第一九話 女子中学生、無双する

 当面の課題は意識改革になるだろうと、そう予想はついていた。

 私の剣術そのものが通用するのかどうか以前に、魔物とはいえ生き物を殺めることが私に出来るのだろうかという、甘い気持ちに整理をつけなければならないのだ。

 彼に着いて行くと決めた以上、今すぐにでもその覚悟は固めなければならない。

 覚悟の甘さは剣先を鈍らせ、一瞬の気の緩みが自殺行為へそのまま繋がる。

 これから先、魔物と対峙した時は命を取ることを躊躇ってはいけない。

 躊躇えば死ぬばかりでなく私の嘘がバレる。

 異世界転生者などではなく、単なる日本の女子中学生であることがバレる。

 その嘘は彼を大きく落胆させるだろう。きっと死よりも重い。

 その嘘は真実にしなければならない。

 魔物くらい、簡単に殺さなければならない。

 私は腰元に下げた剣を鞘に納めたまま、柄を力強く握り込んで、彼の案内する孤島へと降り立っていた。


 聞けば昨日、此処まで来て時間制限の為に引き返したそうな。

 今日はその続き。

 この孤島に眠る宝具の回収に訪れていた。

 島へ訪れるまでに現れた魔物の全てが水棲生物類であり、群青君によって既に切り捨てられているのだという。

 私も彼に倣わなければならない。

 魔物が現れれば、斬る。

 汗の温度を下げながら、孤島の中心部で眠りについて永そうな遺跡へと足を運ぶ。

 ブロック石を積み木のように雑に重ねた遺跡は、ひび割れも激しく蔦や苔が根を伸ばし放題だ。

 傍に海もある為か湿気も強く、昼間の下に居るとはいえ平和な空気は失せている。

 只ならぬ冷気を感じながら、遺跡を踏み進め、遺跡と同様に石造りの大扉の前へと辿り着く。

 大袈裟な石扉へ向かって彼が何か呪文のような言葉を語り掛けると、扉は自ずと遺跡全体を震わせるようにして少しづつ開いていく。

 

 勇者でなくても、この女子中学生の私にも感じ取れる危険な気配。

 扉の向こうに何か居る。それは確かだ。

 そこで私の不安は膨れ上がる。

 勝てるか、勝てないか。どう戦うのか。生き物を殺せるのか。剣道が通じるのか。

 竹刀と銀の剣の扱いの差は? 剣道着と銀防具の動き易さの違いは?

 どうする。どうする。どうする。どうする。

 ────遺跡に入る前からずっと、柄を握り込んでいる手の握力が一層増した。


 扉が完全に口を開け、そこに居た存在が遺跡の主であろうことを肌で感じる。

 ────正に異形の化物。

 八の脚には拳大の吸盤が点在。ウネウネと動かし我々を出迎える。

 上半身は女性の身体。

 海水色の肌を長い紅い髪が隠し、衣服の一枚をも纏ってはいない。

 一見して蛸のようだが、上半身はまるで魅惑的な女性。

 それでいて私よりも二回りは大きい胸をそのまま露わにしている。

 その異形さを目の当たりにして、無意識のうちに私の口から言葉が飛び出た。


「──うむ。よし、死ね」

「ぇえええええ!? 現れていきなり死ねって貴方何よ!?」


 タコと女の半種らしき魔物は、斜に構えていた面持ちを途端に驚愕と落胆のものへ色を変える。

 半分が人間と違うことを差し引いても、女の私の目にもタコ女はセクシーに映った。

 そこから彼への独占欲が思わず表に出て、私の意識改革は完成した。

 秒の速度で、私は羅刹である。

 彼の目に水色のおっぱいが入り込んでしまう。

 うん。殺そう。早く殺そう。


「彼の目の毒だ。死ね」

「ちょ、ちょっと……勇者が宝具を奪いに来るって言うからずっと待ってたのにいきなり死ねって……」

「五月蠅い、死ね」

「い、伊織さん……落ち着いて……話は通じるみたいだし、少し交渉してみよう」

「そうか…………いや、やっぱり殺そう。早めに殺そう」

「ちょっと勇者! あんたのツレ魔物より魔物よ!」


 自身の中心線に思わず構えた剣を挟み込む私の目が、猟奇的であることは既に自覚済み。

 裸を。彼に女性の裸を見せてしまったのだ。

 彼は未だ中学一年生だ。母親以外の裸など見ていない可能性激高。

 ならば私が最初の相手になれたのでは?

 私の大きく育ったこの胸こそが、彼が人生初めて見るおっぱいに成り得た筈では?

 その貴重な機会を奪われた。

 殺意。最早殺意しかない。


「どうする? 一本づつ脚を順番に切り落としていくか? 首は最後にするか?」

「い……伊織さん? 落ち着くんだ。僕は出来るだけ話の通じる相手は無暗に殺めないようにしてるんだ」

「そうよそうよ! もうちょっと仲間の言葉に耳を傾けなさいよ!」

「おい……誰が喋っていいと言った? 先ずは脚より先に舌を切ってやろうか……?」

「ひぃいいいいいい!」

「伊織さん……何て頼もしいんだ……!」


 彼は私の意欲的な姿勢に冷や汗を掻きながらも口端を上げ、私が本当に戦えるのかどうかという懸念が杞憂であったかと示す。

 群青君は私の殺意を封じ込めるようにして、一歩前へと進み出る。

 

「スキュラ族と見受ける。話が通じるなら無駄に殺したくない。宝具を譲ってはもらえないだろうか?」

「はんっ。何の為にワタシが此処に居ると思ってるのよ。魔王様より遣わされて貴様らの邪魔をしようと…………ってイダッ! コラ! そこの女! 話途中に脚を切るんじゃありません!」

「あぁすまん。取引に応じない姿勢は瞬時に理解出来た上に、隙だらけだったのでな」


 タコ女が生意気な返事を返した時点で、私は既に近場でウネウネと動いていた脚の一本を切断。

 その後、落ちた脚を銀の剣に串刺しにしていた。


「おいタコ女……貴様に似合いの拷問法がある……まず麦の粉を水で溶かし熱するとトロトロとした弾力ある液体になる……卵を一つ落としたその液体の、温度の低下は極めて緩やかだ……その中へ貴様の脚をぶち込む。さすれば……貴様の身体は冷めることのない地獄の業火に永遠と苦しむことになろう……」

「ひぃいいいい……ご、拷問する気だわこの女……」

「…………伊織さんそれ……たこ焼きじゃない? 食べるの? この魔物食べる気なの?」


 剣に刺さった脚は未だ動きを止めなかった。

 ウネウネと動き、身を膨張させたかと思うと────タコ女がもう一匹作り出された。

 分身。タコ女は二匹に増えた。

 それはつまり────おっぱいが四つに増えたということだ。


「フフフ!  どお!? これで少しはビビったでしょ!」

「貴様……つくづく神経を逆なでしてくれるな……!」

「ぇええ……何か余計に怒ってるぅ……」


 抗うようにしてタコ女は自ら脚を切っていき、分身を増やしていく。

 どうやら脚の数だけ分身可能らしい。

 八体に増長し、おっぱいが一六となったところで分身行動は終わった。

 脚は再生し、これ以上増える様子はないが、これではまるで男性の彼にとってハーレムである。

 私の殺意が、限界点に達した瞬間だった。


「貴様ぁあああああああああああああああああああ!」

「八対二よ! 此方に分があるに決まってるわ!」


 何十もの吸盤付きの触手が、群青君と私に襲い来る。

 刹那の間で空間内の隙間を見出して、剣の構えを崩さないまま足を強く弾いて横っ飛びし、回避の合間で切り付けていく。


「伊織さん! 凄い!」

「竹刀を持った大人一〇人ほどに囲まれ、一気に殴り掛かってくる合間に隙を見出せと……この手の訓練は父によく施されたものだ」

「きぃいいいい!」


 回避。面。回避。胴、小手。回避、突。

 私は足の裏に力を込めて石床を弾き、黒いポニーテールを舞わせては、地へボトボトとタコ足を落とし、切り離された脚を量産していく。

 私に一撃すら浴びせることは敵わない。

 胴を断てば分身は気泡に帰し、本体を追い詰めて切っ先を胸元へ宛がう。


「何この女……つ、強過ぎる……」

「貴様ぁ……一つだけ褒めておいてやろう…………流石タコだけあって血を出さないのは殊勝な心掛けだ……私の新調した装備が汚れずに済む……」


 恐らく母親以外を除いて、彼がプレゼントを贈った女性は私のみ。

 その贈呈品を汚さずに済ませている姿勢だけは褒めてやらんでもない。


「殺人鬼……瞳が殺人鬼のソレだわ……!」

「伊織さん! 待って待って! 此方が優勢の今なら話し合いに応じるかもしれない!」


 なるほど。

 切っ先を水色おっぱいから動かさず、選択くらいは取らせてやろうと私は凄む。


「だ、そうだ。どうする? 服を着るか死ぬか選べ」

「服!? 宝具の話じゃないのかしら!?」

「あぁそうだった。宝具を置いて死ぬか、服を着て死ぬか選べ」

「どっちにしろ死んでいるわ!? というか貴方! 人間の癖に言葉の通じる相手に少し無慈悲が過ぎるわよ!?」

「はぁ? 人間が魚を捌いて食すのに感謝こそすれど慈悲など持つか? 貴様は既に、私の中で夕飯であることは譲らんが?」

「ひぃいい……殺されるどころか……食べられるわ……」

「伊織さん……そんなにたこ焼きが好きだったのか……!」

「お、おおお覚えてなさい!」


 タコ女はそうして定番の台詞に準じて遺跡を後にした。

 切り離されて石床を埋め尽くしていた筈の脚は、彼女の退陣と共に煙へ変わって消え去った。

 彼と私は顔を見合わせて頷き、遺跡の更なる奥へと進む。

 石の天井が空洞にくり抜かれ、陽の光が棒状に注がれた、乳白色で煌めく鎧を見つける。

 群青君は嬉しそうに、宝具の鎧に手を掛けた。


「伊織さん……凄いなぁ」

「よせ、この程度なんともない」


 私は未だに怒りを鎮められず、あの水色おっぱいに憎悪の限りを燃やしていた。

 そんな私を気遣う為に、彼の手が、ぽんと私の肩に置かれる。

 そして。


「たこ焼き……奢るよ」


 無くなってしまったタコ足を口惜しく思っていると取られたようだった。

 違う、とは言えないまま、私は無事に異世界冒険の一日目を乗り切ったのだった。

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