第6話 署名活動もネット時代

創明大学の学食―。大勢の学生でにぎわっている。入り口から一番奥の片隅のテーブルの角を挟んで直角の位置に耕作と千穂。チョコレート菓子をつまみ、ミルクティーを飲みながら署名サイトの打ち合わせだ。

「どうせホームページ作るんなら“バエ”するのがいいわね、コーちゃん」

「じゃあ、チホがイメージ図作ってくんない?」

2人きりの時、千穂は耕作を“課長”とは呼ばない。耕作も“チーちゃん”とは呼ばず“チホ”と呼び捨てだ。千穂の希望だった。

「だめだめ。私、プログラミングなんて出来ないもん。2020年には小中学校でも必修科目になるっていうから、出遅れる前に来年は街中の教室に通おうかな、って思ってるところよ」

「教室に通うのはいいとして、プログラミングっていうか、サイトのソース・コードはさ、いきなり書き始めるのは邪道だよ、チホ。そうだな、下書きをしないで油絵を描くようなもんかな」

「えっ、そうなの?」

耕作が小型のノートパソコンで有名な電機メーカーのサイトを開いた。

「基本、ホームページの横の幅は決まっているんだ。縦はスクロールすればいいから特に決まりはないけど、1ページがあんまり長くてもセンスを疑われるし、“バエ”もしないので、A4サイズとかB5サイズとか見慣れた比率がいいと思う」

早速、会話の中で学習した言葉を復習するように使ってみる耕作。

「確かに。スマホなんかでずーっとスクロールしないといけない但し書きとか億劫よね。最後の最後にやっと、『同意する』とか『同意しない』とかのボタンがあったりしてさ。ちょっとしたストレスよね」

丁寧な耕作の説明に、千穂も納得した様子だ。

「コンテンツと呼ばれる写真や文章を入れる囲いの部分はもちろん、この外枠の線も内側の区切りの境界線の太さも全部、細かく指定するんだ。で、線も囲いも全ての合計が、ページ全体の幅と一致しないと、大変なことになるワケ」

マウスを使って画面上のポインタで、ひとつひとつ指し示してくれるのが有難い。

「大変なことって?」

「画面の表示がガタガタになる。実際にページを作る時に分かるけど、パソコンはAIじゃないってこと。人間が正しく入力しないと、適当に何とかしてくれることは100パーセントない。テストの場合、たった一つのミスなら、90点以上は保証されるけど、ソースコードではたった一つのミスが致命傷になるんだ。90点の画面は絶対に出来ない。ぐっちゃぐちゃの0点だね」

「難しそうだけど、面白そうね」

呑み込みが早い千穂らしい答えだった。

「だから、イメージしたページの設計図を書いてみて。方眼紙に鉛筆書きがいいよ、修正も効くし。何ページ必要になるか分からないけど、全部同じ縦横比でさ。いろんな業界のいろんなページを参考にするといいよ。オレも考えてみるから。締め切りは1週間後」

「コーちゃんと私の2人のイメージを形にしたら広海たちに見せて、GOが出たら実際のページ作りってワケね」

「そういうこと」

打ち合わせを終えて2人は、別々の講義に向かった。


几帳面な2人は、ちょうど1週間後にラフ・スケッチを見せ合い、ブラッシュ・アップ。基本、耕作のコンテンツに千穂のデザインを生かす形になった。次の週の週末には、メンバーが『じゃまあいいか』に集合。千穂が色鉛筆を使って仕上げたデザイン画と、耕作の考えたページの展開にムダはなく、自分たちの初めてのホームページにワクワク感が広がった。

「あのさ、1個だけいい?」

と広海。

「私、全然素人なんでアレなんだけど…」

「何よ、広海。何にも言わずに“アレ”って、ウチの父さんみたい」

愛香らしいツッコミに、みんなの緊張がほぐれる。

「あのね、どっかに私たちの活動っていうか渋川ゼミの内容を載せられないかな、って思って」

「いいな、それ。参加は自由なんだし、情報を発信するツールとしても生かすことが出来れば一石二鳥だよ」

幹太がしっかり広海をサポートした。

「いいわね、それ」

千穂がノートにメモ書きする。

「渋川ゼミのページを作って、リンクボタンを追加するだけだからノー・プロブレム。デザインの大きな変更も要らない」

「あと1つ。トップページのシンボルマーク。正式に許可を取るまでは載せない方がいいよな。他のページにもよくあるじゃん。『準備中』とか『工事中』とかさ」

「もっともだね。テキスト文の“六輪”の説明で見る人それぞれが大体の形をイメージできるし。『準備中』ならシンボル・マークが使えるタイミングで差し替えるだけ。効率もいいしね」

耕作も賛成した。

「だったら『使用許可申請中』ってのはどう?」

「それって、言外に『お役所の決ま有がうるさいの』ってアピールね」

千穂は広海の意図を読み取ると、愛香も何か閃いた。

「じゃあさ、『じゃまあいいか』のページにもリンク張ったら?」

「オレに気を遣う必要はないからな。スポンサーでもないし、便乗商法なんて勘ぐられるのも御免だ」

「そうですね。ワールド・ワイド・ウェブだから、世界中の不特定多数の目に触れるわけだから、誰が何を思うか分からない」

と幹太。

「じゃあ、ゼミの活動報告や開催告知を入れるわけだから、『じゃまあいいか』については、必要最低限のアクセスだけならいいですか?」

「いいよ」

ドラマ『HERO』の田中要次のような低音で、恭一は答えた。

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