第二〇話 群青家における性教育①
私、
果実の色は未だ青く、若く、幼い。
しかしそれでも、息子のゆーくんが異世界へ足を運ぶようになってから一年半の月日が経ち、ゆーくんはもう中学二年生になったのだ。
時期尚早と言われればそれまでだけど、それでも私は私を抑えることが出来ない。
ゆーくんは年齢に直せば一四歳で、中学生になって二度目の秋を迎えた現在。
夏の猛暑は力を使い果たし、それに合わせて木々の葉も緑から褪せて地へ落ち、眠りに着く。
──秋が起きる。果実が実る。
私、群青小夜梨は、この時を待っていた。
「……小夜梨、決意は固いんだな」
「……あーくん愚問だわ。禁断の果実を前にしては、もう退き下がれないのよ」
「そうか……ならば何も言うまい」
息子の部屋の前で二人で立ち、そして旦那の躊躇いを垣間見る。
あーくんの正義感は強い。
我々親としての振舞いが、これから成そうとする行動が正しいかどうかと苦悩しているのだ。
「……本当に……いいのか小夜梨」
それは私に気を遣って収めていた筈の言葉。その欠片をやんわりと思わず零したのだ。
あーくんは甘い。しかしそんな優しい彼だからこそ私が惚れこんだのもまた事実。
「私とあーくんの決定的な違いは、これからすることが悪と分かっていてそれでも…………ま、別にいっか、と思ってしまっていることよ」
「……その気持ち、俺の胸にもなくはない」
「うん。そうよね。だからこそ私に同伴してくれているわけだし」
「……図星、だな」
「では、行きましょう。あーくん」
「あぁ……行こうか、小夜梨」
一台の掃除機を片手に、私は息子の部屋のドアノブに手を掛ける。
そして開いて相まみえる我が子の部屋。その様子は一見普通に見えてやはり普通ではない。
勉強机、ベット、本棚。そして僅かに飾られ保管される異世界の品。
骨董品屋さんもビックリな西洋の鎧は新品同然の状態で置かれ、銃刀法違反も青ざめるような剣が数本、鞘にしまわれ立てかけられている。
他にも布製品から宝石関係まで。部屋の要所要所で現実世界にあっては違和感を残すものが目に入る。
私は部屋の中央に立ち、中を見渡しているとあーくんが自ら今日の目的を零して、罪悪感へ整理をつけた。
「さて……始めるか──────エロ本探しを」
あーくんの発言。それこそが今日の目的だった。
「……あーくんってば……躊躇っていた割には事を急くのね」
「フッ……俺はやると決めたらやる男だ」
あぁ。やはりこの人を旦那さんにしてよかったと思わずにはいられない。
決意の固まった釣り目の何と雄々しいことだろう。
深紺の髪をたくし上げ、見る人から見れば凶悪そうに見える鋭い目つき。
鼻で笑って腕を組み立つ姿は、頼り甲斐を感じさせる男性像そのものだ。
「しかし、何で今日なんだ?」
先ずは定番の本棚から、といった感じであーくんは棚にしまわれた一冊一冊の本へ、注意深く目を通しながら私へ問いを投げかけた。
「夏、という季節はね。人を大胆にさせるのよ、あーくん」
「ふむ」
「夏の解放感が学校内ではカップルを増殖させるの。ゆーくんに彼女が居るかどうかは別として、性欲に掻き立てられる季節を終えたのよ。つまり夏の終わりには、男の青春戦利品が部屋に在る筈なのよ」
「さ……流石は我が妻、小夜梨だ……恐れ入ったぜ……なるほど、夕陽が夏に気分を高揚させて何処ぞでエロ本の一冊でも拾い、家に持ち帰ってる筈だと踏んだわけか」
あーくんからの感心を受けながら私は掃除機を置き、勉強机の引き出しへと手を着ける。
プライバシー侵害上等の姿勢で、次々に引き出しを開けていく。
「しかし、どうして去年はこれをしなかったのだ?」
「果実が青すぎるからよ……ただでさえ真面目なゆーくんだもの……中学に上がって一回の夏を経験したくらいではエッチな本は拾って来ないかもしれない可能性が高いわ」
「考えられている……! それほどに小夜梨は真剣だということか!」
「えぇ……見たいでしょう……? 勇者様の……性癖を!」
「ご、ゴクリ……!」
「私たちの息子は勇者様……その勇者様は一体どんな女性が好きなのか……興味がつきないわぁ……あーくんと同じように出るとこ出てるスタイルが好きなのか……はたまた小さくか細いのが好きなのか……うふふふ……うふふふふふふふ!」
我が息子の趣味はお姉さん系なのか、ロリ好きなのか。
そのどちらかですらなく、仮に人には言えないような性癖を持っていたとあらば、そんなに面白いことはない。
仮に勇者様がSMなどのハードプレイが好きだったとして、そのギャップに萌えない人種はいない。筈。
私は毎日のようにその疑問にうなされ、未知の開示を今か今かと待ち侘びていた。
「しかも、しかもよあーくん。もう伊織ちゃんというボイン女子と一年半も旅を続けているの。常に色気ある女の子を傍に置いていて、これでエロ本の一冊も部屋になかったらちょっとゆーくんの真面目さには狂気を感じるってものだわ」
「な、なるほど……子供同士が遊んでいるようなものかと思っていたが……確かに言われてみれば伊織ちゃんは中二とは思えない発育の良いスタイル……それと毎日一緒に居れば流石の夕陽も……」
「えぇ……悶々よ、悶々!」
「なるほど……果実は熟した、というわけか」
だがしかし、私たちの願いは成就しない。
無いのだ。エッチな本は何処にもない。
あーくんが本棚にしまわれている本を一冊一冊取り出し、違うカバーが掛けられているのではと丁寧に剥がし見ていっても、カバーと中身が違うということはない。
勉強机の引き出しには異世界の方々からいただいた便箋や筆記用具などが見つかるばかり。
便箋は異世界文字で読めないし、仮に恋文であっても理解出来ないのが口惜しい。
「流石は男の子……入念に隠しているというわけね」
「小夜梨、勉強机の調査を代わってくれないか」
本棚調査を行っていたあーくんは、しっかりとカバーをかけ直して余念のない隠蔽工作を行いながら言った。
しかし私が行った勉強机の調査については完璧だったと自負している。
「あーくん……でも全ての引き出しは開けたわ……これ以上は……」
「いや……一ヶ所だけ見落としがある」
あーくんは勉強机に近づき、右下最下段の引き出しを開ける。
他の引き出しよりもひと際大きい、ボックス型の引き出しだ。
「あーくん……そこなら既に私が……」
「いや……実はな……」
言ってあーくんは、最下段の引き出しをそのまま引っこ抜いてしまった。
「え……」
「俺にも経験がある。勉強机の最下段の引き出しというのは、こうして引っこ抜いて、その奥にエロ本を隠せるのだ。これならば見つかることはほぼない上に、裏側の空洞スペースは大きいから大量のエロ本を隠せる」
「あーくん………………後でその話、詳しく」
「う、うん……」
「ちゃんとどんなジャンルの本を隠していたかまで申告するのよ」
「……は……はい!」
そして私は四つん這いになり、薄暗い机下を覗き込む。
其処にはエッチな本が──────無い。
何もない。ほんのりと埃が溜まっているだけだった。後で掃除しよう。
「っく! 勇者め! 何処まで丁寧に隠しているというのだ!」
我が夫は悔しそうに掌で目元を覆い、天井を仰いだ。
「……あーくん……諦めるのはまだ早いわ」
「……そうだな……本命箇所に行くとするか……」
「えぇ……ベットの下ね」
ベットの下。それは男子諸君がいやらしい何かを隠す定番の場所。
そして同時に我々にとっては最後の頼みの綱だった。
我が夫の天才的な索敵能力すらも空振りに終わり、勉強机の最下段、その背後にすら何もないとなればもうベットの下しかあり得ない。
私とあーくんは神に祈るような気持ちで、ベット下を覗き込んだ。
そして恐らく神は────我々夫婦の願いを聞いた。
「……あーくん」
「……箱? か?」
壁に敷き詰めるようにして設置されたベットの、その下で同じように壁に寄せられた大きな箱が目に入る。
怪しい。明らかに怪しい。
「あれは絶対何かあるわ。何せ、私は頻繁に掃除でこの部屋に入っているけど、ベット下にあのような箱があったのはこれが初めてよ」
「それは……とどのつまり!」
「あるわ! しかもあんな頑丈そうな箱! 本を通り越してDVD媒体という可能性も高まってきたわ!」
我々夫婦は歓喜に打ち震えながら、箱を引っ張り出した。
それは箱というよりはケース。
横開きタイプの薄型のケースの、ボディ部分はベロワ生地が光沢を放ち、蝶番はキャリーケースなどと同様のもので鍵などによる施錠はない。
サイズとしては1メートル強ほどで、一見してギターケースのようにも見えるが、我が息子に音楽などの趣味はない。
ケース単体が放つ高級感が、中に眠る物が如何に貴重な品であるかを我々夫婦へ知らせていた。
「小夜梨……!」
「あーくん!」
中を見るより先に確信を得る我々。
息子が勇者であることを踏まえると、そのケースが持つ魅惑的な雰囲気と形状から言って宝箱に見えなくもない。
そう。この箱は彼にとって、息子にとって宝箱なのだ。
──カシャン、カシャン。
留め具を外しケースの口が開くと同時に漏れ出す淡い光りが、我々夫婦の興奮的で下品な笑みを照らしていた。
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