第25話 石破派以外、全て“安倍派”の総裁選
「まずは基礎知識から。今の自民党総裁って誰だか知ってる?」
振られた広海が不満そうに答える。
「安倍首相でしょ。あのね、私これでも2年間ゼミ員やってるから。そんじょそこらのJDと一緒にしないでね」
JDというのはクラブやラジオのディスク・ジョッキーのことではない。そもそもディスク・ジョッキーならDJだ。JDは女子大生の略。女子高生をJKと呼ぶのと同じだ。
瀬戸内海が、渋川ゼミで初めての発表に選んだテーマは自民党の総裁選。“18歳選挙権”が導入されてから1度も衆院選挙が行われていないので、まだ誰も題材に選んでいなかった。『じゃまあいいか』に集まったメンバーは海と同じ大学の大宮幹太、そして岬めぐみと店でバイトしている小笠原広海、テレビ局の女子アナウンサーの長岡悠子と夏休みを少し持て余していた剣橋高校教諭の横須賀貢だ。
「今回、総裁選をテーマにしたのは、もちろん選挙が近いから」
客のいないボックス席側に立った海が、カウンター席に向かって切り出した。初めての発表に心なしか緊張した様子が窺がえる。
「自民党総裁が誰かってのはキホンのキなんだけどさ、改めて質問すると答えられない人や自信なさそうに小声になる人、結構いるんだよね。安倍さんが総理なのは知ってるけど、じゃあ総裁は? って聞かれると自信がなかったり」
「その原因は、存在が目立たないから。自民党で一番目立つのは幹事長。党を代表して記者会見とかするのも幹事長。国政選挙をあれこれ仕切るのも幹事長だもんな。今は二階さん、フルネームは二階俊博」
大宮幹太が口を挟んだ。
「その通り。お見事」
海がお笑い芸人の博多華丸を真似る。元を質せば長年、クイズ番組の司会者を務めた俳優の児玉清さんの真似ではあるが。
「ムム…」
“お約束”で幹太が大袈裟に応じる。もちろん、博多華丸の川平慈英ネタだ。大学の食堂辺りでも楽しんでいるのだろう。やんわりと先へ進めというサインでもあった。
「代表なのに、表面上はほとんど仕事ないんだよね、自民党総裁。党首なのに」
「日銀総裁や総裁Xは存在感あるけどな」
「もしかして、容疑者Xですか?」
横須賀の軽い言葉遊びもジェネレーション・ギャップには勝てない。メンバーで唯一理解したのはマンガ好きの幹太だけだった。
「キター。ギャラクターだよ。懐かしいなガッチャマン」
「ハイハイ、そこの中3男子、教育的指導よ」
悠子が横須賀と店主の恭一の相手になる。
「自民党総裁の一番の仕事は、総理大臣ってこと。総理は野党も含めた国会で選ばれるわけだけど、多数決だから与党の党首である自民党の総裁イコール総理って図式」
「第一次安倍政権後の麻生太郎総理の頃に、自民党の中に総総分離って考えもあったんだけどな」
「総総分離?」
「総理の総と総裁の総」
「総理大臣と自民党総裁を切り離すべきだって考えだよ。何でかって? そんな大そうな意味はない。いわゆる党利党略さ」
「党利党略」
「また、ハトが豆鉄砲食らったようなオウム返しか。高校時代とちっとも代わんないな」
「ちょっと大げさじゃない。高校時代って言っても去年のことよ」
悠子の指摘に、横須賀が苦笑い。
「要するに、麻生さんが党首では選挙が戦えない。選挙の“顔”にならないから票が集まらない。だから、総理とは別に総裁を立てようという思惑だったのよ」
「すっげぇな。真正面からの総理批判。しかも身内からって、半端ねぇー。手厳し過ぎるんだもん」
「少なくても今の政権では考えられないわね」
「なんせ一強だから」
岬めぐみと広海の素直な感想だ。
「なんか準備運動もできたって感じだね」
レジュメに目を落としながら、海が続ける。
「で、総裁の任期は3年で、選挙権を持つのは自民党の国会議員と地方議員、そして自民党員。厳密に言うと、一票の格差があるんだけど、党の中の話だからオレらがどうこう口を挟む問題じゃないので、とりあえず省略。国会議員の一票のウエイトが高いことだけ押さえといて下さい。で、問題はここから…」
海が本題に入る。
「任期は3年って言ったけど、これまでは連続2期って制限があったんだ」
「連続2期って、アメリカの大統領みたい。あっちの1期は4年だけど」
広海がイメージしたのは、現職のトランプ大統領ではなくてオバマ前大統領だった。
「総裁の場合は、間を開けて何期も務めたケースがあるけどね。去年、この制限を外したわけさ」
「リミッターを3期9年にしたわけ」
「でも、何十年も制限していたのには意味があったからでしょ」
「当然、解除したのも意味があるわけで」
勝手に話に割り込んだ広海たちが、バトンを横須賀に。
「はい、先生!」
「任期を2期6年に制限していたのは、やっぱり派閥の論理だろうな。総裁を持つひとつの派閥より他の複数の派閥を合わせた数が多いからね。長年総理を独占されたらたまらない。これもある種の党利党略さ。で、3期9年に変更できたは、派閥の論理が機能しなくなったからだよ」
横須賀は二つの質問に答え、やれやれといった表情でボードに歩み寄ると、派閥の名前を書き出した。
「自民党には現在、細田派、麻生派、竹下派、岸田派、二階派、石破派、石原派と谷垣グループ合わせて実質8つの派閥がある。派閥に入っていない無派閥の議員もいるけどね。ちなみに安倍総理は最大派閥の細田派だね」
「他の派閥には総理・総裁候補はいないんですか?」
核心を突くようにめぐみ。
「いるにはいるのよ。岸田派はトップの岸田文雄さん。この間まで外務大臣だった人。麻生派は『選挙が戦えない』とまで言われた麻生太郎副総理の再出馬はないだろうから、河野太郎外務大臣になるのかな。後は無派閥だけど今の官房長官の菅義偉さんや野田聖子総務大臣。当選回数で言えば、石原派の石原伸晃さんもおかしくないわね。6年前に一度立候補してるし」
悠子が具体的に名前を挙げた。
「よくよく考えると、政治家としてのキャリアも含め純粋に候補と言えるのは、岸田さんと菅さんくらいしか見当たらないな。かつてはニューリーダーなんて呼ばれた次期総理候補がたくさんいた時代もあったんだ。派閥の全盛期は、互いの利害関係や駆け引きでものごとがなかなか決まらない派閥政治の弊害も大きく批判されたものだが、現在の一強政治を見ると一定の役割はあったのかもしれないな」
遠くを見るように恭一が言った。
「派閥って、権力闘争なんじゃないんですか。内閣が変わるたびに、あそこの派閥からは大臣が何人、こっちは何人。何々派閥は閣僚から外されて冷や飯を食わされたとかって。親父から聞いたことがあります」
「人数だけじゃなく、閣僚のポストも重要視されたの。今の財務大臣、かつての大蔵大臣や通産大臣は党の中でも出世コース。ポストによっては派閥間の数合わせで決められた部分もあったらしいわ」
「今回、森友学園問題で公文書の改ざんが明らかになった財務省が“省庁の中の省庁”と言われたり、加計学園問題で文科省が“3流官庁”と呼ばれるように、省庁間の格、序列がそのまま大臣の序列って考えていいのよね」
海と広海の意見に悠子が補足した。
「その通り。お見事」
今度は横須賀が博多華丸を真似て見せた。
「派閥政治を認めるつもりはないけど、結果としていろんな意見が出て来るというのは、オレ悪くないと思うんですよね。今は8つの派閥があるって話ですけど、オレに言わせれば石破派以外は全部“安倍派”じゃないですか。冷や飯食いたくないもんだから、逆らわない」
発表者の海が大胆に分析して見せた。
「言っちゃったねぇ。評論家でも政権に忖度して言わない禁句だよね、安倍派って。でも、オレさ、前の日のカレーをかけて食べる冷や飯、結構好きだけどな」
「そういう問題じゃないでしょ、もう」
広海が幹太をたしなめる。
「分かってるって。何たって日光東照宮の三猿だもん、今の自民党のお歴々は」
「そのココロは?」
「見ざる、聞かざる、言わざる」
合の手を入れる悠子に幹太が得意そうに応えると、オーと感嘆の声が漏れた。
「モリカケ問題でもそうだったじゃないですか。追及するフリをして見え見えの援護射撃ばっか」
「自民党が野党時代、民主党政権に『野党の質問時間を増やせ』と迫っておきながら、与党に復帰したら『議席数に応じて、与党の質問時間を増やせ』って開き直る厚顔無恥ぶりを見せたからな。どの口が言うんだって批判されたけど、そのくらい総理ベッタリの安倍派と言われても仕方ないな」
恭一が海の背中を押した。
「結局、わが身可愛さが彼らの唯一の行動規範なんだよ。安倍さんの覚えを良くして“お友達”になれれば厚遇されるし、あわよくば閣僚ポストも夢じゃないからな」
横須賀が自分の考えを素直に語るのは珍しいことだった。
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