第31話 リンクしてないJOCとJPC

 「ちょっと見て、これ」

長岡悠子が、ノートパソコンの画面を指差している。大宮幹太と志摩耕作、秋田千穂の3人が悠子の後ろに回って画面をのぞき込む。

「JOCのホームページですね」

耕作の言う通り、赤と白を基調にしたJOCのトップページが表示されていた。基調の赤と白は、きっと日の丸を意識しているのだろう。

「うん、JOCのホームページなんだけど、私『アジアパラ大会・速報』で検索したのよね」

「検索で優先されるのは、単純に検索ワードだけじゃなくて、検索数の多寡とか、それぞれのサイトの複数のキーワードとか、いろんな要素が絡んでいるから何とも言えませんけど、せめてJOCよりはJPCのサイトが上位に来てほしいですよね。パラ大会で検索掛けてるんだから」

JOCは日本オリンピック委員会、JPCは日本パラリンピック委員会だ。

「“課長”、ネットも詳しいんだ」

「あれ? 悠子さん、知らなかった? “課長”は勉強だけじゃなく、プログラミングもできるんですよ。悠子さん、アナウンサーなんだから個人のホームページ作ってもらったらいいですよ。お安くしときますよ」

幹太は、冗談交じりに耕作の特技を売り込んだ。一回り以上年上の悠子にニックネームの“課長”と呼ばれた耕作は、照れ臭さを隠して答える。

「あのさ、幹太。前にも言ったけど、ホームページはプログラミングじゃないつーの。ソース・コードって言うんだ。それにオレ、商売もバイトもしてないし」

「ハイ、ハイ。ハイパー・テキスト何たらな」

「ハイパー・テキスト・マークアップ・ラングエッジ。ほら、ホームページのアドレスの最後に、.htmlの拡張子があるだろ。そのアルファベットはそういう意味なんだ」

「“課長”、それってワードの.docx、エクセルの.xlsxと同じ?」

珍しく自信なさそうに千穂。

「マスターの時代は、.docや.xlsだったでしょ」

「人を縄文人みたいに言うな。“時代”って何だよ。ヴァージョン・アップしただけだろ」

悠子が笑っている。

「そう。この文書はこれこれの書式で書かれています、っていう印なわけ」

なるほど、JOCのホームページもよく見るとアドレスの最後は、.htmlになっていた。

「ホームページのアドレスの先頭に、httpってあるよね。こっちはハイパー・テキスト・トランスファー・プロトコルの略で、コンピューター同士をつなぐ言語のルールのひとつ。このhttpを使えば世界中とつながれますよってこと」

「じゃあ、wwwは?」

「ワールド・ワイド・ウェブ。オレたちが普通に使っているウェブというのは“クモの巣”の意味で、世界中に広がったクモの巣をイメージしたらいいよ」

「さすが“課長”ね」

広海は耕作の頭の中を覗いてみたい衝動にかられた。

「っていうか、何か気持ち悪くない? 意味分かんないのにhttpとかwwwとかhtmlって読むのってさ。理解してないから、記憶にも残らないし」

「この辺が一流と三流の違いだな」

「誰が二流だって!」

「何怒るワケ? しかも、何気にワンランク・アップしてるし。オレは一般論を言っただけ」

「ハイ、ハイ。ナントカ喧嘩は犬も食わないって言うからね」

幹太と広海のやりとりに千穂がツッコミを入れた。

「チーちゃんったら、それ喩え間違ってるからね」

広海にしては珍しく、少し動揺が見えた。

「えーと、もういいかな。悠子さんの疑問っていうか、不満は『アジアパラ大会』で検索したのに、肝心のパラ大会がヒットしないこと、でしたよね?」

「そう、そうなのよ」

と言いながら、耕作は手の平にすっぽり収まるマウスで画面をスクロールした。

「こりゃマズいなぁ」

「誰だ、オレの淹れたコーヒーにケチつけるのは?」

「誰も“キョーイチ”のコーヒーにケチなんかつけませんから」

「マスター、今そのタイミングじゃないから」

「およびじゃない、ってか」

恭一のボケに構わず耕作が続けた。

「JOCのページの見やすい位置には、アジア大会の日程や結果がアップされてますよね」

「そうね。終わったばっかりだし」

「でも、パラ大会の情報が全然ないでしょ」

耕作は、また画面をスクロールして見せた。

「JPCのページにあるんじゃない?」

悠子がJPCのホームページをチェックする。

「あれっ、ない」

アジア大会のようなページがあってもよさそうだが、ない。『大会公式ページ』のリンクをクリックすると、インドネシア語と英語が並ぶ公式ページに飛んでしまった。そもそも、JPCのトップ画面が国際大会の金メダリストの写真を前面に、ド派手に構成されているのに対し、JPCのサイトは、いの一番に設立経緯や組織の説明が並び、選手の写真は一枚もない。極めて単調で事務的だ。史上最高のメダルを獲得したアジアパラ大会の成績も見当たらない。東京オリンピックの代表に内定した国枝慎吾や上地結衣の情報もない。

「こりゃだめだ」

幹太が、ザ・ドリフターズのいかりや長介を真似ただみ声で言った。

JPCのトップページを一通りチェックした耕作は再びJOCのぺージに戻った。

「やっぱそうなんだ…」

「何がそうなの?」

「日本の行政は所詮、縦割りなんだってこと。JOCのページにJPCへのリンクは張られていないし、JPCのページにもJOCへのリンクがないんだ」

「JOCは所管が文科省、JPCは厚労省の所管ということか」

カウンターの中から恭一。

「そういうことです。ほら、JOCのトップページにはスポーツ庁のリンクボタンがあるから、そっちへはジャンプできますよ」

耕作がワンクリック。瞬時にスポーツ庁のトップページが現れた。

「おおー」

感嘆の声が重なる。

「パラリンピックやパラスポーツのパラは、オリンピックや健常者のスポーツ大会との“両輪”、パラレルなのよね」

「これじゃ、看板倒れでしょ」

「いや、ある意味、言葉の通りかもしれないな」

「ある意味って、どういう意味よ」

広海が耕作に突っ掛かる。

「パラレルって並行だろ。ってことはどこまで行っても交わらない」

「なるほど」

「なるほど、って感心している場合じゃないでしょ。カンちゃんも」

「そうよ、うまいこと言ったなんて思わないでよ」

千穂が広海に続いた。

「リンクを張るのは何にも難しくないんだよ。さっき言ったソース・コードにJPCのアドレスを追加するだけ。後は、リンク・ボタンをクリックした時にそれぞれのページにジャンプするように命令文を書き加えればOK」

「何か面倒臭そう」

「元々、JOCやJPCのサイトには他の幾つかのサイトへリンクが張ってあるから、サイトをひとつ追加するだけ。コピペするのと大して変わらない事務量。ほら」

文化庁のページの最下段に関連リンクが並んでいる。その中の『東京オリ・パラ』にポインタを合わせると、ポインタの矢印が指差したイラストに変わった。耕作は素早くクリックした。

「東京オリンピックとパラリンピックは共通のページを作ってるわけだから、それに倣(なら)えばいいんじゃない?」

画面を見ながら千穂。

「オリ・パラは、基本的に東京都という一都市の開催だ。当然、国を挙げて協力するわけだけど、それぞれが“パラレル”のJOC、JPCそして文化庁のような組織とはちょっと違うんだよ」

大人しくしていた恭一が言う。

「ひとりでいいから、誰かちゃんとしたリーダーがいれば解決するんだけどね。オリ・パラ担当大臣とかスポーツ庁長官とかね」

悠子は何人かの大臣の顔を思い浮かべて言った。

「ダメよ。今のオリ・パラ担当の大臣はパソコン使えないし、USBも知らないんだから」

広海が言うのは桜田義孝大臣のことだ。

「“課長”、何とかできないかしらね?」

「えっ? 僕にできることなんて何もありません」

耕作の顔が紅(あか)くなる。仲間内で見てきた“課長”とは明らかに様子が違う。

「コーちゃんったら、質問の意味違うでしょ。悠子さんは、対策を聞いてるの」

思わず“コーちゃん”と呼んでしまったことに気づいて、キョロキョロ視線を泳がせる千穂を広海も幹太も見逃すはずがなかった。

「コーちゃん、ほら対策だって」

「チーちゃんに教えてあげて」

悠子は席を外すとカウンター席に移って、恭一に軽くウインクした。

「た、対策は、か、簡単さ」

自分の動揺に、はっきり気づいている耕作は間を取るようにカウンターに置かれた冷水をひと口。

「小池知事とかが提案してもいい。組織委員長の森さんでもいいんだ。オリンピックもパラリンピックも兼ねた役職のはずだからね。森さんがPCやれるかどうかは分からないけど」

「ふーん」

広海も幹太もまだ茶化しているが、耕作はいつもの冷静さを取り戻したらしい。少し裏返った言葉も元に戻った。気持ちのコントロールも早い。

「で、簡単に言うと縦割りをやめて協力する。チームオリ・パラとかね。縦割りをやめるのが無理でも、サイトの管理者っていうか、製作者を同じ人にすればいいだけ。」

「そっか、それぞれのホームページはどうせ外部委託だろうから、発注先を同じにして、統一したデザインにすればいいわけだ。プライドとかメンツとかにこだわらなければの話だけれど…」

千穂にも言いたいことがあったが、まだ顔が火照ったままだ。みんなに気づかれないように、意識的に発言を控えた。

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