第24話 総理、永田町に“腹心の友”いないって!
柳瀬氏の参考人招致の翌日の5月11日、中村時広愛媛県知事が緊急の会見を開いた。県職員の立場を踏みにじるような柳瀬氏の主張を否定しながらも、込み上げる怒りを隠すことなく、かつ冷静だった。恭一がボードを裏返すと、4月2日とされる面会について、事前に書き込まれた主張の食い違いが現れた。
<柳瀬氏の主張>
① 面会の人数は約10人。中心は加計学園。
② 愛媛県と今治市の職員は記憶にない。名刺も残っていない。
③ 後に獣医学部長になる吉川泰弘氏が獣医学部の岩盤規制を熱く説明した。
④ 県職員は随行員として、バックシートにいたかもしれない。
⑤ あまり話をされなかった方は、記憶から抜けていく。
<愛媛県の主張>
① 面会に訪れたのは6人。うち3人が愛媛県職員。
② 名刺交換した。柳瀬氏の名刺は赤いインクで『27.4.2』の押印入り。
③ 加計学園側の吉川氏は、当日の官邸訪問メンバーに含まれていない。
④ 愛媛県職員3人はメインテーブルの右側、今治市職員も同じテーブルにいた。
⑤ 県職員は、事前に暗記した獣医学部誘致の熱意等を柳瀬氏に説明した。
「違いは明らかなのよね。いない人がいたり、人数が倍近くになっていたり」
「大勢いたから、ひとりひとりの印象が薄かったと言いたいんじゃないか」
「わざわざ日付入りの名刺を渡すくらい几帳面なのに、相手の名刺を保存していないのは信じ難いよね。後で照合が出来るように、日付って入れるんでしょ。相手の名刺を残しておかなきゃ、記憶の照合なんてできないじゃん」
広海と千穂が両者の違いを分析する。
「結果、ウソはざっと数えて5つ。加計学園との3回の面会の内容を『全く総理に報告していない』とか『アポがあれば(外部の)誰とでも会う』とかまだまだ怪しい発言はいっぱいあるけどね。さあ、“コロンボ”の役目はここまで。後はゼミ員の自由討論だ。オレはコーヒータイムで燃料チャージ」
そう言いながら、恭一はカウンターの中に戻った。
「加賀恭一郎は古代ローマの大浴場で一休みかぁ」
「それはテルマエ・ロマエ」
「ウソがウソを呼ぶ、ウソの連鎖ね」
「最初のウソのきっかけは何だったのかしら?」
「やっぱ、安倍さんでしょ。『去年の1月20日に加計学園の国家戦略特区での獣医学部申請を初めて知った』発言かな、発端は。事業者を決める諮問会議の当日だよ、あり得ねぇ。無理スジってやつでしょ。言うに事欠いて」
幹太は総理の発言を端っから信用していない。
「その前の年まで“腹心の友”の加計孝太郎理事長と繰り返していた飲食について『私がごちそうすることもあるし、先方が支払うこともある。友人関係なので割り勘もある』って答弁しちゃったもんな、国会で。官僚だったら絶対に書かない答弁内容」
耕作は、総理のケアレスミスだと指摘した。
「公務員倫理や大臣規範に抵触する、って指摘されてビビったんだよ。“一点の曇り”も許せない完璧主義者としてはさ。加計さんとの“腹心の友”ぶりっていうか、親密ぶりをアピールしたかっただけの“奢り奢られ”だったのにな」
幹太も耕作の意見を支持する。
「“奢れるものは久しからず”、か」
「奢られる総理は久しからず、だな」
「祇園精舎の鐘の声。平家物語ね、“課長”。“久しからず”ねぇ…。ここまで来ると、何とも意味深なフレーズよね」
「そうだ、祇園精舎ってどこか知ってる人?」
意地悪そうな耕作の質問に誰も答えることができない。言い出した千穂にも、古文の授業で習った記憶がない。
「京都のどこか有名なお寺よね。清水寺とか、もしかして、金閣寺?」
当てずっぽうの“下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる”作戦は広海。しかし、下手な鉄砲はいくら撃っても当たらない。
「広海、清水寺も金閣寺も祇園じゃないぜ。銀閣寺も石庭で有名な竜安寺も」「鹿苑寺も慈照寺も室町文化だから、『平家物語』が出来た鎌倉時代には存在しないしね。清水寺の創建は平安の頃だけど、もちろん祇園じゃない。鐘が有名なのは『柿食えば…』の法隆寺だけど、奈良だしね…」
幹太はもちろん、さすがの千穂をもってしても解けない難問だ。
「インドのお寺なんだってさ。釈迦が説法を説いた場所らしいよ」
「相変わらず“守備範囲”広いな、“課長”。メジャー・リーグの外野手並み。で、安倍政権も、平家の二の舞かなぁ」
「平家が滅んだ壇ノ浦って、今の山口県だろ。総理の地元だ。なんか意味深だなぁ」
耕作の博学ぶりに感心する幹太のフリをきっかけに、耕作と千穂が反応する。
「政府や自民党の中には、いざという時の“腹心の友”なんていそうにないもんなぁ」
「ブルータス、お前もか」
広海と幹太の会話に加わった今度のフリは海だ。
「平家物語からの古代ローマへ、いきなりのワープ。まさに、テルマエ・ロマエ。そう言えば、ジュリアス・シーザーの最期も議会だったね。“腹心の部下”へのラスト・メッセージ」
「今度は腹心、つながりか」
しばし感慨に耽った幹太が現実に戻ると、恭一が局アナの悠子に話し掛けていた。
「柳瀬さん、愛媛県と農水省で見つかった備忘録にある『首相案件』について、『私は“首相”という言葉は使わない。違和感がある』って言ってたけど、オレに言わせれば『総理に全く報告しない』という秘書としての行動の方に違和感があるな。どうかな? 悠子さん」
「そうね。私も違和感を持ったわ。まず、『首相』という言葉。官邸では『総理』が普通らしいけど、世間一般には『首相』と『総理』はイコールでしょ。特別区別する人の方が珍しいんじゃないかしら。仮に『総理案件』と聞いて『首相案件』と変換してメモったとしても、私は何にも違和感なんか感じない。そして、総理への報告の件。みんな、ホウレンソウって知ってる?」
「ほうれん草? 当ったり前じゃないですか。お浸しでも食べるし、クリームパスタにも入ってるあれでしょ」
「ポパイの大好物、元気の素。缶詰めになったのは見たことないけど」
予想通りの反応に、悠子がウケている。
「そうよね。いの一番に頭に浮かぶのは、ゴマ和えが定番のほうれん草よね。でも、できる社会人の基本に挙げられるのも“ホウ・レン・ソウ”なの。隠語っていうか、受験生が歴史の年号を覚えるのと一緒。頭文字の組み合わせね。ホウは『報告』の『ホウ』、レンは『連絡』の『レン』、ソウは『相談』の『ソウ』。
上司に対する部下の心得ってわけ」
悠子は店のホワイトボードにフェルトペンで箇条書きにする。
「“ホウ・レン・ソウ”、か」
広海は、自分に言い聞かせるように繰り返した。
「つまり、民間・お役所を問わず、組織における常識的なルール。約束事ね、言ってみれば、『いろはのい』ね。で、秘書っていうのはとりわけ“ホウ・レン・ソウ”が求められる仕事よね。お仕えする上司のスケジュール管理や調整、時には上司の代役もこなさなければならない。事務次官候補とも言われる柳瀬さんが“ホウ・レン・ソウ”を怠るとは信じ難いし、もし本当なら秘書失格。上司から職を外されるのが普通だわ」
「なぁ、だろ」
わが意を得たり、と恭一は胸を張った。
「元秘書の柳瀬さんの答弁もクサイけど、それを支持する与党も与党だよな。本気で信用しているとしたら、呆れて人間性を疑うね」
「だって、『丁寧に説明した』と口を揃える与党の自民党の執行部って、性懲りもなく学習しないお歴々ばっかりでしょ。この期に及んでも、総理や官房長官の顔色を見ながら忖度するだけ。あなた達のゼミでもやったと思うけど、2,000万円を超える歳費なんて受け取る資格はないわね」
と悠子。
「政党交付金もそうだし、文書通信交通滞在費や高価な議員宿舎をはじめとする法外な手当てもね」
「そうそう。ブルータスの例で言えば、国会の中には安倍さんにとっての“腹心の友”も“腹心の部下”もいないのよ」
「保身が最重要課題のイエスマンばっかりだもんね」
「あのね、銚子市にある2014年春の加計学園の千葉科学大学の開学10周年記念式典には、来賓として安倍総理の他に岸田文雄元外務大臣、林幹雄前経産大臣、遠藤利明前五輪相のお歴々が揃い踏み。加計学園の用意周到さが表れているんだけど、みんな総理の“お友達”」
「でも、表面的な“お友達”はいても、親友はいない」
「それも何かさみしいね。『王様は裸ですよ』って進言してくれる真の友がいないってのはさ」
幹太が悠子を見る。
「で、証人喚問も参考人招致も結局、いつもと同じで、『知らぬ、存ぜぬ』の一点張りで、数を頼りの政府与党の計算通りかって白けていたら、柳瀬さんの参考人招致の直後、局面が大きく動いたのよね」
千穂が話を進めた。
「愛媛県の中村時広知事な。そもそも、首相官邸で愛媛県と今治市の職員が総理秘書官だった柳瀬さんと面会した記録を公表したのも知事だったしね。よっぽど腹が煮えくり返ったんだろうな、前の日の参考人招致。棚瀬さんの答弁を記者会見で、ことごとく否定しちゃった」
もう一度整理しよう。
加計学園をめぐり、柳瀬元総理秘書官は国会で「学園関係者と3回会った」と初めて認めた。その上で「今でも愛媛県や今治市の職員が同席者にいたかは分からない」とも。柳瀬氏と学園関係者との1度目の面会は2015年の2月か3月で、学園側から獣医学部の新設が実現しないとの話があったという。そして、2度目は同じ年の4月。学園側から国家戦略特区を活用したいと申し出があった。3度目は今治市が国家戦略特区に正式に手を挙げた頃だという。一方、安倍総理は、加計学園の獣医学部の申請を初めて知ったのは加計学園が正式に認められた去年1月だと明言。柳瀬氏も総理の発言と同調するように、加計学園関係者との面会について「総理に報告していない。総理からも指示はなかった」とした。審議を終え、菅官房長官は「柳瀬参考人は一つひとつの質問に丁寧に答えられていた」と述べ、森山国対委員長も「与党としては一区切りついた」と語った。これに対し、「総理に秘書官が面会の報告をしないことは普通、考えられない」と自民党の中で疑問の声を上げたのは、石破茂議員らごく一部だけ。そんな中、中村愛媛県知事が放った第2の矢が参議院に充てた獣医学部誘致を担当した県職員が作成した復命書だった。
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