第17話 塀の中の呆れた面々・下村元文科相
森友事件をテーマにしたゼミの翌日。初参加の岬めぐみはまだ憤りが収まらなかった。話し相手を求めて、授業終わりに喫茶『じゃまあいいか』に寄った。
「中学生の頃、父親の書棚にあった『塀の中の懲りない面々』って小説呼んだんだけど、永田町の塀の中にも懲りない面々、いっぱいいるよね」
「こっちの面々は塀の出入りが自由だから、クサい飯じゃなくて、夜な夜な料亭に繰り出しては豪華な飯と酒片手に密談に明け暮れるセンセーも多いんだろうけどね」
“塀の中”とは留置所や拘置所のことではない。この間、見学してきたばかりの国会議事堂のことだ。
「政治家の“コトバ”ってもっと重いものかと思ったけど、どうしてどうして、軽い軽い。ブログなんかも炎上、即削除なんて日常茶飯事。まるで朝令暮改の見本市」
カウンターを挟む形で、バイトの広海と20分ほど前にやって来た幹太と央司。ゼミではないが、内容は政治家のセンセーあるある話に花が咲く。
「『政治家は自らの言葉に責任を持つ』、なんていつの時代の話って感じね」
「長尾何某ってセンセーが批判されて即謝罪してたろ。またかって感じだよな」
「
めぐみが自然な形で3人の会話に加わった。キョトンとする広海に、
「セクハラ疑惑の次官への抗議を込めて、黒づくめの服装で“Me Too”運動をした野党の女性議員たちを指して『私にとって、みなさんはセクハラとは縁遠い方々』『あなたたちにはセクハラしません』ってSNSに挙げちゃった、あれよ」
「道徳っていうか、人間性を疑っちゃうね、メグ。選挙で彼に票を入れた女性が呆れてるわ」
「男だって呆れてるさ、間違いなく」
と央司。
「即刻、削除と謝罪に追い込まれたじゃん」
昨日のゼミのきょう、ということだろう。4人の言葉のキャッチボールは落球することなく続く。
「例の下村博文センセーも“懲りない面々”の常連。何か問題が起きると、目立ちたいんですぐ乗っかるんだけど、期待通りにやらかしてくれるんだよ。今回は講演でさ、財務事務次官を庇うように、『被害者の女性が黙って録音したのは、ある意味犯罪だ』とか『福田次官は
めぐみの発言を上手に引き出しながら、幹太が話をリードする。
「目立ちたいっていうか、ウケたいわけ。でも、明らかに逆効果でさ。そんな講演には頼まれても行かないから想像だけど、聴いてた人は引いたと思うよ」
「お付き合いで身内のセンセーたちが、太鼓持ちよろしくウケた振りをするもんだから、世間の“温度”が分からない。だから失言、暴言は止まらない」
辛口の央司らしい指摘だった。
「何か見てきたような感じね。テレビで講演の音源しか聞いてないけど、目に浮かぶようだわ。ね、メグ」
「あの人さ、加計学園とも関係があったよね。確か、パー券買ってもらっていたはず」
「マスコミで言う加計ファミリーの一人なんだ。
幹太がゼミ用のファイルを広げながら続ける。
「でさ、下村さん、2013年と2014年に100万ずつ、計200万円分のパーティー券買ってもらってたわけ。細かいことは
「まずいじゃん、それ」
「で、追及された時の説明が『買ったのは2年とも同じ11人だ』っていうわけ。微妙だよね、11人。10人だと、単純計算で平均10万円」
「11人だと、えーと一人9万9,091円平均ね。でも、こんな半端なパー券なんてあったっけ?」
笑い飛ばす幹太と央司。
「パー券って1枚2万円が相場らしいから、9万円でも割り切れない。そもそも不自然なんだよね。マスコミもそこまで詳しくは報じないけど」
「要するに、個人や企業名を報告書に記載したくない一心で、機械的に1件当たりの金額を低くした。でもさ、どうせ悪知恵働かすんなら20人とか25人とか100万円が割り切れる数にするよな、普通」
下村センセーは、幹太を秘書にした方がいいかも、と広海はほくそ笑んだ。
「しかも、秘書室長だったと思うけど『加計学園側が部外者から預かったお金をまとめて収めた』らしいよ。みんながみんな半端なお金出すかねぇ、9万9,091円。不自然にもほどがあるって話。政治資金報告書に記載したくないんで、無理くり作ったんだろうね。呆れた話だよ、ったく」
「あり得ねぇー、っていうかもはや笑い話」
「確か、どこかの大学の教授が訴えていたはずよ」
めぐみはスマホを操作した。
「下村さんは『加計学園は課題への回答もなくけしからん』の発言の主として愛媛県の面会記録にも記載されているけど、これも全面否定。当時、文科大臣としてこの案件にも関わっていたんだからあり得る話でしょ。真実を知りたいよね、真実を」
「で、加計学園の獣医学部を認可した現在の文科大臣にも公用車の私的利用の疑惑が出てきた」
と幹太。
「でもさ、違反しないって言ってるのは部下の文科省の職員じゃんね。組織のトップのご乱心には異を唱えられないよね」
「それにさ、事務方が直接言ったわけじゃなくて、ご本人が代弁しているだけ。事務方は言ってないかもしれない」
「もし、本当に言っていたとしたら文科省も“財務省化”が進んでいるってことね」
「キビシー!」
「っていうか、この林センセーも会見の間ずっと視線を落としてメモを読んでるだけなんだよ。難しい専門用語なんてひとつもないのにさ。あれって、記者と視線を合わせたくないわけよ、絶対。後ろめたいんだよ。オレはそう見たね」
「へぇ、
「『大臣は特別公務員で土日もないから、平日も適当に息抜きしてもいい』って主張。どう思う」
「誰も“援護射撃”してくれないから、自分で言っちゃう」
「それだって上から目線で、自ら言ってるだけ。しかも官僚の原稿でしょ。こういうのって、公正な第三者の言葉じゃないと説得力ゼロ。自分で言ったら、おしめいよ」
江戸っ子っぽくキメためぐみの言葉に、すかさず央司が反応する。
「ゼー、ロー」
「それは、4チャンの『ニュースZERO』」
「常識で判断しろって」
「バカね。世間の常識や道徳・倫理観で判断するとアウトだから、屁理屈こねくり回して煙に巻くのよ」
こっちは広海の推測だ。
「他人に厳しく、自分に
「メグの言う通り。本来は、李下に冠を正さず。総理の常套句なんだけどね」
「大好物だよな、確かに」
「オウジ、意味知ってるの?」
「オレだって調べることくらいあるさ。スモモの木の下では帽子がズレても手を挙げて直してはいけない。スモモの実をもぎ取って盗んでるって疑われないように、って中国のことわざっていうか、教えだろ」
「珍しく分かってるんじゃん」
「オレ知ってるよ。この間、神保町の書店で待ち合わせした時にオウジ、時間潰しに広辞苑の最新版の見本開いてたもん。さしずめ好きな漫画を読み漁って、手持無沙汰だったんだろうな。まぁ、時間に遅れたオレが悪いんだけどさ」
「バラすことないだろ。千載一遇のチャンスだったのに」
「それも立ち読み?」
「しょうがねぇな。アタリだよ、ア・タ・リ、BINGO!」
「オウジのそういうところ、好きよ」
「好きだってよ、オウジ」
「だから、オレをイジって遊ぶなっつうの。懲りない面々だろ、センセー達の。」
「林大臣もそうだけど、大臣の謝罪の常套句『誤解を与えたとしたら謝罪する』
このフレーズも嫌らしいわよね。自分の行いを棚に上げて、みなさんが勝手に誤った理解をしたのなら謝る、って“踏ん反り返って”言ってるだけ。ちっとも悪びれてないの。その証拠に1ミリも頭を下げることがないでしょ」
「確かに」
「結局、他人に厳しく自分には超甘な上、選挙以外では決して頭を下げようとしない。関心があるのはカネと選挙だけってのが議員の特徴」
「49文字か。政経の試験問題なら完璧だね」
幹太の言葉を広海が採点した。
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