第一七話 ストーカー女学生、表舞台へ

 好きな人のご両親と相席。その場は高級ホテル一階のビュッフェ式レストラン。 

 縦空間を贅沢に使った、遥か高い天井から芸術的にぶら下がるシャンデリアが格式の高さを思わせる。

 駄目だ。食べ物へ意識が行かない。

 幾ら大人びて見られるとはいえ中学一年生の私には場違いな気がしてならず居心地も悪い上に、隣には想い人、対面には想い人のご両親が座って一つのテーブルを囲んでいる。

 強制的に平民から貴族へ立場を上げられた挙句に、どこぞの国王と面会でもさせられているような幸福と緊張が入り混じった気分だ。

 感情の落ち着け処が全く見いだせない。


「お茶の一杯じゃお礼にならないと思うから、ビュッフェにしてみたけど伊織ちゃんどうかしらぁ~?」


 優しく私を気遣うお母様。

 その慈悲が今は無慈悲となって私に働いているなどと知られては失礼。


「す、凄く嬉しいです! こんなお洒落なところに来たのは初めてで!」

「パパうえ、僕も初めてなんだけど……ここはレストランとは違うの?」

「あぁ、お前もバイキングは初めてだったか」

「いえ? 山賊なら何度も討伐しているけど?」

「いきなり物騒なことを言うな我が息子……まぁ見たほうが早いからついて来い」


 四人揃って席を立ち、一枚の白い丸皿をお母様から手渡される。

 知識としては、陳列済みの食べ物の中から食べたいものを、この皿へ乗せていくということは聞き及んでいるが。

 何だこのデカい海老、デカい蟹、ピンク色を膨大に残した薄く面広いスライス肉。茶色い肉しか食べたことがないのだが。

 ジュエリーのようなケーキ各種。口に運ぶことのほうが恐れ多い造形品だ。


「伊織ちゃん沢山食べてねぇ~?」

「は、はい! しかしこのような素敵な場所だと費用もそれなりなのでは!」

「もぉ~子供がそんなことを気にしないの~」

「そうだぞ伊織ちゃん。別に最近じゃあ一般の人でも手軽に高級感を味わえるようにと価格も割かしリーズナブルだからな」

「パパうえ、このお肉ちゃんと焼けてないよ。ちょっと注意してくる」

「辞めて。ホント辞めて夕陽」


 駄目だ。旋毛まで緊張感が詰まって胃袋が空腹をサインしない。

 地に足が着かないとは正にこのこと。

 適当に見繕って席へ戻る。

 いただきます、と四人揃って言葉を放つ風景には本来、家族の一員のようだなと喜べる筈の私の興奮は何処へやら。

 今は笑顔を引きつらせないようにと精一杯だ。


「──《炎剣ファイヤソード》」


 席に戻るなり、ぼそっと群青君が言って右手に持つフォークにうっすらとした炎を通わせる。

 其処へピンク色のスライス肉を刺し、焼いていく。


「っば! おまっ! 何してんだ夕陽!」

「だってパパうえ! ちゃんと焼かないとお腹を壊すよ!」

「ただのレア焼きだ! 普段、パパが良いお肉食べさせてないことがモロバレだからホント辞めて! っていうか人前で魔法を使うな!」


 あぁ本当に、彼はこの世界の常識は未だ置き去りらしい。

 流石の私も、ビュッフェレストランに詳しくはないものの、レア焼き加減くらいは知っている。

 それすらも知らない彼は、本当に別の世界から来たということなのだな。

 元の世界にも高級料理はあるだろうに。冒険の日々ばかりで食べて来なかったのだろうか。

 …………いや、そこじゃない!


「それに! 伊織ちゃんにバレていいのかお前!」


 そう。そこだ。

 どうして私の目の前で堂々と魔法を使う?

 内緒にしていたのではなかったのか?

 隠れ見して知っていただけにリアクションに困る。


「え? 伊織さんはもう知ってるよ?」

「は?」

「あら、そうなのぉ?」


 ────は?


「彼女は僕が魔王を倒す為に日々動いていることも知ってるよ。さっきも先生と話している時にドアのところに居たじゃん」

「……え? そうだったの?」

「あらぁ~」

「恥ずかしい話だけど、何度か女子から告白されている時も伊織さんは近くに居たりしたから、それで知ってる筈だよ。ねぇ、伊織さん?」


 ──────突然のド修羅場の到来!

 どうするどうするどうするどうするドウスル何と返すのが最適解なのだ。

 待て待て待て待て。

 つまるところ私のストーキング行為は全てバレていたと、彼はそう言ったのか?

 どうして?

 決まっている。勇者だからだ。

 日々異世界へ赴き戦闘に身を置いていることで他者の気配に敏感だから、だ。

 私はそのことを知らずに、バレているとも知らずに隠れ見を続けてムフフとやっていたのだ。

 ど、どうする。


「はむはむ……伊織さん……僕は……はむはむはむ……気付いていたよ」

「夕陽、食べるか喋るかどっちかにしなさい」

「はむはむ……僕は小さい頃に……盗撮の被害にあってね……はむはむ……それ以来反省して人の気配には……はむはむ……敏感なんだ」

「おいそれひょっとして俺のことじゃない? 今パパのこと盗撮犯風に言ったよね?」


 ────終わった。

 自業自得だ。

 彼へのストーキング行為もさることながら、それを利用して彼へ恩を感じさせ、ご両親にお近づきを計った。その報いだ。

 天にも昇るようだった気分は、あっという間に地の底へ叩きつけられる。

 緊張感はそのままに種類だけを変えて、私はこれから気色の悪い罪人としてご両親と彼に断罪される為のものへと変わるのだ。

 今日をもって彼の中で、私が汚物に変わることは────明白。


「ずっと……貴方の存在には違和感を感じていたんだ伊織さん」

「あぁ……そうだ群青君……バレてしまっては仕方がない」


 今の私に出来ることは、ご両親を目の前にしても尚、この純たる好意を伝えること、それのみ。

 彼が好きです、と。

 物陰から彼の生活の全てを覗き見たいと日々願うような気持ちの悪い女子ですと、居直るしか、そこにしか私の誠意はない。

 思わぬ形で告白することになってしまったな。

 それもこれも全ては私の意気地はなく卑しさだけがあった為。

 言おう。ハッキリと言って玉砕しよう。

 しっかりと想いを、伝えよう────────────────。

 

「──私は」

「異世界転生者だね?」

「……………………は?」


 もう一つ心で疑問符を───────────はぁ?


「何ぃ!? そうだったのか夕陽!」

「あらあら奇遇ねぇ~」


 仰天するお父様とお母様。誰より驚きたいのはこの私ですが。


「中学一年生とは思えない大人びた雰囲気、口調……それと類稀なる剣術的才能……僕と共通する部分が多過ぎる。小学校が一緒だったからね……嫌でも気付く。子供らしからぬ子供が居るなぁ、とね」

「夕陽…………じゃあ名前くらい覚えろよ」


 私の口調は、この令和の時代に古めかしくも、女児に容赦なく拳骨一つ浴びせるような厳格な父親譲りのものである。

 その父の仕事場である剣道道場で、幼い頃より私も竹刀を振ってきた為に剣の扱いに秀でているのは私からすれば自然なことである。

 厳しい家庭環境が私の精神面も大人にさせたが……どうやら。

 私の幸運は今暫く続くようだ。

 私はフォークをそっと置き、ナプキンで口元を拭って伏目気味にして、そして。


「……群青君、内密に頼む」


 しれっと言った。


「やはり! やはりそうだったか伊織さん!」

「あぁだが私は以前の世界でも魔法を扱っていなかった。その所為で今となっても魔法の類は使えないのだ」

「何と! 剣一本で世界を渡り歩いていたと!」

「うむ。それと済まない。もしや群青君も私と同じ異界の者ではと勘ぐっていた為に、覗き見るような真似を働いてしまっていた。さぞ気分を害してしまったことだろう…………まさか見抜かれるとは流石は群青君だ!」


 するすると、自分でも不思議なほどに虚言が湧き出る。

 元より無表情で冷美と謳われるような、感情の読まれづらい表情効果も相まって、群青家の皆々様は疑うどころか驚愕のリアクションに忙しい様子。

 乗り切った。私は窮地を乗り切った!


「ねぇねぇ伊織ちゃん。伊織ちゃんって凄く強いのぉ?」

「いや、え、子供の部で全国の場へ出るくらいのもので、大人にはまだまだ敵わないかと……」

「全国だって! 凄ぉい!」

「僕は何度か授業で拝見したことがある。大人顔負けの剣捌きだったね」


 当然と言えば当然。

 英才教育を施されているのだから。

 三歳の子供に木刀と竹刀を握らせた、狂気の教育を承っているのだ。

 全国へ行ったとしても優勝以外を求められず、負ければ竹刀でボッコボコにされる恐怖から逃れる為に掴んだトロフィー、ただそれだけだ。


「ねぇねぇママ提案がありまぁす」

「ママうえ、どうしたの?」

「──異世界、一緒に行けばいいんじゃないかしらぁ?」

「…………え?」


 もう一つ心で疑問符を────────────えぇ?


「だってゆーくんいつも一人で戦ってるんでしょぉ? 勇者が仲間を引き連れて魔王を倒すって……定番じゃなぁい?」

「うむ。流石は我が妻、小夜梨。見事な見解だ」

「まぁ確かに……元々魔物が居た世界で剣を振ってきたなら、それほど危なくはないのかな……戦力が増えるのは助かるけど……」


 え、何この展開。

 異世界へ私が行く?

 実のところ日本という国の東京都という都道府県から出たこともない私が、他県と外国を飛び越えて異世界デビューですか?

 中学生を相手に剣道着を着て竹刀を振るうのではなく、魔物を相手に鎧を着て真剣を振るうのですか?


「あ、ごめん勝手に話を進めて。伊織さんの意思だよね」


 半ば諦めたように、既に失念したように彼が言った。

 気持ちを先走らせてしまったみたいな困り顔。

 何その可愛いお顔。断れる筈が、ない。


「……我らの敵は……魔王、だったか?」

「……伊織さん!」

「人ではない者に久々に剣を振れるのだ。鍛錬にもなろう。悪いことはない」

「助かるよ伊織さん! 正直、早く魔王を倒さないとならないって焦っていたんだ……味方が得られるのはとても助かる!」

「あ、あぁ……宜しく頼む。それで、いつから行くんだ?」


 きょとんとした顔を浮かべた彼は、何を分かりきったことを聞くものかといったようで。


「え? この後だよ」

「………………ふ、ふぅん?」

「あぁ、それと僕は毎日行ってるけど、伊織さんはどうしよう?」


 毎日。彼と一緒。

 毎日。好きな人と一緒。

 毎日、死線を共にすることで期待出来得る吊り橋効果。

 毎日一緒に居さえすれば、少なからず発生してしまうだろうラッキーエロス。

 飽くなき愛欲と、決して女子が口に出来ないような下心が途端に旋毛まで突き抜けた。


「フ……群青君、愚問だよ」

「伊織さん!」


 私は自信あり気な冷笑を浮かべてそう言って、勇者様の仲間に加わった。

 死ぬかもしれない危険な世界へ足を運ぶ、そのことは。

 彼への愛を前にして、僅かにも私の心へ恐れを与えることは出来ないのだった。

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