第158話 暗闇を照らすもの(上)
たしかに彼女は地下を歩いていたときからかなり正確に現在位置を把握していた。
神殿の現地調査もそれなりにしっかりやっていたことを考えれば不思議ではないことではある。
でもやっぱり凄いよ……。
この建造物、かなり大きいのだ。
高台に建っていて、気が付かないような高低差が地形にあるのも測量の時に確認した。
そういったことを全部含めてのことだからな。
彼女が言い切る場合はだいたい『当たり前』のレベルまで自信がある時なので風の匂いとやらで確信を得たのだろう。
「正室の入口は大きな岩で塞がれていたが近くまでは行った。その地下方向に黒い石壁があるというのなら、ここからはそう遠くない。仮に部屋までたどり着けなくとも付近を調べるには充分だろう」
頼もしい。
元々調査を行う予定だった場所よりも、マナの反応から見ると少しずれることにはなる。
しかし、その事実に内心安心もしている。
みんな言葉には出さないが、神殿の地下にある魔術的な反応がとてつもないなにかであるということは理解しているのだ。
北大陸の地脈のような安定したものではなく、何か目的を持って脈動しつづけるようなそれは、人知の及ばない力を感じさせて本能的な恐怖を揺さぶる。
エンセッタと所縁深い神殿の話である以上、目を背け続けるわけにはいかないのだが、それでも後回しにできるだけで気が安らいでしまう話だった。
フヨウの案内に従ってしばらく探索を続ける。
上階へ移動するに従い、窓ほどの大きさではないが外部に繋がると思われる小さな隙間が確認されるようになった。
ある程度の高さになったと推測される太陽は、そんな隙間からでも結構な光量を室内にもたらしてくれる。
魔術を併用すれば光源には困らない状況だったが、やはり日の光というものは心安らぐ。
天の神殿に相応しい設計かもしれない。
しかし、それにしても複雑な構造の建造物だ。
従来のお参りでは使用しないエリアが沢山あるというのも頷ける。
知らない人間ならすぐに迷子になりそうだ。
なにせ、となりの部屋へ向かうにも階段で昇り降りが必要だったり、その階段が階層によって全然別の場所にあったり。
なんなら隠し通路のようなものが他にもあるかもしれない。
まるでテロリスト対策を施した放送局のように、意図を持って不便な構造になっているのではないか。そう感じさせるほどだった。
「これ、みんな帰り道覚えてるか?」
ちょっと不安になったので世間話がてら話に挙げてみると、
「まあ大丈夫でしょう」
「いけると思う」
「風の匂いが違うからな」
とそれぞれ頼もしい回答を得られた。全員探索者の才能があるようだ……。
一番危うい俺にしてもケミカルライトが光ってるうちなら大丈夫。
最悪地上なのだからこじ開けてでも外に出よう。そう考えると少し気が楽になった。
当初の地下探索ではこうはいかない。
ほんのわずかな隙間からも存在を感じられるお天道様々である。
「周辺で正室の下に一番近そうなのはこの辺りだな。これ以上なら、実際に現地に繋がる道を探すことになる」
「私が見た時は一本道だったから、そんな場所があるかはわからないけれど……」
「仮にここで行き止まりでも、わかることはあるだろう。今日一日の収穫としては上々だ。何もかも上手くいくとは限らないさ」
「そうね、ちょっと最近幸運が続きすぎて欲が出ていたみたい。気をつけなくちゃ」
俺たちがそれぞれ、マナの感知や視覚から得られる情報で調査を行っている間、フヨウはより高い精度で問題の場所を調べて周っていた。
そう長い時間ではない。おそらく数分。
それでも、彼女にとっては充分だったようだ。
「だいたいわかった」
「どんなことが?」
「ここでわかることは全部、だ。順番に説明する」
なんだか演劇のような言い方だが、彼女は素で言っているのだと思う。
「まず、元からの推測通り、アニエスという少女は行方不明になった部屋にはいないだろう。たとえどんなに弱い反応だったとしても生きているのならここまできてわからないことはない」
フルーゼは少し暗い面持ちにはなったが、予想していなかった話ではないので大きく気落ちはしていないようだ。
「やっぱりか。マナにひっかかるものが全然ないもんな。この辺」
「……厳密に言うと、そんなことはないぞ。確かに羽虫より大きな生き物はいないと思うが、マナでわかることはある。この壁の向こう、黒い石壁があると思われる場所周辺から上下に向かって非常に繊細な魔力の伝達がある。構造的に言えば魔術具に近いのではないかと思う」
それは大発見なんじゃないか?
「……全然わかりませんでした。本当にマナをよめば透視(み)える物なんですか?」
「どうかな、人によっては難しいのかもしれない。マナの濃さという点ではほとんど周囲と変わりはない」
「じゃあ、フヨウはどうやって知ったんだ」
「私たちからマナへ与える影響があるだろう。それがこの壁の向こうだけ流れがおかしい。自然に波及していくのではなく、その一部をどこかへ伝達しているのだと思う」
しれっと言っているが、めちゃくちゃ高度な技術だ。
目を閉じて歩き、自分の足音の反射で障害物を把握するようなものだろうか。
可能ではあるかもしれないが、やれといわれてもできない。
仮にそんな機能の魔術具があるとするならばかなり高度なものだろう。
まるで半導体を使用した電子機器のように。
「でも、私たちのオドからマナに伝わる力なんてほんの僅かでしょう。そんなものを集めてどうするの?」
「集めること自体が目的なのだろう。その部位でマナの変化があったという情報。ここで変化があれば知りたい何かが近くにいる、ということだ」
情報を伝える先に何かあるとすれば、それは記録か分析を行う装置。
その二種類に共通するのは知性ある使用者のために存在するということである。
「つまり、私たちが今ここでこうしていることを見ているだれかがいるかもしれないということですか……」
知らない所で監視されているという予測は背筋の冷えるものだ。
「フヨウさん、その情報の行先はどこなの?」
しかし、フルーゼはそんなことを物ともせずに聞き返した。
おそらく、アニエスさんがその先にいるのではないかと考えているのだろう。
「下だ。私たちが来た通路よりも。そこからはマナの奔流が強すぎてどこまで続いているかわからない」
やっぱりそうなるんだな。
無意識に関与を避けていた膨大な魔力。
ここを調べずにアニエスさんの行方を追うのは難しいらしい。
「……地底湖の方へ向かう道を探さなければいけないのね」
怯むことなく一歩を踏み出そうとする一言。
どんなに難解に思えるプロジェクトも、その道のりを小さく刻めばやらなければいけないことなんて単純なものだ。
「どこから調べるかな。地底湖を通るか、正室の側に回って部屋を塞いでいる岩をどうにかするか」
「そのことだが、この近くに気になる場所がある」
どこまでも頼りになるフヨウの導きに従って調査を続けることになった。
彼女の言う気になる場所というのは、同じ階層のすぐ近くにあった。
場所で言えば正室の下部付近らしい。
「先ほどのマナを伝える経路がここにもつながっているから気になっていたのだが……」
二畳ほどの狭い部屋。
人が過ごすにはあまりに狭く、物置かと見まがう空間なのだがいくつか気になる点があった。
一つは他の部屋と比べて綺麗であるということ。
地上の階層は隙間から砂が入り込むのか、床が全体的にザラザラしているのだが、この部屋にはそれがない。
加えてあまりにも目立つ特徴がここにはある。
「黒い柱ですけど、もしかしてアニエスさんが入って行ったのってこれなんですかね?」
「……わからない。少なくとも場所は違うけど……」
強い光沢のある液体のような表面をした漆黒の柱がそこにはあった。
狭い部屋なので奥行は分からないが、幅だけでも二メートルほどはあるだろうか。
そう高くもない天井まで繋がっている。
「ここは丁度正室の真下。感覚的には入口付近だな」
フヨウの補足から考えると岩によって閉ざされてしまった場所に関係しそうだ。
「……部屋を塞いだ岩は下からせりあがってきたわ……」
ということは、この部屋は岩置き場だったということか。
この柱がエレベーターの様に岩を押し上げたのか?
だとすれば、魔術で干渉して上下させることができないだろうか。
慎重にオドを交わせて柱を移動させる機構がないか確認してみたのだが……。
「この柱、床面より下がないぞ」
この部屋より下に空間があってそこにあった柱が動力で持ち上がってくる構造だと思ったのだが、そうではないらしい。どういうことだろう。
「アニエスさんって、黒い壁の中に入って行っちゃったんですよね。なら、これも実は柔らかくすることができるんじゃないですか」
アイデアとしては良さそうだが。
「とは言っても、これだからな」
持ち歩いていた短刀の柄、金属部分で軽く叩いてみると、チン、と硬質な音がする。
どう考えてもゲル状だったりはしない。
温度を上げれば溶けるかもしれないが、百度やそこらでは無理だろう。
「アニエスが入って行ったのもこんな物だったかしら……。こうしてみるとなんだかガラスみたいね。水の様だけどかちかち。アイン、覚えてる? みんなで砂浜で小瓶を作ったの……、あ……」
フヨウともメイリアとも出会う前、カイル達と俺達の中だけの思い出に思いを馳せるフルーゼは何かに気が付いたようだった。
「そう、ガラス! この柱ってガラスなんじゃないかしら。固いけれど、形を変えることができるのよね」
そこまで言われてピンと来た。黒いガラス。もしかして……。
例えば、この神殿を構成する石材を、豊富な魔力を元に崩すことができるかと聞かれれば、可能は可能だ。
石を構成する元素はある程度限定されるので順番に分離や抽出を試みれば物質の変換が効くためである。メイリアやフルーゼにはまだちょっと難しいかもしれないが、やってやれないことはない。
一方で、そうして分離した元素から元の石材を再構成しろという言われると、難易度は跳ね上がる。天然の素材というものは一つの物質でも温度や環境の変化でムラや不純物があるのが普通だからだ。
よく似た物質を再現してはめ込むことは可能かもしれないが、微細な構造を再現できないので質感や物性が随分異なる結果になると思われる。
これは、神殿内部を調査する時に無理に壊して中を調べなかった大きな理由の一つでもある。
歴史的建造物を、修復もできないのにバラバラにするわけにはいかないということだ。
しかし、その物質が元々人造、あるいはそれに類するものだったとすれば?
鉄や青銅の様に変形が可能な素材を建築資材に使用していたとするならどうだろうか。
その思考の先に、ある一つの物質が脳裏に浮かび上がった。
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