第148話 宴の前

どんな表情をしたら良いのかわからない、という面持ち。

 旅人をもてなしていたらやけに馴れ馴れしく話しかけられたのだから、これも仕方がない。

 しかし、なかなかショックではある。


「ギースさんから聞いてないかな、俺たちのこと。アインだ。前は良く手紙のやりとりをしてただろ」


 よし、言ったぞ。どこかの笑い話の様にネタを長引かせたりはしない。

 俺は必要な時に必要なことができる男だ。

 言葉には出さずに自分を褒めて(誰も褒めてくれないので)鼓舞する。

 フルーゼがどのような反応を示すにせよ、ここからは出たとこ勝負なところがある。

 忘れられているということはないと思いたいが、もっと悪い状況になった時も、うまく流せる展開に持っていかねばなるまい……。

 悲壮な心中で観察するフルーゼの様子は今一はっきりしないものだった。

 俺の顔をまじまじと見つめ、何度か瞬きをし、もう一度こちらを見る。

 何か反応を示してくれ……。試験の合格発表を待つようなむずがゆさの末。


「え? アイン? だって背が……」


 やっと出てきた答えはちょっと想像の範囲の外にある感じだ。

 身長。そう来たか。


「結構伸びただろ。この間、母さんの背丈を超えたんだ」


 俺の身の周りでは身体測定の習慣はないので、自分が成長しているという実感はあまりない。

 それでも、ここ数年は周囲の人間との身長差が随分と変わったと感じるし、夜寝ていると膝が痛いようなこともあったので人並みに背丈が伸びているはずだ。

 メイリアやフヨウもいつの間にか追い越していた。

 送った手紙にわざわざそんなことは書いていないので、想像と乖離があったのかもしれない。

 でもなぁ、俺、結構早めにフルーゼのことに気が付いたんだけどなぁ……。


「……あ、うん。えっと、ちゃんと謝らなくちゃ。ごめんなさい。思ってたよりずっと大きくなってて……。声も低いし、こんなところまでわざわざやってくるなんて考えてなくて……」


「街道の封鎖で手紙がやって来なくなっただろう。心配だったから来た」


「……本当? それだけで南大陸まで?」


「当たり前だろ」


 フルーゼの目じりを涙がつたう。


「……ごめんなさい、私、謝ってばかりね。ちょっと信じられなくて。アインのことじゃなくて、今こうしていることが。ずっと助けが来てくれるのを待っていたけれど、もうみんな諦めかけていたから。昨日までのことを考えると、全然現実感がないの」


 ……そんなものかもしれない。

 ここに来てから会った人達は基本的に朗らかな人柄だった。

 子どもたちも元気そうに見える。だから忘れがちなのだが、彼らはずっと隔絶した世界に閉じ込められていたのだ。

 ギース氏の心配していた塩のことだってある。決して楽な日々だったということはないだろう。

 あ、そういえば、ギース氏。


「お父さん、どうしてるんだ? 俺たちのことも説明してないんだろう。フルーゼとも一緒にいないし」


「あー、それは、お母さんのところに連れて行ってそのまま押し込んで来たから……」


 だんだん思い出して来た彼女の性格。

 それにしては少し歯切れの悪い言い様に笑ってしまう。

 どうやらフルーゼは両親のためにお節介を焼いて来たらしい。

 そのせいで今の流れがあるわけか。

 どうやら、一緒に来たジョゼ達も同様に近しい人の元へと向かったらしい。

 俺たちだけが待ちぼうけをくらっていたことになるが、こうなると仕方ない。

 結局フルーゼと会えたのだから一番良い結果になったと言って良いだろう。


 現状を確認しているあたりで、子どもがお茶を運んでくる。

 南の言葉で感謝を伝えてみたのだが、慌てて礼をすると部屋から出て行ってしまった。

 人見知りなのだろうか。

 物資が足りないはずのこの集落でお茶を出してもらうのは申し訳ないな、と言うと、この地で作っている作物の皮から実験的に作ってみたお茶なのだと言う。

「これくらいしかもてなせるものがなくてごめんね」というフルーゼの顔はちょっと昔の面影を感じる笑顔だった。

 ちなみにお茶の味はどこかゴーヤ的なもので、あまり子どもは好きではなさそうだったが慣れれば常飲できるかもという感じ。体には良いかもしれない。


「先輩、さすがにそろそろ私たちのことを紹介してくれても良いんじゃないですかね……」


 お茶を飲んで一服したところでメイリアにせかされる。

 すまん、忘れていたわけじゃないんだ。ただ物事にも順序があって……。


「王都の魔術院でアイン先輩に魔術を教えてもらっていたメイリアです」


 しびれを切らして自分から自己紹介してしまった。


「そしてこっちが俺たちの義姉のフヨウ。二人とも手紙で書いたことあるよな」


「よろしく頼む」


 しばらく自己紹介が続く。


「――フルーゼさんってアイン先輩の最初の弟子なんですよね」


「そうは言っても、カイルとルイズがずっと前から一緒にいたから。……ねぇ、二人はどうしてるの? 訊いてもいい?」


 遠慮がちな問いかけ。

 もしかしたら、その話をするタイミングを計っていたのかもしれない。

 あの二人は俺にとっては半身のようなものだから、気になったのだろう。

 ある時期から、俺の書いた手紙は彼女に届いていない。

 だから、今二人がどうしているかは知らないはずだ。


「二人とも元気にしているはずだ。話すよ。ちょっと長くなるし、驚くかもしれないけれど」


 そうして、あの託宣への旅路から俺たちにあった色々を一つずつ話していく。

 丁度良かったと思う。メイリアやフヨウがここにいる理由も、二人がここにいない理由も全部説明できる。

 それに、このことを打ち明けていくにつれ、幾分心が軽くなっていくように感じる。

 自分でも気が付かないうちに背負い込んでいた何かを、一度おろして休憩するような。

 フルーゼとの間にあった音信不通の時間。

 それを取り戻す対話には不思議な力があった。





「――嘘をついているわけではないのよね」


「ああ、俺にお話をつくる才能はないよ。自分でも信じられないけど、現実の話だ」


「私、まだ夢を見ているのかも、って思う。突然アインがやってきて、カイルとルイズは勇者として旅をしていて、アインはアインで見上げるような怪物を倒してエンセッタを開放してくれたなんて、ちょっと詰め込みすぎだって思うわ。それに出来すぎ」


 軽い言い口だったが、どこか自嘲するような憂いを秘めた表情に見える。

 しかし、フルーゼはすぐに表情を切り替えると言った。


「今日の夜はお祝い。何にもないから本当にささやかだけど。それまでは部屋を用意してあるからゆっくりしていって」


 元々はそれを伝えるためにこの部屋を訪れたのだろう。

 久しぶりの挨拶が出来たのはよかったが、こっちの都合で予定以上の長居をさせてしまった。

 どうやら、祭りの準備とやらがあるらしく、挨拶を残して行ってしまった。


 その後は、言葉の通じないこの集落でどう過ごしたものかと考えていたのだが、用意された部屋で荷を解くと一気に疲れが出てしまい、少しだけのつもりで寝台に横になったのに気が付けば周囲はかなり暗くなっていた。寝落ちである。


 誰かが呼びに来たということはないはずだが、お祝いの時間までそう余裕はないと思う。なんにせよ、まずは誰かと合流しないと。

 俺と同じ様に、隣の部屋へ案内されたメイリアとフヨウ。

 尋ねるまでもなく、俺が動いた気配が伝わったのかフヨウがこちらを訪ねてきた。


「ゆっくり休めたようだな」


 当然のように午睡(うたたね)はバレている。


「ああ、ごめん、ちょっとのつもりだったんだけど……。そっちは何か変わったことはあった?」


「メイリアも先ほどまで寝ていた。今は身支度を整えているから私が連絡に来たんだ。辺りに人の気配が増えてきたから、もう少しで誰か呼びに来るんじゃないかと思う」


 あー、そっちもか。ということはフヨウ一人だけ起きてたということになる。

 なんだか後ろめたい気分だな。


「気にするな。私もゆっくり休むことはできたし、丁度このあたりで弓の整備をしておきたかったんだ」


 言葉にだしてはいなかったが、フヨウはこういったことには気が回る。

 巨大スキュラを倒して以降、ほぼノンストップで旅を続けていたので日常の細々としたことは後回しにしがちだった。

 みんな気持ちがこの集落の方へ行っていたし、逸る気持ちを止めることもできない。

 結果的に、人々が危急の事態にあるということもなかったが、速やかに安否が確認できたので良かっただろう。

 フヨウの弓も大型で室内で整備をするのは難しいのだが、二人の部屋は中々広いようだ。

 この集落自体に目だって大きな建物もないので、かなり気を使ってもらっているということになる。

 申し訳ないとも思うが、それだけ歓迎されていると思えば素直に受け入れるべきだと感じられた。せめてここでできることがあったら手伝っていこう。

 魔術を使用すればできることもあるだろう。


 そう、魔術。

 南大陸に来てこのかた、薄くなっていく一方だったマナが、この集落には潤沢にある。

 地脈こそ少し遠いものの、かなりの精度で魔術を使用することができそうだ。

 フルーゼが手紙でマナの薄さについて言及していなかったのはこういうことか。

 本来なら、どういった理由でマナに濃淡が現れるのか調べてみたいところなのだが、本腰を入れると凄く時間がかかる研究課題になりそうだ。

 実家のこともあるし、長期滞在はできないだろうからな……。

 フルーゼはこれまでの生活で色々と知見があるだろうし、まずはそこをたずねてみるか。

 思考を巡らしているところでこちらに近づいてくる気配に気が付く。

 そこまで見知ったものではないが、覚えがあるような。


「お茶を淹れてくれた子だな。どうやら祝いの席が準備できたようだ」


 呼び出しの遣いとしてやってきてくれたらしい。


「シツレイシマス」


 拙く、遠慮がちな声かけ。

 俺たちのためだけに急遽、必要な語彙を覚えてくれたのだと思うと、それでもありがたい。

 待たせるのも悪いから仕切りを上げて部屋へ招くと、緊張した面持ちで、


「ウタゲノジュンビデキマシタ。ツイテキテクダサイ」


 と言う。ちゃんと敬語になっている。フルーゼが教えたのだろうか?


『ありがとう』


 そう南大陸の言葉で伝えると、驚いた顔をした後に、微笑みを浮かべた。

 ちょっとは緊張をほぐすことができただろうか。


「私は、メイリアを連れて追いかけるから先に行ってくれ」


 ……まだあいつが準備中だったか。

 フヨウは持ち前の感覚で、集落内なら俺がどこにいてもやって来てくれるだろう。

 この子を待たせるのも悪いし、言う通りにしよう。


 多少説明に手間取ったが、なんとか納得してもらって俺だけが少年と宴へと向かうことになった。 

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