第19話 テレビとくまモン
「そう。世間一般では、全国各地で古くから使われている方言、お国言葉は文化であり、大切なものと理解されている。でも、テレビのバラエティ番組なんかでは面白半分に『〇×△@※□%#$&』などの記号で表されることが多い」
「あるある。そういうスーパー」
「もはや日本語じゃないよね。なんて発音するのか、放送局には教えてほしいな」
「視聴者センターに電話してみようか」
「やめなよ。モンスター・クレイマーって呼ばれちゃうよ」
「それは文句つけて相手を困らせて楽しむ“愉快犯”。オレは違う」
「ふーん」
広海と耕作の手厳しい指摘に悠子が苦笑する。
「あれって『あなたの言葉は理解不能です』って意思表示に他ならない。同じ『分かりません』でも、外国人の場合はちゃんと翻訳した日本語で表示するだろ。制作者にとっては遊び感覚の演出なんだろうけど、あれはひどい。太田理財局長並みに『あんまり』だ。取材に協力しているのに、失礼極まりないな。2chとかネットメディアの影響も大きい。局が迎合して新しいメディアに“寄せてる”典型だな」
恭一は『@※□%#$&』で扱われた方々に同情した。
「確かに。じゃ、どうすればいいの?」
「簡単さ。同じ『分からない』の意味の演出でも方言のまま表記するか、共通語訳を合わせて表記すれば何の問題もない」
「外国語みたいに、吹き替えでかぶせるって方法だってあるしね」
「それじゃダメなんだな。局にとっては方言は“何言ってるか分かんないこと”に意味があるんだよ。声が聞こえないんじゃ“カオナシ”じゃなくて“意味なし”」
愛香の疑問に、耕作と広海が答えた。
「これは弁解できないわね。不特定多数の視聴者は気にならないかもしれないけれど、当事者にしてみれば大問題よ」
編集作業や文字を発注する社内のスタッフの顔を思い浮かべる悠子には、さもありなんと思い当たる節もあった。悠子が手帳にメモを取る。局の現場にフィードバックするつもりだった。
「何かスッゴく傲慢な感じするんだけど。BPOに訴えようかしら」
あまり関心を持って見ていなかった広海だが、だんだん腹が立ってきた。
「オレはくまモンにも言いたいことがある」
恭一が話題を変える。というか、元々言いたかった話だったのだろう。
「くまモンって、熊本県のあのくまモンのこと?」
「そのくまモンだ。他にどのくまモンがいる? このばかモン!」
恭一は本気で怒っているわけではない。漫才のツッコミと同じだ。
「また、字幕? くまモンが何か言ったっけ?」
愛香が呑気な言い方をした。
「まさか。くまモンが喋るのはご法度だ、多分。くまモンが全国区になって、ちょっとした論争になったんだよ」
「論争? くまモンが?」
広海は特別ゆるキャラに思い入れがあるわけではない。ふなっしーの激しいフリを見ても『中は暑いんだろうな』と思うくらいだ。背丈が異常に伸びるねば~る君の構造には興味を持っているが、その程度だった。
「今のやり取りで気づかないか。呼び方だよ、呼び方。くまモンの『く』にアクセントを置くか、アクセントをつけずに全体的に抑揚のない読み方をするか、テレビ局によって読み方が違ったんだ。正確には過去形ではない。今もそう」
「何かビミョーですね」
どうやら耕作の好奇心には響かなかったようだ。一瞬、顔を上げたが再び詰め将棋に目を戻す。恭一は構わず続けた。
「各局のテレビ番組を見ていると、TBSとフジテレビがアクセントなし。日本テレビとテレビ朝日、そしてNHKはアクセントつきのくまモンだ。名付け親でもある
「ゆるキャラのイメージとしては、アクセントありの方が可愛く聞こえるんじゃない?」
広海の素直な感想だ。
「でも、地元の熊本ではアクセントないんでしょ」
と愛香。諸説あるが、語源としては県外出身者を指す「よそもの」=「よそもん」に対する熊本県出身者=「くまもん」というのが一般的だ。熊本県内でも議論になったが、日本を代表するゆるキャラとして全国に定着する過程でアクセント付きの方が主流派になってきた経緯がある。
「すっごく面白い問題提起だよね。江戸の大泥棒、石川五右衛門はアクセントなしだよね。ルパン三世の五右衛門も、ポケット・モンスターのポケモンも。アクセントありだとおかしくなっちゃうもん。っていうか、あり得ない。ルパンが頭上がりで『頼んだぜ、五右衛門』って言ったら緊張感ゼロじゃん」
どうやら“課長”の好奇心に火が点いたようだ。耕作が理詰めで続ける。
「ライブドアの堀江貴文、ホリエモンもアクセントないですね」
「アクセントつけるのって、外国人だけね。ホリエモーン」
茶々を入れたのは愛香だ。
「サントリーのお茶、伊右衛門だってアクセントはない」
「oh、イエモ~ン」
恭一も誰もが知ってる商品を挙げる。
「焼き物で有名な柿右衛門もアクセントはないわ」
と悠子。愛香に指摘されるまでもない。柿右衛門にアクセントをつけるとしたら100パーセント外国人だ。
「俺の知ってる限り、アクセントつきの“モン”は、ウルトラマンに登場した怪獣のピグモンとウルトラQに出て来た怪獣のガラモン、それにアニメの一休さんに登場する剣の達人、
「“バカモン”がアクセント抜きだったら、正真正銘のバカじゃん」
広海は恭一のこだわりぶりに、『世の中の大事なことの三分の一はテレビから学んだ』と言った言葉にウソはないと確信した。ウソがあるとしたら、三分の一じゃなくて二分の一、つまり半分はテレビから学んだということだろう。
「ピグモンや新右衛門さんはともかく、熊本のキャラクターという立ち位地からしても、アクセントなしの方に分があるように思うんですけど」
「熊本城も高校野球の名門、熊本工業高校もアクセントないしね」
耕作も違和感を持ったようだ。
「何の話だっけ。すぐ脇に逸れちゃう」
「テレビ局で使われている言葉の話だよ。子供に親しまれ易いとか、多くの局で多数派だからっていう理由じゃなくて、地域性とか類義語とか真面目に議論して判断するべきだと思うんだけどな」
愛香の言葉で、恭一が話を元に戻した。
「この間、NHKのアナウンサーもアクセントありで紹介していた、そう言えば」
耕作はくまモンがゲスト出演していたスポーツ番組を思い出したらしい。
「結局そういうことなんだ。民放がNHKに倣っているのか、名付け親の意向を忖度しているのか分からないが、こんなところにも、いろんな政治力が働いている。どうだ、政治って意外と身近な所にも隠れているだろう」
恭一は周りを見渡して、ニッコリ微笑んだ。
「NHKで思い出したんだけど、NHKってDAI語だよね。正式名称は、日本放送協会(Nippon Housou Kyoukai)。英語読みの略じゃないの。っていうか、DAIGOがパクったのかな…」
広海が呟く。
「NHKはアメリカのNBCやCBSとか英国のBBC的に言うと、JBC。だから欧米でNHKの番組を引用するような場合は多分、JBCって呼ばれてるんじゃないのかな。NHKは日本放送協会の頭文字だから、DAI語が通じない外国で通用するはずがない」
耕作はここでも冷静に分析する。
「言いたかったのは、そこじゃなくて言葉の制限。放送禁止用語っていうの? 例えば、NHKの局アナは『東京ディズニーランド』って言っちゃいけない」
「ミッキー・マウスも“世界一有名なねずみのキャラクター”」
「局アナは遠回しに“ねずみのキャラクターで有名な千葉のテーマパーク”とか言い換えるけど、暗にTDLって言っちゃってるじゃん」
「ってか、もう暗じゃなくて明確に断言しているのと同じよ。言い換えの意味なし! もっとも最近じゃTDLじゃなくてTDR(東京・ディズニー・リゾート)だけど」
「社長やキャストの紹介も“運営会社”の扱いよ」
と悠子。
「ゴールデン・ウイークは大型連休。セロテープは粘着テープ。テトラポッドは波消しブロック。ホッチキスもちょっと前まではステープラーって具合ね」
じゃ、ガムテープは?」
「包装用テープかな」
「シルバーウイークは?」
「小型連休、ってわけないか」
ひとつひとつNHK関係者になり代わって言い換えるのが悠子の役目だった。
「じゃなくて、TDL。NHKが有名な固有名詞や商標を避ける理由は分かるわよ。特定の企業や団体の宣伝になってしまうから。でも、いくら何でもっていうのも多過ぎじゃない?」
「太田理財局長だ。『いくら何でも、いくら何でも』」
珍しい耕作のギャグではあったが、広海は完全スルーを決め込んだ。
「『プロフェッショナル・仕事の流儀』では、USJはUSJ。まんまだったよ」
「ってか、全編“ハリウッドの映画作品をフィーチャーしたテーマ・パーク”とか言い換えたら、そもそも番組にならないだろ」
「じゃ、レゴ・ランドは? 」
「突起のあるプラスチックのパーツで造形する模型のテーマ・パーク」
「ジブリ・パークは?」
「日本で一番有名なアニメーション・スタジオの作品世界を再現したアミューズメント・パーク。言い換え、長げぇーな…」
広海の指摘を予想したかのように、的確に言い換える耕作。
「この間のニュースは、普通にジブリ・パークって呼んでた。まだ出来てないからかな?」
「有名かどうかが問題なのよ」
と悠子。どうやら境界線はビミョーだ。
「ジブリって有名じゃん。世界的にも。線引きが曖昧なんだよ、基準が。ダブル・スタンダードっていうやつ」
「NHKも微妙な問題には『言葉は生きていて、時代とともに変化する』的な言い方をして
恭一の興味は既にそこにはなかった。
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