第一一話 勇者さんの学園チート生活風景②
学生にとって学校の屋上と体育館裏というのは一種の無法地帯の意味合いを持っている。
個人のプライバシー尊重を軽視していない我が校には監視カメラなどは設置されておらず、隠れて悪いことをする生徒もいれば、愛の告白に使う者も居る。
青春の1ページ量産地帯というわけだった。
群青夕陽が私の仲介した女子に想いを告げられていたのは後者、剣道部の活動場所からも近い体育館裏だった。
「好きです……つ、付き合って下さい……」
「ごめんなさい。僕は今、やらなければならないことがあるので恋愛に意識を置けるような立場にありません」
──秒殺。
あまりに無残。
隠れ見しながらも自分に置き換え、我が身を恐怖で震わせていた。
あんなにもあっさり斬って捨てられては、下手をすれば不登校になりかねない。
しかし、あのようにバッサリと言われなければ、次の恋愛にも目を向けられないのも事実。そのことは私、鶴名伊織が身をもって知っている。
群青君はそのことを理解し、非道な男を買って出ているのだろう。
うむ。雄々しい。あの細くも筋肉の凝縮された腕と胸板で圧殺されたい。
「も、もしかして……好きな子とか居るんですか?」
ほぅ。今日の挑戦者は諦めが悪い様子だ。
気持ちは痛いほど分かる。
私は下品にも何度か群青君への告白場面を覗き見している。
が、この手の質問への返答はいつも同じだ。
「……いえ。夢があります」
この夢を追う姿勢がまた乙女心を惹きつけてしまう。
彼へ告白する彼女たちにとっては、失恋という痛みが刻まれる機会であると同時に、輝きに満ちた真っ直ぐな瞳を至近距離から注がれるまたとない機会なのだ。
するとつい先刻散った筈の恋心は再び燃え上がる。
再燃し、そしてまた散る。
再生と破壊が瞬間的に行われている。
惨い。あまりに惨い。
お、恐ろしい。
そして実は、この道の奥に進めば更なる茨が待っている。
今、彼女がこれ以上何も聞いたりせず、素直に諦めて引き返せるのなら深手を負わずに済むのだが──。
「そ、そうなんだ……チャンスは……ないわけじゃないのかな?」
────進んでしまったか。
気持ちが分かるが、その道は茨なのだ。
それを聞けばもっと恐ろしいダメージを心に背負うことになる。
「いえ、僕の夢はきっと大人になるまで叶わないと思います。それが叶うまで、女性と関係を持つということは考えられません。申し訳ない」
「…………そ、そっか」
──これだぁ。
では待ってさえいればお付き合いできるのかなと希望を持った直後、断崖絶壁からの突き落としである。
──あ、夢とか言って断るのに良さげな体を保ってるだけで私全然脈なしじゃん、と思わずにはいられない。
しかし────これですらまだマシ!
それ以上奥に進むな! 進めばもう立ち直れない!
「……そんなに必死になって追いかける夢って……何かな? 私、傍で応援したりとか……」
辞めろ! それだけは! それだけは聞いてはならない!
「……魔王を倒すんだ」
「…………は?」
辞めろ! 聞こえなかったフリで終わらせるんだ!
「え、今何て?」
「──だから、魔王を倒さないといけないんです」
……終わった。
彼女の記憶には──頑張って告白したけどあっさりフラれた挙句、しかもその理由が魔王を倒すなどという電波的なギャグを真顔で返されて最終的にめっちゃからかわれて終わった──という苦い思い出が刻み込まれてしまった。
群青君の今も保たれている真剣な顔は、最早冗談を引き立たせるだけの悪趣味さでしかない。
惨い。惨過ぎる。
折角告白したのに、魔王倒すから無理、なんてそんなフラれ方があるだろうか。
私は確かに群青君のことを好きだが、それは余りに残酷な対応だ。
「…………ひ、酷い……馬鹿にしてぇえええ!!」
「え? いえ……あの……」
「うわぁああああああああ!! 群青君の馬鹿あぁああああああああああああ!!」
彼女は泣きながら去っていった。
あぁ当然そうなるだろう。
私が彼に告白をしない理由はこれだった。
私は自分の粘着質な性格を自覚している。
一度断られたくらいでは諦めきれず、今の彼女のように食い下がってしまうに違いないのだ。
そして同じく──ボク魔王タオス。などというどう捉えていいかわからない発言を前に三日三晩苦しむこととなるのだ。
恐ろしいことこの上ない。
当の群青君は頭を掻き困惑。
まるで何が悪かったのだろうと言いたげだ。
あぁ怖い。天然だ天然だとは周知ではあるものの、行き過ぎた天然は電波。
だがしかし、真剣に困惑している姿はやはり可愛い。
そう彼はあのように天然か電波かよくわからない人ではあり、性格は良い。悪いのはむしろこの私のほうが。
こうして覗き見を行えば行うほど、私の性格の悪さが浮き彫りになってくる。
覗き見という悪趣味さもさることながら、やはり恋は成就せずに済んだかと安心している私がいるのだ。性悪なことこの上ない。
しかし、もしや今回はお付き合いしてしまうのでは、と心配で心配で結局時間が合う時は見に来てしまう。
あぁ卑しい。
一部では大和撫子だとか才色兼備だとか切れ長の目で蔑まれて叱られたいだとかの高評価を賜っている私だが。
皆さま、御免なさい。
こんなストーカー気質な私なのです。
「──おいおいモテモテだなぁ一年」
──これは。
現れた学生たちは学ランのボタンを全開にし、中にパーカーを着込み腰パンの構え。
此処は一種の無法地帯である体育館裏。
告白場所として扱われやすいと同時に、不良生徒の溜まり場でもあった。
口ぶりから察するに、今の告白場面を見ていた先輩方だろう。
人数は……一〇は居るか。
場は一瞬にして物々しい雰囲気が立ち込めた。
「……上級生の方でしょうか?」
これは驚いた。
いつもは温和な表情を絶やさない群青君の眼光が尖る。
天然な彼であれば、どちら様ですかなどとケロっと返すかと思いきや、両拳を固く握り込み、いつ何があっても動けるように警戒を飛ばしている。
戦闘慣れしている、ということになるだろうか。
これはまた温和な彼しか知らない私にとっては、とんでもないギャップだ。
「おい、お前金持ってねぇ? ちょっと貸してくんねぇか? イケメン君よぉ」
「……すいませんが、普段は財布を持って歩かないのです。それと、群青と申します」
群青君、流石ではあるがその誠実さは今は不要かと思われる。
名を名乗れば覚えられ、校外以外でも探されるきっかけを与えているに等しい。
彼ら不良は玩具を発見すれば、それを中々離さない快楽主義者なのだ。
私もいつまでも覗き見をしていないで、先生を呼びにいかねば。
「はぁ? んなわけねぇだろ群馬君よぉ。おい、誰か持ち物検査してやれよ」
「えぇ、構いませんよ。本当に持ってないので。あと名前は群青です。群馬ではありません」
「……わざとに決まってんだろうが……馬鹿にしてんのか? ぁあ? 群馬君よぉ」
「群青です。人の名前はしっかり覚えましょう先輩」
──────いやどの口が言うか!
危ない。思わずツッコミを叫びそうになった。
真顔で言ってる辺り、やはり天然は健在か。
場は既に一触即発の空気。
拙い。先生を呼びに行くだけの猶予はない。
直ぐにでも群青君をリンチにかけそうな勢いだ。
────仕方ない。
先輩方は不運だ。部活前の準備を終え、竹刀を携えるこの私が居合わせたのだから。
喧嘩を売っても買っても両成敗の校風。彼の為なら停学など怖くはない。
私一人で五、六人は相手に出来るか────。
「てんめぇ! やんのかぁ!? あぁ!?」
「戦闘、という意味ですか? それならお勧めしませんね」
「戦うだぁ? お前が一方的に殴られるだけだっつんだよ!」
彼の清廉潔白を主張する姿勢が、先輩方の持つ火へ大量の油を注いだ。
此処に居ただけ、財布を持っていないだけ、という理屈が通じない相手なのだ。
あまつさえ名前を覚えるようにと注意を受け、その屈服しない姿勢がまた反感を買っている。
「待っ────」
私が意を決し、物陰から姿を出した瞬間────。
群青君へ殴り掛かった筈の先輩一名が、5メートルほど上空へ舞った。
──殴りに来た腕を掴み、上に放り投げた?
いやいやそんな訳が。もしそうだとすれば、どんなふざけた腕力か。
私を含め、全員が口を大きく開いて、空中で逆立ち姿勢の先輩に視線を注ぎ、落下までを目で追った。
群青君は軽々と先輩の身体をキャッチし、強制的に座らせ、そして────。
「暴力はいけません!」
まるで子供を叱りつけるように言って、その場の時間が止まった。
今、何が起きた?
そう呆けたのも束の間。
我に返った上級生が次々と、群青君へ向けて飛び掛かる。
私一人が何が起きたのかと呆けを続け、空中に飛び跳ねては正座に直される上級生たちという、異様な光景を目の当たりにしているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます