第29話 馬だって知能高いっしょ!

 「馬かあ。確かに、着眼点は鋭いかも。目のつけどころがシャープだよ。競馬を見てれば、馬の利口さ、知能の高さって分るよね。でも残念ながら馬はさ、イルカやクジラのように欧米人の保護対象になることはないね。仮に馬を保護して残酷なことを禁止したら、欧米の歴史も文化も一切合財否定することになってしまうから。競馬なんて論外さ。レースで鞭を入れるのだって当然虐待に当たるし、優秀馬の血統を選別する交配だって、道徳上も人道上も、問題大ありじゃん。生命倫理で問題になっている遺伝子操作だもん。それに、足を痛めたサラブレッドは安楽死させることが多いけど、そもそも何で痛めるか。レースなんかで必要以上に負担をかけるからで、骨折のリスクも高くなる。“追い込み漁”じゃないけど、トレーニングで相当追い込むわけ。競馬だけじゃない。昔から交通の足や農耕の道具としても、生活に不可欠な存在だったわけ。戦争にも欠かせなかった。洋の東西を問わずだけど。そういう意味では、水族館のイルカなんかよりずっとひどい仕打ちを受けているよね、馬は昔から。日本の場合はファンが多い競馬への影響はあるけど、欧米は競馬どころの騒ぎじゃないだろうね。だから、馬をイルカみたいに保護しましょうなんて議論は2万パーセントあり得ない。一度、日本から発信してみたらいいんだよ、IWCで。イルカやクジラと同様に馬も保護しましょう、ってさ」

馬の話になって、幹太が饒舌になる。

「何か大阪市長だった橋下さんみたい。2万パーセントって」

幼なじみの愛香が“拾う”。

「でも、JRAはともかく、北海道のばんえい競馬と福島のチャグチャグ馬コには影響あるかもなぁ」

思い出したように幹太が言った。

「話聞いてて、なんか合点がいったっていうか腑に落ちたっていう感じね。授業でもこんなに心から納得できることって少ないもん」

納得したように、さくらが呟く。

「そんならよかった。われらの元マネージャーの困った顔は見たくないもんな」

幹太の言葉は本音だろうか、冗談だろうか。愛香は思った。

「あのさ、イルカやクジラがダメで馬はOKっていう欧米の考え方。そして、 イルカやクジラがダメだったら、馬だってダメでしょっていう私たちの主張。 これってさ、やっぱり、文化っていうか風土の違いであって、どっちかが正しくてどっちかが間違っているって白黒つけるような問題じゃないのよ。ハッキリ言えることは、人間が地球上で一番エライという身勝手が前提の上での話ってこと。古代や中世のヨーロッパにしても、コロンブスが新大陸を発見する前のアメリカ大陸のインディアンにしても、生活の中心は大地。一方、日本は島国だから人間が生活するのは陸上だけど、食料を確保するのに海は不可欠だった。日本と同様、捕鯨文化のある北欧だって、寒さが厳しいから陸地はあんまり農耕に向いてなくて、食料の多くを海に求めたわけでしょ。生きていくためにね。乱獲は論外として、元々、生活圏の環境が違って文化もライフスタイルも違うんだから、それぞれの地域の暮らし方を尊重するのが筋ってもんじゃない」

大人しいさくらが一気にまくし立てる。

「グイグイくるね~。人間が地球上で一番エライという身勝手な前提の上での話っていう点も説得力があるな。本来は人間が保護したりする立場になんかないんだ。イルカや鯨にしたって馬にしたって、人間に守ってほしいなんてこれっぽっちも思っちゃいないわけで」

幹太が左手で右手の親指をつまんで言った。

「政治の話じゃないって言ってたけど、十分過ぎるくらい政治の話よね。しか も国際的な」

盤上の駒を片付け始める愛香。

「ザクだかシャーだか知らないけれど、ホワイトベースが黙っちゃいない」

幹太の別なスイッチが入ったようだ。

「だから、ガンダムはいいの。ザクじゃなくてワザだし、シャーじゃなくてジャザ。地球防衛軍にはどうせなら地球の環境を守ってほしいわね。カンちゃんたら、いいこと言ったと思ったら、これだもん」

愛香が幹太のスイッチを切る。一方のさくらは冷静だ。

「大体、動物園や水族館同士で止めるとか続けるとかって話じゃないんじゃない。ゾウもライオンも他の動物も多くは捕獲網使って、麻酔銃撃って捕まえるんだよね。イルカの追い込み漁とどこが違うのかしら。Why American people? Why European people? どこがどう違うか説明してよね、って感じ」

「厚切りジェイソンに聞いてみよう」

「そうよ。野生の鳥はカスミ網とかで捕まえるのは禁止なのに、動物は網でも何でもOKって、どういうことよ」

「やっぱ知能の問題かな。やっぱ、オレたちが立ち上がって大地町のために一肌脱ぐか」

「八景島シーパラダイスのためにも」

と愛香。

「鴨川シーワールドのためにも」

水族館つながりで、幹太が続く。

「じゃぁ、ちゅら海水族館のためにも、ガンバらなきゃね」

ニコっと笑顔を見せてさくら。

「菊花賞とダービーと、それに天皇賞のためにもな」

調子に乗って幹太。舞台を水族館から競馬場に変えた。

「それって馬のためなの、それとも人のため?」

さすがに愛香がツッコむ。

「もういいから」

さくらは言葉遊びに付き合うのをやめると、話題を変えた。

「でも、人間の身勝手で飼育を放棄しちゃうのは別よね」

さくらは最近のニュースにも腹を立てていた。

「ああ、千葉の犬吠埼マリンパークに閉館後も取り残されたバンドウイルカのキューティー・ハニーだろ」

「あのね。くぅちゃんじゃないんだから、勝手にメスにしないでよ」

と愛香。因みに、くぅちゃんというのは、歌手の倖田來未の愛称だ。

「あれっ、知らないの? ハニーはバンドウイルカのメスだよ。第一、オスにハニーはないだろ。可哀想過ぎるよ。前ビレで身体くねらせて『ハニーよぉ』なんて言わせちゃ」

身振りを交え、軽い冗談のつもりの幹太だったが、相手はお調子者の清水央司ではない。

「そこ? 可哀想なのは誰もいない水槽に取り残されていることでしょ。運営していた会社の職員が餌やりとか世話は続けているらしいけど。水族館の人気者からひとっ子一人いない水槽にたった一頭だよ」

「ひとっ頭一頭かな、イルカだけに。何か下手くそな似非博多弁みたいだな」

「だから、そこじゃなくて。他の水族館に引き取ってもらうとか、海に放してあげるとか…」

幹太の冗談に、さくらは開いた口が塞がらなかった。

「海に放すのはどうかな。飼育されていた期間にもよると思うけど、自然の中でうまく順応できるか心配だし。テレビで見るイルカって、大体群れてるじゃん。ほら、小笠原で見た広海とイルカとの奇跡のコラボの時も群れだった」

幹太は高校2年の夏休みの父島旅行を思い出して言った。

「確かにそうね。でも、ショーのために捕獲したのに、閉園したら放ったらかしって無責任が過ぎるわ。人間のエゴ以外にあり得ない」

愛香がさくらを代弁した。

「鳴りを潜めていたWAZAやJAZAの出番ってわけか。ガンダム、行きまーす」

放っておいたら幹太の指摘が現実になるかもしれない、とさくらは思った。

「でさ、話がイルカに戻ったから言うけど、日本がIWC(国際捕鯨委員会)を脱退するって言い出してるじゃん。あれって、どう思う?」

愛香が切り出したのは商業捕鯨の話だ。今年5月、ブラジルで開かれた総会で、量が豊富なクジラに限り商業捕鯨を再開と反捕鯨国が多いIWCの決議方法の緩和などを求めた提案を全て否決した。日本政府は、IWCからの脱退を示唆したのだ。

「それって、ユネスコの脱退を表明したアメリカみたいだな。思い通りにいかないユネスコの決定に、『一抜けた』ってね」

「どういうことよ?」

愛香が幹太に説明を求める。

「国連教育科学文化機関のユネスコは、加盟各国の分担金で成り立っているわけだけど、一番負担しているのがアメリカで約5.91億ドル以上。日本は第2位で約2.35億ドル。日本円で30億円以上なんだ。毎年の負担率と金額は外務省が発表しているよ。因みに、3位は中国、4位はドイツ。5位はフランス。脱退ということは分担金も負担しませんよ、って話」

「何でそういうことになるの?」

「中東のイスラエルとパレスチナの対立は知ってるかい」

「対立してるのは知ってるけど、詳しくは…」

「イスラエルってアラビア半島の根元、エジプト寄りの地中海に面したところ」

さくらが教室の黒板にチョークで略図を書いた。

「ごくごく簡単に言うと、エルサレムはイスラエルとパレスチナ自治区にある都市で、ユダヤ教にとってもキリスト教にとっても、さらにイスラム教にとっても聖地になっているのが問題を複雑化しているんだ。嘆きの壁とか岩のドームとか聞いたことあるだろ」

自信なさげに愛香が頷く。

「で、ユネスコは2017年5月、エルサレムにおけるイスラエルの権利を否定する決議を採択し、ヘブロン旧市街をパレスチナの「危機にさらされている世界遺産」に登録したんだ。で、元々イスラエルと同盟関係にあるアメリカは面白くなくて、10月に脱退を表明したという流れさ。今年の12月に脱退することになっている」

「アメリカって、イスラエルのアメリカ大使館をエルサレムに移すって言ってたわよね」

さくらが記憶を辿る。

「もう移したよ。テルアビブからエルサレムにね。大使館って首都に置かれるのが普通だから、トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都に認めたってこと。国連や多くの国が認めていないのにな。中東の“火薬庫”に火をつけた格好かな」

「日本の大使館は?」

「テレアビブだよ。複雑だよね。アメリカと一番仲のいい立場の日本だけど、国際社会と離反する勇気があるかどうか」

「絵踏み、なのかな?」

さくらが幹太の顔色をうかがう。

「日本の判断は、今のところアメリカの最大関心事じゃないんだろうけど、エネルギーの多くを依存する産油国との関係もあるから媚秒だろうな。この辺は政治的にも経済的にも、そして宗教的にも複雑に絡み合う問題だから、論議するんだったら、“課長”や横須賀先生も交えてキチンとやった方がいいと思うよ」

「話が少しそれたけど、日本はトランプ政権のアメリカを真似るように、自分にとって都合の悪いIWCからの脱退を仄めかしているってことね」

「IWCの中で、日本がそんなに影響力を持っているとは思えないけどね」

「虎の威を借る狐ってこと?」

「ウーン。アメリカは商業捕鯨に反対の立場だから、その表現はちょっと当たらないかもな」

幹太の指摘に、愛香はガクッとうなだれて見せた。

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