第16話 財務大臣の呆れた品格
「麻生さんって財務大臣だけじゃなく、副総理なんだよな。総理をサポートする役目」
幹太が呟いた。もちろん、幹太が今まで知らなかったわけではない。最近、物議をかもしている財務相としての数々の言動を踏まえ、彼の立場をみんなで共有し、再確認するためだった。
「部活で言えば副キャプテンな。バイス・キャプテン」
「部活とは一緒にできないけど、総理を補佐する立場ね。英訳すればバイス・プライム・ミニスター。安倍総理の再登板前の2009年、民主党に政権交代する直前の総理大臣だったんだよね」
安倍総理が辞任したのは2007年9月、国会での所信表明演説の直後のこと。原因は持病の潰よう性大腸炎だった。
「その後に福田康夫総理、麻生太郎総理って続いて、安倍さんの再登板で現在に至る」
千穂を引き取って、耕作が説明する。広海にとっては、まだ父島の海で泳ぎを覚え始めた頃の話だ。記憶にあるはずがなかった。
「なのに、最近の麻生さんの言動を見てると総理をサポートしてるとは到底、言い難い。どう見ても足引っ張ってる」
「特に、森友関連の財務省の公文書改ざんとか、事務次官のセクハラ辞任についての発言な」
「組織のトップなのに、炎上中の自分の省と内閣の鎮静化を図るどころか、逆に豪快にガソリン振り
「悪びれたところが全然ないのも困ったもんだよな」
「総理も官房長官も持て余しているっていう見方もされている」
「でも、総理経験者でしょ」
耕作と大宮幹太のやりとりに広海が加わる。
「だから言えないんじゃないかな」
結論付けたのは千穂だった。
「じゃあ、簡単に整理するよ。麻生さんについて」
どうやら耕作が発表するらしい。
「まず、失言からね。問題発言を挙げるとキリがないので、興味のある人はネットでそうぞ。読み上げるのも正直、気分悪いんだよね。事務次官のセクハラ発言と同じでさ」
耕作にとって麻生さんは好きなタイプではない。
「例えば『名古屋人は民度が低い。あんな人を市長に選んじゃうんだから』。河村たかし市長は元民主党の国会議員だったからね。名古屋駅前での演説では『岡崎の豪雨は1時間に140ミリだった。安城や岡崎だったらいいけど、名古屋で同じことが起きたら、この辺全部洪水よ』。これは、東日本大震災を『東北でよかった』と言ったセンセーと同じね」
「今村復興相な。今村雅弘さん、覚えてるだろ。記者会見で『自宅に戻れない被災者がいるのは国の責任』と追及する記者に『撤回しなさい! 二度と来ないで下さい』と激高した上で、なおも食い下がる記者に『うるさい!』と捨て台詞を残して退席したのな、“課長”」
幹太の補足に頷くと、耕作が続ける。
「で、今回の『セクハラ罪という罪はない。殺人とか強制わいせつとは違う』、
『福田氏の人権を考えないといけない。言い分を聞かないと公平を欠く』、
『役所に迷惑をかけた、とか品位を傷つけたとかいろんな表現があるが、処分した』と続くわけ」
問題が長引くのを嫌って財務省はセクハラを認めたが、麻生大臣は否認したままだ。4月には、アメリカ・ワシントンで開かれたG20(20ヵ国財務相・中央銀行総裁会議)後の記者会見で、真っ先にセクハラ問題を尋ねられらことに機嫌を損ねたのだろう。『(最初に)G7の話しなくていいの?』と機先を制したつもりだったが、過ちをふたつ犯した。ひとつは、自らの出席した会合を間違えた。もうひとつは質問した記者を、テレビ朝日だと思い込んでしまったことだ。よっぽど朝日新聞やテレビ朝日を意識している証左でもある。「みんなも見たよね、会見。最悪だよな。間違いを指摘されても『お前、NHKか?』『見ない顔だな』だって。自らの間違いに対する謝罪もなく、開き直んの。恥の上塗り」
「自らの記憶力の欠如を棚に上げて、記者を“外様”扱いにして話題をずらす。これ、“何論法”?」
「んー、“無責任論法”かしらね。でも、自分の参加した国際会議を間違えたのは致命的」
「G7とG20。この時、麻生さんが直前まで参加していたのはG20。でも、自ら口にしたのはG7。暴言もマズいけど、出席していた会議が何だったか理解できていないのはもっと深刻だな」
「だな」
「でも、大臣とか一般人とか言う前に、人として問題でしょ、“課長”」
「疑惑の核心でも何でもない単純ミスでさえ、頭を下げることができない。誰かに謝ること自体、プライドが許さないんだよ」
怒り心頭の広海をなだめるように耕作。
「どんなプライドよ」
「それが個性だって言う評論家もいる」
「誰よ、認めてんの。一体どんな個性よ。説明しなさいって」
「でも、政治家も不適切な自分の発言には謝るよね、普通」
「あれは秘書とか官僚の原稿を読んでるだけ。『撤回して謝罪します』は口だけじゃん。あの種の会見で、政治家がカメラや記者の目を見て話す姿は見たことがないもん。終始、視線を原稿に落としたまま“嵐が過ぎる”のを待つだけ。きっとセンセーたちのマニュアルにあるのよ。呆れてものが言えない」
広海に代わって答えたのは岬めぐみだった。
「森友の時もそうだった。野党が国税庁長官を辞任した佐川さんに証人喚問を求めた時、政府与党は『私人だから、証人喚問に名呼べない』って渋ったけど、佐川さんをいち早く私人にしたのは、誰でもない麻生大臣なんだよね。辞表を受理しなかったら公人だったわけだから、証人喚問を拒否るために辞任を認めたって見方もできる」
幹太の分析だ。
「福田事務次官の時も逆ギレしてたじゃん。早々に辞任を認めたことへの批判を受けて『辞めさせなかったら、福田の給料は誰が払うんだ。野党が払うのか』って血相変えて反論してたよね」
「記者から厳しく追及される前の先制攻撃さ。恫喝することで委縮させようって。論理的に説明するとボロが出るから」
「確かに、イライラMAX状態だったな。でも、声を荒げて一喝すれば、この場は凌げるって考えた節もある。武闘派大臣ならではの言論封殺作戦」
幹太も耕作も依然として、財務大臣に対して厳しい見方を変えない。
「次官に対しては一貫して『はめられて訴えられているんじゃないかとかの意見も世の中にはいっぱいある』って繰り返し擁護してたもんな」
海は麻生財務省と菅官房長官の顔が重なった。
「デリカシーの欠片もないわ」
「デリカシーの問題だけじゃないね。確たる証拠もないのに、相手に対して『はめたんじゃないの?』って言ってるわけじゃん」
「あれって、被害を訴え出た女性記者に対して“
幹太も海も“美人局”の経験はないが、肌感覚で批判した。
「組織全体の意思と大臣の意思が違うなんてこと、あるのかしら」
「こうなると、早々にセクハラを認めた財務省の本音も額面通り受け取っていいのかどうか、ビミョーだよね」
広海の疑問には耕作が答えた。
「現実、ここにあるんだからしょうがない」
「音声データを録音した女性記者に『弁護士事務所に名乗り出てほしい』と無理な注文をしたのも財務省」
「その弁護士事務所だって財務省と顧問契約している所。利害関係ありありじゃんね」
「揉み消されるか、示談に持ち込んで“なかった話”にされる可能性は十分予想されるな。『自動車同士の事故の示談と同じで、どちらかが100パーセント一方的に悪いことはない』とかってね」
黙って聞いていた恭一も参加した。
「そんなことできるの? 相手は記者よ」
「どんな敏腕記者か知らないけど、手練手管はおそらく経験豊富な弁護士側の方が上だろう。勝てると踏んだから『単身、事務所に乗り込んで来い』的な要求をしたワケさ。女性記者の落ち度を指摘する手もある。専門的な法律の条文を突き付けることだって可能だろう。慰謝料的なまとまったカネを積んで、当事者間の示談で解決するのもよくあるケースだよ」
恭一が大人の交渉術について、かみ砕いた説明を続ける。
「ニュースで見たけど、財務省の矢野厚治官房長もキレてたな。会見で『被害者の女性が名乗り出ることはそんなに苦痛なことなのか』と発言したことの撤回を求められて、立ち去りながら『自分の発言は消えない』って撤回しなかった」
「イタチの最後っ屁って感じかしらね。私も見てたわ、局で。自身のことを『顔写真付きで、ほとんど“クソ野郎”的に報じられている』って相当オカンムリだったわね」
悠子もニュースで流れたシーンを思い出していた。
「子供でもいるわよね。“あるある”的に言えば“優等生いるいる”。打たれ弱い典型的な優等生」
広海が誰を連想しているかは分からない。
「麻生さんって、暴言も心配だけど、5月10日の集中審議では別なことが気になったんだよね」
めぐみも広海たちに触発されて、国会中継を見ていた。
「メグ、それって、もしかして誤読?」
「ううん、漢字の誤読じゃないんだけど…。一連の『セクハラ罪という罪はない』発言で問われて、『とりきられてるので…』って噛みながら反論したの。はは~ん、“切り取られて”というところを言い間違えたんだろうなってすぐに思ったんだけど、同じ文脈の中で再び『とりきられてた』発言。もしかして、この人の頭の中では“切り取る”は“取り切る”でインプットされてるかも? って」
「オレも見てたけど、一瞬、トリケラトプスって言い出すんじゃないかなって心配したよ」
と海。
「点線の切り取り線は、取り切り線なんだね、きっと」
「人の発言も、こうしてインプットされてるから誤読も誤読と認識していない可能性があるんじゃないかな。当のご本人は、みんなと同じに読んでるつもりだったりして…」
「同情的な意見だね。でも同じ日、セクハラ被害を訴え出たテレビ朝日の女性記者を日本テレビと混同してたじゃん。あれはその分析では解説しきれないよ。本人がマジ、迷ってたから」
「それはそれで別な話。財務省宛てのテレ朝の抗議文も『もう少し大きな文字で書いてもらった方が見やすいな』と取り合わなかったけど、読んでないのね、多分。側近から聞いているだけで」
「決裁文書だって読まないでハンコ押す副総理兼大臣だもんな。抗議文を読まないことは十分考えられるな」
麻生大臣への辛口批判は、世の中の声を代弁していた。だが、大臣の暴言は止まる気配がないし、身内の誰かが止める気配もない。
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