第161話 筆のあやまり
「ゴーレムか!」
師匠に聞いたことがある。
ダンジョンの内部には他の地域で見ることのできない特異な魔物が現れると。
その一例に、機械の体を持ち、死して腐らず力尽きるその時まで戦い続ける恐ろしい存在がいるのだと。
多くの場合、刃物や弓は有効ではなく、鈍器を使用して相対するものらしい。
なんでそんな存在が魔物と呼ばれるかというと、ほぼ確実に魔法石が内在されているからだという。
「……私のせいだな。もっと早く注意喚起するべきだった」
後ろにいるフヨウが言うが、そんなものは全員同じだ。
「だから、責任をとろう。このデカい方は私が相手をする。アイン、悪いが小さい方を頼めるか。メイリア達は隙を見て階段の方へ向かえ」
「そんな……、無茶よ!」
フルーゼが悲鳴の様な声をあげる、がフヨウはいつものような飄々とした表情で答える。
「そうでもない。試して見ないとわからないが、あいつと私はそう相性は悪くなさそうだ」
予想外の答えだった。こんな化け物を相手に何が相性なのかはわからない。
でも、俺はフヨウを信用している。
「……ちょっとだけまかせる。こっちも早めにケリがつくように頑張るからさ」
「ああ。アイン、相手はマナを集め、魔力で動いている様だ。うまくそこをつけ」
助言まで貰ってしまった。
しかし、その言葉のお陰でいくつか作戦を思いつく。
前衛をやらなければいけない以上、複数の敵に一度に高火力の魔術を放つのは難しい。
とりあえず、相手の数を減らすか動きを阻害する方向でいこう。
「メイリア、ちょっと手伝ってくれ。例の戦法だ」
そう言い残して目の前の三体に向かって走り出した。
多少広い部屋とはいえ、踏み込めば一歩で間合いに入る。
三体並んだゴーレムのうち、一番前の一体は一切の躊躇なく、俺の踏み込みに合わせてその腕を横殴りに叩きつけてくる。
速い! でも単純な動き。
常人より強い力を持っていそうだが、変則的な攻めではなかった。
もとより様子見のつもりでの踏み込みだった。
無理をするつもりはさらさらなく、二歩目で力を抜くように柔らかく膝をつかって攻撃を避けると、三歩目に低い姿勢をとって重しのついた樹脂紐を敵の下半身に当たりをつけて投げ込む。
敵は足をもつれさせて転倒したりはしなかったが、両脚を巻き込んで機動力を奪うことはできたようだ。
あまり期待していない攻撃だったが、数秒の猶予をつくることには成功した。
一体目を無力化するチャンス到来。
そう思った所で残りの二体がその個体をカバーするように立ち位置を変えてきた。
どうやら攻撃一辺倒のキリングマシーンというわけではないらしい。
師匠の話すゴーレムとは印象が異なるが、三体に関して言えばフォーメーション戦術を行うことはできるらしい。
一体一体にフェイントなどの搦め手を見せる動きはないが、数でカバーするという素直に強力な戦術教義(ドクトリン)を持っている様だ。
そこまで確認するのと並行して、ピンポン玉より少し大きいボールを足をもつれさせた敵に向かって投擲する。
それを間に入ったうちの一体が中々の反応速度で弾き返『そう』とした。
その動き自体はジャストミートだったのだが、おそらく相手の想定外だったのはボールの脆さ。
くしゃりと生卵のように半分つぶれたボールは弾こうとした一体の肘関節あたりに良い感じ内部の液体を被せることに成功した。
もともと、その程度の大きさのボールがあたったところでどうということもないと思うのだが、敵は爆発物でも警戒しているのだろうか、かなり高度な判断で稼働しているように思える。
思考するよりも先に、同様の玉をどんどん投げていく。
五つほど投擲した所で『玉』切れになり、そのうち四つを相手の体のどこかには付着させることに成功した。
二発目あたりでこの攻撃は脅威ではないと認識したのか、攻勢に転じてきた。
人より速い動きで三体からの攻め手は結構苦しい。それでもしのげないほどではない。
敵がフルーゼたちを警戒していること、俺が積極的な攻撃を行っていないことが原因だった。
本来なら敵は三位一体で俺一人を数的優位で押さえこむのが得策なはず。
けれど見た目だけは同数の戦力である俺たち相手にそれはできない。
仮初の拮抗。
時間がたてばたつほど天秤はこちらに傾く。
さきほどの投擲が効いている。
完全に無力化とはいかないが、目に見えて敵の動きが悪くなってきた。
同時に性能もある程度は分析が終わった。
こいつらは一体一体が大の大人数人分の力を持っているが、『その程度』ならどうにでもなる。
先ほど投げた球。
あれ自体は炭酸カルシウムで作った脆いボールで、卵の殻そのものだ。
中に入っていたのはいくつかの物質。
エーテルやアクリルモノマーと呼ばれる比較的シンプルな有機成分である。
これらはただそこにあるだけでは特異な臭いのある液体以外の何物でもない。
しかし、組み合わせによってある一つの特徴を示す物質群である。
それは、特定の波長の光によって重合し硬化するというもの。いわば接着剤の一種だった。
戦闘に限らず工作での活用も視野に入れて持ち込んだもの。
俺自身はこのボールを当てながら敵の注目を引いていただけ。
その間、非戦闘員のように距離をとっていたメイリアが不可視の紫外線を魔術で照射しつづけて動きを奪うという、南大陸に来る前から練習していたフォーメーションだった。
この敵の場合、完全に拘束するほどの力はないが、動きを悪くするだけでも充分だ。
まんまと俺たちの術中にはまった三体。
本来の動きが出来ずに見せた隙をつき、オド循環の筋力にものを言わせて一体をはじき飛ばした。
破壊するには至らない攻撃だが予想通りカバーのために二体が間に入る。
その片側の足が俺の作った罠にかかった。
戦闘中も作り続けていたアラミドの高張力繊維を細く張り巡らせたもの。
蜘蛛の糸よりは太いが注意しないと見えず、本数が多いので簡単には引きちぎれない。
滑稽ともいえる動きで転倒した個体に同様の素材で作った網で拘束する。
一体はまだ起き上がれていない。一体は目の前で短期戦闘不能。
短い時間ではあるが、残り一体だけの状態を作ることが出来た。
今ならフヨウの言葉を試すことができる。
慎重に間合いを測って相手の振り下ろし攻撃を誘うと、後の先で手の甲にあたる部分から肘を巻き取る。
その瞬間に練り上げたオドを敵の中で流れる魔力に干渉させた。
あっけなく、痙攣のような動きをした後に、この個体が動かなくなる。やっぱりだ。
どうやらこいつらは電力の代わりに魔力で動くロボットのようなものらしい。
かなり繊細な処理を行っているようで、雑なオドを内部に流されることでエラーを吐く。
明確な弱点だ。
その後、次の戦術判断に迷いが生じたかのように縛り上げられた個体が見せた虚をついて無力化。
次いで復帰した最後の一体を倒してこちらの戦場は終局した。
一方。階段前に陣取っていた大型のゴーレムはというと……。
俺が二体目を処理するより早く、フヨウによって沈黙させられる憂き目にあっていた。
彼女は俺とメイリアのように搦め手もなく、得意の弓もこの探索には持ち込んでおらず、ほとんど無手で攻略したことになる。凄い。
本人の助言があった以上、止めは俺と同様に魔術攪乱で刺したのだろう。
問題はそれまでの流れである。
王都でずっと指導を受けてきた俺は、集団戦において目前の敵以外の状況を把握する訓練を行ってきた。
『背中に目をつける』とか呼んでいるそれは、立ち位置を選びながら視界に入らない物、人の動きを常に意識する、それなりに高難度な技術である。
とは言っても、マナ感知が使えるため、人や魔物の動きはそこそこトレースが可能なので地形や障害物を入念に把握する能力という方が近いかもしれない。
魔術を使用できない多くの人間は経験によってそこをフォローするわけだが、師匠なんかは完全に俺たちよりも高い精度で生き物の存在を把握しているように思う。
そうやって注視していたフヨウの戦い方は、言ってみればステゴロフルコンタクトである。
身長でいって倍以上。
推定体重なら何十倍という相手を前に、終始距離をとることなく打撃による戦闘を行っていた。
プロレスラーと未就学児童のケンカよりも体格差があるそれが、一分と待たずに小さい方の勝利で終わったということになる。
うつぶせるように倒れた巨体を観察してみると意外と破損がないことがわかる。
探索を行うにあたって狭い道を通行するために俺たちは長物を持ち込まなかった。
多目的の短刀以外はこん棒だって所持していない。
そんな中でどうやったものか。
目立って壊されている場所、それは両膝である。
体のバランスで言えば短めの脚は、人間のそれとそこまで異なる形をしていない。
踏ん張ったり加速したり。
機動力を一手に担う関節部は精密構造の塊だと思うが、どうやらそこを狙ったらしい。
「大丈夫だったか?」
「それはこっちのセリフだ。でか物(ブツ)の相手を一人でするなんて無茶はやめてくれ!」
戦闘開始(オープンコンバット)時には言えなかったことを伝えておく。
信頼していたって不安は不安なんだからな。
「言ったろう。相性が良かったんだ」
説明を聞いてみると、マナの感知で相手の動きが先読みできたのだという。
俺たちが強い感情をマナを介して知るような感じだろうか。
「こいつがオドの様な魔力で動いているのはすぐにわかった」
それで最初の助言をした、と。
俺たちと同じようにオドによる攪乱で機能停止に追い込む戦い方はすぐに決まった。
しかし、一点違ったのは体格差だ。
オドを流し込むにしても、どこでも良いというわけではなく、機能の中枢がある胸部付近でなければならなかった。
そのために先に膝を破壊して低い位置に弱点を露出させたと。
問題はそのために取った手段だ。どうやら彼女は、目的のために接近戦を選んだ。
動きを読んで紙一重で攻撃を避け、隙をついて膝の関節部を、オド循環の筋力にものを言わせてねじ折ったのだという。
「動物の膝は柔らかく色々な方向へ動く代わりに、複数の力がかかると極端に脆いからな」
具体的には軸足として体重がかかったタイミングで関節部に外側から力をかけて内側(ないそく)にむけて捻った。
これは格闘家がローキックなんかで狙う方法になるのか?
とにかくそれがうまくいき、俺たちと同様に魔術で止めを刺したと。
どこの勇者だよ!
カイルも真っ青な勇気ある戦いをしてなお、けろりとしている。
……なんにせよ、目前の危機はなんとかした。
かと言って緊張状態を解くにはまだ早い……。いつ再起動するかもわからないのだ。
できる範囲で後始末をしておこう。
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