第二一話 群青家における性教育②
ケースから漏れ出す淡い発光は比喩ではなく、実際に私たちの目を閉じさせる眩しさを放った。
我々夫婦は、『息子というか勇者様の性癖知りたいから家探ししよう作戦~プライベートとか親子間に無いも同然~』が失敗に終わったことを瞬時に悟る。
エッチな本が光る筈もないのだ。エッチなDVDが光る筈もないのだ。
勇者様の性癖は謎のまま────かと思われた。
「ふわぁ……あら、勇者様、今日は私ではなく別の魔剣を…………ってぇええええ!? どちら様ですの!?」
ケースの中に大事そうにしまわれていたのは一本の剣だった。
青空のような色の刀身に、柄と鍔部分に嵌め込まれた幾つかの宝石。一つ欲しい。
何より驚くべきは、ケースを開けたと同時に目覚めを意図する発言があったこと。
これではまるで、この美しい剣が喋ったように思える。
しかも────女性の声色で。
「む。どちら様とはこれまた……我が家に上がっておいて失礼な! 貴様こそ名を名乗れ!」
流石はあーくん。声が女性のものと分かっても、私以外の女性には容赦がない。
「ア、アタクシは勇者様が所有する魔獣、アイスと申しますけど……ひょっとすると勇者様の御両親様であられますか?」
「そうだ! 俺こそが夕陽の父! 群青朝陽であぁる!」
「──それではこの身のままでは失礼というものですね」
水色の剣が上品にそう言うと、周囲に白い煙が立ち込めた。
「さ、寒い!」
「あらぁ……夏中に発見しておきたかった代物だったわねぇ」
煙は冷気。とても寒い。
剣本体を見えなくするほど濃い煙を発したかと思えば、直ぐに煙の中に人型の影が浮き上がる。
──冷気が晴れ、その姿を浮き彫りにする。
煙の中から現れたのは金髪碧眼の少女────頭の上に犬のような耳。
白く艶やかな毛並みが耳と、そしてお尻から同色の美しい尾が伸びる。
「──初めまして、勇者様の御両親様。アタクシ勇者様に仕えております、アイスと申します。以後お見知りおきを」
刀身の色を思わせる水色のワンピースを着た幼い女の子が、裾を摘まんで上品にお辞儀をした。
「……な……んだと……」
「あーくん! これって……」
「あ、あぁ……小夜梨……!」
彼女は自分のことを魔獣と言いながら初対面時は剣であり、人の姿にまで成り代わった。
確かに、耳や尾があることから完全な人間とは言い難い。
しかし問題は其処ではない。
私は人らしき彼女を目に入れるなり思わずあーくんの手を取った。そして震えた。
────私とあーくんは、歓喜に震えたのだ。
「あーくぅん! エッチな本どころか……エッチなDVDどころか……ゆーくん女の子連れ込んでたねぇ!」
「あぁ! 流石は勇者だ! 俺たちの想像の遥か上を行きやがった!」
「…………な、何かしら……」
「でも、でもでもあーくん! どうしよう……あの子を見て? 小さい背丈に今にも折れそうな儚げで華奢な身体……揺れるか揺れないかを一番楽しめるほどの小ぶりな胸に……」
「んなぁ! 幾らお母様でも失礼ですわ!」
「そして丸くも少し大きめのお尻」
「きぃいいい! 気にしていることをおおお!」
「正に洋梨体型というもの……あーくん……これではゆーくんは……ロリコンと言わざるを得ないわ……」
社会はロリコンに冷ややかな目線を送りがちだ。
息子に変態の目が注がれてしまうかもしれないことを、母として懸念を抱いた。
心配そうにする私の肩に、ゆーくんが温かい笑顔を添えてポンと手を置いた。
「安心しろ小夜梨」
「あーくん……」
「ロリコンに冷たいのは……女性だけだ! 男性の多くは同士を見つけたかのように温かく見守ってくれるのが実のところだ!」
「じゃあ……息子は……孤独ではないのね……!」
「あぁ大丈夫だ! ひょっとすると伊織ちゃんと、このアイスちゃんを傍に置いているところを見ると……アイツはどちらも好きなのかもしれない……どんな女性も愛せるのかもわからん! その可能性もゼロではない!」
「あぁ……よかった……ゆーくんは寂しくないんだね……」
「ヤバいですわ……このご両親が何を話しているのか半分程度は理解出来るだけに……本当にヤバい人たちだということだけが真に伝わって来ますわ…………!」
涙ぐみ抱き合う私たちという感動的場面へ、アイスちゃんは怯えた目線を向けている。
此処はもらい泣きしても良いくらいのところなのに、少し変わった子のようだ。
そう、この子は変わっている。
私は再び彼女の容姿へ目を戻して、抱くべき疑問と向き合う。
獣耳と尻尾を残しながらも人間の姿をして、魔獣と名乗ったそのことについてである。
「ねぇアイスちゃん……貴方、獣って言ってたけど……」
「えぇお母様、アタクシは三段階に変身出来ますの。魔剣形態、魔獣形態、そして人型形態の三つですわ。畏まってご挨拶させていただく時などは人型になるように努めておりますの」
「ふむ。出来た子だな」
「えぇ良い子だわ。でもあーくん……獣ってことはもしかして……ゆーくんの……ペット?」
「い、いえそういうわけでは……」
「な! アイツ! 女の子をペット化しているだと!? そんなこと……異世界で許されてもこの日本社会では完全なる違法だぞ!?」
「お父様? お母様? アタクシの話を聞いてくれます?」
「幼女を……部屋に監禁……奴隷化……! あーくん大変! これじゃゆーくんは犯罪者だわ!」
「……聞いてた通り以上の……変わったご両親様ですわね……」
もしもゆーくんが突然帰って来ても良いように、掃除を偽装する為に掃除機まで持ち込み、日曜日の昼間というゆーくんが異世界へ長時間出払っている隙を突いての家探しは思わぬ結果を生んだ。
いや、むしろ今気付けて良かったと言うべきなのかもしれない。
アイスちゃんの口ぶりから察するに、どうやらゆーくんとの関係は合意の上のようではある。
しかし世にはストックホルム症候群という言葉もある。
誘拐されたストレスが度を越え、誘拐犯に抱くべき嫌悪が愛情と錯覚してしまうアレ。
母親である私が出来ることは、その可能性が如何ほどなのかを確かめること。
「アイスちゃん……あの……その……聞きづらいのだけど……もしかしてゆーくんに無理やり連れて来られたの……?」
「お母様、その変な気遣い辞めていただけます? ちゃんとアタクシはアタクシの意思で勇者様に協力しているだけですわ!」
「……手遅れの域なのかしら?」
「ちぃいいいがいますわよ! アタクシはペットではなく仲間! 勇者様の仲間です!」
「本当かしら……」
胸の内から不安を消し切れず、憂いていたその時だった────部屋に紫色の魔法陣が現れた。
それは勇者の帰還を示していた。
「っ! 拙い! 夕陽か!」
「ゆーくん!」
「勇者様ぁ! 助けて下さいまし!」
陣を割ってゆーくんの脚が現れ、彼は歩くようにして部屋に入って来た。
「パパうえとママうえと……アイス? 僕の部屋で何してるの?」
息子は可愛いきょとん顔で部屋の中を見渡し、即座に事態の把握に努めたようだった。
「掃除だ! 此処に掃除機があるだろ!」
「そうよ! 掃除よ!」
「……二人掛かりで僕の部屋を?」
急ぎ私たちは言い逃れの言葉を放ち、コンセントの繋がらないままの掃除を掴み見せつける。
途端、ゆーくんの顔色が曇る。
心を抉られたかのように落胆し、悲しみ、そして。
「……そ、そんなに僕の部屋……汚かったかな……?」
うん。良い子で助かった。
むしろ物こそ多いものの、整理整頓されててママは綺麗なほうだと思います。
「ううんゆーくん。これは家族サービスよ」
「助かったと思いましたけど、勇者様も結構ズレてますわね……」
安堵するだけの私。しかし彼は────私の旦那はそうはいかなかった。
溢れ出る感情を身体全体で抑え込むようにして、その身をわなわなと震わせながらゆーくんに近づく。
「──夕陽、緊急家族会議だ」
「え? いや……あの……僕アイスを取りに帰っただけで……」
「駄目だ。今日はもう行かせない。お前に一刻も早く話して……そして授けておかなければならないものがある」
「……パ、パパうえ……?」
あーくんの只ならぬ気配がゆーくんに伝わった様子で、息子は言葉を失った。
怒るでもなく喚くでもなく、これほど静かに思い詰める様子の父親を初めて見たのだから無理もない。
あーくんは焦っている。息子が身を置く環境に何かを言ってやらねばと焦っているのだ。
大和撫子なボイン女子と常に行動を共にし、部屋には金髪碧眼の幼女をペットにしている。
この状況を知って尚、自分の子供を放置しておくなど親のすることではないと、あーくんは瞬時に判断したのだ。
流石はあーくん。私はただ言い逃れが通って安堵していただけだったのに。
ここ一番頼れる夫に私は惚れ直すのだった。
場は直ぐに一階のリビングへと移される。
私、あーくん、ゆーくん、アイスちゃんがそれぞれ椅子に腰を下ろし、机を囲んだ。
そのダイニングテーブル上をあーくんが強く叩きつけ────家族会議が始まった。
「パパうえ……ど、どうしたの? いつになく怒ってるようだけど……」
「いや……怒りなど微塵もないさ夕陽……お前に……これを授けようと決心を固めていただけだ」
テーブル上からあーくんの手が取り払われ、そこからギザギザに縁どられた固い質感のビニール製品が現れる。
ゆーくんは顔中に謎を浮かべたまま、ソレを凝視する。
勇者の彼が、そして子供の彼が知る筈もない。
あーくんの手が取り払われ、そこから出てきたものは手の平サイズで四角形の────避妊具、コンドームであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます