第12話 “なんでも官邸団”・理財局長の場合

 「じゃ、私は舞台の中心になった財務省について。財務省は日本の予算を決める“最高官庁”“省庁の中の省庁”とも言われる存在で…」

「全てのな、シンボル」

「ハイ、ハイ。ショウチョウつながりね」

央司ひろしのダジャレに愛香あいかが付き合う。

「その財務省が、信じられない犯罪的行為に手を染めちゃったもんだから、疑惑は更に大きくなったわけ。最初は、昭恵夫人が名誉校長を務める小学校だから忖度して便宜を図った、っていうのが大方の見方だったんだけど…」

「そういうの最近では“見立て”っていうんだ。警察の捜査の筋立ても、記者や評論家の予想なんかも全部“見立て”」

「じゃあ、見立て。積み重ねた事実から推測して真実に迫るための方法よ。国有地の取り引きは原則、賃貸じゃなく購入のはずなのに、売却を前提にした10年間の借地契約。しかも売買は一括払いがルールなのに、異例の分割払いを認めたの。瑕疵担保責任かしたんぽせきにんの免除、売買金額の非公表、と合わせて4つも特例を認めたことを明らかにしたの。どれも、森友学園を優遇したもの。瑕疵担保責任の免除は、大安売りの代わりに後でトラブルが起きても売り主の責任を問わないっていうことらしいけど、裏を返せば『もう財務省はこの件から手を引きます』っていう宣言と同じなんだって」

「衆議院の予算委員会で、理財局長だった佐川さんの後任の太田おおたみつる理財局長がしれっと『本件のみ』ってまさかの4連発したんだよね。どの項目も数年間に1,000件前後の取り引きの案件がある中での話だから、“どんだけー”。明らかになった特別扱いの数」

柄にもなくIKKOの真似を交える広海。できれば金髪のかつらも被ってほしい。無理してんなぁ、アイツと思いながら、幹太は下を向いて笑いを堪えた。

「これだけの特別扱い、えこ贔屓が安倍総理への忖度が疑われた主な理由だったわけ。でもまあ、これで終われば疑惑は疑惑として時間とともに忘れ去られたかもしれないけど…」

「ところが、どっこい、そうは問屋が卸さなかった、ってハナシよ」

「何か、時代劇のかわら版屋みたいよ、オウジ」

合の手のような愛香と央司の発言には構わず、広海は発表を続ける。

「あのね、時間が経つにつれ、特別扱いの4連発だけじゃなく野党やマスコミの追及をかわすためなのか、公文書の改ざんが明らかになったの」

広海が発表している間に、新メンバーになる広海の大学の同級生、岬めぐみと幹太の同級生の瀬戸内海せとうちかいが駆けつけ、ゼミの輪に加わった。

「決裁文書の改ざん。14の文書で300ヵ所に及ぶらしいよ、財務省の発表では。すごい数だね。但し、財務省では『改ざん』とは呼ばず『書き換え』って言い換えているけどね。往生際の悪さも霞が関一かな」

「どう違うの? 『改ざん』と『書き換え』」

と愛香。

「単純に言うと、『改ざん』は犯罪だということ。『書き換え』は幅が広くて、単なる書き直しも改ざんも含まれるわ。今回の財務省の決裁文書の場合は関係する管理職の回覧印がある公文書なので、法律的にはれっきとした有印公文書。日本の刑法では、有印公文書の偽造には『1年以上10年以下の懲役』の量刑が課せられるの」

「つまり、犯罪と認めたくない。ってか、絶対に認めるわけにはいかないから『改ざん』とは口が裂けても言えない。『書き換え』と言い続ける、突っぱねるしかないということさ」

耕作が広海の説明を補足した。

「じゃ何で、そんな“”を渡ってまでなぜ公文書を改ざんしたのか、って疑問が沸いてくるわよね。ふつふつと」

「なぜ、改ざんしたのかっていうより、改ざんしなきゃいけなかった、っていう見方が正しいのかもしれないぜ。おっと、見方じゃなくて“見立て”だ」

珍しく央司の言葉に冗談はない。

「理由を探るヒントは、改ざんによって修正された文言にあると思うんだ。公表された改ざん前と改ざん後の文言を比較すると、書き換えというより、ほとんどが削除だったんだ」

「削除したってことは、逆にそれが知られたくない情報、隠したい事柄だって裏返しだろ?」

早速、かいが核心を突いた質問をぶつけてきた。

「BINGO。正に墓穴を掘った格好さ。改ざん前の決裁文書に記してあったのは、名誉校長として関わっていた首相夫人の名前や面会した政治家の名前、詳細な値引き交渉の経緯などなど。よくさ、公文書の情報公開で“黒塗り”された文書見たことあるよね」

「個人情報の保護って理由が多いんだけどね。でも、用紙の大半、場合によっては全面が黒く塗り潰された“のり弁”と揶揄やゆされる“黒塗り”もある。オレに言わせれば海で採れる海苔じゃなくて“悪ノリ”、官僚のね。言うに事欠いて、1ページ丸々プライバシー保護なんてあり得ないだろう、ってね」

「あんなの出して、税金無駄遣いだろ。出さない方が紙代の節約だろ」

「いや、出さないと公開にならない。『非開示だ』って追及される」

「だって、出しても読めないんじゃ、非開示と同じじゃん。意味分かんない。“黒塗り”する時間もムダだし、紙も大量のインクもムダ」

「それこそが官僚の体質なんだろうな。丸々黒塗りでも、っていう論理」

「意味分かんない。だから、そういうのを屁理屈って言うんだよ」

耕作と幹太のやり取りは、野党の質問と大臣の答弁のようだ。

「優秀な官僚が、そんな作業に血眼になる姿を想像すると、もう情けなくて情けなくて、ね」

とめぐみ。

「必死に隠したいことばっかりなんだよ。残念なんか通り越して、『バカか!お前は』か『ちょっと何言ってるか分からない』だよ」

「出た、出川哲朗と富澤たけし。でも、財務省サイドは当然ながら認めていない。『あってもなくてもいい重要でない情報』とか『詳細に書き込み過ぎた』とか、苦しい言い逃ればっかり」

広海は初参加のめぐみの様子をうかがいながら続ける。

「あのさ、そんなに重要でない情報だったら、罪を犯してまで削除する必要ないじゃない。書き込み過ぎたのなら、今後は情報を整理して簡潔にまとめるようにすればいいだけ。今まで積み重ねてきた実績や職を失う可能性もあるんでしょ、公文書偽造の罪に問われれば」

千穂には官僚を不正に走らせた動機がピンと来ない。

「そこだよね、問題は。少なくても、頭脳明晰な官僚の幹部がどうしてそんなことに手を染めたのか。指示をしたのは事実だから。隠した内容から推測すれば、首相夫人や関わったとされる政治家をかばおうとしたのは明らかだよね。交渉経過の削除は組織の判断ミスや不正を闇に葬り去ろうとした意図が見え見えだし」

広海は一息ついて、続けた。

「マスコミや野党の中には『政治主導と官邸主導の行き過ぎ』が原因との指摘もあるの。一番の問題は、省庁トップクラスの人事権を首相官邸が握っていること」

「何しろ官僚の関心事は、出世と人事っていうからさ。幹部官僚が官邸の顔色を窺いながら仕事をするのも無理はないんだ」

と耕作。

「その辺は与党の政治家も同じさ。安倍内閣は一次も二次も改造もメンバーは全部“お友達内閣”と揶揄される総理との距離が近い人ばっかり。大臣はもちろん、将来を見据えた主要なポストを手に入れるためには、官邸の覚えを良くしたいと思うのがセンセーたちの習性だよ。だから忖度が生まれる」

タイミングよく海が割って入る。ゼミの雰囲気になじめるかどうか、幹太の心配は杞憂だった。

「ってことは、どいつもこいつも“なんでも団”か」

「『なんでも鑑定団』ってテレ東の? どう繋がるわけ? オウジ」

「“カンテイ”だよ、“カ・ン・テ・イ”。事務次官も、審議官も官邸を向いて仕事するんだろ。お役所仕事。与党の政治家も選挙民じゃなく、官邸の意向を忖度しながら動く。だから彼らは、“なんでも団”」

「今度は、カンテイつながりか、オウジ」

「オープン・ザ・プライスとかけて、自分の価値とお宝の価値と解く。どちらも評価が気になります」

「ひとりなぞかけで、ウマいこと言ったつもりだよ。ほら、このドヤ顔。さては、ずっと考えてたな、コイツ。“オープン・ザ・プライス”してみたら、8億円が値引かれていたわけだ」

央司を指さして幹太もツッコミ返し。めぐみも海も二人のやり取りを楽しそうに見ている。ゼミの緊張感が一気に解放された。

「後、忘れちゃいけないのが理財局長だった佐川さんの強弁。国会審議でも、とにかく否定を続けたわよね。肝心な部分は『記録は破棄した』『法令にのっとっているので問題はない』。時にはうんざりしたような不謹慎な態度も見せてたわ」

「あれってさ、ああいう突っ張った行動ができるだけの裏付けがあったんじゃないかな」

「裏付け?」

「ある意味“約束手形”のような。『責任持って守るから』みたいな。推測だけどさ」

「“約束手形”って“お墨付き”だよな。それって、もしかして」

「みなまで言うな、みなまで。みんな喉まで出かかってる言葉は同じ。まあ、“なんでも官邸団”ってことで。やっとオレの出番だよ」

カウンターの椅子から降りた央司は発表を終えた広海とグー・タッチ。

「暫時、休憩にするか。話盛り上がっていたから疲れたんじゃないか。ゲイシャを楽しんで続きに入ろう」

「ガクッ」

大袈裟に腰を折られたポーズの央司。

「楽しみ~」

「集中して香りに気がつかなかったわ」

「初ゲイシャよ。インスタ、インスタ」

「いい仕事してますね~」

「いつまで団してんだよ、オウジ」

「お気に入りなのよ。のダジャレのつもりなんだから」

「おいおい、人の名前で遊ぶんじゃない」

オン・オフの切り替えが早い渋川ゼミだった。

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