第167話 奇跡の本質(下)

「ごめんなさい。わからないの。ただ、ずっと前からそうだったんだと思う。この大陸に来るより前。その頃から私の中には種があってそれは場所に関係なく育つ予定だった。すべての元凶は私」


 誰もが何も言えずにいる中、口を開いたのは思わぬ人物だった。


「……そうやって感傷に浸るのは止めてください。あなたが自分の意志で選んだのはフルーゼを守ることで、危害を加えることではないでしょう。みんな、多かれ少なかれ自分ではどうしようもないことに振り回されているんです。そんな中で自分で決めたことを卑下しないで」


 王族としての苦労がそう言わせたのか。メイリアの冷たいようで優しい奇妙な物言いは正確に気持ちを伝えることに成功したようだった。


「……ごめん」


「魔王の種とやらについては俺に仮説がある」


「ふむ」


「……やっぱりカイル先輩のこと、ですよね」


「どういうこと?」


 アニエス以外は今代の勇者についてよく知っている。

 だから彼女の知らないことを先に説明することになった。


 俺の弟が勇者であること。その証がオドの中に存在すること。そういったことを説明した上で本題に入る。


「恐らく、魔王は勇者とかなり近い存在だ」


 にわかには信じられない情報だと思う。イセリア教徒なら卒倒してしまいそうな話かもしれないが、幸か不幸かこの場に女神信者はメイリアしかいない。

 そんな彼女も実務優先主義者である。声を荒らげる人間はいなかった。

 魔王封印の魔術が成功した以上、ある程度実証もできている。


「体の内側に本質的な才能があって、どこかでそれが開花するんだろう。魔王の場合は、角を媒介に負の魔力が集まっていくみたいだな」


 そこで一息ついてから続ける。


「俺はずっと、勇者とは何かを考え続けていたから、相対する魔王という存在についても早い段階で思い至った。その結果があれだ。最後の魔術については、正直見込み違いもあって危うく失敗するところだったけど。色々迷惑をかけてすまん」


「……それは、私が何も考えずにアニエスを助けようとしたからよね……」


 ここまで聞く側に徹していたフルーゼが久しぶりに口を開いた。

 確かにそれはきっかけではあるかもしれないが。


「フルーゼにも責任はあるわ。でも、先輩はどうせ似たようなことをやらかしてた。こういう人なの。説明不足でどんどん先に行って周囲が何が起きているかもわからないうちに取返しのつかないことをして……」


 そういう言われ方をするとつらい。現状ではしっかり否定もできない。

 いや、ちょっと待てよ、説明不足はお互い様な所も多くないか?

 どちらにせよ、目の前の失敗は俺が理由なので、今は黙っておくが。


「……だけど始末が悪いのは、それで助かる人がいること。しっかりお説教できないから繰り返すし。このあたりで一度頭を冷やしておくべきね」


「……そうなの?」


「そんなことない、って言いたい……」


「普段はカイルやルイズが面倒を見ていたんだがな。二人がいない以上、私たちが手綱を握っておかなければいけないわけだ」


 頼もしすぎて泣けてくるよ……。


「……フヨウ、さっきはありがとう。助かった。……もう、あんなことにならないようにする」


 右頬を触りながらお礼を言った。

 しかし、これ、思ったより腫れてないか?


 とはいえ、自分の責任で自分に害が及ぶならともかく、相手が仲間だなんて本当にどうかしている。対処をしていた上で、心に及ぶ魔力の強さが恐ろしい。

 ……精神制御の魔術、というものは本質に今回のことと似た部分があるのかもしれないな……。


「そのためにここに来たんだ。何度でも助けるさ」


 こともなげに言う姿は、むしろフヨウが勇者なのではないかと思わされるほどだ。今日何度目の感慨だろう。


「話すべきことはまだあると思うが、できるなら一度集落に戻った方が良いのではないか。既に日も落ちているはずだ、あまり時間がかかるようなら向こうから捜索が入る」


 確かにその通りだった。色々なことがありすぎて日常がおろそかになっている。


「アニエス、ここから離れることはできそう?」


 俺たちが今いる神殿の正室という場所は、なぜか負の魔力を抑制する力がある。

 封印は施したが、この地を離れてもそれが大丈夫かどうかという疑問。


「うん、角の方に力は全然残ってないから……。念のためあの指輪を持っていれば大丈夫だと思う」


 そういって首の無い石像の方を指さした。


「……この指輪、どうしたの?」


「お父さんの形見。……だから多分、お父さんは私のことを知っていたんだと思う」


 亡くなった人物ではあるが、かなりのキーパーソンだったみたいだ。

 そして、また一つ謎と謎が組みあがっていく。


「神殿の封印と関係があるようだが、外してしまって大丈夫なのか?」


「うん、このままにしておくほうが強い力が出せるけど、魔力と繋がっていない今は私が持っていた方が時間が稼げる。それに、大切なものだから」


「……ペンダントも、外しても大丈夫?」


「うん。私がいないなら、残してもあんまり意味がないよ。それも、元々フルーゼのものだったんだよね」


「うん。ペンダントがアインを連れてきてくれた。アニエスの所に導いてくれた。本当に不思議。でも私、嬉しいの。私たちに最初から縁があったんだって思えて」


 訳の分からないことだらけで、考えなければいけないことだらけでも、今日一日の収穫は信じられないくらい大きかった。

 その中でも最たるものは、『五人全員』で帰路につくことができたということだ。


 エンセッタのみんなを心配させてしまったかもしれないが、それに見合うだけの結果だった。





 なんとか夕暮れの終わりごろに戻ることができた俺たちを、集落のみんなはやはり待っていた。乏しい燃料を焚き、暗闇の中で集落の方向を見失わないように。

 交代で見張りをしていたのだろう。何人かの人間が入口付近に座り込んでいた。

 彼らは俺たちが持っているランタンの光に気が付くと小走りに寄って来た。そしてこちらの人数に気が付き足を止める。

 朝、四人で出かけて行った一行が五人で帰って来た。

 集落の人間は俺たちが神殿の調査を行っていることは知っていても、ずっと前に行方不明になった人間を本気で探していたとは思っていない。

 すぐには『いないはずの五人目』の正体には気付かないようだった。

 驚いた顔でこちらを見ているうちに、俺たちの方がそこへたどりつく。


「――――」


「――――」


 フルーゼが説明している間はできることもない。

 そう長いやりとりではなかったが重要なことは伝わったようだった。

 最後にこちらを振り向いたフルーゼに答えるように、アニエスが彼らの前に立ち砂除けに付けていたマフラーをずらして顔を見せた。


「――――」


 謝罪、だろうか。

 なんとなくそう感じるアニエスの発言に、彼らは言葉も返さずに他の人間を呼びに走った。




 それから、おおむね予想通り人が集まって来て騒がしいことにはなった。

 しかし、フルーゼやフィーアさんが上手く場をとりなし、話は明日、ということになったのだと思う。

 どちらにせよ、俺たち三人がいたところで何も説明できないのも事実なのだ。

 早々に解散することが許され、借りている建屋へと戻った。

 フルーゼに任せたアニエスのことは気になったが正直疲労が限界だった。

 身体の疲労よりもオドの乱用が原因であるように思うが、とにかくすぐに床に就き泥のように眠った。





 長い、長い夢を見ていたような気がする。

 これまでの半生と同じくらいの時間を、全然別の場所で過ごしたような。

 楽しくなんてない。しかし嫌悪や苦しみがあるわけでもない淡々とした夢。

 その先に何か新しい発見があり、驚いた、ような気がする。


 そこで目を覚ました俺は寝具の上でしばらく茫洋としていた。

 なんだろう、俺、今、大切なことを知ったんじゃなかったか?

 夢の常として『何かがあった』ことは覚えていても『何があったか』は思い出せない。

 就寝中に脳内で情報が整理される過程で残ったエラー。錯覚の類だろか。

 もともとないものをあったと感じているのか。

 この違和感もそのうち消えるのかもしれない。


 深く追うほど確かな記憶でもなく、身を起こして寝ぼけた頭を覚ますことにした。


 体調は悪くない。

 昨日は一日出かけていたし、それなりに運動はしたが疲労が残るほどの量ではない。

 どちらかというと魔術的な無茶をしたが、その悪影響らしきものも今のところない。

 むしろ、調子が良いような気すらする。


 昨夜の就寝時間が早かったせいだろう。良く寝たわりにはまだ外は暗い時間だった。

 とは言え建屋の外に見える空の淵には確かな光が宿っており、そう時間を置かずに日が昇ることがわかった。

 もうしばらくすれば、煮炊きのために集落の人たちも活動を開始するだろう。

 二度寝するほどの時間ではないな。

 そう考えて暗い室内で簡単に身支度をし、外に出た。

 

 旅の途中もそれなりに続けてきた剣の訓練を行い、戻るころにはフヨウとメイリアも起きていた。全員揃ってフィーアさんの家へと向かう。

 昨日取り決めていた通り、話し合いをするために。





 朝食を兼ねた会議では最低限必要な情報を共有することができたと思う。しかし、最低限だ。

 アニエスが帰って来て一晩。

 事実を先に受け入れる時間があったため、なんとか魔王に関する荒唐無稽な事象を信じてもらう段階には至った。

 しかし、これからどうするか、という話を始めたところで第三者の介入によって会議を中断することになってしまったからだ。


 申し訳なさそうに声をかけてきたのは、顔自体は知っているが名前のわからない村落の住人。ここの人口は多くないので、だいたいの人がそんな距離感なのだが。

 彼の話を通訳してもらったところ、『日課の水汲み』は再開してよいのか、という質問だった。


 昨日はため池を作る都合で事故防止のため、神殿付近への立ち入りを制限してもらっていた。

 俺たちはそちらを確認してすぐに、神殿地下へと潜ってしまったので情報伝達ができていなかった。完全にこちらの落ち度である。


 この集落では神殿へのお参りにはそれなりに意味があるので長い間制限するわけにもいかない。

 魔王不在の今、内部はともかく周辺地域への急な変調はみられないだろうという目算もある。

 フルーゼが同行して、池ができていることを説明した上で神殿への行き来を再開する流れとなった。

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