第153話 報い(上)

 俺が呼び出されたのは元々集落を助けるための仕事があったからだ。

 予定より遅くはなったが、二人との面談の後は当初の予定に戻ることになった。

 午前中の内に問題個所を見て周り、解決して欲しいという課題をリストアップする。

 昼食を挟んで午後から実業務だ。

 ちなみにメニューは主にウリ科の植物と具材の少ないスープ。

 これでも塩味が強いだけで嬉しいものらしく、昨日のもてなしがどれだけ力の入ったものだったのかよくわかる。

 実情を知れば生活環境の改善が急務であることは明確で、午後の仕事にも力が入った。

 幸い、マナの濃いこの地域では魔術を使うことでできることは沢山ある。

 風車を修理して予備部品を作ったり、土魔術で畑の畝を綺麗にしたり、そこそこ働くことができたはずだ。

 久しぶりに全開で魔術を行使できるのがうれしくてちょっと張り切ってやった。


 しかし、こうしてみると集落内のそこかしこにフルーゼがやったのだと推測できる工夫が見られる。質素な日干し煉瓦の建物が並ぶ中で明らかに異なる教義の科学的アプローチはそういう目で見れば目立つもので、気が付くとちょっと嬉しい。

 例えば、風車。風の動力を揚水に使用している装置は歯車で動いている。

 南北大陸を問わず、歯車自体は普及しているこの世界だが、歯の数が奇数になっているのは試行錯誤の結果なのではないかと思う。

 もし偶数の歯数ならギヤ比が割り切れやすくなる。これがどういうことかというと、少ない回転数で同じ場所ばかりがかみ合うことになるのだ。

 工作精度が高ければそれもたいしたことではないが、ちょっとでも歪みがあるようなら、大問題である。半日も動かせば故障を起こしていたのかもしれない。

 魔術の得意なフルーゼなら、ギヤを丁寧につくるという選択肢もあったかもしれないが、手作業で整備するような状況も想定して現状に落ち着いたのだろう。ちょっと数えてみたところ、公約数の存在する組み合わせは存在しなかった。


 そうして工夫を重ねた機械は、それでも日々風を受け砂を噛むことで摩耗し、故障を起こすようになっていく。それを一つ一つ修理していった。

 水の流れる樋(とい)の角度、散水のために開けられた穴などどこを見ても簡単ではなかったはずだ。

 出来上がった農場は面積こそ小さいものの近代的な施設園芸として完成されたものだった。

 肥料については俺が指導したことが良く活かされている。

 窒素、リン酸、カリウム。そのバランスが考えられ、作物ごとに配分表があるのだから驚きだ。

 もしかしたらエンセッタは今後、南大陸の農業を引っ張っていくことになるかもしれない。


 彼女が俺に師事した理由とこの地は切って切れない縁だったのだろう。

 たった六歳の女の子が僅かな時間で学んだことを最大限に活かして作ったものがここにある。正直、感動していた。

 周囲の人間の目には奇異に映ったかもしれないが、心の動きというものは容易には制御できない。


 すっかり嬉しくなってしまった俺は農場で作業していた男性にその凄さを語り掛けてしまったわけだ。言葉なんて通じないのに。

 しかし、不思議なもので語彙がなくとも通じるコミュニケーションというものがある。

 最初こそ、御使い(偽)に恐縮していた彼らは次第に俺のテンションに同調し始めていた。元々、これらの農地は彼らにとっても自慢だったのかもしれない。何時しか間に通訳をしてくれていたギース氏を挟むこともなく盛り上がるようになっていった。

 後になってみると、俺はどうやって話をしていたのか首をひねらざるを得ないのだが、とにかく、あの時は意志の疎通がとれていたのだ。不思議なものである。





 うっすらと空が赤らんでいく時間まで機器整備に励んでしまった後、正気に戻った俺はみんなに別れを告げて足早に仮宿への道を戻る。ギース氏はとっくにいなくなっていたが、もうあまり不安もない。

 予定で言うならばフヨウも帰ってきている時間のはずだった。

 夕食はみんなでとることになっていたので遅れたくない。


 俺が最後だろうと思っていたのだが、そこで思わぬ相手に出くわすことになった。


「――元々私は無関係の人間だから、身勝手に聞こえるかもしれないけど」


 メイリア? 俺やフヨウ相手には割と頑なに敬語を話すので変な感じだが、確かに彼女の声だ。


「……何が言いたいのかわからないわ……。あなた達はこの地に救いをもたらした。それ以上に求めることなんてない。本当に感謝しているんだから」


 相手はフルーゼ。こっちも砕けた口調だった。今日一日でお互いに距離を縮めたらしい。

 でも、今一会話の文脈が見えてこない。

 なんとなく二人の前に出にくくなってしまった。

 たぶん、会話に集中していてマナ感知もおろそかになっているのだろう。もともと魔力制御を丁寧に行っている俺の反応は把握しにくい。

 ここにいることも気づかれていない様子だった。


「そう思ってもらえるなら、一人で抱え込まないこと。それが一番よ」


 その発言で少しだけ話がつながった。たぶん、フィーアさんから聞いたフルーゼの悩み。

 その話をしていたのだろう。メイリアの社交の才能ゆえだろうか。

 会ったばかりの人間とここまで込み入った話ができるのは凄いな。


「何の話だ?」


 フィーアさんに頼まれた話なら、俺だって無関係ではない。

 隠れて話を聞きながら罪を大きくするよりは勇気をもって会話に参加するべきだろう。


「!?」


 そういった決断のもとの行動だったのだが……。

 こちらを見る二人はなんともばつの悪そうな表情をする。

 あれ、気が付かないふりをして立ち去る方が正解?


「……乙女の会話を立ち聞きだなんて趣味が悪いですよ?」


 先に立ち直ったメイリアから厳しい一言。

 いや、それがだめだと思ったから出てきたんだって。


「遅くなったから急ごうと思ってたらこんなところにいるから声をかけただけだろう。その言い方は酷くないか?」


「それでも尊重されなければいけないことってあると思うんですよ……。でもまあいいです」


 わかるようなわからないようなことを言いながら、フルーゼの方に向き直る。


「ね、フルーゼ。先輩はこういう人なの。何かあったらこうやって素知らぬふりをして首を突っ込む。いらない気を回すより、巻き込んだ方が楽よ」


 さんざんな言い方だった。


 ――それでも、メイリアの言う通りだ。

 エトアの事件は最終的には自分で首を突っ込んだ。

 結末を知っていても、悩んだ末に同じことをしただろう。

 友達が黙って苦しんでいるよりも、こうなるほうがずっといいと思う。


「……アインがやって来たのって、本当に偶然?」


「少なくとも私は知らなかった。ただ、無意識にこういう間のとり方をする人だとは思うけど。あなたなら、わかるんじゃない?」


「買いかぶりだわ。色んなことがありすぎて、それが出来すぎで、わからないことばかり」


「なら、整理して考えてみればいいの」


 そこでメイリアは敬語に切り替えて俺の方へ話しかけてくる。


「先輩、私は先に戻ります。フルーゼのことはお任せしますが、あまり周りの人に叱られない程度に早く帰してあげて下さいね」


 好き勝手言ってから仮宿の方へと歩き出してしまった。


メイリアが会話の聞こえないであろう距離まで離れたのを確認してから、フルーゼが口を開く。


「アインのお友達はみんなお節介なのね……」


「みんな?」


「私たちの話、どこから聞いてた?」


「……いや、本当に今来たところだ」


「そう……。じゃあ要約するとね、『悩みがあるならアインに相談しろ』って諭(さと)されたの。それでね、昨日の夜に同じようなことをフヨウさんにも言われたから。言い方はそんなに押しつけがましくなかったけれど」


 それは確かにお節介だ。

 しかし、この後俺も似たようなことを言うつもりだったのだが……。


「私には気にしていることがあるのは本当。でも、お客様の前だから、そんなことを表に出すつもりはなかったのよ? なのに、連日言われると、なんだか自分の責務をちゃんと果たせていないんじゃないかって気持ちになるわ」


「……そのことについて、謝らないといけないことがある。アニエスさんのこと、フィーアさんたちから聞いたんだ」


「お母さんまで……。みんなお節介ね」


 項垂れ、辛そうに言う。

 そんな様子だから放っておけない。


「それだけ心配しているってことだよ。よかったら詳しい話、聞かせてもらえないか。たぶんフルーゼの知っていることが鍵になる」


 反応があるまで結構長い時間がかかった。

 十秒か、二十秒か。体感では何倍もあるそのときを、辛抱強く待つ。


「……いいわ。でもこれは悩みではなくて懺悔。嫌な気分にさせてしまうかもしれないけれど、それでも良い?」


 即答は避けた。でも気持ちなんてずっと決まっていた。

 不安との戦いは、一歩を踏み出さないことには始まらないから。

 もっとずっと前に覚悟は決めていた。


「もちろんだ」


 単純に、誤解のないように答える。


「そう、ずっと誰かに話したかった。私だけで抱えていることができなかった。何もかも私が悪いっていうだけの話だけれど、お願い、聞いて」





 ゆっくりと、端的に。

 この十年間を彼女がどのように過ごしたのか。手紙に書けない色々なことがあってそれを余すことなく教えてくれた。

 やっぱりフルーゼは頭の良い女の子で、それだけのことを語っても本当に大した時間はかからなかった。


「――あの子がいなくなって。あとはあなたも知っての通り。空は荒れ、道と希望が閉ざされた。私はそうなる予感があったのに何もできずにお父さんとあなたたちの助けを待った」


「ちょっと待った」


 ずっと黙って話を聞いていた。

 密度の濃い説明には合いの手も必要なかったから。

 でも、ここだけは訂正しておかないといけない。


「それは違うな」


「違うって……」


 自分の見たものが間違いなわけはないと思っているのかもしれない。

 しかし、本当にそれはただフルーゼの見たものに過ぎない。

 一人の眼は簡単に曇ってしまうものなのだ。


「フルーゼは頑張ってた。ここにいるみんなの命を背負って、食べ物を用意し、塩を用意し、希望を与え続けた。閉ざされてなんかない。フルーゼが希望だったんだ。本当のことを打ち明けることができずに、ありもしない罪を背負って苦しんで、でも自分は希望になったんだ。何があったかはフルーゼの秘密だったかもしれないけれど、何かがあったのはみんな知っている。その上で感謝して心配している」


 そこで深く息を吸った。

 ちゃんと伝えなければいけないから、一字一句違えることなく。


「だから、俺が君を助けに来た」

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