第162話 ある事実
高度な技術で稼働している機械である以上、再起動が行われないとも限らない。
現状でも身動きはとれないようだが、今後、障害にならないようにしておく必要がある。
慎重に構造を調べながら関節部や中枢の回路に当たりそうな部分の成分を調べ、要所要所で分離を行って機能を発揮できないように処置していく。
その上で床面を数十センチメートル掘り下げ、三体まとめて筐体を投げ込んでおく。
自爆なんかされてはかなわない。せめて周囲の被害が抑えられるようにしておかないと。
可能ならこの異常に高度な遺跡を破損させたくなかったが、仕方がない。
床の組成自体は一般的な石材と大きな違いはなかった。
大型のやつは……、骨が折れそうだ。
推定一トンを超えるであろう体重は全員で魔術を駆使すれば動かせないほどではないかもしれない。
しかし、どこに置いても動き出せば安全な場所などない。
「ここだ。この四角い部分を取り外しておけば、どうやっても動かないはず」
検分している俺の隣をすっと通ってフヨウが巨体に上ると、首の付け根の隙間から腕を差し込む。
いや、もっと慎重にいこうよ……。
おっかなびっくりで指定された場所を調べてみると、確かに目立つ部品が存在した。
一辺二十センチほどの立方体に見える。
表面から一センチほどは透明な部材なのだがその内側にもう少し小ぶりな黒い立方体が存在する。
「動く時には終始ここの部分から魔力を介して指示が出ていた。こいつらにとっての頭だ」
言わんとすることはわかる。しかしとりはずすとなると……。
中枢回路に相応しく、ケーブルらしきもので何か所も接続されたそれはまさに精密機械。
色々と気を遣う処置になりそうだ。
「この板を外してもらえないか」
俺の懸念など知らないとばかりに、首を守るようにつけられた装甲板を外せという。
幸い、もとから小まめに外す前提で造られているのか何か所かの留め具を変形させればきれいに取り外しができた。メンテナンスハッチなのかもしれない。
板は大きさに比して軽いものだったが、それでも何キロもあるようなぶつである。
慎重に巨体の下へと下ろしていると、その間にフヨウはするっとできた空間に上半身を投げ込んでしまう。
慌てて止めに入ろうと昇った時には黒い立方体を掴んだフヨウが待っていた。
「これで大丈夫だ」
俺の気持ちが大丈夫じゃないよ。
危ない部品だったらどうするんだ。
念のため調べたところ、強度のガンマ線を発していたりはしなかったが……。
結局、とりはずしたものは仕方がないので他の個体同様に地面に埋め込むことで処理を行った。
残った巨体もワイヤーで拘束して一段落ということにする。
戦闘が発生した以上、相談した通り一度撤退するべきだろう。
そう提案しようと思った所で、新な変化が現れる。
部屋の奥に位置していた黒い壁面。
人工黒曜石の入口が変形を始め、先へと進めるようになったのだ。
一体どういうことだ?
襲ってきたゴーレムを考えれば、これまで俺たちは除去されようとしていたはずだ。
それを誘い込むように先の道が開けるというのは違和感がある。
「……ねぇアイン。わがままを言って悪いのだけど……、先に進ませてもらえないかしら」
フルーゼが進めるようになった通路の先から視線をそらさずに言った。
「理由を説明してもらえるか、一度戻るってみんなで話しただろ。さっきみたいなのがまたやってくる可能性だってある」
「多分、もうないと思う」
そういって見つめる先には壁面にゆっくりと光が灯り始めていた。
それは抽象的な絵を形作っており、これまで見てきた神殿文字と同様の物のように思える。
ここから彼女がなんらかの情報を読み取ったのは間違いない。
「あれ、どういう意味なんだ。わかったんだろう」
短い文言だ。
そう沢山の情報があるとは思えない。
「意味なんてないわ。ただの音を表した文字列、フルーゼって」
予想は当たったが、想定はしていなかった。これはつまり……。
「アニエスが呼んでる。お願い、先に進ませて」
待ち人がいるというのなら、話は別か……。
核心はいつだって急なものなのだ。
「みんな、いいか?」
どうすることが、とは言わなかったし、問い返されることもなかった。
「かまいませんよ」
「少なくとも悪意や敵意は感じない。先ほどのゴーレムが来るようなら私が相手をしよう」
それぞれのやりかたで背中を押す。
先に進むのに一番勇気が必要なのはフルーゼのはずだと、みんな知っているから。
進んだ先にはまた螺旋階段が続いていた。
所々、別の経路と思われる場所があったのだが、それらは全て例の黒曜石で塞がれており、実質一本道になっている。
魔術でこじ開けることもできたが、これがアニエスさんの意志だというのなら逆らうこともないだろう。
それなら最初から帰還している。
罠を懸念しながら降りた螺旋階段も、やはりというか何事もなく。
少し大きな門を通ってそこへたどり着いた。
これまで長い間進んだ神殿の内部。
それとは大きく異なる場所だった。例えるのならば鍾乳洞。長い年月を経て作り上げられたつららのような石柱が上下に立ち並んでいる。
でもおかしいな。天然に出来上がった場所であるとするのならば、もっと『窮屈』になると思うのだ。
今いるこの場所は、生き物が過ごすことを想定しているかのように、平たく開けている。所々にある石柱はあくまでオブジェのようなもの。一方で立ち並んでいた鍾乳石排除して人の手を入れた様子もない。
そういった不自然が何によって起きているのか。俺たちは全員その理由を理解していた。
地底湖に渦巻く膨大な魔力。その中心部ともいえる場所がここだったから。
本当にわかりやすく、強烈なマナの中心に柱がある。
これまでの黒曜石のように暗い色合いをしているが、触れなくてもわかる。
あれはそんなに単純な物質ではない。物質ですらないかもしれない。
俺の知る魔力というものには形はなく、濃度、あるいは密度だけが存在する。
感覚的にはより『エネルギー』というものに近い存在。
他に例を挙げれば電力の様な物だ。
なのに、この柱はまるで、魔力そのものがそこに存在しているのだと感じさせられる。
触れれば形があるのではないかと感じるほどに濃密。
神殿の上階、あるいは託宣の間のように強く制御されているのか、ここまで離れていれば俺たちの活動に支障があるようなことはない。しかし、ひとたび、なんらかの『指示』のもとにこの力が振るわれれば、俺たちにはなすすべがないことが容易に想像できる。
地下の温度は一定で、暑いと感じるようなものではない。それでも冷や汗が流れる。
生理的な危機感によるものだ。
この空間は地底湖そのものとそのままつながっているのが、そこかしこに通路らしき洞穴が散見される。
しかし、アニエスさんの意志で導かれたのはこの場所で、先に進むべきではないのだろう。
この、恐ろしい柱を無視して行くことはできない。
かといって近づくことすらはばかられる。
ただ、黙って観察をしていると、柱の中に変化が現れた。
暗い色だったそれがわずかに明度を増し、ブドウのような紫色になる。
中央には俺の背丈より少し小さな影。明確に人の形をしている。
それがゆっくりと柱の表面に近づいたかと思うとまるで流れる水から出てくるように界面を通過して『こちら側』へとやってきた。一歩、二歩。
ゆっくりと近づく『それ』は三歩目を踏み出すことに失敗して膝をつくように崩れ落ちてしまった。
「アニエス!」
耐えきれなくなったようにフルーゼが走り寄る。
状況から考えていた通り、この人物が俺たちが探しているアニエスさんで合っているようだ。今回の目的を無事果たせたことになる。
しかし、俺はその行動を祝福も警戒も追従もできずにいる。
ただただ恐ろしかったから。まるで重病の患者のように蹲る少女のことが。
もしも、俺たちに魔術の才能がなかったのならば、フルーゼよりも先に彼女の元へと走っていたのかもしれない。
しかし、目に見えないこの力を感じ取ってしまえば足がすくむ。
柱に感じていた原初の恐怖は建造物ではなく、中にいたこの少女に対してだったのだ。
それがわかってしまった。
ただ強い力ではなく、烈火のような怒りと粘土のような無念。
それを悲哀と憐憫で人の形に成形したかのような強い方向性のある魔力。
それが目の前の少女だった。
フルーゼだって、感じ取っているはずだ。
だから最初は近付こうなんてしていなかった。
でも、それがアニエスさんの形をしていることに気が付いたから、まるで病人のようにふるまっているから。もう耐えられずに走り出した。
恐らく崖から身を投げ出すほどの勇気が必要だったはずだ。
それでも、彼女が抱え続けてきた後悔が行動を促した。
……俺は何をしているんだ。彼女を助けるためにここに来たんじゃないのか。
すぐに動くことが出来なかったのは自分の愚鈍さが理由かもしれないが、現状を見守ることになんの意味もないことはさすがにわかる。なら、考えろ、考えて行動しろ。
本能による硬直を理性で律し、状況を見定める。
アニエスさんから放たれるマナは異質なものだが、魔術特有の『力となる方向性』は与えられていない。
むしろ、そうならないように抑えられているのではないかとすら思う。
ただ、禍々しいだけで現状、周囲に影響は与えていないのだ。
だからと言って気軽に近づくことが出来ない。それは不発弾のようなもの。
性質に適した方向を与えられれば、暴走、あるいは爆発することが目に見えている。
力の中心には少女がいる。
人の形をして人の意志を持っているとすれば、いつスイッチが入るかはわからない。
無意識にでも方向を与えられれば力が解放される可能性は充分にある。
なら逃げるのが正解か? そんなことはない。
この力が影響を与える範囲はちょっとやそっと移動すれば抜け出せるものではないだろう。
俺たちどころかエンセッタの集落の人の命運は、この少女の自制心にかかっているといっていい。
……なるほど、無視するわけにはいかないってことだ。
なら、フルーゼの行動は正しい。
彼女のために行動する。全部が正解ではないかもしれないが、少なくとも道理を外れたりはしていない選択肢。
情けない思考のもとに、震える足を一歩ずつ踏み出してフルーゼを追いかける。
少女の元に辿り着き、介抱の方法を話し合おうとした時、新たな硬直が俺を襲った。
魔術的なものではなく、純粋な驚きによるもの。
予想外の現状に頭が追い付かない。
――なぜなら、柱から出てきた少女に見覚えがあったから。
「聖女……様?」
俺の後についてきていたらしいメイリアが、そのまま疑問を口にした。
そう、アニエスと呼ばれた少女は、
――カイルとともにいるはずの救国の聖人とうり二つの顔立ちをしていた。
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