第26話 安倍vs石破の最終決戦?

「安倍さんのスローガンは責任と実行。石破さんの正直、公正を『道徳みたいでふさわしくない』と批判してきた安倍さん支持の自民党議員だけど、あんたらの“親分”も道徳みたいじゃんね」

渋川ゼミの雰囲気にすっかり溶け込んだ瀬戸内海(せとうち かい)。初めての発表も終始リラックスしている

「『正直、公正』は『森友・加計問題を連想させる』『個人的な批判はダメ』って石破さんを追い込んできた。でも、森友・加計問題は国民の約80パーセントが総理や政府の説明に納得していないわけだし、財務省の公文書の改ざんや文科省の隠蔽体質を新首相として質すというスローガンは間違っていないよな。それに、安倍さんに対する個人的な批判と受け止めるのは勝手だけど、それって安倍さんが正直でない、公正でない、って逆に認めてるってことなんじゃね」

「総理を忖度して、墓穴を掘ったってことよね」

ボックス席のテーブルで何やら資料をまとめていた長岡悠子。一区切りついたのだろう。ゼミに参加して来た。

「センセーたち、しょっちゅう墓穴掘ってるわよね。魔の2回生、3回生議員だけじゃなくて、現職の大臣も含めて」

めぐみが輪をかけた。 最近では、地方創生などを担当する片山さつき大臣と、オリンピック・パラリンピック担当の桜田義孝大臣だろう。片山氏は、国税庁への口利き疑惑と政治資金収支報告書の度重なる訂正、公職選挙法に触れる恐れのある自著の広告看板問題などで追及されている。桜田氏は法律違反というより、大臣の資質自体を問われている。

「でも、わたしたちのニッポンには言論の自由があるわけでしょ」

広海は石破さんにスローガンの撤回を求める議員たちの国会議員としての資質を疑っていた。

「憲法21条の1。集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」

横須賀が淡々と条文を読み上げた。

「安倍さん、来年度中に憲法改正の国民投票を実施するって公言しているけど9条に自衛隊を明記するだけじゃなくて、21条の言論や表現の自由も書き換えるつもりかしら」

「日本が民主主義国家じゃなくなるね。自民党は“自由”と“民主”の看板を外す覚悟はあるんですか、って感じ」

「『細田派も麻生派も岸田派も、石破派以外は全部“安倍派”』に次ぐ大胆発言だな。いっそ“センテンス・スプリング”に寄稿したらいいんじゃね。名前だけ見たら瀬戸内寂聴さんの身内って早とちりされるかもよ」

幹太が海を冷やかした。


「今回の総裁選、当初は岸田さんや野田さんも出馬する意向を表明していたのに、岸田さんはいち早く安倍さん支持に方針転換。野田さんも総務大臣就任の時から『内閣には入るけど、総裁選には出る』って威勢が良かったのにね」

心なしガッカリした様子のめぐみ。

「しょうがないのよ、野田さんは。立候補のためには20人以上の議員の推薦が必要なんだけど、無派閥っていうのもあってなかなか人数が揃わない」

「そんなの初めっから分かってることじゃん」

「それに、直近のスキャンダルが印象を悪くしたのね。無登録の仮想通貨交換業の違法性について調査していた金融庁に、野田大臣の秘書が調査の対象となっていた知人を同席の上、説明を受けていたの。それに、朝日新聞の情報開示請求の事実を、開示前に総務大臣にご注進していたことが明らかになったのね。金融庁が総務省の監督下にあるんなら担当大臣に報告することもあるかもしれないけど、そうじゃないしね」

悠子が野田大臣の出馬断念を解説する。

「日本初の女性総理候補なんて言われていたのよね、マスコミにも」

「内閣改造で総務大臣になる前は、議員として同期当選の安倍総理と距離を置いて『総裁選にも立つ』って言うから、少しは骨があるかなって期待もしていたんだけどなぁ」

「参議院議員の定数を6増やす公職選挙法の改正案が国会で採択された時、大臣席で頭を下げていたのは残念だったな」

めぐみだけじゃなく、恭一も横須賀も野田大臣に期待を寄せていた。

「不出馬は、無派閥だけど『私も安倍派よ』って宣言した格好だな」

横須賀同様、恭一も中継を見ていたひとりだった。

「結局、総裁選は安倍総理と石破元幹事長の一騎打ちが濃厚ってこと」

と分析した上で、

「選挙になった2012年と同じ。まあ、あの時は石原伸晃さんや町村信孝さん、今の林 芳正文部科学相もいたけどね。地方の党員票を集めた石破さんが199票で、141票の安倍さんをリードしたものの、過半数に至らず。で決選投票になり、決選投票の結果、安倍108票、石破89票で逆転したんだ」

海が、ノートにまとめたデータを読み上げた。

「2015年は安倍さんの無投票で再選されたけれど、あの時も石破さんは当初、立候補を考えていた。でも、今回と同様に“石破包囲網”が敷かれ結局、出馬断念に追い込まれた」

横須賀が当時を振り返る。

「オレ、別にどっちがなってもいいんだけどさ。石破さんって割と正論語る人だな、って思っていたけど、参議院の定数を増やす法案に賛成した時は『ああ、やっぱり』ってがっかりしたんだよね」

幹太は石破さんに期待していたひとりだった。

「鳥取、島根の合区で議員一人が減ったからね。法案に反対する立憲民主党などに『鳥取の駅前でこの県の代表はいらないって演説すればいい』って取り付く島もない勢いの剣幕だったな」

恭一も意外に思って見ていた。

「自民党の参議院議員は採決で全員賛成だったからね、参議院議員を6増する法案。『あれっ、オタクたち良識の府の人だよね。これから消費税増税をしようというタイミングで、やたらカネのかかる国会議員を6人も増やすって、どういう良識? って。結局、党利党略だけの人の集まりかい』ってツッコミいれちゃった。国民目線なんてこれっぽっちもないのよ」

悠子も感情を込めた。

「ってか、国会議員って国民全体の代表で、特定の選挙民や団体の代表じゃないじゃないですか」

「憲法第43条」

横須賀の即答に、幹太が続けた。

「でも、自分の選挙区のことだから譲れなかったんじゃない。地元にはいい格好しなきゃいけない。なんだかんだ言っても結局、党利党略で動く人だったのかなってガッカリした人も少なくなかったんじゃない。君子じゃないけど、豹変しちゃったもんね」

めぐみは、やんわり石破氏を批判した後で、

「でも、安倍さんは安倍さんで内閣改造の度に、掲げるテーマを変えちゃうでしょ。全然、目標達成していないのに。それって、責任と実行を果たしてるって言えるのかな? それに森友・加計問題についても、自ら国会で『丁寧、謙虚に』って言っておきながら、自分に非がないことだけを都合の良い証言だけピックアップして、繰り返すだけ。正直、私もあまり関心持てないかな、総裁選。投票できるわけじゃないし」

「その証言だって、忖度だっつのにな。メグの気持ちはよく分かる」

「ダメダメ。そういう姿勢って結局、権力側の思う壺よ。ちゃんとチェックしてないとダメ」

悠子が発破をかける。

「瀬戸内クンの指摘の通り、自民党の議員はほとんど“安倍派”だから常識的には大方の予想は安倍さんの勝ちなんだけど、選挙戦になった2012年の二の舞は御免だ、って思ってる節があるの。今回は完膚なきまで叩くつもりらしいわ」

と付け加えた。

「6年前は、1回目の投票で石破さんに大きくリードを許したのが、よっぽど気に入らないんだ」

安倍総理は、“お友達”や“親衛隊”のような国会議員は押さえたものの、どちらでもない地方の議員や党員からの信頼を得られなかったことが、メンツを潰された考えている。

「読み違いだったんだろうね。プライドが許さないってこと」

「だから、圧倒的な差をつけて勝ち切りたいんだろうな」

「地方行脚もそのひとつ。地方の党員票でも負けたくないって証拠ね」

「二階幹事長も必死さ。総裁任期の3選9年を決めたのも安倍さんのための特例的な部分が多々あるからね。これで負けたんじゃ赤っ恥だもんな」

6年前を知っている社会人チームの面々は学生チームと情報を共有するように選挙の構図を説明した。

「だからかなり締め付けもあるらしいわ。一部には『総裁選後、石破さんと彼を支持した議員を干す』ってオフレコ発言も報道されているし、開票結果によっては地元の党員票をまとめられなかったという理由で、選出議員の処遇にも差をつけるって、今からプレッシャーをかけているらしいわよ」

「オレも読んだよ、その記事」

恭一は新しく淹れたコーヒーをひと口。横須賀の空いたカップにも“キョーイチ”のコーヒーを注ぎ入れる。冷めたコーヒーに継ぎ足さないのは恭一の流儀だ。

「相変わらず、“キョーイチ”だな。さっきのよりうまそうだ。朝買ったコンビニのコーヒーなんて目じゃないな」

立ち上る香りだけ嗅いだ横須賀がニヤリ。

「おいおい、そこかよ」

旧知の仲だからこその会話だった。

「で、票の締め付けは『総裁選で安倍総理を支持します』って誓約書を取るほどの徹底ぶりらしいな」

「ああ。裏切りは絶対に許さないってことさ。これが一般の選挙だったら完全に公職選挙法違反。一般の有権者に投票権がない党内の選挙だから許されるけど、社会通念っていうか社会常識、公正な選挙のルールを明らかに逸脱している。こんな非常識を党内で誰も批判できない。オレは怖ささえ感じるね」

「平成の踏み絵だな」

「いや、恭一。今は絵踏(えふみ)だ。踏み絵はキリシタンかどうか踏ませた紙や板そのものを指すと教えている。少なくても学校現場ではな」

恭一も横須賀も自民党内のこうした動きを心配していた。

「総理も総理ね。忖度やおべっかで誓約書を書かせようとする取り巻きに『そんなことは必要ない』ってたしなめるくらいドッシリしてなきゃ」

悠子もテレビとは違って、フランクな物言いだ。

「疑心暗鬼なんですよ、多分。“お友達”以外は実は誰も信用できなくて、不安でいっぱいなんです」

海は総理自身、見て見ぬふりをしていると考えている。自ら指示した行動ではないと言い訳できるように。

「総理には亡霊か何かが見えているってか。国会には魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)しているというから、まんざら外れてもいないかも」

幹太が満足そうに広海を見たが、広海は完全スルーを決め込んだ。

「よく『言論の府』って言われてるでしょ、国会って。特に参議院は『良識の府』ってね。国会で圧倒的多数を占める自民党には『もののふ』であって欲しいのに」

「もののふか。勇気を持った武士とか武官のことだよね。うまいこというね、めぐみちゃん」

と横須賀。

「もののけなんですよ。死霊だからいるかいないか分からない。つまり存在感ゼーローってわけ」

「うまいこと言うな、大宮。しかも、“よるイチ”まで」

海は、『もののけ姫』とNHKを退局した有働由美子アナウンサーをキャスターに起用した『ニュースZERO』を皮肉った幹太に単純に感心した。

「だって、投票権を持つのは自民党の国会議員と地方議員、党員に限られるけど、実質的には総理大臣を決める選挙なんだから、国民を軽視したやり方っておかしいじゃない。議員一人一人が責任持たないと。国民代表なんだから」

「メグさ、そういうもっともな声が届かいないのよ、自民党本部には。特に幹部のみなさんは国民の声が聞こえていないか、聞こえないフリをしている。聞こえるのは総理の声だけ」

広海の脳裏に安倍総理の声がリフレインする。『こんな人たちに負けるわけにはいかない』と。

「声の周波数が違うんじゃない?」

「そう言えば、安倍さんの声って高いよな。気づかないうちに信奉しちゃうのかな。ほら、サブリミナル効果みたく」

「それって、見えてないのに脳に刷り込まれてたりするアレでしょ。そういう意味じゃないってば、カンちゃん。第一、声聞こえてるし」

広海が呆れている。

「ハイ、ハイ、お二人さん。議論することはいいことよ。時に脱線してもね。まあ、直接選ぶ権利がないにしても、国政選挙で敗れたり大きなスキャンダルがなければ今後3年の政権を決める総裁選だから、しっかりと見ておきなさい、ゼミ生諸君」

そう言い残すと、パソコンをカバンにしまった悠子は、席を後にして深夜勤務の会社に向かった。

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