第一四話 学年主任攻略戦
この学校には早急に解決すべき問題が山積みであり、五七歳にしてようやく一学年の学年主任に抜擢された儂、福原雄一の胃は日々酷使されている。
精神負担の体現は胃痛だけではない。
身体はあばら骨が浮き貧相になってしまい、やや曲がった腰、薄くなった頭皮、多分きっと恐らくストレスにより低下した視力を補う為の分厚い眼鏡が痛々しいほどだ。
それだけ儂の抱える問題は膨大だ。
増加する不良生徒共。三年生を筆頭に風紀は乱れつつある。
女生徒は制服の裾を短くし、禁止だというのに大人のような化粧をして校内は既に学び舎を越えて社交場の域へ。
高校進学率も年々、数パーセントづつ現象する学力低下問題。
この散々たる状況の立て直しを図ろうと息巻いていた儂の前に現れた、一人の男子生徒。その名を群青夕陽。
奴は危険だ。
異様なまでのカリスマ性を所持している。
奴が乱れれば他の生徒も引きずられることは明白。
逆に彼が優等生である限りは、他の生徒も彼の真面目さに引きずられてくれることだろう。
儂の胸には奴を危険視していると共に、大いなる期待感もまた同居しているというわけだ。
奴にだけは注意を怠るべきではない。
群青夕陽だけは優等生側として死守せねばならん。
家の事情だとかで部活にも所属せず、授業態度もよそ見が多く、有り余る知能の高さは見てとれても真面目とまでは言い難い。
かと思えば誠心誠意の姿勢で謝罪したりする。
言うなれば彼は今、難しい時期なのだ。
悪にも、正義にも、どちらにでも成り得る。
親御さんも含めて此処で釘を打っておかなければならない。
賢い彼のご両親とあらば、さぞ聡明な親御さんであるに違いない。
話せば分かってもらえる筈だ。
「福原先生~群青君の親御さんいらっしゃいましたよ~」
「……うむ」
「三年生も合わせて一一名と三者面談とは福原先生も大変ですね~」
まるで他人事のように、他先生が言う。
彼ら呑気を極めた先生方は、保護者呼び出しなどはやりすぎでは、と思っているのだ。
儂からすれば、そんなにも悠長に構えていた結果がこの体たらくなのだ。
群青夕陽を真面目な生徒の代表格として据え置き、規律と風紀を正す。
群青家との三者面談が持つ意味合いは大きいということだ。
そのまま学校の未来が掛かっているのだ。
生徒指導室へ向かう、儂の足取りはいささか早い。
普段教壇に立ち、人前へ出ることに慣れている儂がまさか緊張しているというのか。
落ち着け儂。落ち着くのだ儂ぃ。
もう生徒指導室は近い。呼吸を整えるのだ。
話す相手は普段とは違い、しっかり話の通じる大人なのだ。
しかも群青は真面目な生徒であることには違いない。
その親御さんともあれば流石に話の通じる相手のは………ず……────。
「──これはこれは福原先生。初めまして、夕陽の親、群青朝陽と申します」
「同じく、群青小夜梨です~」
「わ、和装ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
袴に着物だと……?
現実逃避としては息子の呼び出しに気合を入れ過ぎてしまった痛い親として精神処理したいところだが、その可能性は先ずない。
あの聡明な群青のご両親だ。そんなアイタタタタな親なわけがない。
ということは……普段から和服であると考えるのが自然。
これはまさか。儂は見誤っているのではないだろうか。
まさか──群青家ご両親は、裏社会側の人種────?
「本日はお手間を取らせてしまい……大変……申し訳ありやせんでしたねぇ……」
「ひぃいい!!」
父親のほうはお子さんと同じく深紺の髪。それを後方へ向けて雄々しく流して固定し、釣り上がった瞳は心に短刀を刺すような眼光。
その鋭さは──裏社会を生きる者のソレ。
「本日は宜しくお願いしますわぁ……セン、セエ?」
「ひ、ひぃいいい!」
母親のほうは曲者感が満載だ。
漏れ出している妖艶な雰囲気の裏に、噛まれれば絶命を余儀なくされるような毒牙の気配。
その怪しさは蛇のソレ。
群青夕陽は裏社会の出身であったか!
なればこそのあの堂々した佇まいか。
しかし此処で──裏社会を生きる本職の方ですか? などと聞くわけにもいかん。
聞いたとして否定し隠されるオチは既に見えている。
確証は得られないだろう。
いや待て雄一。落ち着くのだ雄一ぃ。
儂の目線に悪意があるという可能性もゼロではない。
だが……だが……二人の背後から大量の怒気が発せられているような気がしてならない。
それも儂の色眼鏡によるものなのだろうか。だとすれば教育者としてそんなことではいかん。
あくまで公平に物事を判断するのだ。
儂は我が校の未来を背負って立つ学年主任に就く者。
退くな。臆するな。
負けるな儂。負けるな儂ぃ!
「え、えぇ宜しくお願いしますよ群青さん」
眼鏡の位置と共に心持ちを立て直し、ドアを横に引く。
中に入り、儂の対面に群青家の面々が揃って座る。
不可解なのは群青夕陽本人が一言も発しないことだ。
それでいて、とてつもなく陰鬱な目をしている。
一体何があったというのだ。
昨日三年生を問いただしてみれば、確かに群青夕陽の言うことに間違いはなかった。
なれば胸を張っていればいいのに。
どうしてそんな世が今日をもって終わるような絶望感を漂わせているのだ。
群青夫妻は……それほどまでに恐怖する存在だというのか。
「あぁ先生。実は話をする前に一つ了解を得たいことがありましてねぇ……」
「は、はぁ……何でございましょう?」
──ゴトリ、と。
群青朝陽氏は、徐にビデオカメラを机上に置いた。
これはまさか────証言記録!
儂の言動に何か失礼があれば、教育委員会へ提出すると。
隠し撮りなどは違法にあたることは、重々承知である為に儂に了解を得ようということか。
それでいて、こうも堂々とカメラを出されると拒否すればこちらの立場のほうが危うい。
何かやましいことでもあるのですかと返す刀で聞かれるに決まっている。
何と……何と曲者夫婦!
「実は我々、初めての学校呼び出しにいささか興奮しておりましてぇ……こうして記念に残しておきたいなと思う次第なのです……」
────嘘だぁ。
絶対に嘘だぁ。
群青夕陽の優等生ぶりを考慮すれば、確かに学校呼び出しなどを行ったのは儂が初めてかもしれないが、記念などという可愛らしい理由は絶対に虚言だ。
話が始まる前から圧を掛けてくるとは……相当に場慣れしている!
見え透いた嘘をついているというのに少しのぎこちなさも感じられない。
……悪だ。間違いない。
群青夕陽の両親は相当な悪で確定だ!
此処で臆するか、勇ましく弁を叩くか。
後者を迷わず選び取れるほどの教師としての誇りが、儂の胸中に感じ取れる。
そこから溢れ出す闘志を今は────さりげなく位置を整える眼鏡の、その奥にある瞳へ秘め、決死の覚悟で口開く儂、福原雄一であった。
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