第二二話 群青家における性教育③

 机上に叩きつけられたコンドームをまじまじと見つめる勇者。

 ソレが何なのかわからない、思考が追い付かないといった様子だけど無理もない。  

 この避妊具は一見簡素な造りに見えて地球世界ならではの科学の結晶。異世界にこのような発明品がある筈もなく、更にはどうして自分がいきなり家族会議に引っ張り出されているのか経緯を知らないのだから当然だ。

 今のところ、ゆーくんにとってみれば謎が増え続けている一方なのである。

 それはゆーくんの隣に座り、可愛く白い犬耳を垂らしているアイスちゃんにとっても同様である。


「パパうえ……この道具はなに?」

「その問いに答える為には……俺はお前に一つ聞かなければならないことがある」

「うん。なんだろう?」

「──お前、前世で女性経験はどのくらいあるのだ」

「ぶふぉっ!」「ぶふぉっ!」


 同時に、アイスちゃんとゆーくんの両名が口から盛大に唾を吹き出した。

 

「……真剣な話かと思って付き合ってみれば……! 何で親にそんな恥ずかしい話をしなければならないのか!」

「怖い……アタクシこの場に居るのが怖いですわ……」


 ゆーくんは身を震わせながら思わず席を立ち瞬時に激昂する。

 顔を真っ赤にして怒る姿は、実の父に向かって今にも魔法の一つでも放ちそうな勢いだ。

 しかし旦那のあーくんは向けられた牙をいなすような冷静さと真剣な眼差しを保ち続ける。

 そう。子供にとっては馬鹿馬鹿しく恥ずかしい話に聞こえていても、我々親にとってはふざけてはいられない話なのだ。

 普段のようなおどけた態度は、今のあーくんにはない。


「頼む夕陽。お前からすればふざけた質問に聞こえているのは分かってる。分かってるが、これは大事なことなんだ」

「そうやってまた僕をからかって! 子供に経験人数を聞く親が何処にいるっていうんだ!」

「あら~結構居るわよぉ? ゆーくんの世界じゃいなかっただけじゃないかしら?」

「え? そ、そうなの……?」

 

 真に受けながら息子は再び座り直す。

 うん。良い子で助かる。

 私の援護射撃に乗っかるゆーくん。うちの子はちょろい。


「夕陽。教えてくれ」

「う……ど、どうしても?」

「どうしてもだ!」

「…………一人……だけだよ……」


 顔を真っ赤にしてゆーくんは素直に答える。それに釣られてか隣のアイスちゃんも気まずくなって冷気の似合う白肌を真っ赤に染める。

 二人ともとても愛らしい。


「そうか。その一人とは…………性行為までいったのか!」

「ぶほっ!」「もう嫌ぁああああああ! この場に居るの嫌ですわぁああああ!」

「大事な話なんだ! ふざけて聞いているわけじゃないんだ夕陽!」

「うぅうう…………し……しました……」


 顔を伏せ、恥辱の耐え難い苦痛に苛まれながらもゆーくんは必死に答える。

 女性経験がある。性行為経験がある。

 それはつまり性行為のやり方を、子供の出来る仕組みを知っているということになる。

 私たちはゆーくんが前世で何歳まで生きていたのか、どの程度大人だったのかを聞いていない為に、このような確認がどうしても必要だった。

 もしも性行為に関しての知識がないのであれば、机に置かれた避妊具についてを説明しても仕方がない。伝わる筈もないからだ。

 しかしゆーくんは性行為についてを知っていた。

 それはつまり、避妊具の使用方法についてを説明しなければならないということ。


「そうか……なら、やはりコレはお前に授ける」

「今までの恥ずかしい話と、コレと……一体どんな関係が……」

「お前がコレを知らないということは……やはり異世界にはないということだな……これは例え性行為に及んでも女性を妊娠させない道具……避妊具だ!」

「…………パパうえ、殴っていいかな……?」


 拳を固く握り込み、わなわなと震わせ必死に抑えている怒りを零し見せている。


「待つのよゆーくん! 本当にこれは真剣な話なの!」

「どぉおおおこが真剣な話なんだよ! 冒険の場所が火山に差し掛かったからアイスが持つ氷の力を借りたいと思って取りに帰ってみれば、どうしていきなりこんな恥ずかしい話をされないといけないんだ!」


 そう私たち大人は真剣そのもの。

 子供には理解の及ばない危険性に目を向けているからこそ真剣なのだ。

 彼の放つ怒りを迎え撃つでも無視するわけでもなく、ただ真っ直ぐとした真摯な眼差しを二人揃って息子へ返す。

 どれだけ照れ怒って事態を有耶無耶にしようにも、我々の視線が彼を逃さない。

 彼の持つ勇者としての力は、我々による性教育の前では無力化されている。


「……毎日大和撫子のボイン女子と一緒で、部屋には金髪幼女をペットとして置いているお前に……今後何もないと言い切れるのか?」


 厳かに腕を組み、あーくんは容赦なく核心を突く。


「言い切れるよ! 親に向かって言うのもなんだけど……阿保なのか!」

「なっ! 阿呆とは失礼な!」

「大体ペットってなんだ! アイスはペットじゃない! 大切な仲間だ!」

「あらゆーくん? でもアイスちゃんは獣なのでしょう? 獣のような姿になれるのでしょう? 耳の形状から察するにワンちゃんだとして……部屋にワンちゃんが居たら何処からどう見てもペットよぉ?」

「うぐっ……」

「そしてそれが人間の女性の姿になるのであれば……女の子をペットにしていると誰もが思うわよねぇ?」

「うぐぐっ……」

「部屋に女児を監禁……ペット化……夕陽お前……魔王より魔王だぞ!?」

「うわぁあああああああああああ!」

「恐ろしいですわ……この場にツッコミ役が居ないことが此処まで混沌をもたらすことになるとは……!」


 アイスちゃんが傍観者として青ざめる横で、両親揃っての猛攻に勇者は悲鳴を上げた。

 息子は今になって自分のしていたことに気付いたのだ。

 効いている。確実に効いている。

 勇者に一般人がダメージを与えている歴史的瞬間。

 なればと我々は、容赦なく追撃に打って出る。


「夕陽。お前も年頃の男の子だ。特にこれから先は女子に対する興味が阿呆のように膨れ上がっていくことだろう。その時……この道具は絶対に役に立つ!」

「親が言うべきことなの!? これは本当にどこの家庭でも行われる話なの!?」

「じゃあ聞くが……お前……コレの使用方法を知っているのか……?」

「ぐっ!」


 勇者の口は閉ざされた。

 流石はあーくん。勇者として滅多に隙を見せない彼の、針の穴ほど小さい隙を見出し鮮やかに突き刺した。

 確かにゆーくんの言う通り、この議題はどの家庭でも行われるとは言い難い内容。

 しかし、私たち夫婦の子供は普通の子供ではないのだ。

 勇者なのだ。異世界人なのだ。

 異世界に、コンドームはないのだ。

 あまつさえ息子は飛びぬけて優秀なものだから、同年代の男の子から向けられた尊敬の心持ゆえに、クラスメイトが彼へエッチな話題を振ることもないだろう。

 高すぎる存在に、「このアイドルエロくね?」などの話題は振り辛いものなのだ。

 それはつまり性行為に関する話には発展し辛い。

 このままでは息子が持つ性知識は異世界で暮らしていた頃と違わないままとなってしまう。

 この避妊具の存在についてを知らないままとなってしまう。

 すると────どうなるかしら。


『ママうえ……話があるんだけど……』

『あらぁ……どうしたのぉ? 畏まって~』

『実は……伊織さんとアイス……両方とものお腹に僕の子供が出来てしまったんだ……』

『えぇ!? ママもうおばあちゃんになるの!? それはそれで嬉しいけど魔王退治はどうするの!?』

『それも辞めるわけにはいかない……僕は子供が居ても魔王を倒しに行く!』

『ゆーくん……それは……父親が魔王倒すとか言って無職を貫くという、あまりにも不憫な子供になるわよ……?』

『う……うぅ……うわぁあああああああああああああああ!!』


 ────これだわぁ。

 こうなってしまう以外にないわぁ。

 この議題はどの家庭でも話すべき議題かと言われれば難しいところだけど、しかし一方で教育カリキュラムの一つとして必ず取り上げるべきである一面も持つ。

 この話を持ち出せば必然的に気まずい空気が流れると知っていながら、それでも、「避妊……ちゃんとしろよ」と一声掛けてあげるだけで子供の未来に少しの安全性をもたらすのだ。

 どの親も、本当は言うべきことなのだ。

 大人としての責任感が芽生えないままに子供を設けてはいけない。

 責任と愛情。両方揃った家庭で子供を設けて欲しいというのは親の欲求としては当然なのだ。


「やはり……知らないようだな夕陽」

「し、知らないよ……クラスでもこんな恥ずかしい話はしないし」


 未知さに恥じ、ゆーくんは再び頬を染めてぷいっとむくれて見せる。


「そら見たことか。じゃあこのままお前が大人になって避妊法を知らないままだったらどうなっていた? 地球世界で育ったお前の同年代は知っている。けどお前の持つカリスマ性が下世話な話を遠ざけ、お前はきっと知らないままだった筈だ……では誰が、お前に避妊法を教えてやるというのだ?」

「凄いですわ……何だかアタクシまで正論に聞こえてきましたわ……!」

「アイスちゃん! これは正論なんだ! 夕陽はこの世界についての知識が少ない! だって夕陽の情報源はテレビや新聞などであって、テレビでコンドームの使い方講座を放送するわけがないのだから!」


 結論、私たち親が話すべきことなのだ。

 時期が早すぎるという見解は愚か。

 だって息子は、両手に花、なのだから。

 ボインもぺったんも、両方彼と共にあるのだから。


「こんなの……つ、使うことがあるのはもっとずっと後だよ……後だけど……い、一応使い方教えておいて……よ……」


 モジモジと、ゆーくんはわざとらしく視線を点いてもいないテレビへ反らしながら教えを乞う。可愛い。男の子の子供超可愛い。


「ふっ……わんぱく小僧め……いいだろう!」


 やけにあーくんは堂々としているが、旦那はこの先の返答をどうするつもりなのだろうか。

 コレの使用方法を説明するには、実のところ実演が最も簡単で分かり易いが、流石にそれは倫理感に触れるものがある。

 言葉で説明するにはあまりにも難しいが、あーくんは腕を組み依然堂々たるさを崩さない。

 私は緊張から生唾を一飲みし、旦那の発言を見守った。


「夕陽……この中には風船のようなゴムが入っているが……ゴムのようでゴムではない──────鞘だ! 鞘だと思え!」

「…………うん?」

「お前の下半身のアレが剣だとして、この中に入っているゴムが鞘。剣を鞘に納めて……行為の際は……鞘ごと行け!」


 あーくんの力強い眼差しが、カッと開いた。

 ゆーくんは装着法を頭に浮かべたのだろう。更に耳先までをも赤く染めている。


「ホント……下品で……本当に余計なお世話だけど……けど…………パパうえ、今のは凄いわかりやすかった!」


 伝わったようだった。


「うん、あーくん見事だわ」

「下品極まりないですわ……しかし……分かり易かった!」


 こうして無事、群青家緊急家族会議は幕を下ろした。

 嫌がる息子の鎧の中へ、あーくんは強引に避妊具を押し込んで、勇者は避妊具を所持して異世界へと戻っていった。

 もうこれで大丈夫。何があっても大丈夫。

 地球世界の科学技術が、息子の未来を守ってくれる。

 残すべき課題はゆーくんの性癖について知るという宿題が残っているけれど、それは彼が高校生になって果実が更に熟れた時に取っておこうと、そう思う私だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る