第5話 オリパラ統合へー。渋川ゼミの本気

「ねぇ、パパ。明日か明後日の夜、広海たち呼んでいい?」

秋田家のリビング。千穂の父、正博はテレビのニュースを見ながら晩酌をやっている。

「千穂の『呼んでいい?』は『呼ぶから、ヨロシク』だからな。ちょっくら待っておくんなさいよ」

「んもう、いつの時代の人? あなたったら」

苦笑いする妻の響子をよそに、正博は手帳を取り出すとパラパラと予定をチェックする。ふだんはスマホも使う正博、以前はスケジュール管理もしていたが、肝心な時にバッテリー切れで痛い目にあったらしい。しかも、すぐには充電できずアナログに戻ったのだ。

「明後日なら大丈夫だな。響子はどうなんだ?」

「外では分からないけど、ウチでは言い出したら聞かないからね、千穂は。コーちゃんも来るの?」

「多分」

コーちゃんというのは、耕作のことだ。響子は広海たちの前では“課長”とみんなと同じニックネームで呼ぶが、家族の中ではさらに親しみを込めて、コーちゃんと呼ぶ。もちろん、娘の千穂とのカンケイを知ってのことだ。

「渋川ゼミか?」

「そうよ。受験でしばらく休んでいたから」

「急を要するのか?」

「緊急も緊急。超緊急事態よ」

「おっとりタイプのあなたが、そんなに慌てるのも珍しいわね」

「ほら、去年ウチで話したでしょ。オリ・パラ一体化計画」

「ほう。やるのか、とうとう」

正博は新しいおもちゃを手にした子供のように目を輝かせる。男って、いくつになっても“小6男子”なんだから、と千穂は思った。

「お願いね、参謀長」

「もう、参謀長は務まらんな。せいぜい相談役ってところだな」

「でも、時間もそうそうないのよね」

けつに火が点いたって状況だな」

「うん。でも自然発火じゃなくて、自分たちで火をつけたんだから。能動的に。だからそんなに追い込まれた感もないの。逆に、ゴールが近い分、集中できるわ」

「その根拠のない自信が若者らしいな」

「羨ましいんでしょ、あなた」

響子が、大きな氷を入れて、酎ハイのお代わりを作ると、ひと口味見をしてから正博の前へ。まぁ、無鉄砲できるのも若者の特権だからな。オレも後30年若かったら参謀役として、耕作クンと張り合ったかもしれんな」

「やめてよ、いい年して。本気で娘のカレをライバル視しちゃってさ。そろそろ子離れしてよね、あなた」

「うるさい。あさって予定を入れるからな」

「チョー上から目線。あなた、大人気おとなげないわよ」

響子が正博の肩を揉みながら、“大きな子供”をなだめているる。

「で、参加者は?」

「広海でしょ、カンちゃんでしょ…」

「後はコーちゃんね」

千穂を先回りして、響子が答えた。

「卒業しても仲良し4人組か」

「新メンバーもいるんだけど、ウチってほら、官邸みたいに広くないし。どっちかっていうと議員会館レベルのマンションじゃない」

「おいおい、聞き捨てならんな。議員会館だって十分過ぎるくらい立派だぞ」

「千穂たち、国会議事堂とか首相官邸とか見て来たばっかりなんだって」

「なんかね、少し緊張感持てたかな、って感じ」

「なんだ、その“かなって感じ”って。どこに緊張感があるって?」

正博は鼻で笑った。

「お客様3人なら、鍋にしようか。後はコーちゃんの好物のポテサラとマカロニサラダもね」

「それって、冷やかし?」

「そうよ、冷やかし」

「言っておくが、オレはポテサラもマカロニサラダも大嫌いだからな」

「ウソばっかり。あなた、とんかつソースかけたポテサラ大好きだったじゃない。よくせがんだでしょ。どこ張り合ってんのよ、全く。反抗期真っ盛りの男の子みたいなこと言って」

「へー、パパがママにせがんだんだ…。あつ、広海にLINEしなきゃ」


<LINE>

(千穂)お待たせ。明後日、ウチ来ない?

    作戦会議よ。OKもらったから。

                  じゃあ、私、カンちゃんに声かけるね。

                  “課長”はチーちゃんね。よろしく!(広海)

(千穂)了解!

    明後日は鍋だから。お楽しみに。

    あっ、何鍋か聞くの忘れてた!


 2日後、作戦会議の夜ー。

広海と幹太、そして耕作がやってきた。

「もう高校生じゃないから、手ぶらでお邪魔するわけにはいかない」

と競泳の元日本代表、松田丈志の名言風に幹太が言うので、アップルパイ持参だ。と言っても、『じゃまあいいか』のマスター、恭一が「残り物だから」と持たせてくれたもの。シナモンが香り高いのと、レーズンが入っていないのが特徴だ。響子に理由を話したら間違いなく爆笑モノだが、マスターの名誉のために黙っておくことにした。

リビングにセットされた炬燵こたつにゲスト3人。テーブルの“指定席”に正博。響子がキッチンに立ち、千穂が鍋の準備を手伝っている。

「ねえ、具体的に何から始めよっか?」

千穂の振りに幹太。

「俺たちメンバー集めても、せいぜい10人程度だろ。まずは、同志というか応援団を増やさないと…」

「そうね、5年先とか10年先とかの悠長な話じゃないから」

多勢たぜい無勢ぶぜいか」

「大丈夫。無勢でもやり方はあるさ。例えばネット。今は専用の署名サイトもあるんだ」

幹太の不安を耕作が吹き飛ばす。

「じゃあ、そっちは“課長”がリーダー。チーちゃんも手伝うのよ。サイバー戦略担当は志摩・秋田コンビ、と…」

広海が勝手に担当を割り振った。

「じゃあ、オレはアナログで地味な人海戦術の署名活動担当な」

「広海も一緒ね」

「分かってる」

「海やメグにも手伝ってもらおうぜ」

「もちろんそのつもりよ。第一、け者にしたら何言われるか分かんない」

「殺されるかもよ」

「まさか」

冗談のつもりの広海に悪乗りするたち。2人の顔が目に浮かぶ。

「そうだ。ある程度、形になったら悠子さんにも協力してもらうってどう? 」

千穂が提案する。長岡悠子はテレビ局のアナウンサーだ。

「マスコミの力って大きいからね。高校の時のオレらの路上ライブも、テレビに取り上げられて、ワッと広まったし」

それは、取材帰りの悠子との偶然の出会いだった。

「じゃ、ウチの若い記者にも声掛けてみるか」

正博は、新聞社の編集部長だ。まさか、自分の娘が発案したモノを他紙に先駆けされるわけにはいかない。

「そうだ。政治家を利用する手もあるぞ。影響力のある議員に働きかけるのも効果があるだろう」

「それって“口利き”ってヤツ?」

千穂が正博に確かめる。

「“口利き”じゃないさ。むしろ、彼らに手柄を提供する話だ」

「それって、お金かかります? 陳情ってそういう所ありますよね」

広海の疑問に正博は苦笑い。

「そう思われるのも無理はない。全部、政治家の責任だ。でもカネなんか要らないよ。これは、彼らにとってもオイシイ話さ。うまくいけば次の選挙の票集めにもなるはずだから」

「でも、与党の自民は嫌だな。全部、ひとり占めされそうだし…」

広海はいままでのゼミの中で、自民党にいい印象を持っていなかった。

「総理に『これがアベノ五輪です』なんてスピーチでもされた日にゃ、敵わないからな」

幹太は福島の原発事故から僅か2年後に、“完全にコントロールされている”と世界に向けて発信した総理の無責任な発言を忘れてはいない。

「野党でいいじゃん。それも、女性議員がいいわ」

千穂には具体的なアイデアがありそうだったが、耕作がその理由を先回りした。

「総理に一泡吹かせようって魂胆か。女性活躍社会を掲げたけど、内閣や国会は順風満帆じゃないし。当てつけってわけだ」

「まあ、昭恵夫人に倣って、“女の悪巧わるだくみ”ってところ。私、そんなに性悪女かしら?」

「ゼーンゼン。第一、そんな性悪女に彼氏なんか出来ないもん」

「言うよね~」

響子が人差し指を広海に向けてクルクル回している。どうやらタレントの大西賢示、じゃなくてはるな愛を真似ているっぽい。

「法律を作るわけじゃないけど、与党も反対しづらいわよね。事の本質が共生社会の実現だし、バリアフリーの観点からもね」

「相当、癪に障るだろうね」

「そこがミソなんだよ、な、チーちゃん」

幹太に答えず、千穂は立ったまま、カップのアール・グレイをひと口。

「草の根の運動で国会を動かすわけか…」

「マスコミもネタにしやすいわね」

千穂の両親にも、活動のアウトラインが見えてきたようだ。

「後は、パラアスリートにも声掛けようか?」

「ダメよ、カンちゃん。言ってみれば、彼らは当事者。彼らが『オリンピックで戦いたい』って言ってるみたいに誤解されても困るし。彼らの仕事は、本番で頑張ってもらうこと。その舞台を作って支えるのが私たちの仕事よ」

広海が幹太の案を一蹴した。キッチンから戻ってきた千穂が広海たちと炬燵を囲む。丁度、正博と響子に背を向ける位置だ。

「あのさ、活動するにはシンボルマークがいるよな」

「そうね。拠り所というか、分かりやすいスローガンみたいな」

耕作と千穂の間合いが怪しい。もしかして、打合せ済み? 広海はいぶかった。

「“六輪ろくりん”ってどう?」

「“五輪”じゃなくて、“六輪”?」

耕作に聞き返した広海にはイメージができない。

「オリンピックは五輪。赤、青、黄、緑、黒の五色の輪で五大陸を表したシンボルマークだよね。あのマークって何か不安定じゃん。上に3つ、下に2つってさ」

耕作はノートに、五輪のマークを走り書きする。

「ここに、こうしてもう一つ付け加えて…」

みんながのぞき込んだ五輪が、ちょうどボウリングの1番ピンから6番ピンを並べたように正三角形を描いて6つの輪になった。

「これがオレたちの署名活動のシンボルマーク。どう?」

「確かに安定感あるね。形的にも」

これって完全に二人のペース?、と思った広海だが、異論はなかった。

「五輪を支える六輪目。それが私たちの立ち位置ってことね。うん、いいかも」

「オリンピックを下から支える感じがいいでしょ」

やっぱりチーちゃんは知ってたんだ、“課長”のアイデア、と広海は確信した。

「オリンピック選手にはなれないけれど、国民全体でオリンピックを支える。そんなメッセージも込められているわけか」

幹太も満足そうだ。

「問題があるとしたら著作権だな。オリンピックのシンボルマークは、ただでさえ使用の基準が厳しいからな」

正博はハードルは高いぞ、と指摘した。

「誰?、著作権持ってる人って?」

「IOCだろうな」

「じゃ何、利益を追求しないボランティアみたいな活動にも使用を許さないワケ?」

耕作の提案を否定されたように感じたからか、千穂が父親に噛みつく。自分の知らない千穂の一面に、広海はひとりほくそ笑んだ。

「それってIOCのイメージダウンじゃない? 許さなかったら全世界を敵に回すんじゃないかしら。共生社会を認めないってことだし、五輪憲章からも外れるってことでしょ」

「千穂、目的はソコじゃないでしょ。呼び掛けのシンボルとしてはいいと思うけど、許可を申請してみないと分からないってことは、時間の無駄じゃない?」

準備が出来た鍋を運んできた響子が、千穂をなだめる。蓋を開けると、辛そうな匂いが食欲をそそる。湯気の中から現れたのは豚バラ肉と鶏の肉団子たっぷりのキムチ鍋だった。

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