第4話 渋川ゼミ、再始動はモリ・カケから
<グループLINE>
(幹太)みんな元気してる?
もう超ゲンキ、って古っ。(愛香)
(耕作)一人ノリ、ツッコミかよ。
あれっ、そのセリフ、オレのじゃん。(央司)
(幹太)相変わらずだな、みんな。
ってか、みんな大げさ。割と最近じゃん、会ったの。(央司)
10年ぶりの同窓会みたく聞こえるんですけど。
見たくもない顔、毎日見てたももんね高校時代。(愛香)
(幹太)悪かったね。って言うか、この間さ、
国会とか官邸行ったのよ、広海たちと。
私も食べたかったー、もんじゃ。(愛香)
(耕作)そこかよ。
“課長”、そこオレのセリフだってば。(央司)
(千穂)カンちゃん、ゼミやりたいんだってさ。
焼けボックリに火が点いたってわけだ。(愛香)
(幹太)焼けボックリって何(笑)?
松ぼっくりみたいに言うな。(央司)
(千穂)焼けぼっくい、でしょ。
(幹太)広海、いる?
ゴメン、フロリダしてた。ツボにハマって、笑いが止まらないよー。(広海)
(千穂)使い方がビミョーにヘン!。
固いこと言わないの。(広海)
(耕作)「じゃまあいいか、でいいよな」。
幹事長のカンちゃん、スケジュールの調整ヨロピク!(愛香)
(幹太)りょ!
似合わなーい!(広海)
1週間後の午後、喫茶『じゃまあいいか』。
広海たち、渋川ゼミの面々が久しぶりに顔を揃えた。一同に会するのは久しぶりだった。被災地の復興を見届けようと東北の大学を選んだ吉野さくらはこの春休みは帰って来ていない。夏休みには声を掛けようと、広海は思った。
「カンちゃん、うずうずしてたのよね。ゼミやりたくてやりたくて」
互いの近況話を切り上げて、千穂が本題に入る。
「うずうず感はないけど、居ても立ってもいられない感はあったかな」
「バカね。そういうのを、うずうずって言うんでしょうが」
「これこれ。あー、懐かしいっていうか我が家に帰って来た、って感じ」
幹太と広海のやりとりに、愛香。
「愛香は大袈裟なんだよ。第一、毎日我が家に帰ってるだろ。仙台に進学したさくらが言うんなら分かるけど。そうそう、LINEの焼けボックリは爆笑モンたよ」
「やめてよ。もう、いいでしょ。その話は」
「だって人の傷に塩塗り込むのに快感を覚える仕組みは、ホモサピエンスのDNAに組み込まれてるんだなぁ。脳内にドーパミンが分泌されるワケ」
央司のジョークだが、愛香とのコンビネーションも健在だ。
広海たち有志が“身の回りの政治”をテーマに議論した渋川ゼミは高3の秋、大学受験のために休止していた。それぞれ進路が決まって生活も落ち着いたことで、再開に漕ぎつけたというわけだ。
「最近の新聞やテレビを見ていると、ゼミのテーマに事欠かないのは確かだね」
「ほら、一番官僚に近い男、“課長”志摩耕作がそう言うんだから」
「勝手に人の進路決めないの、カンちゃん」
カウンターの中から広海。“課長”は志摩耕作のニックネームだ。
「どうやら、一過性ではなかったということか。ゼミ員の政治への興味は」
人数分のコーヒーを手際よく入れながらマスターの渋川恭一。少しだけ視線を上げて、みんなの様子を窺がう。
「失礼だな、マスター。一過性なんかじゃないッスよ。って言うか、もう永遠の課題っしょ。本気ですよ、本気。マジってヤツ」
「相変わらずオーバーだけど、“オウジ”がマジになるとっくに前から、国民の多くはとっくにマジモードなんだけどね」
「あたっ」
千穂が指摘するまでもない。世間では、財務省が森友学園に国有地を8億円も値引きして売却した不透明な経緯や、加計学園の獣医学部新設の認可をめぐる疑惑が浮上。いずれも安倍晋三総理や総理夫人の昭恵氏の関連・関与が取り沙汰され、首相官邸に対する財務省、文科省の「忖度」のあるなしも大きな論点になった。いわゆる“モリ・カケ問題”だ。
「これだけ大きな問題になっているんだから、みんなの関心が高いのは分かる。だけど、一つだけ注文がある。渋川ゼミで扱う森友・加計問題は、マスコミや野党のように責任を追及することだけがミッションじゃない。あくまで目的は政治への興味・関心を高めることのはずだね。そう、議論の入り口になればいいということ。だから必要以上に熱くならずに、与えられた情報を整理して謎解きを楽しむ感じで考えてほしい」
カウンターの中で、人数分のコーヒーを準備しながら恭一が釘を刺した。
「実に興味深い」
耕作が右手で顔を覆うようにして中指でメガネのフレームを挙げる。
「“お前”は湯川学か? まさかのキャラ変」
珍しく、千穂がツッコミ役だ。
「ってか、むしろ福山だろ、福山雅治」
恭一の指摘に、照るれ隠しで東野圭吾原作のドラマ「ガリレオ」でボケた男子たち。しかし、なぜか広海の頭の中では、水谷豊主演のドラマ「相棒」のテーマが流れていた。
「ハ~イ」
恭一の言葉に全員が声を揃える。店にはいつもと同じ“キョーイチ”のコーヒーの香りが広がった。
「そう言えば、“課長”と愛香は国会前のデモに参加したのよね」
「テンションを高めるためよ。広海たちは、国会議事堂や首相官邸を偵察して準備運動万全って言うし」
「偵察なんて大袈裟な。ちょっと覗いて来ただけよ」
「デモでも偵察でもいいけどさ、何でオレを誘わないかな」
央司が拗ねて見せるが、誰もフォローする気配はない。
「森友問題ひとつとっても、8億円値引きの根拠だった大量の地中ゴミがでっち上げで、昭恵夫人の関与や財務省の忖度があったのか、なかったのかとか。疑惑の焦点多過ぎ。加計問題も、総理の友人が運営する私企業に官邸が率先して便宜を図った疑いが持たれている。新聞の見出しじゃないけどさ、行政が歪められたのか、行政が歪んでいたのか不透明なんだよ。共通するのは、やってはいけない公文書の改ざんと資料を公表しないこと。さらに、役人や政治家がウソを重ね、事実を隠していることなんだ」
「やっぱ、テーマが多過ぎるな。1人でまとめるには負担が大きいよね。どうだろう、分業にするってのは? 森友、加計を分けるのはもちろん、それぞれ3人で手分けしませんか、って話」
耕作の明解な論点整理と、進め方についての幹太の案に、誰も異論を唱えなかった。森友学園は広海と耕作、そして央司が担当。加計学園は幹太と千穂、愛香で分担することにした。ゼミの再開は3週間後に決まった。
「ねえ、私の大学のメグ、岬めぐみとカンちゃんの同級生のセトナイカイも引っ張り込んでいいのよね。手伝ってもらっても」
「セトウチだって。セトウチ カイ。本人がいないことをいいことに」
「あら、本人がいたって言うわよ。“課長”と同じで、どうせ子供の頃からイジられてきたのは間違いないんだから」
「内輪もめは二人きりでやりなさいよ。まあ、岬さんと
千穂の意見に愛香も央司も頷いた。
「マスター、どうかしら? 久しぶりのゼミの進め方」
広海が恭一に確認するように言った。
「いいんじゃないか。後は君たちの恩師も呼んだらいいと思うよ」
「恩師って、ミツグ君のこと?」
「そう、貢だ。もう君たちの担任じゃないから、あいつの本音も聞けるかもしれない。学校でどんな猫をかぶっているか分からないが、結構アツいぞ、あいつ」
恭一は自分用に新しいコーヒー豆を挽くと、ドリッパーにお湯を注ぎ入れた。ドーム状に膨らむ細かい泡とともに、酸味を含んだ香りが漂う。
「『男たちの悪だくみ』がいつの間にか『男たちの悪あがき』になろうとは、SNSで発信した当の昭恵夫人本人も思いも寄らなかっただろうな」
恭一は淹れ立てのコーヒーを啜りながら、独りごちた。
「今、何か言った?」
「何でもない。一切ない。一点の曇りもないよ、神に誓って」
しらを切ってとぼけた恭一。耕作だけは意味深な恭一の言葉を聞き逃さなかった。
「オレも致命傷だと思います、そのフレーズ」
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