第一二話 勇者さんの学園チート生活風景③
体育館裏の土の上へ正座する上級生一〇名。
その人らに比べて遥かに幼く、未だ身長も150㎝に満たない少年と呼んでしまって差し支えない一年生が一名。
彼は上級生集団の前で腕を組みながら行ったり来たりしている。
「──いいですか? そもそも先輩方の品位を自ら損なっていることに気付いて下さい。自分の好みで他者へ冷遇を下していいなどと、そんな恥ずかしい人間性の欠陥を持ち合わせているのだと、自ら口開いて説明していることに気付かなければなりませんよ。力を自己満足の為にしか使えず、その精神的優位を得る為なら他者を傷つけることもい問わない人なのだなと、そう自己を紹介しているに過ぎませんよ?」
「「う、うす……」」
彼の中に溢れ出ているであろう憤りの想いを口にし、本来話しなど通じる筈もない相手は怯えた様子で頷いている。
いや、恐らくは現在も通じてはいないのだろう。
彼ら上級生たちの中に刻み込まれているのは、群青君による教えなどではなく後悔。
──あぁとんだ化物に手を出してしまった、と。
幾ら殴りかかっても全てが躱され、払われ、その腕を掴み取られては宙へ放り投げられ、5メートルは地面から足を離され、地上へ帰還した傍から両脇を掴まれて正座に直される。
体力が尽き果てるまで、ただそれだけを繰り返される。
一〇人掛かりで何度挑もうと拳は一発も当たらず、気付けば宙を舞い、気付けば正座している。
それを涼しい顔で行った化物は、加えて息の一つも切らさずに説教を垂れる面倒な奴だった、と激しい後悔ばかりが刻まれていることだろう。
ついでに阿呆のように呆けて立ち尽くす剣道着の女子が一人。私だ。
「先輩方だって嫌な筈ですよ? 例えば、法律で国王が気に入らない人間は処刑にする、という法律が出来たら嫌ですよね? そんな法律作った人は狂ってしまってるのではないかと思いますよね? どうして狂ってると思ってることを自分はするのです?」
「「う、うす……」」
「先輩方! 僕は返事を求めているのではなくて質問をしているのですよ!」
「「…………さ、さーせん」」
「謝罪も違いますよね! どうして、と聞いているのですから解答しないと! はぁ……全くもう……僕だって先輩方の全てを知っているわけではないですけど、それでも少なくとも他者より強いという自尊心を元に、他者とコミュニケーションを図っていることくらいは分かりますよ。けどその根本で解決したいものは孤独であって、暴力をもって交流を図った先に孤独の解消がありますでしょうか!?」
「「……う、うす」」
一〇名の座る生徒たちは不良生徒だ。
自分より年下の下級生に屈したくないプライドの高さは結構なものだろう。
大人しく話しを聞いていられるような人たちではないのだ。
一人の上級生が体力の回復を待ち、群青君の説教に怒り心頭させ、彼の横っ面目掛けて落ちていた小石を放った。
しかし群青君は目を石へやることなく、この世界の全ての動きを見切っているかのように掴み取って、
「大体、自分だけが何をしても許されるなんて考えは、それをナチュラルに行う幼児が所持限界年齢ですよ。他者との交流を始めた日から、その考えが間違っているのだと自覚せずにいられない筈ですよ。先輩方は僕より年上なわけですから、その辺りを悟っていただいてですね──」
くどくどと、群青君のお説教は続いていく。
──おかしい。こんなのはおかしい。
私は彼のストーカー代表格であることは間違いなく、その私ですら彼が此処まで異常な身体能力を持っていることは知らなかった。
大体、どうしてあんな幼い身体で青年を空へブン投げることが出来る?
どうして投げられた小石を見もせずに取れる?
どうして彼一人に向けて上級生一〇人が正座している?
やたらと説教慣れしている姿も、ついこの間までTシャツとハーフパンツでランドセルを背負っていた子供のものでもなく、新たに身に纏った学ランの袖が余る姿とは矛盾を感じさせるだけの大人が内側に封じ込められているような────。
人間離れしている、と言ったほうが適切かもしれない。
──群青夕陽君は、人間の子供なのだろうか?
「年齢と責任の大きさは比例しているわけであって、僕より年上の皆さまにはもう少し節度を持っていただいですね──」
「──コラぁ! 貴様ら! 何をしている!」
──彼の子供らしからぬ説教を、通りかかった学年主任、福原先生のお咎めが横やりとなって入った。
拙い……のか? いや、拙くはないないのか。
被害者はあくまで群青君。堂々としていれば問題ない。
「「ふ、福原ぁ! 助けて!」」
「……はぇ?」
──いや逆ぅ。
不良生徒たちは通りかかった福原先生に縋りつき、群青君のお説教から逃れようと助けを請う。
「ぐ、群青貴様まさか……! こ奴らを虐めて!」
「え? いえいえ逆ですよ。僕が絡まれたので、叱っていたのです」
福原先生は眼鏡を整えながら辺りを見回す。
ただ一人腕を組んで仁王立ちする群青君。その彼へ跪いている一〇名の生徒。
先生にとってどちらが被害者に見えているか、最早考えるまでもなかった。
「嘘をつけ群青! この様子の何処が、『絡まれた』なのだ!?」
「え? いえでも本当のことで……」
確かに群青君一人の証言だけでは誤解は解けないようだが問題はない。
私が居合わせたのだ。
此処に────
「先生、私は全てを見ていました」
「山本さん! そう! そうです! この山本さんが見てくれていた筈ですから!」
「鶴名だが……はい、私が全て見ていました。彼の言っていることは本当で、彼の身の潔白は私が証明出来ます」
「鶴名君か……ふむ。確かに鶴名君が嘘をつくとは思えんしな」
新入生となって一ヵ月。
ただ端に真面目そうという外見印象だけでクラス委員長の座についた私の特性が、まさか想い人を救うことになろうとは。
いや実際、私は真面目なほうだ。真面目で変態性を隠しているだけ。
真面目な変態なのだ私は。
此処で私が証言することで、彼の気を少しでも惹ければ儲けものだと考えているなど、私のポーカーフェイスからは読み取れまい。
「しかし福原教諭、誤解しないでいただきたい」
「先生、だ! 群青!」
「ふ、福原先生! この場で暴力はありませんでした! 彼らも僕を殴ったりはしていないですし、事実僕の身体に怪我の痕は一つもありません! 僕もそうですが、彼らを咎める必要もまたありませんので!」
あぁ何と誠実なことだろう。そういうところが私の恋心をくすぐるのだ。
被害者だというのに絡んで来た相手を庇うなんて。
「ふん! まぁ良い! 確かに血なども何処にもないしな! だがな群青と三年生! このことは学校側は処分は下さないまでも、親御さんには連絡して三者面談とさせてもらうからな!」
ふぅ。良かった。
喧嘩両成敗の我が校の校風。私という
それを逃れて親との話し合い程度なら、むしろ何もしていない群青君からすれば胸を張り続けていて問題のないことだろう。
そもそもこれほど大人びた彼が、親へ話しが行った程度のことで動揺する筈もない。
その恐怖は我々子供の領域。
「せ……先生! 福原先生! お待ち下さい!」
「ん? どうした群青」
「停学でもなんでも構いません! どうか親だけは勘弁して下さい!」
────え?
何だか群青君は突然の顔面蒼白。
「はぁ!? 何もなかったのに停学にしたら学校側が問題視されるであろうが! しかし何もせずに放置というわけにもいかん!」
「そこを何とか! 親だけは! 親だけは見逃して下さい!」
「ならん! そもそもお前の授業中の態度は気になっていたのだ! 早めに親御さんに話しておくに越したことはない!」
「そ……そんな……!!」
まるで別人のように────言うなれば年相応の子供のように、群青君は福原先生へと許しを懇願していた。
自分でも不思議な感覚ではあるが、彼の子供のような姿には違和感を感じる。子供なのに。
か、可愛い。これは良いものを見れた。
あぁ何てギャップを豊富にお持ちなのだ。可愛い。
今頭をナデナデしたりして発育良く育ったこの胸の中へ彼の頭を抱擁したりしたい。怒るかな。怒るだろうなぁ……。あぁ、可愛い。
────しかし、彼がそんなに恐れるほどのご両親とは一体どんなご両親なのだろうか。
「三年生は私と一緒に職員室へ来い! 群青! 貴様は部活に入っとらんのだから早く帰れ!」
「先生! お待ち下さい! 先生ぇええええええええええ!」
「しつこい!」
去って行く先生の背中を見つめながら、群青君は土の上で膝から崩れ落ちる。
──あ。私、彼との距離を縮めるチャンス到来してるんじゃなかろうか。
「ど、どうした群青君! 私の胸で泣くか!?」
「い、いや大丈夫……ただ親は……親は拙い……」
「そんなに……そんなに厳しいご両親なのか!?」
「いや……違う……違うんだ……」
親の厳しさを否定した割に、誰にも見せたこともない恐怖に怯えた表情を携えて身体をぷるぷると震わせている。
一体何がどうしたというのだ。
仮に私が何か校則を破るようなことをしてしまったとして、それで両親を呼ばれるとなっても此処まで絶望したりはしない。
完全無欠の彼を此処まで追い詰めるご両親とは一体。
「一体、どんなご両親なのだ! 怖いのか? 殴ったりするのか?」
「……逆なんだ」
「む?」
「全くの真逆なんだ……普通の親は多分、学校に呼び出されたとなったら怒るんだよね……?」
「ま、まぁそうだろうな。優しいご両親でも少しの小言くらいは言われるだろう」
「ウチは違うんだ……あの両親は……二人ともおかしいんだ……」
「おかしいだと……? では群青君が予想するに、学校側から連絡いったらどんな反応をすると?」
群青君は端整な顔の血色を一層悪くさせ、顔へ定規で縦線を複数書いたような絶望の色合いで、
「多分、泣いて喜ぶ」
──御冗談を、と言えないほどに彼は絶望の底で身を震わせている。
その顔は、「魔王を倒す」と言う時と同じ真剣なものであり、彼の中に嘘も冗談の気配も感じることは出来ないのだった。
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