第157話 ケイビング

「このあたりから神殿の敷地内のはずなんだけど」


「もう二十歩ほど先だ。ここまでの経路が少し湾曲していたからな」


 全然気が付かなかったが、確かにケミカルライトの光を目で追ってみれば少しずつずれがあるのが確認できる。

 だけどほんのわずかだ。真っ暗な中で感覚を失っていないフヨウが本当に頼もしい。


「……この先、進みますか?」


 それまで軽口も叩かずに自分の仕事をこなしていたメイリアが緊張気味に聞いて来た。


「……そのつもりだ」


 彼女の質問の理由は全員分かっていた。

 神殿の地下の方角。マナに感じられるその方向の反応が異質だから。

 同時に異常なほど高い密度と規模を感じさせる。

 これほどのものは、以前カイルが聖剣を覚醒させた時くらいしか知らない。

 ……あるいはあの時以上かもしれない。


 どういった理由からかは定かではないが、想像もつかない現象に結びついているであろうことは想像に難くない。それは対処できない危険が潜んでいるかもしれないという意味でもある。

 恐らく、ここでメイリアが言わなければフルーゼが言っていただろう。

 自分の行動に俺たちを巻き込まないために。一度戻るべきだと。

 それを察しての発言だった。


 さて、どう判断するべきか。

 今日に限って言えば、神殿地下へと至る道を通ることができると確認できただけで収穫と言って良い。帰って、一晩で作成したため池の利用に関して集落と折衝を行うという選択肢はある。

 一方で、ここで戻ったとしても、次回地下の調査を行う上で何か新しい準備ができるだろうか。

 道を確保して異常を確認した。

 じゃあ対処は? より詳しい調査を行わなければそれはまだこの暗闇の中に残されたままなのだ。


「メイリア、フルーゼ、一度地上に戻るか?」


 折衷案。考え出したのは良いとこどりの中間策だった。


「俺とフヨウがいれば調査はできるだろう。集落に状況を知らせた上で祠の入口で待機するのはどうだろう」


「……」


「反対よ」


 沈黙して思考を巡らせていた様子のメイリアに対してフルーゼが即答した。


「アニエスの問題は私の問題。みんなには感謝しているけれど、ここは譲りたくない。……我儘を言っているのは分かっているわ。ごめんなさい」


 変な言い方だが、フルーゼらしい感情の表し方だと思った。


「……合理的な判断も、納得がなければ過ちになりえます。フルーゼが残るなら私も残りますよ」


 その上でメイリアの援護があれば、俺も強い否定はできなかった。

 彼女たちはその意志でもって目的を果たすことには定評がある。

 声を荒げたところで状況に変化はないだろう。


「あまり当てにならないかもしれないが」


 そこに割って入ったのはここにいる最後の一人。フヨウだった。


「まだもう少し先に行っても急に変わったことは起きないと思う。ここのマナは現状、もっと別の方向を向いている。私たちには興味はないようだ」


 奇妙な表現。

 しかし、魔力が願いの力であるという視点でみれば、大きな力は常に目的を持って行使されることになる。

 彼女の第六感がそう告げているというのなら、無視できない情報だった。


「何のための力なんだろうな?」


「それを知ることができたなら、一度戻って対策を立てることもできるだろう」


 正論だった。


「わかった。この先に進もう。ただし時間を区切る。目印の光源は数刻は持つはずだから、二度、蝋燭を交換する時間が経過すれば必ず戻ろう。それまで調査を続行する」


 全員がそれに同意して先へと進むことにした。





 緊張は時間を何倍にも長く感じさせる。

 事実、非常にゆっくりとした歩みで時間に対して移動した距離は短い。

 それでも、もともとすぐ近くだった通路の終わりはあっけなくやってきた。

 入口こそ洞穴と見まがうような祠だった元水中通路は、神殿に近づくほどに人工的な様相を増している。

 もしも水没していなければまるで非常時の抜け道のような設計だと感じさせる場所だった。

 仮定を証明するように、通路こそそこで終わっているものの先へ続く空間がまだある。

 頭上にぽっかりと空いた穴として。

 人が通る前提であるなら梯子の一つも立てかけてありそうなものだが、さすがにそこまでは用意されていない。


「空気の流れが感じられるのはこの先だ、どこか外に繋がっていると思う」


 密閉された空間なら上方にガスが溜まることもありそうだが、この様子なら窒息のリスクは少なそうだ。


「私が先に進もう。アイン、縄を張ってもらえるか」


 順序を入れ替わってフヨウが斥候を申し出る。

 どうせ誰かがやらなければいけない仕事なので、文句を言わずに準備を行う。

 フヨウは持ち前の身体能力でそこをするすると登って行き、すぐに上から光源を振って合図を寄越した。

 どうやらまだ先には進めるようだ。


 続いて登った俺が見た物。

 武骨な印象の石が積み上げられた空間。あまり広くはない。

 ただ一方向に長辺二メートルに満たない高さであろう長方形の穴が開いている。

 言い方を変えるならば、完全に建造物の一室といって良い見た目をしていた。


「アイン! フヨウ! 大丈夫?」


 状況確認に時間をかけすぎてフルーゼを心配させてしまったようだ。

 とりあえず、問題ないことを伝えて順番に二人をひっぱり上げる。


「ここは、神殿の一室、かな……」


 位置情報を考えれば神殿の地下に他ならない。同じ建造物だと考えるのが普通だろう。

 それでも確信をもって言わない理由は、壁面に並ぶ石材の色のせいだ。

 神殿という建物はかなり古い建造物だが、役割に合わせた威容を誇っている。

 明るく綺麗な色の石材が精緻に組み合わされ、まるで世界遺産の様だ。

 有体(ありてい)に言って見栄えが良い。

 一方でこの部屋の壁は、堅牢ではあるものの、どこか不格好な暗めの色の石を組み合わせれて作られており、どうにも同じ建造物であると感じがたいのだ。

 まるで砦か山城の様に、なんらかの実用性を重視した上での大型建築に見える。

 殺風景ではあるが何もないわけではない。

 棚か机か。部屋の隅にはかつて家具であったと思しき残骸が風化に耐えて僅かに残っている。ここは、生活感のある用途を持った部屋だったのだ。

 それがまた、信仰の目的のみに特化して使われていた神殿とかみ合わない。


「なあ、フルーゼ。神殿って誰かが住んでいたことがあるのかな」


 もしも何かを知っているとすればこの場には一人しかいない。


「……わからない。でもずっとずっと長い間、お参り以外で人が立ち入るのは禁止していたはず。もしかしたら隠れ住んでいた人はいたかもしれないけど、見つかったら追い出されていたと思うわ」


 知りたければ調べるのみだ。


「先へ進むぞ」


 出口は一つしかないのだから、後戻り以外に取れる手段も一つだけ。

 できることはシンプルだった。





 周辺を歩き回って構造を把握する。

 壁面には所々薄い隙間があり、その先がどうやら外部に繋がっているらしい。

 フヨウの言っていた空気の流れはここからだろう。それなりに外気循環されている様だ。一方で明るい時間帯であるはずなのに太陽光は確認できないあたり、直接屋外に面した場所がないこともわかる。

 壁面は最初の部屋同様に武骨な石造りでところどころに燭台代わりと思われるくぼみがついていた。そこにケミカルライトを設置することで随分と歩きやすくなる。


「あの階段以外に先に進めそうなところはなさそうです」


 それぞれ調べてみたが、初期に上へ向かうらしい、やや急な階段を見つけた以外に出口らしい場所はなかった。

 この階層はいくつかの小部屋と元が何だったかもわからないような残骸だけが残されているようだ。


 目的に関して言えば地下のマナの反応を調べる方が当初の物に近い。

 しかし、こうしてしっかりした道があるというのなら、本来入ることができない神殿の内部を調査しても無駄ということはないだろう。

 うまくすればアニエスさんがいなくなった場所の近くまで行くことができるかもしれない。


 帰還までの時間がまだ十分に残されていることを確認して階段を上る。





 半刻ほどを建屋の調査に使い、二度目に階段を上った所で周囲に変化があった。

 壁面の石材の色が変わり、所々文字のようなものが彫り込まれている場所が確認できる。これは……。


「神殿文字ね」


 麻の手袋越しに文字をなぞるようにしながらフルーゼが言う。

 と、いうことはやはりここは。


「ここから上は私たちの知る神殿のようだな。風の流れも強い。既に地面より高い位置なんだろう」


 俺には把握できない微妙な変化をフヨウが説明してくれる。

 確かに、外から流れ込んだものなのか、通路の隅はよく見てみると砂が吹き溜まっていたりする。地下とは環境が異なるということか。


「だけど、私、こんな場所は知らない。壁画の調査は念入りにやっているけれど、こんな文章は知らないし」


 つまり、日々のお参り等で訪れる神殿からこの場所へ至る道はないということだ。

 そんなことってあるのだろうか?


「どこかに隠し通路があるんですかね。なんとなくですけど、私たちが通って来た場所ってお城の地下の倉庫に雰囲気が似ているんですよね。お酒とか燃料を保管しておくところなんですけど」


 生活のための空間ということか。


「私の調べた限りこの建築物には他にも広い空間がある。日頃のお参りで使用されるのはごく一部だったようだから、内側に部屋はあると思っていたが。昔はそれなりの人数がこの場所で暮らしていたのかもしれないな」


 エジプトのピラミッドとは言わないが、年期の入った施設であることは間違いない。千年単位で歴史があるのかもしれない。

 元々目的があって作られているわけで、そういった用途に利用されていたというのはあり得ない話じゃないか。

 考古学的に思いを馳せていたところでフヨウが思わぬ言葉を続けた。


「とにかく、風向きと匂いのお陰でこの場所がどこか大体わかった。上手くやれば、目的の正室とやらの傍までいけるかもしれないな」

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