第14話 霞ヶ関の“忖度勘定”、そして辞任
「あの人さ、『刑事訴追の恐れがあるので』とか『捜査に影響する恐れがあるので』を連発して証言拒否したよね。『答弁を控えさせていただきます』なんて、表面上はバカ丁寧なんだけど、謙虚な態度なんか微塵もないの。ブスっとした不機嫌な表情しながら、自分の席から答弁台に不貞腐れて歩いてくる姿なんか『何聞かれても、オレ絶対口割らねえからな』って宣言してる顔だもん。完全に“ケンカ腰”。オレ、テレビの中継見てて思ったんだけど、あれって利口な逃げ口上じゃないよね。このオッサン、意外と頭良くないんじゃないの? って呆れたもん」
と央司。あの人というのは、2018年3月27日、衆参両院の予算員会ので証人喚問された
「でも、ウソをついたら偽証罪に問われる可能性があるからね、証人喚問は。だから自分が犯罪に問われかねない内容については、疑惑の渦中の人と言えども人権を守る意味で、証言拒否は認められた権利なんだ」
幹太はゆっくり確認しながら、証人の権利を説明した。
「そうそう。証人喚問でウソをついちゃダメなんだよ、罪になるから。みんな言ってる。議員のセンセーたちもね。でも、それって参考人で国会に招致された場合とか、そもそも通常の国会審議の中ではウソをついても全然お咎めなしってことの裏返しだよね。オレ、前から納得いかなかったんだ。今、思い出したけど。まあ、それはそれ。また別の機会に」
と前置きした上で央司は、
「話は証人喚問ね。よくよく考えるとさ、
ヒュー、ヒューと幹太が囃し立てる。
「言われてみればそういうことよね。ウソの証言をしたら検察の犯罪捜査を混乱させる恐れはあるけど、真実の証言は捜査を助けることはあっても、邪魔になるはずないわよね。なるほど、なるほど」
と愛香。央司の意見に諸手を挙げて賛成するのは珍しい。
「オウジの性格がなせる業ね」
「どういう意味だよ」
「そうプンプンしないで。褒めてるんだから。だって、いっつも人の話のウラを取ろう、ウラを取ろうと考えてるでしょ、アンタ」
「ほら、やっぱり褒めてないじゃん」
「そうカリカリするなって。広海はさ、『オウジじゃなかったら、そういう分析は出来ない』って言ってるんだ。ココ、もっと喜ぶところ」
言葉と裏腹に、幹太はニヤニヤしている。
「マジかよ。じゃ、続けるよ。だから、30回も40回も連発したらしいけど、オレに言わせたら30回も40回も『私がやりました』なわけ。でね、佐川さんは官邸や政治家、昭恵夫人の関与については『一切ありません』って全否定した上で『全部、理財局でやりました』的な証言をしたんだけど、これもどうなかって」
「じゃあ、清水名探偵の推理は?」
おだてるように、めぐみ。ゼミの雰囲気にもすっかり溶け込んでいる。
「だって、例の国有地売却決めた時の理財局長、佐川さんじゃないんだ。
「『勉強』ね。オレもテレビ見ててすっげぇ違和感あったわ。まだ、継続中の案件にもかかわらず、よりによって特例のオンパレードみたいな例外中の例外の案件をさ、引継ぎしないのってね」
「出世競争のライバル同士、バチバチの関係だったんじゃない? ねぇ、マスター」
千穂の言う“バチバチの関係”は一触即発という意味だ。
「確かに、国会でも痛い所を突いてくる野党議員とバチバチやってたもんな。二人が同じタイプだったらあり得る話かもしれない。そこでウソつく必要もないし。でも、そんな上司を持ったら部下も何か可哀そうだな」
言葉とは裏腹に、恭一は微塵も同情していない。
「野党は迫田前理財局長の証人喚問も要求している。与党は拒んでいるが、時間の問題かもしれない」
恭一の言葉に海が反応した。
「あっ、思い出した。『与党が拒んでいる』。総理はいつも証人喚問を行うかどうか、誰を呼ぶか呼ばないか、『国会がお決めになること』と他人事のように知らんぷりを決め込むんだけど、与党、つまり自民党は当然のように野党の喚問要求なんか
一旦、火の点いた海の憤りは収まる気配がない。
「議員の忖度が象徴的だったのが、自民党の丸川珠代議員の質問。衆議院の証人喚問の口火を切ったんだけど、質問の内容がいきなり『総理からの指示はありませんでしたね』『総理夫人からの指示はありませんでしたね』だもん。拍子抜けもいいところ。大学の生協でパブリック・ビューイング(PV)状態で中継見てたけど、ブー、ブーってツッコミの嵐。オレなんか、出川哲朗になったもん。ここでは言わないけどさ。彼女のSNSの炎上は当然だけど、オレらのPVの現場も大炎上さ」
幹太も海も、央司が言葉を濁したフレーズを唇を動かして確認し合った。
「私たちもショックだったわ。同じ女性としてもね。だって丸川さんってマスコミ出身なのよ」
千穂は数少ない女性議員に対しては、与野党を問わず期待していた部分も少なからずあった。
「テレビ朝日よね。しかも、報道番組を担当するアナウンサーだったはず」
とめぐみ。
「マスコミってさ、特に報道現場って権力を監視する立場のはずよね。政権与党の自民党にいることにもエッって思ったんだけど、さすがに今回の証人喚問、真実を質すつもりがこれっぽちもない質問の連発にはカチンと来たわ。予定調和もいいところ」
千穂がめぐみの意見を後押しした。
「関係ないけど、いい? 丸川さんて東大出身なんだよ、経済学部。でさ、佐川さんも同じ東大の経済学部卒なのね。つまり、丸川さんと佐川さんって『川』つながりだけじゃなくて、大学の先輩後輩でもあるわけ」
央司の言葉に頷きながら、
「『川』つながりはともかく先輩後輩かぁ。それで、追及のさじ加減が甘くなったって? ゼロじゃないかもしれないけど基本、総理への忖度っしょ、やっぱり」
と耕作。ひと回りも年の違う同窓生に対して、そこまで忖度しないだろうという考えだった。
「“課長”が言うんなら、多分そうね」
「おいおい、それも先入観だぞ」
「でも、佐川さんがあそこまで強弁して責任をかぶろうとしたのは、国税庁長官のポストがちらついたからって報道されていたでしょ」
「それはどうかな。前任者も理財局長から国税庁長官になってるし、既定路線なんだよ、元々。でも、官邸に反発して総理を忖度しなかったら、確かにレールから外されたかもしれない」
広海の疑問に答えたのは恭一だ。
「やっぱり人事権持ってる内閣人事局とハナシ、できてたのかな?」
愛香が周りの顔色を窺っている。
「それはマスコミや世間の噂。ウチのゼミのミッションじゃないわ」
そう言った広海に、布巾でカップを拭きながら恭一が大きく頷いた。
「でも、せっかく国税庁のトップの座につけたのに結局、半年ちょいで辞任に追い込まれた」
「官邸の読み違いなんだよ。こんなに問題が長引くとは思っていなかった。で、政治家の関与を追及される前に、全部の責任を
幹太がスクラップした記事を確認している。
「踏んだり蹴ったりっていうか、ぬか喜びだよね。まあ、自業自得って声もあるけどさ」
央司は官邸や自民党が一転、佐川さんを裏切ったと考えていた。
「辞任の理由も『決裁文書の提出時の担当局長で責任者だったから』って中途半端なんだよな。『忖度って、どういう意味ですか』みたいな逆ギレも印象悪って感じだった。検察は刑事訴追を見送ったんだから、野党はもう一度、佐川さんを証人喚問すればいいんだよ。もう証言拒否の理由はないんだからさ』
耕作がこんなに熱くなるのは珍しかった。
「で、もうひとつ気になったことがあったわけ。ほら、加計学園の獣医学部の問題では、監督官庁の文科省トップの事務次官が追及されたじゃん」
「事務方トップだった前川さんね。
「まあ、前川さんは禁止されていた組織ぐるみの天下り
広海に続いて、加計問題担当の幹太が説明した。
「でも、森友疑惑では組織のトップ、事務方トップの名前は出て来なかったよね。いくら理財局長が『理財局内部でやったこと』と証言しているからって、おかしくね? って思ったんだ」
「佐川さん、一貫して『理財局と近畿財務局』って言ってたからね。あれは、事務次官を守っていたのね」
と千穂。
「全体の発言は否定してるのに、そこだけ信用するのもヘンな話でしょ。でも百歩譲って、オレさ、事務次官の名前調べてたのよ。けど、途中で調べる必要なくなっちゃったってわけで…」
央司の言葉尻を取ったのは、戸口に立っていた元担任の横須賀貢だった。
「図らずも、自ら名乗り出るような格好になっちゃったもんな。それも最悪の形でさ」
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