第40話 オリ・パラ、戦略と未来予想図
広海たちが始めたオリ・パラ統合に向けた署名活動は地味ながらも、順調に進んだ。耕作と千穂が中心のサイト作戦は、イマ流なのだろう。口コミでアクセス数も伸びている。まだ大手の検索サイトで検索できないが、このままアクセスが増え続ければ、キーワード検索でヒットするようになるだろう。実際、問い合わせ用のページに、地方の高校生グループや大学生サークルから署名活動に参加したいとの問い合わせも寄せられ始めた。
「やっぱ、時代なんだな。ネット署名」
「街頭の署名活動は言わばローラー作戦。展開にも人的な限界があるから接触は限られるじゃん。その点、ネットは存在さえ認知されれば都内だけでなく、北は北海道から南は九州、沖縄まで関心を持つ人と簡単に繋がれるもんね」
「小笠原の父島も母島もな」
幹太は大きな窓ガラスの向こうにかすかに望む太平洋を見ていた。今日の打ち合わせは広海とめぐみの通う東京海洋大学の学食。学食と言ってもオシャレ感が漂うカフェのようだ。広海は小笠原諸島最大の島、父島の出身だ。幹太も千穂も高2の夏、広海の実家を訪ねた時、実際にインターネットを体験していた。
「っていうか、ネットはワールド・ワイド・ウェブだから日本だけじゃなく世界と繋がっているわけよね。“課長”、サイトの改修よ、改修」
千穂の声が弾む。
「海外にも発信するわけだな」
耕作も反応が早い。千穂の言うことを瞬時に理解した。
「でも誰が…?」
「私、ブライトン出身の留学生、知ってるの」
「ブライトン、って?」
「ロンドンに近い英国の都市。行ったことはないけどね。確かロンドンオリンピックの時、現地でボランティアやってたはずよ。きっと協力してくれる」
千穂の頭の中ではもう、プランが動き始めていた。耕作と2人でサイトに英訳のページを追加して“六輪”目の活動を世界に広げようとの目論見だ。
「少し時間がかかるけど、要領は同じだからね。来年のなるべく早い段階を目標に、アップできるように頑張るか」
「じゃあ、街頭活動の輪も広げなきゃね、カンちゃん。あの子たちのネットワークって案外侮れないの。都内だけじゃなく、地方のボランティアサークルとも繋がっていて結構、情報交換しるみたいだから」
「LINEとかメールとかあるし」
「ツールまでは知らないわ、メグ」
「恥ずかしくない程度に数が集まったら、悠子さんにもお願いしよう。高2の時の路上ライブみたいにさ。やっぱテレビの影響って絶大じゃん。特に年配の人には」
「チーちゃんのパパにも泣き付こうか?」
「泣き付くって、私が?」
「だって、私が『ねぇ、パパぁ~』って泣き付いたら怪しい関係みたいでしょ」
広海が快活に笑う。
「大丈夫だよ。この娘に、あのパパあり。父親って生き物はさ、洋の東西を問わず、愛娘にはデレデレって決まってる」
「あのね…」
千穂が幹太を睨むが、目が笑っていた。
「東京都と組織委員会、文科省はどうすの?」
と、めぐみ。統合のためには乗り越えなければいけないハードルだ。
「私は都だけでいいと思う。開催都市だし。文科省って一歩引いてる立場じゃん。報道見てても。組織委員会も結局、都の職員と文科省の職員の寄り合い所帯でしょ。そっちは都に任せておいてもいいかなって」
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会のホーム・ページには大会のビジョンとして3つの基本コンセプトをページ最上位に掲げている。
1. 全員が自己ベスト
2. 多様性と調和
3. 未来への継承
中でも2の多様性と調和では、『人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治、障がいの有無など、あらゆる面での違いを肯定し、自然に受け入れ、互いに認め合うことで社会は進歩。
東京2020大会を、世界中の人々が多様性と調和の重要性を改めて認識し、共生社会をはぐくむ契機となるような大会とする』と高らかに謳っている。
「この大会ビジョンって、レンポウって間違えた上に、蓮舫議員本人に質問されて、答えられなかったオリ・パラ担当の桜田大臣のあれね」
「USBは穴を入れるらしいからね、サイバー・セキュリティーの責任者でもある桜田大臣によると」
「パソコンはいじったことがないらしいもんね。操作が苦手でも、国民のリーダーなら、国民の多くが生活レベルで普通に使っている情報家電くらい少しは関心持ってほしいけどね」
「少なくても、国会中継で逆ギレしてほしくなかったな」
「それはそれ。来年の通常国会でまたある意味、主役になるでしょ。その時にまたじっくり見てあげましょ」
広海たちは、桜田大臣が来年も世間を騒がすことを予想していた。
「オリ・パラ統合の作戦なんだけどさ、『障がいの有無を含むあらゆる面での違いを肯定し、自然に受け入れ、互いに認め合うことで社会は進歩』って言ってるんだから万が一にもオリンピックとパラリンピックの統合に反対はしないっしょ、組織委員会も。やっぱ、都の五輪準備局だな」
みんなのターゲットは都に絞られた。
「都の五輪準備局ってホーム・ページも見やすいし。最も内容が濃くて分かりやすいのがココなんだよね。ここが一番キモだな」
「都に説明に行くんなら、付き合ってくれるってマスターが言ってたわ」
と広海。
「マジ? 勇気百倍。すっげぇ心強いんですけど」
満面の笑みとか、破顔一笑の破顔というのは、こういうことなんだろうと、幹太の無防備な笑顔を見て広海は思った。
「これだけ準備できれば、悠子さんとチーちゃんパパにもそろそろ 動いてもらいましょうか」
「チーちゃんパパじゃなくて、お父様だろう、“課長”」
幹太が耕作を冷やかすと、隣に座った千穂が頬を赤く染めた。
「さぁ、年が明けたらいよいよ本腰入れるぞ」
「みんな、それぞれにアイデアと課題を整理しておいてね。もうそんなに時間がないんだから」
広海たちは政治家じゃなくても、選挙に立候補できなくても社会のために何かできることがある、と確かな手応えを感じていた。
小説・政治的未関心Ⅲ 12人の呆れる日本人 鷹香 一歩 @takaga_ippu
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