第五話 勇者発覚
我が息子による初めてのおつかい。その記録映像の一部始終を顧みる。
母より渡された買い物リストに書かれた品を、全てが買えないと判断するや否や何も買わずに表へ出る夕陽の姿が、そこには映っていた。
通常であれば、傍に大人がいないままに外へ出ることは耐え難い恐怖であり、コンビニへ着いた頃に心なしか目的を達成した気分になって安堵してしまうもの。
その安堵の直後に襲い来る、お金が足りないというハプニング。一度安堵を経ているだけあって再び襲って来た不安は家を出た時よりも遥かに大きい筈。
初めてのおつかいでこんなことが起きては、とてもではないが冷静な判断は出来ないだろう。
しかし夕陽は少し考えこみ外へ出た。不足分を取りに帰ろうと思ったのだろう。
見事な判断力だ。
初めてのおつかいでその判断を下すのは極めて難しい。
夕陽はそれをやってのけた。
これは褒めてやらねばなるまい。
しかし問題はその後。
一度コンビニを出て、周囲に人影の有無を確認。
右手を突き出し、瞳を閉じ────。
『──《
可愛い声色ながらに凛々しく唱える夕陽の姿が記録されている。
魔法陣が展開され、辺りを紫色の灯りが包む。
間もなくして、夕陽はその場から消えていった。
更にその後。
俺は目の前で起きた不可解な出来事に思考が追い付かず、カメラを起動させたまま呆けていると、再びコンビニ脇へ魔法陣が出現。
間もなくして、夕陽がその紫色の光の中から現れる。
何食わぬ顔でコンビニへと入り、小夜梨から受け取ったであろう追加資金によって無事買い物を終え、今度は歩いて帰路に着く────と。
「夕陽……これは……一体なんだ?」
この奇跡を越えた奇跡の、その真意を問いただすべく。
事態は既に家族会議へと発展していた。
リビングのテーブルへカメラを置いて再生し、その様子を家族揃ってソファーへ腰かけて見ていた。
流石の夕陽も、これは悪手を打ったものだとバツの悪そうに────。
「あぁこれは、てんいまほうですよ父上」
────なってない。
なってなかった。全然気まずそうでもなんでもない。
姿勢正しくソファーへ腰かけ、未だ床に届かない足先をきっちりと揃えて、とても堂々としていらっしゃる。
「転移魔法……とな?」
「はい、いちど行ったばしょであり、きおくにたしかなものとして、その場所がのこっているならば、そこへ移動できるというしろものです」
「…………ふ、ふぅん」
「もうしわけありません父上。やはりまほうはまずかったでしょうか?」
────申し訳ありません、それと、やはり。
と息子自ら言い出したことにより気付いた。
あぁなるほど。この子は、自分がやってはいけないことをやった自覚があるのだ。
普段通りに雄々しく構えているのではなく、素直に怒られようと大人しくしているのだ。
他の子供のようにバツの悪そうに黙り込んだり、涙を滲ませない為にわからなかったが、夕陽は夕陽なりの誠意として姿勢を正し、この場へ居るのだろう。
「……いや、夕陽。先ずはよくやった」
「え?」
「凄いぞ? 初めての買い物で、あんな冷静な判断が出来るもんじゃない。それに、お前は言いつけ通り、一度もお外を走らなかったしな。偉いぞ」
「…………父上」
叱る時は、褒めてから。
最早、ただ叱るだけの子育て時代はとうの昔に終わったのだと聞き及んでいる。
褒めるべくことを蔑ろにして叱るだけで終わってしまっては、子供にとってみればまるで全てを否定されたような気がして────善いことだってしたのに、という気持ちは拭えないのだ。
反発心を残したままでは、言いつけた教訓は消化不良となってしまい、その胸には残らない。
ただ、それは叱るべきことがあれば、の話しだった。
「別にパパは怒ってないぞ。大体外を走るな、とは言ったが、外で魔法を使うな、とは言ってないしな」
「わぁ~あーくんカッコいい~!」
「……父上……かんだいなおこころづかい、かんしゃいたします」
「ただ、流石に説明はして欲しいな。俺は未だに目の前で起きたことが信じられないでいる。こうして録画されて形として残っているにも関わらず、それでもまだ信じられない。だって普通……魔法は使えないだろう?」
そう。そうなのだ。
子供が手を前へ突き出し、魔法名のようなものを叫ぶ。
それ自体は見慣れた光景だ。男の子なら大半の子供が通る道だ。
しかし未発動であることが当然。
それを行っている子供だって、魔法などないことを知りながらに起こしている行動なのだ。
魔法は使えない。それが大人も含めての一般常識だ。
しかし夕陽は魔法を使った。証拠としてカメラに残ったのだった。
「そうねぇ~ママも知りたいわぁ。家事に使える魔法とかあるといいんだけどぉ」
「ひょっとして、その堅い侍のような口調とか、今までに起こしてきた奇跡と関連があるのか?」
「…………はい」
どうしたことだろうか。
夕陽は褒めただけで終わったというのに、むしろ今のほうがバツの悪そうに俯く。
俺の目の前で善い行いをすれば、俺は必ず夕陽を褒めてきた。
褒められ慣れていない、ということでもないだろうに。
更には珍しく口ごもる様子で、言葉の続きを発せないでいる。
子供であれば当たり前の光景であるが、我が息子にはどうにも違和感を覚える。
「ど、どうした? 何か言い辛いことなのか? パパもママも別に怒ったりしないぞ?」
「ほ、本当でしょうか……?」
聞き返して夕陽は、更に瞳を曇らせる。
何やら、怒られると確信しているだけの隠し事があるらしい。
「本当よぉ~ママはゆーくんに隠し事されるほうが寂しいなぁ~」
俯き続ける夕陽。下唇を噛み、今から発しようとする言葉に決意を固めながらも戸惑っている様子だ。
この時、俺は思った────わぁ、なんか親子らしいこと初めてしてるぅ、と。
感動。夕陽、感動をありがとう。
この群青朝日、初めて父親として知覚する。
「じつは……僕は……」
「あぁ、恐れるな夕陽よ! パパになんでも言えばいい!」
「ゆーくんっ、ファイトっ!」
「じつは……」
「さぁ! さぁ言うのだ夕陽よ!」
「──実は、僕は前世の勇者としての記憶を持ったまま、この世界に転生した────異世界転生者なのです」
傍から見れば、嘘を越えて妄言だ。
だが事実、息子は紫色の光の輪を手から出しているし、姿も消しているし、映像記録として残ってしまっている。
何より自分の子供の言うことを親が信じてやらなくてどうする。
息子は心底気まずそうに、こんな時ばかり子供の顔で俺の顔を覗き見ている。
あぁやはり俺の子は子供なのだ。四歳児なのだ。
息子よ、そんなに心配するな。
「……な~んだ! そんなことか!」
「え……信じてくれるのですか?」
「あぁ、いやむしろ、そうとしか捉えようがない。生後一ヵ月で教えてもいない父上とか母上との言葉を喋ったり、赤ん坊なのにトイレへ自ら行ったり。そりゃそうだよな。記憶があるんだから、オムツ変えなんて恥ずかしいことこの上なかっただろうに」
「は、はい……」
「あれか? キャッチボールも凄い距離投げてたけど、あれも勇者としての名残か?」
「あれは……届かないと思って咄嗟に身体強化の魔法を……」
「アハハ! そうか! いいじゃないか勇者! こうして生まれ変わったってことは、仕事は済んで、もう肩の荷は降りてるんだろう? 新しい人生をゆっくり過ごしたらいいじゃないか!」
なるほどなるほど。
道理で、この世のモノとは思えない可愛い子に恵まれたと思った。
詳しい仕組みは知らないが、きっと神様は前世で頑張った勇者さんの次に過ごす人生として、我が群青家を抜擢したというわけだ。
フフフ。神にすら認められる親としての力を俺は持っていたというわけだ。
ハッハッハ。
しかもあのキャッチボール、夕陽が魔法を使わなければやはり勝っていたのだ。
クククク……父の威厳は失われてはいない。
「いえ、それが……僕は生前魔王に敗北を期して……大きくなったらもう一度、元の世界へ出向いて魔王討伐へ向かわなければならないのです」
「…………なんだと……?」
「ですから、僕は将来もう一度────勇者になるのです」
その時、俺の中で色々な夢が爆音を立てて崩れていった。
プロ野球選手は。アイドルは。芸能人の親は?
いやそれはまだいい。
もう一度、殺された相手に挑む?
それって地球上のものごとで例えることが不可能なほどに、危険なことなのではないだろうか。
「ですが、流石は父上。こうもちゃんと話しを受け止めてくれるとは思いませんでした……正直、ずっと隠していることを気に病んではいたのですが……もしかすると別の家の子のように感じさせてしまうのではないかと危惧しておりまして……」
いやいやお前は我が子だ。
俺譲りの深紺の髪に小夜梨譲りの優しそうな顔に綺麗な白肌。
俺たちの遺伝子が立派に合わさっている。
「こんなにも愛情を注いで育てていただいて、誠に感謝しております。あぁ何だか胸の支えがが取れたようです! 父上、母上! 有難う御座います!」
「いいのよぉ~わぁ~ゆーくん勇者様だって~かっこいいねぇ~」
あぁ、そんな俺の心知らずしてマイペースなところも小夜梨そっくりではないか。
冗談じゃない。
我が群青家の、待望の長男だ。
待ちに待った子なのだ。最愛の子なのだ。
その子を死ぬかもしれない冒険へ、笑顔で手を振って送り出せだと?
神は、神はどうかしている!
「──パパは!」
「え!?」
「パパは……勇者なんか! 絶対許さないからな!」
「……………えー…………? 父上……怒らないって言ったのに……」
初めてのおつかいのあとに、初めての家族会議を行い。
初めての親子らしい会話に感動し、そのまま初めての親子喧嘩へ発展して。
そして俺の、息子を勇者にさせまいとする強固な意志と、勇者になるべく日々奮闘する息子との、相対する意思がぶつかり合う激闘の日々が幕を開けることとなる。
それは俗にいう思春期────反抗期の到来を告げるものであった。
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