第15話 セクハラとパワハラの二刀流
「先生、いらしてたんですか」
「みんな熱くなってたようだから、無理はない。君たちが
「オレです」
横須賀の問いに、耕作が立ち上がった。
「オウジが調べたのは福田淳一財務事務次官。森友学園をめぐる一連の報道の中で、事務次官の責任論が出て来ないのはオレも不思議に思っていたんだよね。このまま、幕引きなのかな、って」
「それじゃ、まえだっちだけかよ、吊るし上げられんのさ」
「オウジったら、また週刊誌の受け売りね」
「ネットだよ、ネット」
「ネットも週刊誌も一緒でしょ。情報源は同じなんだから」
「誰? まえだっちって」
「文科事務次官だった前川さん。読売新聞で報じられた出会い系バーで、何度か会っていた女性がつけた前川さんのニックネームよ」
めぐみが千穂の疑問に答えた。
「そっちの話は“加計班”に任せるよ。連日、派手に報道されたからみんな知っていると思うけど、福田さんのスキャンダルは女性記者へのセクハラ疑惑。今度はセンテンス・スプリングじゃなくて週刊新潮。そうだな、訳すとすればニュー・タイド?、 それとも、カレント・タイドかな」
ウケ狙いのギャグが不発に終わった耕作がひとつ咳払い。
「後で、新聞やテレビの取材で新潮の記事の内容が裏付けされた形になったんだけど、テレビ朝日の女性記者を夜遅くに行きつけのバーに呼び出して『キスしたい』とか『胸さわっていい?』『手縛ってもいい?』とかしつこく繰り返し、つきまとったたらしい」
「ICレコーダーで録音した音声データも公表されてるもんね。破廉恥もいいところ。もう言い逃れできないわ」
千穂は、力にモノを言わせたこういう陰湿なやり方が大嫌いだ。
「ところが否定しちゃった。『自分の声は身体を通して聞くから、分からない』とか『あんな発言をしたことはない』ってさ」
「出た~。『記憶にない』の“言い換え”だ。ウソと建て前のワンダー・ランド。早くも政治家と官僚のフィニッシュ・ホールドが炸裂~」
プロレス中継の古舘伊知郎風の実況を真似る央司。自分の声が分からないというのは安倍総理の“ご飯論法”に
「でもさ、言った傍から『切り取った音声データでなく、全体を聞いてもらえれば』って、暗に自分の声だって認めちゃったじゃない、あの人」
「それだけ動揺してたんだよ。混乱して主張の論理が破綻しちゃってる」
「証拠を突き付けられて観念したと思いきや、今度は一転、『女性が接客する店での言葉遊び』で逃げ切りを図ったわけ。もう、支離滅裂。でも、計算通りには運ばず、逆に大炎上」
「女性記者じゃななく、ホステスさん相手の“言葉遊び”だった、って正当化するつもりだったの。記者にはダメだけど、ホステスには許されるって論理」
「通用するわけないじゃない。人権問題よね」
「自ら火に油を注いでしまったってわけ。しかもガソリンね。大炎上、半端なかったから」
めぐみと愛香は、疑惑を否定する最高官僚の対応に呆れきっていた。
「ここは主題じゃないので
耕作の振りを待っていたかのように、広海が飛びついた。
「セクハラに対する認識不足は、アッタマ来るくらいの最低レベル。勉強しかしてこなかったから社会情勢や常識に疎いのか、それとも自分たちエリートは特別な存在で、セクハラくらい許されると考えているのか。後者だとしたらマイナス好感度はギガレベルね」
「マイナス好感度があるとしたら、ギガを超えてテラレベルね。それに、毎日のように会見する麻生大臣の高飛車ぶりもテラレベル。こんなにムカつく人ってそうそういないんじゃない。キモいの3乗くらい」
広海以上に手厳しいのは愛香だ。
「甘いね。テラを超えてペタレベルね。温度に喩えたら絶対零度のマイナス273度」
「絶対零度は分かるけど、ペタなんてあるんだ。ヤクルトにもペタいたな。最強助っ人」
「最後は巨人に行ったけどな」
こんな割込みをするのは央司と幹太しかいない。
「それはペタジーニ。このペタは“5番目”を意味するペタ。キロ、メガ、ギガ、テラ、ペタね。アメリカの国防総省、ペンタゴンも五角形って意味で、由来はペタ」
千穂の頭にペタジーニがインプットされているのはスワローズ・ファンの吉野さくらの影響だ。彼が4番ではなく、5番を打っていた頃は、妙に納得したことを覚えている。
「それに確信犯、ってこともあるわよ。セクハラに当たることは重々承知してるのに、財務省って組織を守るためには認めるわけにはいかない。自己防衛ね。総理や官房長官の言を借りれば『セクハラには全く当たらない』ってゴリ押しの一点張り。私、『全く当たらない』って聞くたにび、嫌悪感を感じるの」
「それ、直感的な不信感だよ。オレも感じる。『一点の曇りもない』とか、あの人の全否定全般に言えることだけど」
「普通は、一点か二点くらいは普通に曇りはあるもんな」
央司の“普通”には特に意味はない。“普通においしい”と一緒で語呂を楽しむ若者言葉の一種だ。
「よかった、“課長”と一緒で。でも“課長”、単なるセクハラじゃないってどういうこと?」
「うん、財務省や財務大臣の態度は置いといて、まずはそこからだね」
耕作は恭一から事前に用意してもらっていたホワイトボードを使って説明を続ける。
「福田事務次官、いや前次官のセクハラ発言の詳細については財務省も認めているから、ここでは、次官の問題発言は全部カットするよ。女性陣は聞くだけで不快だろうしね。加害者になり得る男性陣は各自勉強すること」
幹太も央司も海も無用な反応はしない。
「問題は前次官と被害にあった女性記者の関係。一般にセクシャル・ハラスメントって、同じ組織の上司と部下や友人関係に多いよね。でも、今回のは言わば、大口の取引先と出入り業者の関係。財務省って巨大な権限を持つ組織のトップと何とか他社に先駆けて情報が欲しい女性記者。だから、夜遅くの呼び出しも断れなかったとみるね。公私混同」
「誘いを断って、もし嫌われたら情報をもらえない、とか?」
「っていうか、省に出入りするのも気が引けるんじゃない?」
「そう考える心境って、よく分かるわ。権力乱用なんだけど。」
一度、相談相手になってくれるアナウンサーの長岡悠子に聞いてみたい、広海は思った。
「前次官はそんな状況は慣れっこだから、記者が誘いを断れないことも百も承知。1対1、差しで会うということは、記者からすれば、場合によっては特ダネを取るチャンスとも言えるからさ」
「エサを
「エビで鯛を釣る、か」
「いや、疑似餌で鯛を釣る、だな。フェイクだよ、フェイク」
「だな」
「でも、もし、女性記者が自分の要求に応えてくれたら、少しくらいの情報は漏らしたかもよ」
「卑怯じゃね、そういうの」
てんでに非難の声が続く。
「あくまで推測だけどね。官僚の好きな“一般論”。でも、かみ合わない会話の中で、聞くのも恥ずかしいセクハラ発言を繰り返していたことは録音された音声データが証明している」
「あつ、そうか。財務事務次官と女性記者。男と女の関係に加えて、圧倒的な力の差があるんだ。何たってお得意様の最高幹部だもんな。被害に遭っても、自分の会社にも報告しづらい。“出禁”や“取引停止”になったら会社が困る。パワー・ハラスメントでもあるわけだ。食えない顔して、やるなぁオッサン。セクハラとパワハラの二刀流」
「あ~あ、言っちゃったよ。オイシイところ。空気読めよ、空気。そこ“課長”の話のキモだろうが」
幹太が、調子に乗った央司にダメ出し。
「オウジ、そこ感心するところじゃないし、二刀流の使い方も間違ってるから。あんたのマイナス好感度もペタレベルよ」
カチンときた広海。強い口調でくぎを刺したが、央司には堪えていない。
「ウソッ! せめてギガレベルで手を打ってくれよ」
「何でギガなんだよ。反省するならせいぜい1段階上のテラだろうよ。自分に甘いこの大甘野郎が。さては、財務省の回し者か」
幹太のジョークで、女性陣の反感も多少和らいだ。
「でも、頭の中がスッキリしたよ。カケだ、モリだって情報が溢れてるから、混乱してたんだ。自分でもまとめたけど、ああでもない、こうでもないって改めて整理して、みんなと話したおかげでポイントが飲み込めてきた感じ」
「どういう風の吹きまわしかしら。オウジにしては殊勝な発言ね。ま、それが私たちのゼミの狙いでもあるんだけど」
「先生はどう思いますか?」
「オレか。まあ、財務省のお粗末ぶりを一言で言えば、危機管理能力に欠けている、ということだろう。さっきのオウジじゃないが、空気が読めていない。世間の風向きと言ってもいい。自分たちが否定することで、世の中がどんな反応をするか見通せていないんだ。想像力の欠如だな。エリート官僚のみなさんは、テスト用紙に書いた難解な数式を解くのは得意だけど、人の気持ちを推し量るのが苦手なんじゃないか」
「いじめ問題で事件が表面化した時に、学校側が行う会見とかも空気が読めてないな。大抵は真っ先にいじめの存在、事実を否定する。自己弁護。で、しばらくして事実が明らかになると、訂正の発表。世間のバッシングを受けるのはもちろん、在校生の信用も失ってしまう最悪のパターンの繰り返し。教育者なのに全然“学習”していない」
「“学習”だけならサルでもできる、ってか」
央司が、どこかで聞いたようなフレーズを持ち出した。
「一番ケアしなければいけない児童・生徒は二の次、三の次で、最優先するのは自分たちの保身、っていうのは同業者としても恥ずかしいね」
横須賀は恭一の指摘を受け入れた。教師と生徒の関係から解放された横須賀の口調は滑らかだ。生徒に対する政治的な影響を気にすることもない。それでも、広海は道徳の授業のようだと思って聞いていた。実際、財務省の対応は後手後手に回っている。組織のトップのスキャンダルに対応するマニュアルがないのだろう。想定外中の想定外の事態に右往左往するだけだった。
「大蔵省時代のノーパンしゃぶしゃぶでの接待といい、今回のセクハラ疑惑といい、最高官庁のスキャンダルとしては、あまりにも世俗的で情けないというのがオレの印象だ。部下の財務官僚もさぞかし呆れてるだろうな」
「『それをやられると、いくら何でも、いくら何でも…』か」
恭一は後に“次の事務次官”の最有力候補となる主計局長に就任する、
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