第160話 暗闇を照らすもの(下)

 全員で視線を交わす。

 考えていることにそこまで違いはないだろう。


「念のため、このペンダント、かけてみてもいいか?」


「今の持ち主はアインよ。普通に考えれば何も起きないはずだけれど、判断はまかせるわ」


 もとよりダメ元である。何の力もない装飾品を飾り付けたからといって困ることもないだろう。


「わかった、ちょっと、試して見る」


 全員が頷くのを確認してから、ペンダントを取り外して石像の方を向く。

 俺より体格は良いが、頭がないので作業に困るほどではないな。

 考えながら胸元を注視すると彫り込まれた文字に気が付いた。


「なあ、ここ、何か書いてないか? 神殿文字ってやつで」


「え、ああ。確か装具で厄災を鎮める、みたいな意味。指輪のことだと思うけど」


 なんだ、気が付いていたのか。

 少なくとも、呪いがどうとか書いてあるわけじゃないんだな。

 ちょっと気を緩めてペンダントの取り付けを行ってみた。なにげにサイズぴったりなんじゃないか?


 だからといって大きな変化はなかった。

 まあ、もっともあり得る結果なのだが期待していなかったわけではないのでちょっと残念だ。


「何もなし、か」


「……いや、少し待ってくれ」


 さっさとペンダントを取り戻そうとしたところで制止する声があった。

 フヨウだ。


「よくマナを確認してみろ。さっきまではまったく変化がなかった経路に流れができた」


 慌てて確認してみるがよくわからない。

 部屋の特徴もあって、僅かなマナの流れは中々感知できないのだ。

 石像に触れ内部に俺のオドを暴露させて初めて変化に気が付く。


「さっきはこんなのなかったよな?」


「ああ、確かだ。明らかにどこかから魔力が流れ込んでいる」


「でも、先輩にもわからないような魔力量では、できることは限られるでしょう。いったいどういう理由があるんでしょうか」


 当然のことだが魔術で発生する現象にも大小がある。

 大きなことを成そうとすればそれ相応の魔力が必要だし、大きければ感知しやすいものだ。例えば、この神殿の地下のように。


「さっきも似た様なことがあった……。『知る』こと自体が目的、かしら」


 フルーゼの考え方は非常に科学的だと思う。

 最小限の力でも、『ある』か『ない』かにはゼロとイチとの情報差がある。

 そしてその情報が本当に必要なものだったとき、結果には無限の違いが現れるのだ。


「ペンダントがかかっていることを検知したってことかな?」


「なんのためだろうな」


「ありそうなのは、『鍵』とか」


 限られた人間だけが先に進める構造にするために。

 俺たちの考えるような金属の錠とは異なるが、このペンダントに暗号キーの様なものが含まれているのならばできそうではある。

 ただし、ここまでの現象もあわせてめちゃくちゃ高度ではあるが。

 フヨウの調べた回路図の様な機構から考えれば、どこかで情報を集中的に管理した上でのセキュリティだ。スマートロックにもほどがある。


「状況が状況でなければ色々と調べてみたいものですけど、とにかくどこか閉じられた場所へ行けるかもしれないってことですよね」


「……構造を考えるなら俺たちが通って来た場所に出るだけって可能性もあるけどな……」


「それはそれだ。調べてみないことには始まらない」


 試しにペンダントを外して見ると、魔力の流れはなくなる。

 この先を調べるにはここに置いておくしかなさそうだ。

 念のため、人工黒曜石を操作して部屋の入口を岩で塞いでから先に進むことにした。




 フルーゼの案内に従って石像の隣にある階段から下段に降りていく。

 さっきまで調査していた空間と隣接した部分だ。

 アニエスさんとのことを思い出すのかフルーゼの口数は少ない。

 自然、俺たちも必要なこと以外は喋らずに、僅かな緊張感を伴って目的地にたどり着いた。


 神殿の内部では珍しくない、こぢんまりとした部屋だ。

 俺たち全員がいると少しだけ狭さを感じる。

 目立つものは奥に見える漆黒の壁だけ。


「この先に、アニエスは行ったの。私は追いかけることができなかった……」


 真っ黒な壁が闇の道に見えているのかもしれない。

 でも、今こうして確かめれば、エレベータに使用されていた黒曜石と違いはない。

 だから、それはまやかしだ。みんなで調べた、みんなで考えた。

 ここにあるのはただ不純物を含んだガラスだ。

 いつだって闇を照らすのは智の光だと、フルーゼは知っている。


「……今度は大丈夫だ。みんなで進もう。アニエスさんがこの先に進んだっていうのなら、空間があるはずなんだ」


 魔術で操作を行う前に音や匂い、僅かなマナを、揺らぎを調べる。

 その結果は、朧気に不可視の回廊の存在を示していた。


「……私にやらせて」


 さっきエレベータを動かした時には、この状況を予測していたのかもしれない。


 彼女の心のうちには、きっと新たな後悔がある。

 あのとき、友人との絆を断ち切った闇は、勇気を持って向き合えば払えるものだとわかったから。

 諦め、即ち自らの決定だけが別れの原因だったと考えている。そう思う。

 けれど、少なくとも今の彼女の表情に憂いはない。

 目の前に進むことこそが必要なのだという決意を感じさせる。

 こんどこそ間違えないのだと。


 俺がやっても良い作業だったが、フルーゼの気持ちを優先すべきだと判断した。


 神殿の地下に渦巻く魔力をオドで汲み上げ、慎重に変形させた黒い壁。

 厚さはたった二十センチ程度。一円玉なら十枚並べただけの距離が、フルーゼを悩ませ続けていた。

 今、その先へ彼女は進もうとしている。一年以上の時を埋めるために。

 俺たちはまだ間に合うと、そう信じている。





 人が一人通れるだけの入口を作った先には、短い廊下とらせん状の階段があることが確認できた。

 細かく調べてみると、黒曜石の壁の内側には入り組んだ石材の機構があり、場合によってはそれが稼働してもう一段階封鎖される構造のように見える。

 石室の入口のように稼働させる仕組みだろうか。


 探知能力に長けたフヨウを先頭に階段を下りて行く。

 これまでの構造もそうだが、高度な魔術科学力を持っていただろうここの利用者は俺たちと同じ様な姿形をしていたみたいだな。

 予想は出来ていたことだが、螺旋階段は神殿の地下部分に一直線に向かって下りて行く。

 つまり、魔力が渦巻く根源に向かって。

 みんな、一気に核心に向かっているとそう感じていることだろう。

 そこに、水を差さなければいけない。


「フヨウ、ここまで来ておいてなんだけど、ちょっとでも気になることがあったらすぐに伝えてくれ。どんな些細なことでも、勘でもいい」


「これまでもそうしてきたつもりだが……、どうした?」


「異常があれば一度全員で戻る。成果についてはこれまでの部分でも充分だから安全を優先したい」


 おあつらえ向きに近道もできたしな。


「わかった」


 勝手に判断を下したが、反対意見は出なかった。

 はやる気持ちと異常な魔力。どこかでブレーキをかける必要があるとはみんな思っていたのかもしれない。往々にしてそのタイミングは、直前では手遅れになるものだ。


 しかし、結果的にみれば俺たちは引き返すタイミングを逸していたことになる。

 この探索の核心が、俺たちの考えより少しだけ早く姿を現したからだ。


「あと一階層分ほど降りたところに広い空間がある。どうする、戻るか?」


 約束で言えば潮時ということになるか。


「他にわかることはあるか? 異常とか生き物の反応とか」


「人のような大きさの生物はいないな。地下の魔力とはまだ距離があるし、変な匂いもしない。強いて言えばこれまで上階で見てきたマナの経路がそこで交わっているように思う」


 管理用の空間か?

 ガスはわからないが魔物の心配はなさそう、と。

 時間は予定していた蝋燭半分にはまだ至っていない。まだ昼前。


「わかった、今日はその部屋の調査までってことにしよう」


 元々決めた期限までは半刻以上ある。

 余裕を持って調べられるはずだ。


「賛成だ。念のため装備の確認だけはしておこう」


 フヨウが的確に補足をしてくれる。名参謀である。


 三十段。きっちり一階層分の階段を降りきった先には予定通りの部屋があった。

 学校の教室をいくつか並べたほどの広さで、奥にはいかにもな石板の乗った装置らしきものが鎮座している。

 となりには複数の黒曜石の壁があり、先にまだ部屋が続いていることが予想された。

 室内にはどういった原理なのか眩しくない程度の光源が並んでいる。


「随分天井が高いですね」


 メイリアのいう通り、これまでの神殿内部とは異なり頭上の空間が広い。

 天井が見えないほどではないが、五メートル以下ということはないだろう。

 これまで地下や室内をずっと通って来た身には広大に感じる空間だった。


「調べるならあの装置か」


 低出力とはいえ、これだけ収斂されていれば俺でもわかるマナの流れ。

 地上、奥の部屋、そして地下、すべての方向からと思われる魔術の回路が目立つ石板に集中していた。他には光源くらいしか変わった所がないため、どちらにせよそこへ行くしかない。


 先ほど、石像を調べたように、石板にオドを流し込んで流れを確認しようとしたその時だった。


「アイン、下がれ!」


 フヨウの注意喚起に、状況を把握するより先に動く。

 一秒が二秒か。

 緊張の中ではそう短くない時間の後に、俺がいた場所に何かが上から落ちてきた。

 一つではなく、三つ。

 天井の一部だったそれらは落下の過程でロボットのように変形し、全体を稼働させて地面にぶつかる衝撃を和らげる。

 光沢のない部品で構成された肉のついていない動物のようなシルエット。

 手は長めで足は短め。強いて言えば猿に近い見た目だ。

 人ほどの大きさで、着地音から考えても人より軽いということはなさそうだった。


 あのままぼーっとしていたらこいつらの下敷きになっていたのだと思うと恐ろしい。

 とにかくこの場から逃げるべきだと、みんなに指示しようとしたところで後部からどすんともっと大きな音がした。目の前の三体とは比べ物にならない重さを感じさせる。

 ほぼ確定している嫌な予感とともに、後部を確認すれば、目の前のものと似た形をした物体が立ちはだかっていた。

 数こそ一体だけだが、とにかくデカい。俺の背丈の倍ほどはありそうだ。


 退路を断たれた。

 これでは俺が足止めをして逃げる戦術が使用できない。

 最も有効な手段を封じられ、完全なピンチだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る