第11話 今、学園ドラマが面白い

<渋川ゼミの課題>

森友疑惑の問題点を120字以内で説明せよ。

<大宮幹太の答え>

 大阪府豊中市の国有地に小学校新設を計画した学校法人と財務省による不透明な取り引き。8億円強の大幅値引きの根拠や名誉校長に就任した総理夫人と複数の政治家、官僚の関わりを隠ぺいするための省主導による公文書の廃棄や改ざんの事実も明らかになった。(119字)


広海と幹太が『じゃまあいいか』にやって来た。きょうは清水央司しみずひろしも一緒だ。駅で待ち合わせたらしい。

「マスター、何かいつもと違う香りしません?」

上着を椅子の背もたれにかけながら広海。きょうは『じゃまあいいか』のバイトではない。

「ほう? どんな?」

「そうね、何となく甘くて爽やかっていうか…」

「さすがだな。伊達にここでバイトしているわけではなさそうだな」

店主の渋川恭一が満足そうに、広海に微笑みかける。

「豆ですか?」

「他に何がある? あるとすれば、後はオレの加齢臭くらいだな」

一緒にやって来た幹太にも気さくに話しかけた。

「またまた、ご冗談を。変えたんですか、いつものコーヒー豆」

「まさか。高価過ぎて、ウチのブレンドでは出せないよ。珍しく手に入ったんで、ゼミの再開を祝って、大事な“お得意様”たちに振舞って差し上げようかな、ってな」

「大事な“お得意様”って、もしかしてオレたちのことですか?」

「見ての通り、今のところ君たちの他にお客様はいない」

「で、何ていう豆なんですか。ブルマンとか、ハワイのコナとか」

幹太の脇から口を挟む央司。

「そんな陳腐な品種じゃない。ゲイシャ種だよ、中南米産の」

「ゲイシャシュウ? お座敷遊びのあの芸者衆ですか。純和風な名前ですね。まさかの国産?」

「そんなわけねぇだろ。中南米産って、言ってるのに。話ちゃんと聞けって」

キツネにつままれたような央司を幹太が小突く。

「そんなわけはないわな。パナマのコーヒー農家がどんなに日本びいきでも、『芸者衆』はないだろ。インド人もビックリだ」

「マスター、それはカレーの話でしょ。言うんなら、パナマ人もビックリ」

「そうそう。カレーで思い出した。カレーを食べながらコーヒーを飲むと、納豆の香りを感じるのはオレだけかな」

「また~、ホントですか?」

恭一のあるある話に、幹太が乗って来る。

「で、社長連中の芸者遊びはオウジに任せといて、そのゲイシャ種ってレアものなの? ねぇ、ねぇ、どんな味?」

ミステリアスなネーミングに興味を持ったのだろう、矢継ぎ早に質問する広海。

「レア中のレアだね。エチオピア南西部のゲシャという場所が発祥だと言われていて、口伝えで流通するうちにゲイシャとなまったらしい.。もちろん日本の芸者とは無関係で、世界的にゲイシャと呼ばれているんだ。花のような強いフレーバーが特徴で、コーヒーの概念が変わるかもしれない、そんな味わいだ」

「マスターは飲んだことあるんですか?」

「5、6年前に仲良くしてもらってるコーヒー豆の専門店で教えてもらってね。試しに200グラムだけ買って飲んだんだ。これが美味うまいのなんの。すぐ買い足しに戻ったんだけど、時既に遅し。売り切れた後だったよ。当時の値段ででブルーマウンテンの2倍近くしたんじゃないかな」

「そんなレアで高価なゲイシャを私たちに?」

「まぁ、お祝いさ、お祝い。そう言えば後で貢も顔を出すって言ってた」

「えっ、横須賀先生が? もしかして、ゼミやるから?」

「いや、アイツの目的はこのゲイシャだよ」

「なあーんだ。恩師の前で張り切らなきゃって思ったのに。一瞬だけ」

コーヒー談義で盛り上がっているうちに、耕作と千穂、愛香が連れ立ってやって来た。ゲイシャの香りには誰も気づかない。広海たち先着組は顔を見合わせてクスクス笑った。


央司が耕作が用意したレジュメを配る。

「最初は森友学園ね。誰だよ?、“アベ友”学園なんていうヤツは」

「誰も言ってないって。そんな週刊誌の見出しみたいなキャッチ、お前しかいないよ、オウジ」

と幹太が揶揄からかう。

「へー『今、学園ドラマが面白い!』か。“課長”にしては弾けたタイトルね。もしかして大学に行って、キャラ変?」

からかうように千穂がA4のレジュメに目を通している。

「そんなことないよ。マスターが言ってたろ。『渋川ゼミはただ犯人探しをするだけのゼミじゃない。みんなの政治や社会への関心を高めるきっかけ作りが目的だ。』って。だから、ミステリー小説の謎解きをイメージしたんだ」

「学園を舞台にした熱血政治ミステリー」

「ほら、勝手にミスリードしないの」

広海が央司に駄目出し。

「やっぱ、“入り口”は広い方がいいんじゃないかってね。森友も加計も共通しているのは学園だし」

「入り口は広くてもいいけど、フィクションのドラマのように都合よく1時間、2時間では解決しない。“疑惑”と呼ばれる実録のノンフィクションだから、そこをわきまえてくれよ」

恭一は、釘を指すのを忘れなかった。


 「でも、“モリカケ”問題なんて、みたいに騒がれるから、ごっちゃになって分かりづらいんだよね」

愛香が言うように、実際、同時進行的に報じられることが多く、頭の中で混同してしまうことも確かだ。

「構図は一見似てるけど、少し調べると全く別物。森友の場合、焦点は国有地の法外な値引き。みんな知ってるように、8億円以上ディスカウントされたわけ。何と90%オフ。売り主は財務省。国庫に入る金を値引いたわけよ」

「ドンキもビックリの価格破壊。しかも、国有地って国民全体の財産だから問題が大きくなったのさ」

「でね、主な登場人物は大阪で小学校を開校しようとした籠池泰典かごいけやすのり前理事長夫妻と安倍晋三総理夫妻。それに首相官邸と財務省の幹部の面々。舞台は近畿財務局が管理する大阪府豊中市の国有地」

「これでもかなり整理したんだ。実際には、小学校の設置の許認可を行う大阪府や土地の所有権を持っていた大阪航空局、さらに工事を請け負った建設会社が絡んでる。最初の土地取引が定期借地権付きの売買契約っていう複雑な仕組みの上に、小学校の建設予定地から想定外の大量のゴミが見つかって事件が起きる、っていうストーリー」

と央司。

「枝葉末節は置いといて、疑惑のキモは大幅値引きの理由と総理に対す1る忖度の有無。でも、謎は1年以上経っても解明されていない」

「それを解き明かそうって言うのが、私たちのミッション」

「この問題を一段と大きな問題に発展させたのが例の総理の発言。国会で『もし私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める』と啖呵たんかを切ってしまったことだと思う」

耕作は相変わらず冷静だ。

「加計問題でも出て来ると思うけど、『一切ない』とか『一点の曇りもない』とか多いんだよね。総理や周辺の政治家や官僚の疑惑の全否定発言。特徴的だよね」

「「「だよね~」」」

御多分に漏れず、渋川ゼミでも流行っている。

加計担当の幹太も、総理と周辺の強弁の数々に不信感を抱いていた。

「総理があれだけ気色けしきばんで断言するからには、オレは安倍さん自身は直接関係していないと思うんだ、森友疑惑には。ただ、昭恵夫人は開校予定だった小学校の名誉校長を引き受けていたんだから、関係がないって言い切るのもどうかなって」

「だよね~…。あれ、私ひとり?」

「だって、オレ『だよね』いってねーし」

広海は照れくさそうに舌を出した。

「籠池前理事長に上手く利用されたのかもしれないけど、系列の幼稚園や保育園への度々の訪問や建設予定地の視察は軽率っちゃ軽率よね」

「園児の『安倍首相、がんばれ』や教育勅語の暗唱に感涙しちゃうのもマズいよな」

「なんで年端もいかない幼児に教育勅語を暗唱させる必要があるのかって嘆きの涙だったらどう?」

「ダメ、ダメ。今更」

央司の茶々を一刀両断する愛香。

「あんなに数多く接触の機会がなかったら、夫人付きの経産省の女性職員を通じた財務省へのアプローチもなかったろうし『首相夫人は公人じゃなく私人だ』なんて無茶苦茶で子供じみた閣議決定をすることもなかったはず」

耕作の分析だ。政府は野党の疑惑追及の最中、夫人付きの女性職員だったノン・キャッリアのたに査恵子さえこ氏をイタリア大使館へ異動させた。異例中の異例。誰が見ても疑惑を深める人事異動として騒がれた。

「ちなみに、昭恵夫人は加計学園系列の御影インターナショナルこども園の名誉園長も引き受けちゃってるんだよね、“課長”」

「共産党の小池晃さんの質問に、総理は『妻の名誉校長や名誉会長はあまたある』って答えたんだけど、『名誉校長は何校ある?』って詰め寄られてしどろもどろになったんだよね。結局、森友と加計関連の2つだけだったってオチ」

「だよね~」

広海はいつものようにカウンターの中から割って入ると、愛香が付き合ってくれた。

「疑惑の中心かどうかは別にして、昭恵夫人が関係していたことは否めないんじゃないかっていうのが結論かな。ここでいったんバトンタッチ」

耕作は、広海と大袈裟にハイタッチした。

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