つまり四天王に備えて戦力増強を図りたい、と?」

「うん。僕もだいぶ強くなったし、伊織さんは元から強かった。特に亜人系の魔物に対しての戦闘能力は飛びぬけている」


 うっ、とおかずを喉に詰まらせそうになる。

 亜人は大体が半裸の女性型モンスター。

 いやらしい半裸の姿を目に入れた矢先、彼に対する独占欲が胸の中で爆発し、芽生える殺意が私を強くする。

 愛ゆえの陰湿なバフ効果で私は魔物と渡り合っていた。

 それゆえの亜人キラー特性というわけである。


「それでも四天王の強さは計り知れない。それは伊織さんも気付いていることだと思う」

「先日のヴァンパイアとの戦いの件か……」


 先日、ヴァンパイア族の眠る古城に踏み入り激闘を繰り広げた。

 並外れた再生能力に、視界を闇に埋める魔法や、蝙蝠の眷属を変わり身の術として使う回避術、一噛みされれば相手の思うままとなってしまう洗脳という脅威。

 吸血鬼を倒し宝具を手にしたものの、私たち二人は苦戦を強いられたのだ。

 そして奴は散り際で言った。

 ──自分は四天王の部下の一人に過ぎないのだ、と。

 苦戦したヴァンパイアよりも、もっと強い敵とこれから対峙しなければならない。

 彼が望む戦力増強の意見は最もである。


「宝具全てが揃っても苦戦する相手か……確かに群青君の言うことは正しいな」

「うん。かといって一介の冒険者を酒場で雇うっていうわけにもいかない。危険な旅に巻き込むのは申し訳ない」


 …………女子中学三年生が旅にお付き合いしてますけどね。


「うむ。その通りだな。しかし、ではどうする? その辺に転がっていてくれるものでもないだろうに」

「……考えがあるんだ」

「ほう?」


 彼は珍しく不適な笑みを浮かべる。よほどその考えに自信があるということだ。

 

「実は先日、驚愕する事実を知った」

「それは……どんな?」

「僕らの生まれ直した地球世界……あの世界は異世界転生者が生まれ直す為に用意された世界である、と僕はそう結論付けた」

「何!? 群青君の他にも異世界転生者が居るということか!?」

「うん。間違いない。証拠もある」


 何と。それは確かに驚きの事実だ。

 聞けば、彼は自分を地球へ転生させた女神様と定期連絡を行っているという。

 恐らくは女神様にそのことを聞いたのかもしれない。

 確かに考えてみれば、群青君という異世界転生者が地球に生まれているのだから、彼一人だけというのも、それはそれで不自然か。

 他にも居る。

 その発想はなかったが、確かにそれが本当のことなら味方は探しやすい。


「何処の誰が異世界転生者か、というのは当たりがついているのか?」

「いや、実はそれはまだなんだ。ただ、確実に居る。僕は遂にその証拠を掴んだ」


 言って彼はがさごそと鞄として使っている革袋に手を入れる。

 したり顔で一冊の本を取り出し、私に見せつける。

 その本─────『コミックス本』を、自慢げに大森林の葉からすり抜ける日光の元へ晒した。

 その瞬間、私は悟った。

 あ、駄目だコレ────と。

 出処は女神様なんかではなさそうだ。


「いやあの……」

「先日、誰が置いたかわからないけど教室の僕の机に置かれていた。不思議に思って目を通してみれば、何と手から気功破を出し敵を焼き尽くす者の伝記だった」

「いや……その……」

「即座に悟ったよ。地球世界にも魔法のようなものを使う者は居るのだと。それを後世に伝える為に絵に起こして伝えているのだと」

「いやそれは……」

「しかも、しかもだ! これだけじゃない! 夜ふとテレビを点けてみれば、今度は動く絵として伝記モノを放送しているじゃないか!」

「それ深夜アニメ……」

「その中には伝説の剣を求め旅をしたり、僕よりも高レベルな魔法を扱ったり、しかも地球世界から異世界へと転生した者の伝記までもがあった……自分の愚かさを呪ったよ……僕以外の転生者は賢い……地球世界で魔法などが使えることは隠さなければならないけど、あぁやって、『他にも居るぞ』と隠れたメッセージを含ませることは出来るんだ! その証拠にあれらの話はよく出来ている! 作り話のレベルじゃないんだ!」


 彼は悔恨を歯噛みしながら大森林の大地へ拳を叩きつける。

 そんな彼を見て私の胸に在るのは、心底サンタクロースを信じている子供に事実を告げられない躊躇いと同一のものだった。

 漫画やアニメを、自分に身近な存在として感じ、強力な味方が居るのだと信じて止まない彼に何と言ってやれるものだろうか。

 異世界転生者、勇者ならではの湧きあがった勘違いの希望に、何と水を差していいものか、その言葉を生み出せずにいた。


 誰だ。誰が群青君の机に漫画本を置きやがったのだ。

 というか中三で初めてアニメを知るってどんなしっかりした家庭教育なのだ。

 あの温和そうなお父様とお母様は実は厳格な人たちだったというのか。


「でもせめて今、気付けてよかった。伊織さんも肩の荷が降りたことだと思う」


 あぁ言えない。もう言えない。

 優しい彼は、自分が発見した希望を私にも分け与えてあげようという慈悲深い笑みを私へ向ける。

 私が異世界転生者であり、きっと同じ苦悩を感じながら旅をしていて、それを救う方法を発見してきたよ、と思っているのだ。

 私を救ってやれるという慈悲深い笑み。漫画本に書かれた内容を何一つ疑っていない無邪気な笑み。

 あぁ心が痛い。そして可愛い。だから────。


「これは発見だな群青君!」

 

 しれっと言った。


「うん! 明日から夕方までの時間は仲間探しに使って、夜の部だけを冒険に充てよう!」

「そ、そうだな! 良いプランニングだと思う!」

「うん! 希望は回復手だよね! 僕も回復魔法は使えるけど、誰か後衛で回復魔法を使ってくれれば攻撃に専念出来る!」

「そうだな! 居るといいな!」

「うん! 明日からも頑張ろう!」


 事実を彼に告げられないまま、私はまたしても嘘を並べ続けた。

 自分のついた嘘に首を絞められるであろうことは誰の目にも明らか。

 絶望の最中では時の流れとは無情なまでに早く感じ、翌日、彼は青ざめる私の肩に手を置く。

 これから苛烈を更に極めんとする冒険に対し、絶大な希望を抱いた輝く瞳で私を見つめ、そして言う。


「調べたところ、我が校にはアニメ研究会なるものがあるらしい! きっと伝記に詳しい人たちの集まりで転生者などに関する研究者諸君なのだと思う! 今日これから行ってみよう!」

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