第七話 パパうえ攻略戦②
今回の作戦は三本仕立て。
①お話をする
②実力行使
③脅迫
の、三つである。
いささか不穏な項目並びではあるものの、相手は勇者。
幼き日の息子に取り組んでいたような作戦では、奴も成長しているだけあって温いことは明白。
最近では反抗期も最盛期を迎え、俺が口を開けば冷めた溜息を返す始末だ。
この父の扱いに慣れてきている証拠。
キャッチボールを決意した日。
あの日、威厳のない親元で育てば非行少年を生むと俺は思い、そして今回その通りになってしまったというわけだ。
不良グループと遊ぶわけでもないが……明日から殺し合いに行くだと?
最早どっちがマシなのかも判断つかんが、異世界冒険など親の俺からすれば非行であると言い切れる。
全責任が親の俺にある。
今からでも取り返さねばなるまい。
作戦決行場所は群青家リビング。
ソファー、食事テーブル、テレビ台、観葉植物などが置かれ、それでも体感スポーツゲームなどはプレイ出来るほどの広さはある。
……夕陽と一緒に遊べると思ったのに剣ばっかり振ってて全然遊んでくれない。
広さの分だけ寂しさも大きい。
隣には併設された主婦の領域、キッチンがあり、最奥に冷蔵庫。
もしも話し合いだけでは決着がつかない場合、今回の作戦は戦闘に発展する恐れがあるのだ。
なれば環境の再確認に余念はなし。
夕陽はソファーへ腰かけ、小夜梨と共にテレビを観ている。
「夕陽! 話がある!」
「…………いや、うん。知ってるからリビングに留まってるんだけど……」
既に呆れ顔だ。
あぁ全く、こんなにも愛しているというのに、どうしてこうも冷え切った親子関係になってしまったのだろうか。
「ほぅ! 口答えとはいい度胸だ! では本題に入ろう! 今回の議題は、お前の戦闘能力についてだ!」
「戦闘能力……?」
「そうだ。先ず俺の言い分だが……お前はこの先、数多の敵と戦う際に絶対に怪我をしないなどの約束が出来るか? 約束出来なければ、親としては危険な場所へ行くというのは許可出来ない!」
「父……パパ、流石にそれは難しいよ」
「今お前、父上って言いそうになっただろ」
「普通の魔物ならまだしも、四天王や魔王相手に一撃ももらわないっていうのは無理があると思う」
「そうか。正直に言ってくれてお前はやはり誠実な良い子で宇宙一可愛い子だが、やはり許可出来ない。何処の親が、子供が危険な場所へ行くと知ってて送り出せる?」
仁王立ちで言葉を放つ俺へ向かって、夕陽は謎を浮かべたように眉間に皺を寄せた表情を飛ばす。
──コイツ何言ってんだ? と顔に書かれているようである。
酷い。かなり真っ当に心配しているのにあんまりである。
「いやパパ……先ず……何か誤解があるような……」
「誤解? 俺が何を誤解してるというのだ?」
「えぇっと……先ず、魔王は僕が必ず倒します。魔王を倒すということは僕は無事なわけで……だから大丈夫だよね?」
────あ。駄目だコイツ。
確かに俺は誤解していたようだ。
夕陽は自信に満ち溢れ、魔王を倒すことを疑っていない。
なるほど。確かに話し合いなどが通じるわけもなく、だからこそ俺が強く止めることに理解が及ばず、俺を鬱陶しそうにしていたのだろう。
「しかし……凄い自信だな」
「えぇ、小さい頃からパパが沢山褒めてくれたから」
「うんうん、あーくんはゆーくんラブだからねぇ~」
────俺の所為だったぁ。
しまったぁ、褒めすぎたぁ。
「だ、だが! もしも、ということがある! 世の中絶対などはないんだ! もしもお前に何かあってみろ! パパもママも生きていけないぞ!?」
理屈が駄目なら情に訴えるまで。
「父……パパ……言いたいことは分かる」
「お前ちょいちょい癖が抜けんな」
「でも生前、僕が魔王に倒されたせいで魔王は野放しになってるんだ。今も沢山の人々が恐怖に怯えている……魔王を倒さなければその人たちは困るよ? 僕の父親は、人助けを駄目だという父親なの?」
「ぐ……ぅぅ……!!」
「パパだって目の前で困ってる人がいたら助けるよね? それが当たり前のことなんだよね?」
「ぐぅうううううううううううううう!!」
「あーくんピンチだぁ~」
息子の瞳は聖人のような輝きに満ちている。
駄目だ。善人の中の善人だコレ。
その善意が唯一父親へ向かないのが酷く悲しいが、しかし誇れる息子の在り方だ。
この善意を否定することは、将来を歪めてしまうことに繋がるかもわからん。
だが……だが……!!
「だからといって許可は出来ん! 外出禁止だ!」
「別に外へ出なくても部屋から転移陣展開させるけど……」
「ぐ……」
「トイレでもお風呂でも一人になった隙に転移陣開くけど」
「ぐぐぐ……」
────駄目だ。話し合いは此処までだ。
もう何を言っても、夕陽の決意が揺らぐことはないと思い知らされた。
かといって行かせるわけにはいかない。
自分を犠牲にしてでも他の人間を守れなど、それが正しい言葉だと承知でも吐き出せないのだ。
本音は、夕陽さえ無事ならそれでいい。他の人間などどうでもいい。
しかし、それを口にすれば夕陽の人格を歪めてしまう。
子供は単純だ。
他の人を見捨ててでも自分さえ助かればいいのかと自己愛ばかりを強め、それは様々なメリットを生む一方で、酷い孤独感に苛まれるのだ。
自分が可愛いのは誰でもそうではあるものの、自己愛が強過ぎては他者と感情の共有が出来ない。
孤独は、きっと勇者でも勝てないのだ。
お前さえ無事ならいいと言うわけにはいかない。
実力行使しか、ない。
「そうか……どうしても行くというんだな……」
「父……パパ! 許してくれるの!?」
「どんだけ、『パパ』がさっと出て来ないんだお前は!」
「有難うパパ! 僕絶対魔王を倒すよ!」
「まだ許可するとは言ってなぁい!」
「え……」
「どうしても行くと言うなら……この俺を……この父を倒してから行け!」
「………………はぁ」
「うぅわ溜息吐きやがったコイツ!」
「あーくんファイトー!」
──パパのような普通の人間が、勇者の僕に敵うわけがないのに。
──無駄な時間を、と言いたげに夕陽は俺を見ている。
傷つくぅ。しかしそうでもないのだ夕陽よ。
実力差など俺も把握済みだが、俺はお前をよく知る親なのだ。
お前の弱点くらいとうに見抜いている。
「構えろ夕陽……」
「いや……パパが怪我するだけだから……」
「っふ……舐められたもんだぜ……夕陽も知っての通り俺は空手有段者だ」
「……いや……うん……」
「会話を諦めないで! パパ泣くよ!」
「だって……怪我させちゃうだけ──はっ! そうか! パパの狙いは……」
気付いたか夕陽よ。
そう。そうなのだ。
お前の前に立ちはだかっているのは、魔物でも四天王でも魔王でもない。
一般人だ!
善良な市民!
お前が守りたいと言っていた民そのものなのだ!
その俺に……お前は暴力を振るうことが出来るのかな……?
いや出来ない!
それは何故か。お前は善意の塊。
お前は────勇ぅうううううううううううううう者様だからだぁああああああ
あああああ!
「そら見たことか! こんな一般人の練った策に嵌まるようでは危険な異世界へ行くなど笑い話しでしかない!」
「むぅ。もうパパ子供みたいだから辞めなよ」
「一二歳の子供に諭された! だがめげない! 俺はお前を行かせない!」
一説によれば息子にとって父親とは、時には壁のような存在であるべきだと言う。
越えられない存在はある、世の中どうにもならないことだってある。そう教えてられるのは父親の俺の役目なのだ!
なってやろうじゃないか……息子の壁に!
そして勇者の敵に!!
さぁ息子よ!!
────エンカウントだ!!
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