第一三話 勇者さんのチート出来ない家庭風景
「僕を愛しているというなら、僕が大切にしているものをパパうえにも大切に想って欲しい!」
「断る!」
「うわぁ……アイスごめん……全然駄目だったぁ……」
今宵の群青家は涙で溢れていた。涙の温度は夕陽への愛情分だけ熱い。
正しく感涙である。
「さ、小夜梨ぃ! ぐぅうう! ぅうううう!」
「あーくぅん! 遂に夢の舞台に降り立つのねぇ!」
「あぁ!」
俺と小夜梨はリビングで抱き合い、互いの頬にキラキラと流れる涙を確かめ合っていた。
──その様子を、夕陽が蔑む目で見ている。
「パパうえ……この通りだ。頼む。僕にはこっちの世界のいざこざに巻き込まれているだけの時間的余裕はない。頼むから学校で大人しくしていて欲しい。いや……むしろ来ないで欲しい!」
汚物を見るようだった目をしまいこみ、真剣な眼差しに変え、父親である俺に深々とお辞儀を送る。
「皆まで言うな夕陽。分かってる。パパはしっかりと分かってる」
「……………………」
俺の言葉を受け、深々と礼をしていた頭が上がる。
そこから発せられる目は細まっていて、不信感の塊が浮いて映っているようだ。
失礼な!
「初めてのお呼び出し記念にカメラを回し、福原とやらを一発ぶん殴ってやればいいのだろう!?」
「そぉおおおおれだよぉおおお!! それを辞めてくれって頼んでるんだよぉおおおおおおお!!」
「な……なん……だ……と!?」
「何を衝撃的展開、みたいな顔して! お願いだよ! 来るなら来るで……頼むから、息子の不祥事は親の責任、みたいな顔してしょげててくれればそれだけでいいんだってば!」
我が子の不祥事……?
息子は随分とおかしなことを言う。
仕事から帰って来て興奮収まらない小夜梨から話を聞いてみれば、夕陽は上級生に絡まれたところ、話しだけでケリをつけたというではないか。
勇者である力を存分に発揮して半殺しにも出来たものを。
褒められることはあっても咎められることは全くない。
だのに学校への保護者呼び出しなどという判断を下した福原とやら。
俺がガツンと言ってやる他ない。
俺は息子を全力で庇う。愛の限りを示す。
すると────どうなる。
『パパうえ……あんなに必死で僕を庇ってくれるなんて……』
『例え世界中がお前の敵となっても……我々親はお前の味方だ』
『パパうえ……そこまで僕を愛してくれて……!』
『今頃伝わったか……さぁ来い夕陽! 父の胸で感涙を拭うがよいわ!』
『パパうえ! いや……パパ! 僕もう異世界へ行くのは辞めて家でじっとしているよ!』
『ハッハッハ! パパの老衰後、お前がニートでも食べていけるように貯金しておくから安心するがいい! ハーッハッハッハッハッハ!!』
─────これだぁ。
これしかない。
思わぬところで舞い込んだハプニングを幸運的に処理して見せる俺の頭脳が怖いわ。
今回のことで親の愛情は息子へしかと伝わり、パパと改めさせ、尚且つ異世界行きも阻止出来る。しかも夢が一つ叶う。完璧だ。
「夕陽、諦めろ。パパは絶対行くぞ。俺は今、夢の一つを掴もうとしているのだ」
「はぁ? 夢ぇ?」
「そうだ。俺はずっと期待していたのだ。男の子を授かり、男の子といえば他所の家の子と喧嘩とかしちゃって、親の俺が仲裁に入ったり謝りに行ったりする日が来るのだろうとずっと夢見ていた」
「揉め事を夢見る父親……」
「相手の親御さんに頭を下げながらも思うのだ……あぁ何か……親子してるぜ、とな……なのに! それなのに! お前ってば全然悪いことしないんだもの! ふざけるな!」
「良い子でふざけるなとは一体!」
諦めるわけにはいかない。
何せ、小学校の授業参観という夢は、夕陽の頑なな拒否姿勢により瓦解した記憶は新しい。
あの頃は俺にも夕陽に対する遠慮があった。
しかし、あの親子喧嘩として一戦を交えた後、互いの間にあった精神壁のようなものはなくなり、身近になったのだ。
息子と仲良くなったのだ。
最早、遠慮を必要とするような間柄ではない。
「パパだって……アレ買ってコレ買ってとかお前に言われたかった……今日は学校行きたくないとか言われて……しょうがないパパがお手て繋いで一緒に行ってあげようとか……。
夕陽が道端で子猫とか拾ってきちゃったりとかしてさ……飼えませんとか、その気もないのに一回叱りつけてみたりしてさ、でも後になって仕方ないなぁとか言って折れてやるとかさ……そういうのしたかったもん! ところがどっこい全スルーで一二歳だぞ!? ふざけるのも大概にしろ!」
「あぁ……やっぱり……こうして論点がどんどんズレていくんだ……」
「大体、授業参観に参加出来なかった俺からすれば、もう入学式や卒業式でない通常の学校生活の中で自分の子供を見るいう夢は叶わない! それだけは嫌だ!」
「問題を起こしてないってことなんだから、そのほうが良いに決まってるでしょう!」
「やだやだやだやだやだやだぁあああ! パパは呼び出し行くもん!」
「……これが……大人の在り方なのか……」
フローリング床でジタバタする俺を蔑む夕陽の目。
その目元を手で覆い、肩を落とす。それは敗北の所作。
勝った。今回ばかりは勝った。
「ママうえ! お願い助けて! パパうえを説得して!」
おぉ……父が駄目なら母へ助けを請う姿勢。
これは何とも──親子してるぜ!
「大丈夫よゆーくん! ママも校長先生に掛け合って、叱られるどころか賞状の一つでも授与するべきでは? って言ってあげるから!」
「あぁ……こっちのほうが話を大きくしようとしていた……」
「賞状が駄目なら……せめて朝礼のスピーチで取り上げてもらって~ゆーくんを檀上に上げて、それから皆で拍手するべきだとママは思うの」
「単なる
小夜梨の瞳は普段の温和さが失せ、学校側へ向けてうっすらとした殺意すら帯びている。
最早、我々夫婦の勢いは留まる処を知らない。
それもその筈。
夕陽に手を焼いてやりたいという想いが一二年分も積もっているのだ。
子供に我儘を言われたい、駄々をこねられたい。
それも親としての一つの夢。
一二年の我慢が反動をつけ、目の前にぶら下がる人参を追いかける馬の如く、我々夫婦は夢を手に入れようとしている。
「楽しみだなぁ……明日パパ何着て行こうかなぁ」
「ママは着物にしようかしら~」
「…………もう……どうにでもなるがいいよ……」
「小夜梨は着物かぁ……え~じゃあパパも袴を引っ張りだそうかなぁ」
「帰りにプリクラ撮ろうよあーくん! あーくんの和装はなかなか見れないから記念に!」
「うむ! そうしよう! 小夜梨の和装かぁ……ふふ、興奮してしまいそうだ」
「きゃあん、あーくんったら子供の前で~」
「…………僕の学校生活……終わったかな……」
待っているがいい福原とやら。
息子ですら手の出しようがない敵。それは社会。
強大な敵が今、息子に襲い掛かろうとしている。
父親の俺が此処で戦ってやらないで、いつ戦うというのだ。
任せろ夕陽。パパは圧勝を収めてくれる。
さぁ福原とやら。
────エンカウントだ!!
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