第13話 元女応援団長が高校生も動かす
「何だ、話って? 『じゃまあいいか』じゃできない話か?」
「いえ、全然。ただ、ここの方がテンション、アガるかなって」
野球部が練習する剣橋高校のグラウンド。三塁側ベンチに監督の横須賀と幹太が練習を見守る形で腰を下ろしている。
「いよいよ動き出そうということで…」
幹太は内野の守備練習を見つめている。
「オリ・パラ統合、か。恭一から聞いている」
「ネットとかもやるんですけど、街頭の署名活動は人海戦術なんで、賛同してくれる高校生にも頼んでみようかな、って」
部員の練習を追う横須賀の視線の先。レフトの後ろ側の体育館脇を小走りにやって来る女子生徒が二人。一人は野球部のマネージャーだ。
「交渉相手が来たぞ」
「えっ」
「だから、恭一から聞いている、って言ったろ。校長にも教頭にも話は通っている。ただ、ボランティア・サークルが協力してくれるかどうかは分からない。本人たち次第だ」
「ありがとうございます」
ボール除けのネットの脇で、ジャージ姿の2人の女子高生がペコンと頭を下げる。
「おい、この野球部OBが、猫の手も借りたいってよ」
「大宮先輩、お久しぶりです。ご相談の話、横須賀先生から伺いました。ご協力できるかどうかは、カレンから」
と女子マネの
「こんにちは。部長の
「何? 確認って?」
驚いたように幹太。
「このお話って、広海先輩も噛んでるんですよね?」
「あ、ああ。去年の横須賀先生の担任だった3年のクラスメートで勉強会やってるんだ。広海もメンバーだよ」
幹太は渋川ゼミについてかいつまんで説明した。
「で、大宮先輩が広海先輩の“今カレ”って本当ですか?」
「え、ええっ? 何、唐突に。しかも、こ、これって2つ目の質問、だよね…」
と狼狽しながらも、彼女の質問に頷いた。広海とは高2から付き合っている。当時は教員の殆どが知っていて、言わば学校公認の仲でもあった。
「おぅ、まだ続いているのか。宮島の“今カレ”っていうのも“ビミョー”だな」
わざとらしく横須賀がニヤついている。
「そう、ビミョーなんですよね。広海先輩のお願いなら、二つ返事でお受けしたいのは山々なんですが、“今カレ”も一緒ってのがねぇ…」
「ちょっと嫉妬しているのよね」
「何だ、じゃあ小笠原と大宮が別れたらOKってことか?」
「先生、そんな直接的に言われても…」
予想外の展開に慌てながら、幹太が言葉を失っていると、
「冗談ですよ、冗談。お受けしますよ、ボランティア。だって広海先輩の“今カレ”を手ぶらで返すわけにはいかないじゃないですか。他校にも呼び掛けてみます」
ん? ここでも流行っているのか松田丈志、と幹太は思った。
2年、3年と剣橋高校の応援団長だった広海は、下級生の団長のイメージを覆すとともに、特に女子生徒にとってはその一頭足があこがれの対象だった。卒業式ではもちろん、3年生を送る立場だった2年生の3月にも下級生に、団長特注の白い学ランの第2ボタンをねだられた結果、袖のボタンを含めたすべてのボタンがなくなったエピソードが今でも語り継がれている。幹太を含め同学年の男子にとっては、屈辱的な思い出でもあった。
「じゃあ、テストが終わったら、広海先輩がバイトしている喫茶店で打ち合わせってことで」
そう言うと、夏恋は散らばった硬式球を拾い集める優里を置いて、校舎に引き返していった。
10月の初旬、幹太は白石優里と宮島夏恋を『じゃまあいいか』に呼んだ。作戦会議のつもりだが、優里と夏恋のお目当ては広海との再会だったかもしれない。
「先輩、ご無沙汰です」
野球部のマネージャーのまとめ役、優里は先輩マネージャーの吉野さくらを通じて応援団長だった広海とも面識があった。
「剣高野球部はどう? 大宮選手たち上級生が抜けて強くなったの?」
「さくら先輩の抜けた穴の方が大きいかもしれません。何しろ、横須賀監督の“右腕”っていうか、参謀役でしたから」
「おいおい、ご挨拶だなあ」
幹太が苦笑い。
「広海先輩、ほら」
夏恋はピンクのポシェットから金色のボタンを2つ取り出した。
「これが1年の時にもらった袖のボタン。こっちが2年の時にもらった念願の第2ボタン」
「そんなこともあったわね。ゴメン、正直よく覚えてないんだけど、もらってくれて有難ね」
コーヒーを淹れながら、広海も懐かしむ。思いがけず大勢の後輩女子に囲まれたので、誰にどのボタンをあげたかは全く覚えていない。大体、応援団でもない後輩なんて男子も女子も覚えているわけがない。同学年の女子だって、クラスが一緒にならなければ顔と名前は一致しない自信があった。
「広海先輩の白い学ラン、応援団の部室にボタンが取れたまま飾ってあるそうですよ。同級生の団員が言ってました。剣高応援団の象徴だって」
「象徴って、恥ずいな。誰か着ればいいのに」
「サイズが小さくて男子は着れないし、女子はふさわしい子がいないんですって」
「まるで永久欠番だな」
話を聞いていた恭一が広海を
「これからは、一緒に2020東京大会を盛り上げるメンバーよ。よろしくね」
広海が淹れ立てのコーヒーを差し出した。
「固めの杯、か。未成年だからノンアルだけど」
と幹太。
「古クサッ。何か、昭和の人みたい」
「やっぱり、仲いいんですね」
夏恋は広海と幹太のやりとりを羨ましく思った。
「さあ、打ち合わせよ、打ち合わせ」
幹太が、オリ・パラ統一に向けた渋川ゼミの作戦とこれからのタイムスケジュールをまとめたコピーを配って説明した。
「のぼりとPR用ポスターとチラシはこれを使って。署名の用紙はコレ。鉛筆とか下敷きのクリップボードはこれから準備する」
「筆記用具とボードはクラブにありますから大丈夫です。チラシも学校でガー、ってやりますから」
募金や署名の街頭活動を心得ている夏恋が広海たちの懐具合を察して言った。
「ありがとう。助かるよ」
万全の準備をしたいのは山々だが、何しろ先立つものがないのは厳然とした現実だ。一番値の張るのぼりはみんながバイト代を出し合った。プラスチックのポールや重石は、恭一の同級生のレンタルショップの善意に甘えて調達した。耕作と千穂が担当するサイトのサーバーのレンタル料だって毎月の経費だ。節約は最重要課題だった。
「私たちも渋川ゼミのゼミ員ってことですね」
「そういうこと」
「あれ? ふと思ったんですけど、渋川ってどなたですか? 大学の教授?」
「あっ、紹介するの忘れてた」
「オレだよ、オレ。大学教授でなくてゴメンな。渋川恭一です」
恭一が優里と夏恋に向かって大袈裟に頭を下げると、広くない店内に大きな笑い声が響いた。
数日後、優里と夏恋は他校のボランチィア仲間にも署名活動を呼び掛けた。
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