第一五話 続・学年主任攻略戦

 証言記録。

 群青夫妻は面談の滑り出しにおいて何とも絶妙な一手を打ってきた。

 並みの教師であれば、自分の肉声を録音されるとあって、さぞ委縮してしまうことだろう。

 しかし相手が悪かったと言わざるを得ない。

 私は教師歴三〇と余年の学年主任、福原雄一である。

 

「えぇどうぞどうぞ」

「ぉお! 理解ある先生で助かります!」


 堂々と録画させてやればいい。

 やましいことなど何一つないのだから。

 さて本題に入るとしよう。

 恐らく群青夫妻は、本題の内容については群青夕陽と不良生徒たちとの件だと思っていることだろう。

 当然だ。儂自身が群青家にそう電話を入れたのだから。

 しかし儂の本当の狙いは其処にはない。何せ、事情は既に上級生から聴取済みであり、実のところ群青夕陽の潔白は知っているのだから。

 が、その件から話に入らなければ不自然というものだ。


「──早速ですが……既にご存知のことかと思いますが、夕陽君と上級生たちとの間には少々いざこざがあったようでして……」


 ピクリと、群青朝陽氏の眉尻が僅かに動きを見せる。

 その下の釣り目からは異常なまでの敵意を感じるが、これは気のせいなのだろうか。

 いや、何にせよ言葉を選べ儂。

 此処はあえて群青夕陽の味方であることをアピールするのが得策だ。


「……どうやら夕陽君は誰にでも好かれる魅力があるようで。それは上級生……いえ、あえて言葉を悪くしますが、素行の悪い生徒たちにとっても例外ではないということなのです」

「ふ……福原先生……な、なんとこれは……そういった見解をお持ちでしたか……」


 朝陽氏は予想外の言葉を受けたように表情を緩ませる。

 ふふ、渡り合えるということだ。

 畳みかけろ儂ぃ。


「彼のカリスマ性は常軌を逸していると……学校側は判断しております。色々な人間が彼へ寄って来るのですよ。この度お呼びだてさせていただいたのは、夕陽君には付き合う人間をくれぐれも慎重に選ぶようにと、どうか親御さんからも言っていただきたいという用件だったのです」

「っ! 福原先生! 其処まで夕陽のことを考えて……!」


 我ながら恐れ入る。

 何とも上手い言い回しだ。

 見ろ、あの群青夕陽君の顔を。

 まるで絶望の淵から救われたかのような晴れ晴れとした顔だ。

 奥様の小夜梨さんも深く頷いてくれている。

 儂はたった二言三言で懐柔に成功したのだ。

 だが此処で手を緩めるな。

 出来るだけ多く、学校側にとって有利に物事を運ぶようにせねばならん。

 そして、その好機はこの今。


「群青君が動けば、他の生徒も彼の動いたほうへ引きずられる……そういう傾向は少なからずあります」

「えぇ……息子は昔から、そういうスター性がありますからね……」

「パパうえ……そろそろ恥ずかしいからホント少しは謙遜をして……」

「お前は黙っていなさい! これからが大事なところなの!」


 なんと。

 朝陽氏はこれから儂の言わんとしていることは既に察していると?

 流石は彼の親、といったところか。

 …………というか、『パパうえ』とは一体なんだ。

 いや、今はそんなことに気を取られるな。何かの罠かもしれん。

 面談の滑り出しは最高と言える。

 開始早々に、儂の本当の狙いを相手側に快諾させる好機が訪れているのだ。

 行け。行くのだ雄一ぃ!


「兼ねてより学校側は彼に強い希望を抱いておりました…………部活に、所属して欲しいな……と」

「……なるほど。夕陽がスポーツに打ち込むことで、その文武両道、才色兼備な姿勢は他の生徒にも影響を与える、と」

「その通りですな。しかし聞けば、お家の事情で早く帰らなければならないとか……どんな事情かはあえて問いただしたりはしておりませんが……もしよければご両親の承諾を得られれば、と思う次第なのです」


 儂の本当の狙い。

 それは群青夕陽の部活所属である。

 

「出来れば運動部を希望しますが、まぁ贅沢は言いません」


 そうなのだ。

 彼のような優等生が帰宅部とも言える無所属となると、他の生徒も──え、あの群青だって部活やってないんだから別によくね──などと言いかねないのだ。

 勉学に励み、適度な運動で汗を流してこそ、非行はなくなるというもの。


 群青夫妻、親子間で目配せが交わされる。

 そして三者はしげしげと頷いた。

 何やら家族間にしか理解の及ばないやり取りを交わし合ったようだ。

 朝陽氏が上半身を乗り出し、机に両肘をついて両手で口元を隠す。

 代表して何かを言わんとしている。


「……福原先生は信頼出来る方、とお見受けします」

「……恐縮ですが、その意図はどういったもので?」

「先生……口の堅さに自信はおありでしょうか?」

「勿論です。我が校は生徒のプライバシーを尊重する校風でありますからな」


 ──秘密ごとがある、ということだ。

 部活に所属出来ない家の事情とは、とても言い辛いことだということなのだ。

 その内容は予想がつく。

 実は我々夫婦は裏社会を生きる本職の人間なのです、と告白するつもりなのだろう。

 学校側に隠しておきたかったが儂ならば言ってもいいだろうと判断を得た、ということか。

 だからこそ、目配せを交わし合って皆で頷いてみせたのだ。

 さて、どう切り返したものか。

 恐らくは、息子に跡目を継がせたいので部活をさせている暇はない、と主張するか。

 ふむ。手の出しようがない主張にも見えるが、それでも作戦傾向は褒めちぎることに固執して突っ走るべきだ。

 ──群青君の才能を眠らせておくのは惜しい、とな。

 彼ならばいずれの部活に所属しても全国は珍しくない。

 メリットは、表向きは人脈。

 活躍した分だけ広がる人脈は、裏社会でも役に立つのでは? と打診してみるか。


 彼が部活に所属し、我が校から全国制覇する部活が出る。

 その立役者となったのは儂、福原雄一。

 さすれば、どうなる──────。

 

『──福原君! 夕陽君の部活所属にこぎつけたのは君だと聞いたよ!』

『校長! いやいや儂は教師として当然のことをしたまで!』

『教師の鏡だな君は……ここだけの話だが……来年教頭が転任する話が出ている……』

『そうでしたか……次の教頭は大変でしょう。我が校は現在荒れておりますからな』

『私は……君を、と考えているのだよ』

『な、なんですと!』

『あの群青君を説得した君だ……他の生徒たちとも上手くやれるだろう……』

『……わかりました校長……この不肖福原。謹んでお受け致します』

『ハッハッハ! これで我が校も安泰だ! ハーハッハッハッハ!』


 ────これだぁ。

 これしかない。

 さぁ来るがいい朝陽氏。

 貴方から発せられる告白事は、既に看破されているとは夢にも思うまい。

 そしてそれに対する解を用意してあるとも。

 さぁ、さぁさぁさぁ!

 

「此処だけの話……」


 ──────────来る!


「──息子は勇者なのです」

「………………………………はぇ?」

「実は下校後、魔王を倒しに異世界へ出向いておりまして……」

「………………………………………………はぇ?」

「信じられないのも無理はありません。この父である私も最初はそうでした──────夕陽」


 朝陽氏は何やら夕陽君へ合図を送る。

 首肯で受け取った彼は席を立ち、手を前へ突き出した。


「《炎球ファイヤボール》!」


 夕陽君が叫ぶと、手の中に燃えさかる炎の球が込められた。

 ふむ、なるほど────────────────────手品の類、か。


「《氷の槍アイシクルランス!》」

「息子はこのように、魔法が使えるわけでして」

「《雷鞭サンダーウィップ》!」

「実のところ息子には前世の記憶がありましてですね……」

「召喚────《炎闘獣イフリータ》!」

「このようにして異能力を駆使して、毎晩毎晩、悪をとっちめているというわけなのですよ」

「あ、コラ炎闘獣イフリータ! 学校の備品を燃やしちゃ駄目だ!」

「私も止めたのですが聞かない子でしてね……故に、部活を行っている時間がないというのが息子の言い分なのですよ……」

炎闘獣イフリータってば! 良い子だから大人しくしてて!」


 炎を纏った成犬のような生き物が、舌を出して嬉しそうに生徒指導室を駆け回る。

 カーテンが焦げた。

 なるほどつまり、手品師一家でその道を究めんと英才教育を施して来た、と言いたいわけか。

 そのヒントは最初から用意されていた。

 ──和服だ。あの仰々しい格好は、プロの手品師としてのステージ衣装。

 加えてビデオカメラ。

 自分の芸にシビアな者は自分の芸の録画を頻繁に行うと聞く。

 芸を磨く為に常に持ち歩いているのだろう。

 っく! 全て最初から見抜いていれば、それはそれで返すべき言葉が浮かんだというのに。

 ──拙い。予想外の展開に頭が付いていかない。

 何か上手い返しをしなければと思うと同時に、既に敗北を認めようとしている儂が居る。

 胸の中へじわじわと敗北感が込み上げてくる。

 せめて我が校に手品部があれば、まだ部活の話にこぎつけられたものを────残念ながら、我が校に手品部は、ない。

 儂の────負けだ。


「……そうでしたか」

「ご理解いただけて何よりです。他に、話しなどは御座いますか?」

「……授業中よそ見が多いので親御さんから言っていただければと」

「わかりました。きっと未だ元の世界と違う景色が珍しくて、つい見てしまうのでしょう。家に帰ったらきつく言っておきましょう」

「え、えぇ……」

「では!」


 目の前で起きた異常現象を装ったマジックはいつの間にやら消え去り、朝陽氏は机上に置かれたカメラを満足気に取り去り、群青一家は生徒指導室を後にした。

 説得の機会が失われたわけではないが、今は一旦退くしかない。

 このどうしようもない敗北感と悔恨を、分厚い眼鏡の下へ隠しながら職員室へと戻る儂、福原雄一であった。

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