第六話 パパうえ攻略戦①

 温かな日和が桜の芽吹きを備えさせる。 

 義務教育が一度幕を閉じ、また次の幕が上がり始める三月の時期。

 一学年、約一〇〇名と少しの子供たちは、講堂の檀上に列を成し、表情豊かに校歌を歌い上げていた。

 卒業式である。

 俺は檀上より少し離れた親族席のパイプ椅子に腰かけ、妻の小夜梨と共に子供たちを眺めていた。

 その中で、ひと際可愛らしい子供がいることに気付く。

 おやおや、アイドル候補生のような子がこの小学校に居たとは。これは驚きだ。

 何て可愛い子なのだ。

 

 夜空のような魅惑的な髪色。星のように瞬く瞳。

 意思の強そうな表情ながらに、既に子供らしからぬ父性、頼りがいを備えたお顔。

 ニキビ一つない白肌。

 聞けば既に、学年の女生徒の半分に好意を告げられた存在だとか。

 末恐ろしい小学生だ。さぞあの子の親は誇らしい気持ちで一杯のことであ──ってなんだぁ夕陽じゃないかぁ!

 そうかウチの子だったかぁ、いやいやこれは失敬、言葉に出さず胸の中で想いを留めていなければ、周囲に座る親御さんに何と厭味な親だろうと思われるところだったなぁ。危ない危ない。


 夕陽は一二歳になり、この度小学校を卒業する。

 さぞ他の親御様の胸にも感慨深い想いがあることだと思うが、俺の感動はまた種類が違う。

 あの息子には、誰にも知られてはいけない秘密がある。

 子供の身ながらに、それをひた隠しながらの集団生活はさぞ気苦労の絶えなかったことに違いない。

 息子の苦労が偲ばれる。

 よく頑張った。本当によく頑張った。

 偉い。偉いぞ夕陽。

 あぁ駄目だ……泣けてくる。


「ぉぅぇ……っうぅ……ひっく……ぅえっ……」


 俺より先に、隣で嗚咽交じりに号泣する小夜梨。

 いかん。息子の雄姿をしかと見届けようと、涙に視界を邪魔されるまいと堪えていたが、涙をもらってしまう。


「ぐ……ぶふっ……ぐぅううう!!」

「あーくん……ゆーくん逞しいねぇ!」

「あぁ小夜梨! ぁあああ……ああああああああああああああ!!」

「ぶえぇえええええええええええ!」


 気付けば我々夫婦は抱き合って号泣していた。


「ぐ、群青さん! お静かに願います!」

「っは……これは失礼」


 直ぐに駆け寄ってきた教員の一人に注意を受けた。

 大人になってまで先生に怒られるとは。

 ふと周囲に目を向けてみれば、気持ちを察するような温かな親御さんの目が我々に向けられ、同時に冷めた目線も注がれる。

 っはん。さぞ皆さんの胸にも同じだけの大きさの感動が湧いていることでしょう。

 しかし我々夫婦の感動は種類が違うのです。

 だって、だって──────貴方達の子供は勇者ではないのでしょう?

 我々の子供は勇者なのです。

 手から火やら氷やら雷を出すのです。

 大きくなったらプロ野球選手になるとかプロサッカー選手になるとか言う子ではないのです。

 大きくなったら勇者になって、昔殺された相手にもう一度挑むんだ、とか言う子なのです。

 どうして可愛い我が子を死地へと送り出さねばならないのです?


 そう思うと、夕陽の成長が止まってくれればと思わずにはいられないのです。

 このまま成長せず、以前以上の力をつけられないままに挑もうとするような愚息ではない筈。

 子供のままでいてくれれば、何処へも行かないのではないだろうかと考えてしまうが、こうして夕陽は成長し小学校を卒業してしまうという。

 夕陽は大きくなっていく。

 我が子の成長は喜ばしい。しかし同時に胃へマシンガンを放たれたように沈痛な想いである。

 

 ──卒業式を終え、家族三人で帰路につく間も、俺はろくな会話も出来ずに考え込んでいた。

 やはり今一度息子と正面から向かい合い、魔王を倒すなどという夢を止めなくてはならない。

 将来魔王を倒すことに比重を置いて生活を送っている為に、犠牲にしているものも大きい。

 きっと前世から生真面目な性格なのだろう。子供だというのに聞き分けが良すぎてお菓子や玩具を強請ることもない。

 唯一夕陽が欲しがったものは剣。それも真剣。

 無理だったので竹刀と木刀のセットを買ってあげた。

 それからというもの、折角の日曜日でも俺と遊びもせず剣と魔法の練習。

 動物園も遊園地も彼の興味を惹かない。

 ぜーんぜん遊んでくれない。寂しい。

 魔王討伐という目標は、パパとの交流を犠牲にしているのだ。

 このままでは疎遠な親子関係となってしまう。かなり拙い。


「あーくん? 黙り込んでどうしたの~?」

「あ、あぁ。すまん」

「父上……どうせまた勇者は駄目だと言って聞かせるつもりでしょう」


 ただ黙っていただけの俺の思考を読んだことは流石ではあるが、俺が何も言わない内から既に呆れ顔を備えている。

 パパの扱い酷くない……?


「夕陽よ……何度言ったらわかるんだ。父上ではなく、パパだ」

「あ……すいません、つい癖が出てしまって」

「敬語も! 辞めて! 次、敬語使ったら泣くからな!」

「あー…………うん……」


 あぁ何と父を見る目の酷く蔑んでいることか。

 何故だ! 我が子を愛するが故に悩んでいるというのに!

 こうも愛情が伝わらないものだろうか!

 あんまりだ!

 神よ! どうして我が子を想うほどに嫌われるのでありましょうか!


「夕陽。パパは許可したつもりはないけど、もし魔王とやらを倒しに行くなら何歳から行くつもりなんだ」

「明日から行こうと思ってます……違う、思ってるよ」

「はぁ!?」

「わぁ~ゆーくんそれって、ママはお弁当は作ったほうがいいのかなぁ~?」


 幾ら何でも急すぎる。

 明日? 息子はまだ小学生を卒業したばかりの一二歳ですが?

 未だ身長も150㎝に満たない、つい最近声変わりしたばかりの子供も子供。

 だって魔王ってきっとK-1チャンピオンより強いのでしょう?

 四月から中学生の子が、K-1チャンピオンに圧倒的勝利を収めない限り魔王には勝てないのでしょう?

 そんな小さい子供が、今日からランドセルを置いたと思えば次に剣を背負うと言う。

 間違っている。

 世界は間違っている!


「ま、ま、待て夕陽! 明日!? 幾ら何でも急すぎないか!?」

「父上に前もって言っておくと、それからの期間ずっと五月蠅くするのでしょう?」

「パ・パ・な! 敬語も辞めてな!」

「っぐ……パパに前から言っておくと……その間ずっと言うでしょ……」

「そりゃ言うわ! 当たり前だろうが! まだ一二歳よ!? ついさっきまで学校で校歌歌ってたと思ったら明日は殺し合い!? 何それ!」

「ほら……五月蠅い……」

「ぐはっ……さ、小夜梨……遂に夕陽に面と向かって五月蠅いと言われてしまった……」

「あーくんよしよし~可哀相だねぇ~」

「それに明日魔王へ挑むという意味ではなくて、明日から元の世界へ出かけて魔物を倒すって意味です……だよ。実戦に勝る経験はないからね。僕はこの年齢まで基礎体力、基礎筋力が仕上がるのを待ってたんだ。

 武器と防具も世界を回って集め直さないといけないし、そもそも魔王城壁周辺には結界が張られてるから、解除する為の神具も探しにいかないといけない。取り巻きの四天王から倒して戦力を削ぐと同時に経験も積んで、魔王攻略はそれからだよ」


 ────小六のプランニング半端ねぇ!

 困った。そこまでしっかり考えているとは。

 流石は勇者。流石は天才児。

 どうしよう。このまま行かせるわけにはいかない。

 明日から行ってきま~すとか言って家を出て行かれてみろ。

 行くのは友達とカラオケやゲームセンターというだけでも俺は心配なのに、それが異世界へ行くと言うのだ。

 流石にストレス性胃潰瘍からの発展型胃穿孔までを発症する可能性超。

 嫌だ……仕事中も休みの間も──今夕陽は何を倒してるかな? スライムにかじられて怪我とかしてないかな?──とかなんとか心配してたらキリがない!

 駄目だ。何があっても止めなければ、此方の身がもたない。


「夕陽! 夜は家族会議だ!」

「……うん……言うと思ったよ……」

「ねぇ、ゆーくんってばぁ~お弁当は要るのかなぁ?」

「あ、うん。作ってくれると有難い」

「はぁ~い。じゃあ材料無いから買い物しながら帰りましょう~」


 夕食とお弁当の材料をスーパーで購入する間も、俺は追い詰められていた。

 明日になれば夕陽は異世界へ足を運んでしまう。

 やるしかない。説得するしかない。


「あ~くん、そこのネギ取って~」


 どんな手を使ってでも夕陽を止めるしかない。

 例えば夜遊びに行こうとする子供に──嫌われるのを覚悟で、逆に殴られるかもしれないことも覚悟で、それでも親は子が非行に走るのを、身体を張ってでも止めなければ一生後悔する可能性へ繋がると、世間では囁かれている。

 夜遊びではないが、直に命のやり取りを行う場へ足を運ぶ分、歓楽街よりも危険度は高い。

 あの時夕陽を止めていれば、なんて後で思うのは最悪だ。


「あーくんってばぁ! ネギ取ってってば~!」


 夕陽を守る為に、夕陽を止めるしかないのだ。

 相手は勇者で天才児だが────付け入る隙がないわけではない。

 息子の生真面目さを利用し、大人のやり方というものを見せてやる。


「見てろよ夕陽……」

「ちょっとあーくん! それネギじゃなくて私の嫌いなセロリ!」

「……パパ……どれだけ切羽詰まってるんだ……」

「ククク……フフフフフ……」


 俺は息子に外出禁止を言い渡すべく、さながら魔王的悪役のように笑んで帰路につく。

 夕飯を食べ終わり、就寝前。

 穏やかな春の夜に、決戦の刻が訪れるのである。

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